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《1/15 小説3巻・コミカライズ1巻発売!》裏庭のドア、異世界に繋がる ~異世界で趣味だった料理を仕事にしてみます~  作者: 芽生


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211話 完熟トマトと夏の終わり 2

暑い日が続きますね。

食事や睡眠、大事だなと思います。


 恵真が作ったトマトソースはそれぞれに違う使い道がある。

 そのために、三種類違う形を用意したのだ。

 喫茶エニシでの食事にも使えるのではと、ここ数日、恵真はいくつかの料理にトマトソースを使っている。

 じゃがいものオーブン焼き、トマトソースのパスタ、冒険者ギルドに降ろすバゲットサンドはホットドッグとおなじものなので、トマトソースとの相性はばっちりだ。

 昼過ぎの喫茶エニシは一時的に空いている。その時間を片付けやアッシャーとテオの休憩に使うのだ。


「トマトは食べやすいし、使いやすい。それに栄養価も高いんだよ」

「うん、いろんな料理に使えるんだねぇ」


 同意するテオが食器を片付けながら頷く。客が残した皿はすっかり空になっている。それをよいしょとテオが持ち上げた。


「皆さん、美味しいっていってましたね!」


 テオを手伝いつつ、アッシャーがそう言って笑う。

 訪れる客からもその味は好評で、アッシャーの言葉に恵真は相好を崩す。

 それでも、保存の問題は解決したわけではない。

 恵真の元では作ったソースは冷蔵、あるいは冷凍して保存が可能だ。

 

「リアムさんやアメリアさんのとこにトマトソースを分けたけど、どうだったかなぁ」


 茶碗を洗いつつ、恵真はそう呟く。

 リアムがジョージからトマトを買い入れるのを見た恵真は、信仰会の集会所用にトマトソースの作り方を教えた。

 アメリアにもホロッホ亭で使えるようにと自身で作ったトマトソースを分けたのだ。

 リアムが言うには集会所ではすぐにトマトソースを使い切ったとのことであったが、ホロッホ亭ではどうなのだろう。

 

「エマさんみたく、魔道具があればいいのにね」

「それは難しいだろ。あ、でもホロッホ亭には貯蔵庫みたいのはあるみたいです。僕も行ったことがないんですけど……」

「そっか、それならもう少し保存が効くかもしれないね」


 テオもアッシャーも、酒場であるホロッホ亭には足を運んだことがないのだ。

 貯蔵庫というのがどのようなものかはわからない恵真だが、アメリアのことだ。上手くトマトソースを使ってくれているに違いない。

 しかし、マルティアの一般家庭ではそうはいかない。

 トマトの売れ行きが芳しくないのは、見た目だけではなくこういった事情もあるのだろう。

 

「この暑さがいろんなところに影響するんだね」


 水分量の多いトマトの長期保存は難しい。

 今回、トマトの見た目にも影響があり、値が下がっているとジョージが言っていた。それでは農家の人々が影響を大きく受けることだろう。

 安く譲ってくれるとジョージに言われたときは、喜んでしまったが、育ててきた人々にとっては大打撃なのだ。

 消費者はどれを買うか選べるが、生産者はそうではない。

 恵真が暮らす世界でもこういった問題はあるが、マルティアではより深刻なのだろう。

 天候の影響を受ける大変さにあらためて気付く恵真であった。



*****



「お嬢さんが作ったトマトソースだけど、なかなかいいねぇ!」


 そう言ったアメリアがリアムとバートに出したのは、トマトソースを使ったつまみである。

 クラッカーや茹で野菜にトマトソースを添えたもの、肉が入ったトマトソースをパンの切れ端に乗せ、チーズをかけてこんがり焼いたもの、トマトソースをベースに野菜や肉を煮こんだものなど、ホロッホ亭のテーブルは賑やかである。

 トマトソースをベースにすれば、調理の時間も減り、料理の幅も広がるのだ。

 アメリアとしては大助かりである。


「えぇ、味はもちろん、色鮮やかで食も進みますね」

「それにしても、この暑さじゃ、野菜だけでなくオレらも参っちまいますよ。いやぁ、水分補給っすね」


 そう言いつつ、エールをぐいっとバートは飲む。

 久しぶりに会うバートの日焼けした肌は、ここ最近の日差しの強さとバート達兵士の忙しさを物語る。

 普通に過ごすだけでも体力を奪われるのだ。軽口を叩く元気があるのは良いことだろう。

 だが、バートが口にした水分という言葉でリアムは少し眉を顰める。

 この暑さが日照りや水不足に繋がるのではという懸念も出てきているのだ。


「まったく自然のこととはいえ、ままならないものだな。農民たちにとってもこれ以上、野菜の値が下がることは問題だろう。この状況が続かないといいんだが……」


 リアムの言葉にアメリアはふっと笑う。

 同じことを懸念し、行動した男が脳裏に浮かんだのだ。

 そんな笑いを見逃さなかったバートがアメリアに問いかける。


「どうしたんすか?」

「いやぁ、実はさぁ、ジョージのとこにトマトを持ち込んだのは商人じゃあないのさ」

「どういうことですか?」


 ジョージは長年商売をし、商業ギルド長も務めたこともあり、顔が広い。

 彼を頼って多くの者が決して大きくはない彼の店を訪れるのだ。

 今回も商人が彼を頼ったものだと思っていたのだが、どうやら事情が違うらしい。

 リアムとバートの表情を見たアメリアはおかしそうに笑う。


「少し離れた農村からジョージを頼ってトマトを持ち込んできた人らがいたらしくってね、ここまで来るのも大変だろ? 見かねたジョージが、いつもの値段で引き取ったらしいんだよ」

「え、その……今季のトマトってあんまし状態が良くないって噂っすよね」


 めずらしく遠慮しつつ、おずおずとバートが尋ねる。

 バートの言う通り、今季は日焼けなどで見た目はあまり良い物ではない。おまけにこの高気温で室内の温度も上がるのだから、皆が手に取る機会も減ってしまっているのだ。

 見た目のせいで値が下がったトマトが、更に売れなくなっている。

 そんなトマトをいつもと同じ値段でジョージは引き取ったと言うのだ。


「そうなのさ、それをいつもの値段で引き取ったんだ。その代わりもしも、いつかトマトの値段が上がったときには、この値段で売ってくれってね」

 

 にやりと笑うジョージの姿がリアムにもバートにも目に浮かぶようだ。

 長く続ける仕事には浮き沈みが出てくる。天候に影響される仕事ならば、よりそれが顕著であろう。

 

「値が上がるときには……っすかー」

「あの人らしいな」


 もちろん、そのときにはジョージに利益が出るだろう。

 しかし、そのときがいつ来るのかはわからない。もしかすると、当分来ないかもしれないのだ。

 そもそもトマトは長期間の保存が出来ないため、引き取れば引き取るほど、ジョージの利益は薄くなる。

 ジョージの意外な一面を告げたアメリアは豪快に笑う。

 

「まぁ、そんなんだからさ。あたしもこうして引き取ったわけさ」

「トーノ様は違うんすか?」

「お嬢さんはただ、料理が好きなだけだろうねぇ。でも、ジョージは感謝してたよ」


 やはり、そのような事情があったのかとリアムは口元を緩める。

 ジョージは顔も効き、情報収集や商売の上手さを知っているリアムとしては、何かしらの事情があって、動いているのだろうと推測していた。

 その裏には、思いがけないジョージの面倒見の良さがあったのだ。

 

「やはり、問題は保存になるんですね。ちょうど今、船旅の問題が冒険者ギルドにも商業者ギルドにも持ち上がっているようです」

「あぁ、船旅の不満はうちでも皆こぼしているねぇ……。食事は毎日のことだし、そりゃあ負担に繋がるよ」


 ひたすら続く海の上、楽しみの一つが食事である。

 その食事は商人や冒険者の健康にも深く影響するのだ。

 普段、何気なく口にしている食事と食物だが、生きることと直結している。

 まだ続くだろうこの暑さと、その影響にリアムは眉間に皺を寄せるのだった。



 「どうすれば、トマトをもっといい形で保存出来るのかな」

「んみゃうにゃ」


 真剣な表情で料理の本をめくる恵真の膝の上で、クロが鳴く。

 恵真は今日、喫茶エニシ閉店から熱心に料理の本と向き合っている。

 それがなんとなく気に入らないクロは、テーブルの上に乗ったり、鳴いてみているのだが、真剣な恵真の関心を自分に向けることは出来ずにいた。

 しかたなく、膝の上に乗っているが、クロとしては満足できる状態ではない。

 そのとき、すんすんとクロは匂いを嗅ぐ。

 先程から、何か強い香りが台所から部屋へと届いてくるのだ。


「みゃうにゃう!」


 もういい! とばかりにクロはすっくと立ちあがり、すたすたと台所へと向かう。

 いつまでも構ってくれない恵真に執着する程、クロは自立出来ていないわけではないのだ。

 凛とした足取りで、クロはテトテトと台所へと向かう。

 クロは美しく孤高の存在であり、高貴でもある。

 別に瑠璃子から何か貰おうとかそういう算段ではない。クロは自立した存在なのだから。

 

「――あ、クロ行っちゃった……ん? 何? この香り」


 香りに気付いたらしい恵真がクロの後を追いかけ、台所へと来る。

 追いかけてきても今さら遅いのだと思いつつ、クロのしっぽはゆらゆら揺れる。


「あら、恵真ちゃん。トマトソースは冷凍してあるのね、今度使わせて」


 キッチンに立つ瑠璃子は恵真に振り返ることなくそう問う。

 恵真はほとんどのトマトソースを冷凍した。瓶詰にしても、完全に密封できるわけではないので痛んでしまうのだ。

 この問題はマルティアでも同様で、トマトが保存に向かない理由の一つである。

 

「うん、パスタとかにもいいよね。で、おばあちゃん。この香りって何?」


 恵真がキッチンへと向かったのは、クロもあるが、漂うこの香りだ。

 どこか懐かしい香りは馴染みのあるものだが、何かはピンと来ない。

 そんな恵真に瑠璃子は笑って、ボウルを見せる。


「ほら、これよ」

「あぁ! 煮物にするの?」

「そう、出汁は炊き込みご飯にしようかなって思ってるの」

「えー、いいねぇ」


 そう笑った恵真だが、ふとこれを他のことに応用できないかと思う。

 例えばそう、トマトにもだ。


「そっか……、そうだよね! クロ、ありがとう!」


 台所に来なければ、この発想に至らなかっただろう。

 そう思った恵真はクロを抱きしめる。

 なんのことかわからぬクロだが、恵真の腕の中で満足そうにみゃうと鳴いた。



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