SS クロと元王宮魔導師オリヴィエ
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コミカライズ版『裏庭のドア』は9/5から
ピッコマさんで公開開始だそうです。
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喫茶エニシに訪れる客の中でも、常連客は定位置が決まってくる。
なぜそこに座るのかはそれぞれに理由があるのだろう。
カウンター席にこだわる者、テーブル席の端側に必ず座る者、大きなテーブルで他の客との歓談を楽しむ者と様々だ。
しかし、誰もが遠慮して座らない席が唯一ある。
窓側のソファー席だ。
ここは魔獣であるクロの定位置となっており、他の客がそこに座ることはない。
むしろ、そこに座るクロの姿を楽しむ客までいるほどだ。
ナタリアの師匠、ファルゴレもその一人である。
招き猫というのか、看板猫とでも言えばよいのか、クロもそれなりにこの店に貢献しているようだ。
しかし、ただ一人、魔獣であるクロと窓際のソファー席を争う者がいる。
オリヴィエである。
「なんで客であるボクの隣に、この子がいるのさ!」
「みゃうみゃ」
オリヴィエの隣には渋々という表情で香箱座りをするクロがいる。
なんと言っているかはわからないが、抗議の声であることがオリヴィエにも十分に伝わってくる。
むっとするオリヴィエだが、当然クロもその態度を変えることはない。
ここ最近の喫茶エニシではよく見る光景である。
魔獣のクロにも臆することがないのは、元王宮魔導師のオリヴィエだからこそだ。
ある意味で良いライバル関係にも恵真には見えているのだが、ここは声をかけるべきだと考える。
「譲るべきじゃない? クロ」
「んみゃうー」
先程とは打って変わり、甘えた声を出すクロにオリヴィエは再び眉をしかめるが、その愛らしさにフォルゴレが味方する。
「いえ! クロ様は我々とは一線を画す高貴な存在、客人であろうことは些末な問題でしょう!」
「んみゃ!」
「むしろ、お隣に座らせて頂けることは感謝すべきことではないかと!」
「んみゃうみゃ!」
大柄で厳ついフォルゴレは小動物と甘味をこよなく愛している。
しかし、その威圧感で大抵の動物は逃げ出してしまうのだ。
その点、魔獣であるクロは彼を恐れることなく、愛らしさを堪能できるため、喫茶エニシは彼にとって癒しの場である。
フォルゴレという味方をつけ、胸を張り、誇らしげにオリヴィエを見るクロをオリヴィエはキッと睨む。
「んー、このまま一緒に座っていればいいんじゃないかなぁ」
「そうだよな、こだわってるのは二人だけだし」
アッシャーとテオの意見はもっともであるが、オリヴィエもクロも納得した様子はない。ゆったりと心地よく、ふかふかのソファーを一人でまったり満喫したい――極めてシンプルな考えを両者は持っているのだ。
しかし、魔獣と元王宮魔導師がいる店内は安全で平和でもある。
今日も穏やかに時間が過ぎていく、喫茶エニシであった。
*****
「でね、ボクは客だというのにあの魔獣は譲ろうとはしないんだよ? 信じられないほど態度が大きいんだ」
「――それをお前が言うか?」
不満を愚痴りにオリヴィエが訪れたのは、冒険者ギルドだ。
友人であるセドリックは冒険者ギルド長であり、その執務室のソファーに腰かけたオリヴィエは足を組む。
なかなかに生意気な態度であり、態度が大きいのはオリヴィエも変わらないのだが、今さら言っても仕方がないことだ。
偶然、訪れていたリアムは憤慨するオリヴィエに口元を緩める。
ハーフエルフであり、元王宮魔導師のオリヴィエ。
その能力を評価される一方で、周囲の魔術師達から反発を招き、居場所を失った過去がある。
そんな彼が素で話せる程、喫茶エニシは居心地が良いのだろう。
「あのソファーはボクの定位置なのにさ!」
定位置が出来る程、喫茶エニシへと通っているということでもある。
仲間であるリアム達は友人として接することは出来るが、だからこそ対等であり、子どもとして見ることはない。
しかし、喫茶エニシでは見た目通りの少年として扱われる。
齢157歳となるオリヴィエだが、種族としてみればまだまだ子どもなのだ。
「まぁ、いいじゃないか。魔獣の横に並べるんだぞ」
「あぁ、クロ様は高貴な存在でもあるからな。その隣に座るのを許されているんだ。ある意味、オリヴィエの力は認められているとも言える」
セドリック、リアムの言葉に悪い気はしないオリヴィエだが、それでも彼はあの席を譲る気はない。
窓側で季節の変化を感じられ、座り心地の良い二人掛けのソファー席を独占する――これは二人の高き能力を持った者の争いなのだ。
「違うね。二人はまったくもって、わかっちゃいないんだ。これは戦いなんだよ? 高い魔力を持った者同士のね!」
深い緑の瞳は魔力の高さだ。クロは深い森のような緑色、オリヴィエは海のような緑色をしている。互いにその小さな体に膨大な魔力を秘めている。
そんな高位の存在の争いなのだが、周囲の者達は微笑ましく見守っているのが実情だ。なぜか競い合う二人だが、そのこだわりの対象は座席である。
それだけではない。傍から見れば、クロとオリヴィエの争う姿は可愛らしいのだ。
「じゃあ、ボクはそろそろ行くからね!」
そう言って、ケープマントを翻し、部屋を出ていくオリヴィエ。
訪れる先はおそらくまた喫茶エニシだろう。
セドリックとリアムは、友人の居場所が増えたことに笑みを溢すのだった。
*****
その時間、喫茶エニシの客は珍しくいなかった。
クロは気分転換なのか、ソファーから降り、店内を自由に歩き出す。
誰も座っていない窓際のソファー席を興味深そうにテオはじっと見つめる。
「このソファーってそんなに座り心地がいいのかな?」
「座ったことはないけど、触ったらふわふわだったぞ。テオも触ってみろよ」
掃除の際やテーブル上の皿を下げるとき、無意識に触れたソファーのふんわりと心地の良い手触りをアッシャーは知っているのだ。
兄の言葉に誘われ、テオはそっとソファーに触れる。
ふんわりとした触感だが、ぐっと力を入れると適度な反発があり、同時にその力を受け入れてくれる心地よさがある。
「うわぁ! 凄くいいね!」
「だろ? だろ? クロ様やオリヴィエのお兄さんが座りたがるのもわかるよな!」
ソファーというものはどうやら子どもには魅力的らしい。
今はちょうど客もいない。はしゃぐアッシャーとテオを恵真はくすくすと楽し気に見つめるのだった。
冒険者ギルドを後にしたオリヴィエは喫茶エニシのドアを開く。
足を踏み入れたオリヴィエと恵真の目が合う。
オリヴィエを見た恵真の表情が申し訳なさそうなものへと変わる。
「ごめんね、オリヴィエ君。先にもう――」
その言葉にクロが先に座ってしまったのかと思うオリヴィエだが、小さな魔獣は棚の上で静かに座り、こちらを見つめる。
なら座れるのではと思い、オリヴィエは視線をソファー席へと移す。
目に入った光景に一瞬目を丸くしたオリヴィエだが、ふっと表情を和らげる。
そこにはお互いにもたれかかりながら、すやすやと眠るアッシャーとテオの姿があった。
「座り心地を確かめていたんだけど、眠っちゃったみたいで……。今、お客さんはオリヴィエ君だけだから、もう少しそのままでいいかな?」
そう恵真に問われたオリヴィエは、肩を竦める。
こんなに気持ち良さそうに寝る二人を起こすのは、オリヴィエとしても気が引ける。クロが棚の上にいる理由も同じものだろう。
「……仕方ないね。今日だけだよ」
そう言ってオリヴィエはカウンター席へと歩いていく。
棚の上から、たんと飛び降り、テトテトとクロはオリヴィエの隣の椅子へと腰かける。
「なにさ?」
「んみゃうにゃ」
「ま、今回は引き分けなんじゃない?」
「みゃ」
どうやら、魔獣であるクロも元王宮魔導師であるオリヴィエも、アッシャーとテオには敵わないようだ。
キッチンに立つ恵真からは、アッシャーとテオの可愛らしい寝姿が見える。
お互いに体を預け、すやすやと眠るその姿に、もう少し寝かせておこうと思う恵真であった。
地域によってはもう二学期が始まったそうです。
8月いっぱいがお休みの地域もあるのかなと思います。
無理せず、ご自身のペースでお過ごしくださいね。




