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《1/15 小説3巻・コミカライズ1巻発売!》裏庭のドア、異世界に繋がる ~異世界で趣味だった料理を仕事にしてみます~  作者: 芽生


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213話 秋の訪れと魚料理

今回のSSはアッシャーとテオです。

お楽しみ頂けたら嬉しいです。


暦の上では秋だと言うのに、9月に入った今も8月と変わらない暑さが続く。

 だが、夜になり、外から虫の音が聞こえてくることに、恵真は訪れつつある秋を感じる。

 日が暮れるのも幾分かは早くなった気がする。

 少しずつではあるが、季節は移り変わっていくものだ。

 食卓の上にはそんな秋を感じられる食材が並ぶ。

 具沢山の味噌汁に菊の花ときゅうりの和え物、ナスの揚げびたしにはおかかがたっぷりと乗っている。そしてもう一品は素材をそのまま生かした料理、枝豆の塩ゆでだ。


「うん! やっぱり、枝豆とビールは最高の相性だわ」

「秋からの枝豆はさらに美味しいもんね」


 夏の始まりから旬となる枝豆だが、種類によってはお盆時期から9月後半にかけてが最盛期となる。甘みと香りの濃いこの時期の枝豆は、小さい実の中に旬の旨味がぎゅっと詰まっている。

 酒を嗜まない恵真だが、その味わいを十分に楽しんでいた。

 

「夏の枝豆もいいけど、私はこの時期の枝豆が好きだわ」

「ふふ、秋は美味しい食べ物が増えるもんね。これから楽しみだなぁ……さつまいもでしょう? あとは栗、それにサンマに、あと何があるかなぁ」


 次々と秋の味覚を呟き、数える恵真だが、秋の楽しみは他にも色々ある。

 食事にだけ関心が傾いている恵真に、祖母の瑠璃子が笑いながら指摘する。


「確かにそういうのもいいけど、他にもあるでしょう? 芸術に読書、そうそう、秋の服ってオシャレよね! 季節的にも過ごしやすいし、お洋服も選びやすいわ! せっかくだし、今度百貨店に行ってみない?」


 暑さが続いた夏の装いから、秋の落ち着いた服装へと移り変わる。その時期の装いを楽しむのもまた季節の楽しみの一つだろう。

 祖母の提案に恵真の表情がぱっと明るくなる。


「じゃあ、そのときには秋限定のお菓子も食べに行こう!」

「え、お菓子?」


 予想外の返答に瑠璃子は恵真に問いかける。

 嬉しそうに頷いた孫娘の恵真は何やら、手の中でスマホを操作し、瑠璃子に画面を見せる。そこには輝くように美しい、秋のデザートの数々があった。


「……悪くないわね」

「でしょ、でしょ⁉ この和栗のモンブランもいいし、マロンとスィートポテトのパフェ、あ! 二種類の葡萄のタルトもいいね!」


 瑠璃子も恵真の手元のスマホ画面を熱心に見入る。

 どうやら、秋の味覚の誘惑には洒落っ気のある瑠璃子でも敵わないらしい。

 似ていないようで似ている祖母と孫、そんな様子にソファーでくつろいでいたクロが呆れたようにみゃう、と鳴いた。



*****



「リアム、お前を呼び出したのは他でもない。前に行ったシグレット地域を覚えているか?」

「――シグレット地域……。あぁ、あのタコで溢れた小さな港町のことだな」


 その日、ギルド長であるセドリックに呼ばれたリアムは、冒険者ギルドを訪れていた。ギルド長室に案内されたリアムに、さっそくセドリックは要件を伝える。

 シグレット地域は過去にリアムとセドリックが、未確認生物の討伐で訪れた町である。そこで大量発生した未確認生物を討伐、研究する目的であった。

 しかし、なぜか研究目的で捕獲したタコをセドリックが気に入って、セドナと名前までつける珍事となったのだ。


「で、その町がどうかしたのか?」


 リアムの問いかけにセドリックは珍しく深刻な表情を浮かべた。


「あぁ、あの地域なんだが漁自体は好調らしい。しかし、どうにも他の街への魚の普及は今ひとつらしい。その件で相談を受けてなぁ」

「なるほど。マルティアはもちろん、周辺の街も山や森が近いせいか、肉料理を好むからなぁ」


 冒険者が多いこと、また周囲を山野に覆われていることから、マルティアの周辺の地域は魚料理よりも肉料理が好まれる傾向にあるのだ。

 他の街から運ばれる魚以外は川魚を食べるくらいの周辺の街や村、それはシグレット地域の人々にとって、新たな販路の開拓に繋がるのだろう。

 セドリックの言葉にリアムは顎に手を置く。


「だが、なぜその相談がお前に来たんだ?」

「それはだな、セドナとの出会いを通し、俺があの地域との関係を深めたからに他ならない。なにせ、あの地域はセドナを生んだ海があるからな!」

「……そうか」


 聞いたことを少々後悔しつつ、リアムはそう口にする。

 呆れを含んだその言葉にダメージを受けた様子もなく、セドリックは白い歯を見せて笑った。


「そこでだな。トーノ様にこの件をご相談したいと考えている」

「またか? トーノ様はご自身の店の経営で多忙でらっしゃるんだぞ」

「いやいや! この件はお前が思っている以上に重要な案件だぞ、リアム⁉」


 リアムには断られそうな雰囲気を察したのか、身を乗り出してセドリックは話し出す。セドナの件で肩入れしているのは否めないのだが、セドリックは仮にもマルティアの冒険者ギルド長である。

 決して、そのような私情のみで動いているわけではないのだ。


「いいか。シグレット地域の問題だけではないぞ。食材の選択肢を増やすということは、有事の際にも重要なことなんだ。食糧が不足した際、調理法や食材を開発していることが役に立つだろう!」

「…………それは一理ある」


 サイモンが新たな携帯食の開発に取り組んでいるが、食材や調理の幅が広がることは、人々の生活を豊かにし、同時に経済の発展にも影響を与えていくのだ。

 喫茶エニシとその店主、恵真の行動を通し、リアムはそう実感していた。


「そうだろう! そうだろう! そうと決まったら、すぐに行くぞ!」


 リアムの言葉に勢いづいたのか、セドリックは立ち上がる。

 彼の言う行き先がどこなのかは聞かずとも想像がつく。

 リアムの気が変わらないうちに、共に行こうとセドリックは考えているのだ。

 小さくため息を溢したリアムも仕方なしに席を立つ。

 こうしてリアムとセドリックは、喫茶エニシへと向かうのだった。



*****


 

「魚ですか? いいですね!」

「そうですよね? そうですよね? ほらな、リアム」


 好反応を見せる恵真にセドリックは得意げにリアムに笑いかける。

 事情を聞いた恵真が快諾するであろうことは、リアムにも想像がついていたことである。だからこそ、リアムは恵真に依頼することに難色を示したのだ。

 知らず知らずに自身の負担を増やす、悪い癖が恵真にはある――そうリアムは思っている。同時にそれは美徳でもあるため、リアムとしては口を挟むことが出来ないのだ。


「魚は体にいいですし、新たな料理は食生活を豊かにしますよね! 魚はたんぱく質はもちろん、カルシウムも含まれますし、ビタミンにDPAも! どんな魚が届けられるか、楽しみですね」


 恵真の話す意味の半分はよくわからない言葉で占められているのだが、なにやら重要なことなのだろう。訪れたことのないシグレット地域から、直接魚が運ばれてくるということを知った恵真は興奮した様子だ。


「ですが、魚は足が速いので運搬にも注意が必要です」

「そうですね。最近の暑さもありますし……」


 魚が今ひとつ普及していかない理由の一つがそれだろう。

 川魚や干した魚などはあるが、海で採った魚を他の街に運ぶには様々な工夫が必要となるのだ。

 氷を使ったり、魚をしめるなど、流通の発展した日本でも工夫がなされている。

 恵真とリアムが少し考えこんでいる近くで、テオは眉間に深い皺を寄せる。


「……足が速いの? 魚なのに? 魚なのに足?」

「違うよ、テオ。足が速いって言うのは傷みやすいっていう意味だよ」


 弟の言葉にアッシャーは笑いを堪える。

 少々むっとした表情になるテオだが、同時に気恥ずかしそうに髪を直す。


「内臓を取り出して、干したりもするだろ? ほら、煮物やスープに入れて戻して使うやつ」

「あ、そっか!」


 どうやら、マルティアでも魚の鮮度を保つために様々な工夫がなされているらしい。


「あぁ、そうだな。魚の多くは氷漬けにして船で輸送しているんですよ。しかし、その分、値も高くなるので庶民向けではなくなります。庶民向けには小魚などですね。そこで、今回はトーノ様にそう言った庶民的な魚の調理法を考えて頂きたいのです」

「はい。私としてもその方向性のほうが作りやすいです」


 恵真も幼い頃から魚を食べる機会は多く、魚料理には親しみがある。

 マルティアでは肉料理が好まれるため、喫茶エニシではたまにしか上がることのない魚料理だが、祖母との食卓にはよく上がるのだ。

 

「んみゃう! んみゃうなう!」


 どうやらクロも大賛成のようで、恵真に向かって嬉しそうに鳴き声を上げる。

 魚料理を作れば、アラなども出る。その身を骨と丁寧に分け、いつものエサに乗せてくれることをクロは期待しているのだ。


「よし! じゃあ、今うちにある魚でどんな料理がマルティアの人に好まれるか、試作をしてみようかな」


 魚の種類は届いて見ねばわからない。

 だが、どんな味を人々が好むかは、試作して合う調理方法をあらかじめ探しておいてもいいだろう。

 セドリックとクロの期待を背に、恵真は人々に好まれる魚料理はなにがいいかと考え始めるのだった。



次回から本編再開です。

秋ですね。読書、運動、芸術など

皆さんは何が楽しみですか?

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