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《1/15 小説3巻・コミカライズ1巻発売!》裏庭のドア、異世界に繋がる ~異世界で趣味だった料理を仕事にしてみます~  作者: 芽生


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209話 七夕と冒険者ギルドの恋模様 3

いつも読んでくださり、ありがとうございます。



「私がギルドに来て間もない頃です。今思うと若さゆえの頑なさでした。現状よりもより良くしようと思うあまり、周囲が見えてなかった」


 懸命になるシャロンは効率を求め、冒険者ギルドを改善しようとしたのだ。

 しかし、それは冒険者の立場に寄り添ったものではなく、彼らからの強い反発を招いてしまった。

 シャロンは自分の幼さを思い出し、口元は弧を描く。


「そんなとき、ギルド長から食事に誘われたんです。串焼きの屋台でした」

「串焼きの屋台に誘ったの⁉」


 シャロンの言葉にアッシャーが驚きの声を上げる。

 気軽に入れ、味も良いと人気の串焼きの屋台だが、当然ゆっくり食事をする場所ではない。セドリックのセンスのなさは、アッシャーにもテオにも十分にわかった。


「私も初めて入ったもので雰囲気にのまれてしまって……それにお小言を言われるのではと緊張もしていました」


 新人がギルド長というトップに呼び出され、食事をする。そんな状況であれば、誰しも緊張するだろう。何より、シャロンは冒険者ギルドに波風を立ててしまっていたのだ。不安になるのも当然である。


「でも、ギルド長は何も言いません。私もただ黙って串焼きを口にもせず、彼が何を言うのかと待っていました。そのとき、彼に皆が話しかけてきたんです」

「――冒険者の人達?」


 テオが首を傾げてシャロンに問いかける。シャロンは頷き、微笑んだ。

 街の人々の信頼を集めるセドリック、特に冒険者達からの信頼は篤いのだ。

 それを子ども達まで知っている。そのことがシャロンにとって誇らしい。


「えぇ、皆がギルド長に話しかけて、たちまち笑い声が響いて――彼が慕われているのが一目見てわかりました。冒険者である彼らの意見も聞いて、そのうえでギルドとしての考えも伝える。それは私に欠けていたものだったんです」


 シャロンはあの日の出来事を懐かしく思い起こす。

 セドリックと話す冒険者達が自分に視線を移し、シャロンは固まった。

 何の不満を言われるのだろうと思ったシャロンに冒険者は「姉ちゃん、さっさと食え。熱い方がうめぇぞ」と言ったのだ。

 慌ててシャロンが串焼きの肉を思いっきり頬張ると、再び冒険者が尋ねる。

「姉ちゃん、うめぇか?」その問いに、口いっぱいに肉が入り、喋れないシャロンは何度も頷いた。

 すると、冒険者達が嬉しそうに笑ったのだ。隣のセドリックも同じように笑う。

 あの瞬間、シャロンは自分も仲間に加えて貰えたような安心感を抱いた。

 

「――じゃあ、串焼きは二人にとって思い出の料理なんですね」

「す、すみません! 会食には合わない料理でしたね……」


 恵真はセドリックとの会食のための料理を尋ねたにもかかわらず、ついセドリックの好みと思い出の串焼きを伝えてしまった。

 串焼きが悪いとは思わないが、喫茶エニシでの会食には似つかわしくない料理である。少々反省するシャロンの耳に恵真の声が届く。


「いえ、そんなこともないですよ」

「え? そ、そうでしょうか……?」


 不安げなシャロンを前に、恵真は微笑む。その微笑みを見ると、まるで大丈夫と言ってくれているかのようだ。

 戸惑いつつ、恵真が作ってくれた会食ではきちんとセドリックとの関係を回復せねばとシャロンは意気込むのだった。



*****

 


 会食の当日、恵真はアッシャーとテオを早めに帰らせることにした。

 喫茶エニシをセドリックとシャロンの貸し切りにするため、店自体をいつもより早めに閉めたのだ。

 今回、恵真が作る料理は彼女自身、初めて作るものである。

 そのため、朝から準備に余念がなかった。

 恵真からそのことを告げられたアッシャーとテオは最後まで心配そうな表情を浮かべていた。

 初めて作るが何度も食べたことがあるから大丈夫だと、恵真は伝えたが、二人の眉間の皺は深くなったものだ。

 しかし、恵真の発言にも事情がある。

 今回の料理は家で食べるというより、店で食べることが多い料理なのだ。

 カランとドアが開く音がして、恵真はそちらへと笑顔で振り向く。


「いらっしゃいませ! お待ちしてました。セドリックさん、シャロンさん」

「あ、あぁ、すまないな。時間より早かったかもしれん」

「いえいえ。どうぞ今日はこちらのカウンター席にお座りください」


 少し距離を置いて立つセドリックとシャロンには、どこかお互いを気にかける様子がある。しかし、それゆえに距離が開き、いつも通りではないようにも見えた。

 んみゃうと一声鳴いたクロが、二人の間を通り抜け、シャロンにだけ挨拶をするように体を近付ける。

 クロを撫でようとするシャロンには自然と笑みが浮かぶ。

 どうやら、クロなりにお客様をもてなしたつもりらしい。

 その笑みにセドリックにもほっとしたのか、口元が緩む。


「今日はお二人だけなので、お酒も用意しているんです」

「え、喫茶エニシでは酒類は置かないんだろう?」


 そう、アッシャーとテオがいることなども考え、恵真は酒類は置かないと決めている。しかし、今回は貸し切りであり、信頼が置ける二人だということで特別である。なにより、今日の料理には酒が合うのだ。


「今日はお二人のため、特別ですよ? それにアッシャー君達もいませんから。まずは、果実のサワーからどうぞ」


 そう言って恵真が差し出したのは洒落たグラスに入った果実のサワーだ。

 しゅわしゅわと炭酸が上がるのも見ていて涼しげである。

 そっとグラスを持ったセドリックはシャロンの方へ、グラスを傾ける。シャロンも遠慮がちにグラスを傾け、ちりんと鈴の音のような乾杯を交わす。

 口にすれば、酸味と同時に爽やかな香りが広がっていく。


「柑橘類だな?」

「正解です。夏みかんという果実のシロップを使ったサワーなんですよ。次はこちら、私の国のエールと枝豆です」


 恵真が出したのは泡立つエールと湯がいた枝豆である。

 日本では定番の組み合わせだが、セドリックとシャロンにとってはそうではないのだろう。恵真が差し出した器とふきんを交互に見つめる。


「つまんで口にいれる、皮はこちらに捨ててください。私の国では夏の定番料理なんですよ。ご家庭でも飲食店でも気軽に頂ける料理です」

「……甘く風味が強いな。うん、そこにエール……これはクセになるなぁ」


 大きな手で器用に枝豆を掴み、セドリックは口に運ぶ。シャロンはというと、そっと摘まんでおっかなびっくり口に入れ、よく噛んでいる。

 あまり、こういう食べ物には慣れないのだろう。それでも、表情がほころぶ姿に料理を楽しんでいるのが伝わってくる。


「違うぞ、シャロン。こう、ぴっとだな、押し出すんだ」

「はい……! あ、出来ました!」


 自然に会話し始めた二人を見て、内心で安堵する恵真だが、言葉にはしない。

 次の料理を静かに用意し、テーブルへと置く。

 二品目はそうめんを薄焼き卵で巻き、中にはほぐしたかにかま、カイワレも入り、彩りも良い。上には出汁をジュレにしたものをかけている。

 七夕、そして日本の夏に欠かせないそうめんをセドリック達が食べやすいようにと工夫したものである。


「フォークかスプーンですくって召し上がってください。形は少し違うんですけど、私の国の夏の定番料理なんです」

「見た目も綺麗ですね……卵を使っているのも凄い!」

「ホロッホの家畜化で卵も広がってきたからなぁ」


 こちらの料理も二人は気に入ってくれたようで恵真は口元を緩める。

 今回の会食で重要なのはセドリックとシャロンの会話が弾むことである。

 そのため、一口大ですぐ食べられる物を恵真は用意した。

 次に出す料理もまた同じ理由で選び、同時にシャロンが言った二人の思い出にもちなんだものだ。


「あ、そろそろ焼きあがりましたね」

 

 先程から恵真がちょこちょこと何かを覗いていたのだが、セドリックは気になっていたのだ。魔道具らしきそれからは、香ばしい匂いが漂ってくるのだ。

 オーブン用のミトンをはめて、恵真は天板を取り出す。

 本格的にするのならば、調理の時間も変えるべきなのだろうが、ここは家庭ということで目を瞑って貰いたいところである。

 もちろん、二人はこれを食べるのは初めてだろうし、比較のしようもないのだが。

 そんなことを思いつつ、恵真は皿にそれを盛って二人の前に置く。


「これは……串焼きですか?」


 セドリックの言葉はある意味で正解だ。

 串に刺して肉を焼いたこれは、マルティアの街の屋台でも見かける串焼き肉だろう。だが、少し違うのは肉が一口大になっていること、そしてしっかりと味付けがされていることだ。

 そう、これは枝豆と並ぶ、日本の居酒屋の定番料理である。


「はい。私の国では焼き鳥と呼んでいます。味はつけてあるのでそのまま召し上がってください」

「わかりました。ん? どうした、シャロン」

「いえ、その……! なんでもありません」


 先日話した内容を恵真は覚えていてくれたのだろう。

 串焼き肉を食べやすい形にしたこの料理であれば、会話をしつつ食べることが出来る。なにより、セドリックと共に串焼き肉を食べることがシャロンにとっては、懐かしい思い出にも繋がるのだ。

 恵真の心遣いに感謝しつつ、串焼きの肉を口へと運ぶ。


「味がしっかりしていて、美味しいですね! 肉は鶏かしら」

「あぁ、酒も進むな……!」

「もう、あまり飲み過ぎないでくださいね! 明日の仕事に影響が出たらどうするんですか?」

「わかった! わかった!」


 もうすっかり、いつもと同じ雰囲気に戻っている二人の様子をみれば、この会食の成功がわかる。恵真はクロに視線を送ると、もうすっかり飽きたのか、ソファーで寝転ぶ姿が見えた。猫も魔獣も気紛れな生き物である。

 そんなとき、ビールを口にしたセドリックが懐かしそうに呟く。


「そういえば、昔もこうしてシャロンを誘ったなぁ。今思うと女性を誘うにはもっと違う店がよかったかもしれんな」

「――いえ! そんなことないです! ぜひ、また誘ってください!!」


 シャロンが勢いよく話しかけたため、セドリックの方が驚き、数秒固まる。

 無言の時間。数秒がシャロンにも恵真にも長く感じられた。


「あぁ、もちろんだ!」


 そう言ってセドリックはいつもの笑顔を見せる。シャロンもほっとしたように微笑んだ。

 どうやら本当に二人はいつもの関係に、いや、少しだけ近付いた気すらする。

 シャロンの小さな勇気に、恵真は心の中で拍手したい思いになるのだった。



*****



「あら、じゃあ恵真ちゃんのおせっかいが功を奏したのね」

「元の二人に戻っただけだよ」


 電話越しに今日の顛末を聞いた祖母の瑠璃子の声に、恵真はそう答える。

 恵真はきっかけを作ったに過ぎない。セドリックもシャロンもお互い、きっかけを掴めずにいただけなのだ。


「でも、どうしておせっかいを焼く気になったわけ?」

「うーん……。二人が仲直りしたいっていう確証があったんだよね」

「確証? なによ、それ」

「んー、秘密?」


 笹飾りには色とりどりの短冊が揺れる。

 アッシャーはハンナやテオ、家族のことを願い、テオは早くお兄ちゃんになりたいと不思議な願いを書いている。

 その中の一つを恵真は手に取った。

 そこには「早くいつも通りになりますように!」との願いが書かれている。

 テオに書くことを薦められたセドリックが書いたものだろう。


「七夕の願いって叶うのかもよ?」

「何? そんなこと言って! 気になるじゃないー!」


 電話越しの祖母の言葉に恵真はくすくすと笑う。

 天の川は見えないようだが、それでも織姫と彦星は会えるのだろうか。地球からは見えなくとも、空には確かに天の川は広がっているのだ。

 そんなことを思いつつ、恵真は祖母との電話を続けるのだった。


 

 

 


仙台では七夕祭りが始まるそうです。

夏のお祭りは各地でありますね。

どうぞ楽しい夏をお過ごしください。

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