217話 秋の味覚、山への再訪 2
いつも読んでくださり、ありがとうございます。
過ごしやすい気候の秋ですが、短いですね。
秋の服装や食事、楽しみましょう。
「食事の改善っすかー。それ自体は出来そうっすけど、体質までは流石に難しいんじゃないっすかね」
セドリックから告げられた依頼内容に、バートが首を少し傾ける。
今回の依頼内容は病弱な人物への目先を変えるような食事の提供だ。
今までの依頼とは少し趣旨の違う内容に、皆も視線を交わす。
そこはセドリック自身も感じていた今回の依頼の難しさである。そのため、面倒な依頼という指摘を否定できなかったのだ。
「体の弱い子だそうでな、外出もなかなか困難らしい。だから、食事に変化をと考えたそうでな。そのうえで、まぁ、その……体に良ければなお良しということだな。あ、安心して頂きたいのは体質改善などまでは望まないそうだ!」
「やっぱり、面倒な依頼じゃないっすかー」
「まぁ、そんなとこだな!」
「あ、セドリック! 開き直ったね!」
食事の調理法や料理自体を提供するのは、今までの依頼でもあったことだ。
しかし、外出が難しい体調であるその相手への配慮が必要な食事となるのだ。当然、食事の負担のなさにも配慮が必要になる。
この点では今までの依頼とは少し形が異なっている。
セドリックに対し、バートやオリヴィエが文句を言い出すのを見ていたリアムが問う。
「その依頼を受けて、改善が見られない場合でもちゃんと報酬は得られるのか? トーノ様の評価に傷がつくなどがあり得るのなら……」
「いや! それはないぞ。今回も依頼主はシャーロット嬢だからな」
リアムの言葉に慌てて良い情報を付け足すセドリックだが、それを聞いたリアムの返答は彼の期待とは異なる。
「……ということは、依頼主の関係者も高位貴族という可能性が高まるな」
「ぐっ! そ、その……現状では食事を提供する相手の事情までは明かされていないからなんとも言えん」
貴族は秘密主義である。些細なことが弱みとなりかねない地位にいるのだ。彼らがそうなるのは当然でもある。
まして、今回の内容もシャーロットの時と同様、健康や命に関わりかねない内容なのだ。情報が明かされないのも仕方がないのだ。
「貴族の仲間は貴族なんじゃない?」
「どう考えても面倒な依頼っすよ? セドリックさん」
「それはだな……大変申し訳ないです。トーノ様」
と賑やかに会話が続くが、当の恵真はというと目を輝かせている。
それにリアムはもちろんバートやオリヴィエも初めから気付いており、今回彼女が依頼を引き受けるであろうことはわかっているのだ。
この場で気付いていないのはセドリックだけであろう。
「私、この依頼お引き受けしたいです!」
「…………は、本当ですか⁉ トーノ様!」
驚愕し、目を大きく開くセドリックに恵真はにこやかに頷く。
「もちろんです。シャーロットさんのときもそうだったんですが、安心して食事が出来るのって大事ですし! 日々の楽しみの一つでもありますよね」
以前、恵真は信仰会の病人食としてすり流しを作ったことがある。
それは食感を滑らかにすることによって、食事が困難な人に合わせたものだ。体調に合わせた食事の状態の違いは、粥などにもある。
恵真の住む世界では各国によって異なるが、体調の善し悪しで食事内容も変えているのだ。病院などの食事にも、その時折で変化がある。
それは食事をする人の健康と、食事の時間を楽しみにしてほしいという二つの配慮から生まれるものなのだ。
「うん。エマさんのごはん美味しいから、それだけでいいと思う!」
「そうだよな。他の国から来てるエマさんだし、その人にとっては新鮮だと俺も思います!」
恵真の言葉にアッシャーとテオの瞳も輝き、彼女の意見にすぐ賛同する。
母のハンナも彼らが持ち帰る恵真の食事を通し、体調が改善していったのだ。
今回の依頼でも同じ効果が得られるのではと、期待するのは恵真への信頼からだろう。
「薬草の相乗効果をサイモンさんが今も研究中ですし、薬草の組み合わせで効果が増すかもしれません。もし、そうならなくっても日々の食事に変化が加わると、それも小さな喜びに繋がりますよね――私、この依頼を引き受けます!」
恵真の言葉にセドリックが安堵の表情を浮かべた。
確かに恵真の言う通り、食事は体のためだけではなく、意欲にも繋がる。だからこそ、ここ喫茶エニシやアメリアのホロッホ亭に皆、足を運ぶのだ。
必ずしも薬草の効果が出るとは限らない。それでも、せめて食の変化が喜びに繋がればと恵真は考えているのだろう。
セドリックは大きくため息を溢すと鞄の中から、一通の手紙を取り出す。これはもし、恵真が難色を示した際に見せようと持って来たものだ。
「いやぁ、助かりました! もし断られるようでしたら、シャーロット嬢からの手紙をお渡ししようと考えておりましたので……」
「うわ! 圧をかける気だったんだね。見損なったよ、セドリック」
「かーっ、いつのまにそんな卑怯な手口を学んだんすか?」
「ち、違うぞ! それだけ、侯爵令嬢から期待されていることをお伝えしようとだなぁ……」
再び言い争いが始まったが、オリヴィエもバートもセドリックに不満を告げるチャンスを逃さないだけである。
後ろで二人がやいやい言うのを気にしつつ、セドリックは恵真にシャーロットからの手紙を渡す――そのときである。
恵真の胸元につけたネックレスが光を放つ。柔らかく優しいハチミツ色の光は、以前第一の森でハチミツグマが落としていった宝珠の煌めきだ。
突然の出来事に皆、固まる中、クロはじっとそのネックレスを見つめるのだった。
*****
寂し気に窓の外を見る少年の横顔にはまだあどけなさが残る。
一日中を自室で過ごす少年は、木々の葉が色を変えていくことや、空が高くなったことでしか、季節の変化を感じることが出来ないのだ。
水の冷たさや風の冷たさで感じることはない。少年が周囲の大人達に守られた立場にいるからだ。
外から聞こえてくるはしゃぐ声は弟のものだろう。明るい声になぜか少年は目を伏せる。
三歳離れた弟は少年とは異なり、健康で活発だ。
そんな弟に、周囲の期待が集まっていることは部屋にこもり切りの彼でも察していた。
生まれながらにして病弱な彼だが、教育の賜物か、もって生まれた資質なのか、年齢以上に聡い。だからこそ、周囲のわずかな変化や空気感に気付き、内心で傷付くことも増えていくのだ。
自身の体すら、ままならぬ自分よりも健康に育っている弟に期待が向くのも仕方がない。体を休めつつ、せめて学びをと本を読む日々が続く。
この部屋で日々を過ごす自分が学んでも、それは経験を伴わない知識ではないか――そう思う日もあるが、それでも彼は学ぶことを諦めなかった。
いつか、この学びが誰かの役に立つだろう。せめて、弟を補佐する役目でもいい。それがこの家、この立場に生まれた少年の望みであり、覚悟なのだ。
「どんな世界なんだろうな……」
少年が見ることが出来るのは、この窓の外と自室くらいだ。
屋敷の全てを見ることすらできない彼にとって、世界というものは書物で知るばかりだ。国によって、服装や髪型、食事や住居もまた異なると言う。
見知らぬ国があるとついついその国の文化を学びたくなってしまうのだ。
体に障ると何度注意されても、本だけは手放せない。
少年を異なる世界に連れ出してくれる唯一のものが本なのだ。
もう一つの楽しみが食事であったのだが、体を案じた周囲が薬草を多く使うため、最近はその時間も苦痛になっている。
体を案じてくれるのを知っているため、渋々口に運ぶが、体調が改善することもなく、負担ばかりを感じているのだ。しかし、それを言葉にするわけにはいかない。
少年には立場がある。その言動一つで周囲の者の生活を変えてしまうほど、大きい立場だということを、物心つく頃から彼は理解していた。
もうすぐ、昼食の時間になるだろう。
少年はため息を溢しそうになり、周囲の使用人に気付かれてはならないと飲み込むのだった。
*****
外されたネックレスをオリヴィエやリアムが真剣に調べるが、特に負の魔力などを感じることはない。
先程、神秘的な光を放ったネックレスだが、今はもういつもと同じだ。
手の平に乗る小さなネックレスはハチミツグマが落とした宝珠の煌めきを加工したもので、なかなかに希少である。
しかし、あの光景を見ているリアムはそのまま恵真に返す気にはなれない。
「私が一時的に預かりましょう。今後、何かあっても問題ですので」
そう言ったリアムに抗議したものがいる――クロである。
「みゃう!」
めずらしく強く鳴いたクロはテーブルの上に置かれたシャーロットの手紙の前に、ちょこんと座る。
「この手紙と関係あるの?」
「みゃう!」
そう鳴いたクロはリアムの手の中にあるネックレスをさっと咥える。
その素早さはリアムの反応が遅れる程だ。
ネックレスを咥えたまま、てとてととクロが歩いた先は裏庭のドアの前。そこに再びちょこんと座ったクロは恵真達の方を振り返る。
「クロ様、ドアの向こうに行ってって言ってるのかな」
「んみゃうにゃ!」
テオの言葉に、その通りだ!というようにクロが鳴き、ぽとりとネックレスが地に落ちる。慌ててバートが駆け寄ると、ネックレスを拾う。
「もう、クロ様! 高価なんすからね!」
「んみゃ」
そんなことは魔獣であるクロには関係ないのだろう。
「宝珠の煌めきってことはさ、それハチミツグマが落としたんだよね?」
「げ! まさか、また第一の森に行けってクロ様行ってるんすか⁉」
「みゃうにゃ!」
「ぬわっ! 当たってるんすか!! ……うわーっ、本気っすか?」
「みゃ?」
そうだが? そんな表情を浮かべるクロにバートはげんなりとした表情になる。
確かに第一の森に行ったメリットは様々あった。アッシャーとテオはきのこの精霊に珍しいきのこを、バートは青空フクロウから幸運の羽を、そしてリアムはハチミツグマから宝珠の煌めきを貰った。
良いこともあったのだが、森ウサギの襲来など大変なことも多かったのだ。
おまけに、宝珠の煌めきが光る理由まで何かあるのは確実だ。
面倒な依頼に厄介事まで重なるとは大変なことであろう。
「まぁ、行く者は限られているんだがな」
「そ、そうっすよね! ここにはオリヴィエさんにセドリックさん、それにリアムさんまでいるんすもんねぇ! いやぁ、心強いっす! オレはここでトーノ様達を守りつつ、皆さんが無事帰ってくるまで待ってるっすね!」
そう、今日の喫茶エニシには元王宮魔導師のオリヴィエ、冒険者ギルド長のセドリック、冒険者であるリアムがいるのだ。
前回は同行したアッシャーとテオはもちろん、恵真と留守番だろう。
にっと白い歯を見せるバートだが、クロがみゃうと鳴く。
リアムがクロを見ると同意するように頷いた。
「魔獣であるクロ様がいる以上、お前がここにいる必要はないだろう」
「いやいやいや、戦力過多になっちゃうと不公平じゃないっすかー」
言い訳を始めるバートにソファーに腰かけるオリヴィエが追い打ちをかける。
「ボク、重い物とか持てないし、荷物持ちは必須なんだけど」
「すまんなぁ、バート!」
「バート、頑張ってね!」
「きのことか木の実があったら拾って来てね!」
次々かけられる声はバートが第一の森に行くことを前提としたものばかりだ。
せめて、恵真はと期待を持って視線を送ると彼女は笑顔を浮かべる。
「テオ君の言う通りです。今の時期って、いろんな果実やきのこがあるんですよね? 確か、バートさんはきのこ博士だって言ってらしたし、期待してますね!」
「あー……、あの日のオレはなんてこと言っちまったんすかねぇ」
時を経て、返ってきた自分の言動を反省しつつ、バートは肩を落とす。
こうして、第一の森に行くメンバーが決まったのだ。
最近、節々が痛むので温めたり、ストレッチをしています。




