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《1/15 小説3巻・コミカライズ1巻発売!》裏庭のドア、異世界に繋がる ~異世界で趣味だった料理を仕事にしてみます~  作者: 芽生


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214話 秋の訪れと魚料理 2

予約日を間違えておりました!

お待たせしました。

お楽しみ頂けたら嬉しいです。



「なるほどねぇ、それでこれがお嬢さんが作った魚料理って訳だね」


 今夜も賑やかなホロッホ亭、店主のアメリアは差し出された料理の数々にそう呟く。アメリアの目の前にあるのはタッパーに入った料理である。

 どれも恵真が家にある魚を使って作った料理だ。

 魚より肉が好まれるマルティアで、どんな味付けが好まれるかを探るために恵真が試作したのだ。


「やっぱり、ガツンとした味付けがいいんすかね?」

 

 バートがまず考えたのは味付けのことだ。

 冒険者や兵士は汗をかくため、濃い味付けを好むのだ。


「味はもちろんだが、魚の調理に慣れているか、いないかも重要だな」

「あー、魚はちゃんと処理しないとくさみが出るっすもんね」


 恵真はもちろんアメリアなど料理店であれば、魚の調理に長けた者が必ずいる。

 あるいはリアムやバートなど、冒険者や兵士は野営の際などに必ず魚を調理した経験がある。

 セドリックの元に来たシグレット地域の相談は、魚に慣れた者以外の人々にも親しみの持てる味付けや、手軽な調理法が必要となってくるだろう。

 リアムとバートがそんな話をしている中、アメリアは小皿に恵真の魚料理を移す。

 

「ん! こりゃ、以前教えてもらったマリネの魚版だね。味がしっかりと染みてて、油っぽさがなくていいね! しかし、どっちも揚げた魚だけどさ、味付けは違うのかい?」


 アメリアが口にしたのは鯵の南蛮漬けである。

 じゅわっと染みたマリネ液に、たまねぎのシャキシャキとした食感、そこに鯵の旨味が合わさって、食欲はさらに増す。

 エールにも合うこの料理は肉を使った南蛮漬けよりあっさりとしており、歳を重ねた者に好まれるだろう。

 もう一品は鯖の竜田揚げである。こちらはバートが口に運んだ。


「あ! カリッとした衣の食感とほろっと崩れていく魚の身と脂がいいっすね! 生姜が効いてると魚の青臭みが減るんすねぇ」

「どっちの料理もどんな魚でも問題なく作れそうだし、なにより満足感も高いから冒険者達にも受けが良さそうだね」


 本来は片栗粉を使うのだが、ここマルティアでも扱いやすいように、恵真は米粉を使っている。この土地で普及させるにはこの土地で入手出来るものでなければならないというのが恵真の変わらぬ考えだ。

 今回は醤油を使っているが、それもマルティアの調味料に置き換えても問題ない。

 酢の代わりにこの土地で採れる柑橘類、トルートの絞り汁でも構わないのだ。


「この分だとあまり心配はなさそうだね。問題はやっぱり調理に慣れ、不慣れの差が大きく出ちまうってことくらいかね」

「魚を下ろすのには経験も必要っすもんね。基本的なことっすけど、そこが今回一番難しいことっすよね」


 まるで自分も商売人であるかのような口ぶりのバートだが、その視点は正しい。アメリアもそう思ったのだろう。バートの言葉に腕組みをして考え込む。

 皆が皆、調理の技術に長けた者ではないのだ。

 しかし、だからこそ挑戦する意味がある。

 そう言った意味ではセドリックが恵真に依頼した魚料理も、新たな風をマルティアに生む可能性を秘めているのだ。

 当の恵真本人はあくまで料理が好きなだけなのだろうが――。

 昼の恵真の張り切る姿を思い出し、リアムはふと口元を緩めるのだった。



*****



 今日の喫茶エニシのバゲットサンドはサバサンドだ。

 トルコなどでよく食べられているもので、塩を振り、適度に水分を取ったサバを焼き上げ、おおまかな骨を取り除く。

 水気をしっかり取った薄切りの玉ねぎ、トマトやレタスを恵真はカリッと焼き上げバターを塗ったバゲットに乗せた。

 皮を上にしてバゲットに挟み、レモンを添える。

 これがサバサンドである。そこに薬草としての需要を考え、恵真はバジルソースも加えた。

 

「あ! それでどうだったかな? お客さんの反応!」


 店に戻ってきたアッシャーとテオ、そして冒険者ギルドから帰ってきたナタリアに恵真はすぐそう尋ねる。冒険者ギルドにも今回、通常のバゲットサンド以外にサバサンドを持っていってもらった。

 冒険者達、そして街の人々の魚料理への反応を知るためである。

 

「すぐに食べてくれた人がいてね! すっごくおいしいって!」

「魚でも脂が多くって満足感があるし、酸味もあるからさっぱりしてるって皆さん言っていました!」

「本当⁉ じゃあ、味は問題ないみたいだね」


 テオとアッシャーの言葉に、恵真は安堵の表情を見せる。

 しかし、ナタリアの表情は優れない。


「――私が聞いたところだと、魚料理に対する苦手意識があるようだな」

「え、味は凄くおいしいよ!」


 テオの問いにナタリアも頷く。


「あぁ、私もそう思う。問題は調理をする人々の意識なのではないか? 冒険者や兵士は川で魚を釣り、調理する。魚の調理に抵抗がないんだ。しかし、街の人々に聞いたところ、不得手な者も少なくないらしい」


 どうやら、冒険者ギルドから戻る際にナタリアは街の皆の意見を聞いてきてくれたらしい。シグレット地域から来た魚を実際に調理するのは、街の人々なのだ。

 こうした意見と言うのは参考になる。

 

「だが、店で出るなら食べたいと意見は多かったぞ」

「ふふ、ありがとうございます! ナタリアさん」

「いや、いい」


 恵真の表情が曇ったことを案じたのか、慌ててナタリアが口にする。

 わざわざ、街の人の意見を聞いてくれたナタリアの優しさに、恵真は感謝の言葉を告げた。

 

「魚の味は皆さんにも好まれる――問題はやっぱり調理法ですよね」


 すぐに家庭に広がらずとも、冒険者の街マルティアには様々な店がある。

 まずは料理店で広がっていくのも良いのではと恵真は考える。

 魚料理に親しみを覚えてもらい、いつか家庭料理として広がっていく――そんな道もあるのだ。

 今現在、船で届く魚の多くは貴族や料理店などに届けられる。

 それ以外の小魚などは買っても塩焼きにする程度なのだ。

 その土地にはその土地の常識や文化がある。改めて、食文化の違いを実感した恵真は気持ちを引き締めるのだった。



*****



 日差しはまだ強いのだが、百貨店内はもう秋の色合いである。

 服はもちろん、コスメやネイル、似合う色合いは季節によって異なるのだ。

 祖母の瑠璃子の爪先もまた、深みのあるボルドーに染まる。

 いつもと変わらぬ爪先の恵真だが、足元は少しヒールのあるパンプスを選んだ。


「いいわねぇ。やっぱりこういうところに来ると、背筋がしゃんと伸びる気がするわ。私の大事な気分転換ね」

「ふふ、おばあちゃんはおしゃれが好きだもんね」


 紫色のカーディガンを羽織り、首元をスカーフで華やかにした祖母は孫の恵真から見ても洒落ている。


「あら、恵真ちゃんだって気持ちが少し変わるでしょ? いろんなものから刺激を受けたら新たな発想にも繋がるんじゃないかしら?」


 どうやら、魚料理に悩む恵真を見かねて、祖母は買い物へと誘ってくれたらしい。

 突然の誘いは懸命になり過ぎて、視野が狭くなることがないようにという祖母の優しさなのだろう。

 恵真の口元は弧を描く。


「それにこの前に教えてもらったデザートを食べなきゃ!」

「……? あ、この前私が教えたやつ?」


 先日、恵真がスマホで見せた秋のデザートの数々、どうやらそれも今日の外出の理由らしい。

 足取りも軽い祖母の後姿に恵真はくすくすと笑ってしまうのだった。


 

「ん! 美味しい! 和栗のモンブラン、大正解!!」


 滑らかな食感と和栗の風味が広がり、恵真は感嘆の声を上げる。

 和栗のモンブランに紅茶という落ち着いたチョイスは恵真らしいと瑠璃子は思う。

 そんな瑠璃子の前にはマロンとスィートポテトのパフェ、そして二人の中間に二種類の葡萄のタルトが置かれている。

 せっかくの季節限定なのだ。三種類全て味わうべきだと祖母と孫の意見はメニュー表を見てすぐに一致した。


「食事も季節の味わいがあるわよね。恵真ちゃんが今回扱う魚も季節によって違うけど、秋から冬にかけて脂がのって美味しい時期ね」

「そうなんだけど、皆さん調理に苦手意識があるようで……」


 恵真の言葉に当然だという表情を瑠璃子は浮かべた。


「魚料理が手間なのは事実だもの。それは仕方ないわ」

「おばあちゃんでもそう思うの?」

「あら、でも昔よりもずっと便利になったのよ。電子レンジは昔はなかったし、焼き魚のグリルだって、もっと前はなかったもの」


 瑠璃子の言葉に恵真は納得したように頷く。

 今では、コンロがあり、焼き魚はもちろんフライパンで魚を調理することも出来る。オーブンや電子レンジ、使える道具は様々あるのだ。


「昭和、平成、令和、色々と変わっていくんだから道具は便利に使えばいいのよ。マルティアもきっと同じ。変化していく中で生まれるものもあるわ。なにより、恵真ちゃん自身がそこに携わっているんだもの――なかなかに立派なことなんだから、もう少し胸を張りなさい」

 

 そう言った瑠璃子はパフェを口に運ぶ。

 恵真の住む世界でも食文化は変化していく。マルティアの食文化も同じように変化していっている最中なのだ。

 そこに恵真も携わっている。祖母の言葉に恵真はほんのりと胸が温かくなる。

 そんな恵真に気付いたのだろう。話題を変えるかのように、瑠璃子はメニュー表をぱらぱらとめくる。


「あら、見て恵真ちゃん。秋野菜のグリルと包み焼きハンバーグですって。あら、きのこと粗びき肉のパスタも美味しそうだわ」

「もう、おばあちゃんたら」


 食欲旺盛な祖母に恵真は笑ったが、ふと何かに気が付いたように表情が引き締まる。


「今あるものに新たなものを加える――そうしたら受け入れやすい形になるのかも」


 そう呟いた恵真は真剣な表情で何やら考え出す。

 どうやら今日の気分転換は新たなヒントへと繋がったようだ。

 じっくりと考えこむ恵真の様子に、孫が注文したのがパフェでなくモンブランで良かったと思う瑠璃子であった。



 

皆さん、いつも温かく見守ってくださり、ありがとうございます。

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