208話 七夕と冒険者ギルドの恋模様 2
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今日の夕食は鶏もも肉の甘辛炒め、きゅうりとトマトのサラダに生姜の入った味噌汁、冷製茶わん蒸しが並ぶ。恵真の手製のピクルスも小皿に置かれている。
「あらまぁ、困った話ね」
恵真に今日あった出来事を聞いた祖母の瑠璃子はそう言いながらも、微笑ましそうにくすくすと笑う。恵真も困ったような表情で肩を竦める。
仕事も出来る上、周囲に配慮するシャロンだが、恋には不器用である。
そして、彼女が慕うセドリックは皆の信頼を集めるギルド長だが、自身に寄せられる想いには疎いらしい。
周囲からするとその行き違いは温かく見守りたいと思うのだが、生真面目な性格もあり、当のシャロンにとっては一大事であろう。
「一年に一度顔を会わせる人よりも、毎日顔を会わせる人の気持ちを知る方が難しいのかもしれないわね」
「ふふ、七夕みたいに一年に一回会うのなら、一番良い自分を見せられるもんね」
祖母の瑠璃子の言う通り、毎日顔を会わせていても見えない部分、気付かないことはたくさんあるだろう。
良好なセドリックとの今の関係を壊したくないという思いは、シャロンの恋心も動けないものにしてしまっているのかもしれない。
「……穏やかな関係が続くことも素敵だもんね」
冒険者ギルドはギルド長のセドリックと副ギルド長のシャロン、二人によって潤滑に回っていると聞く。であれば、その関係を維持していたいという気持ちもわからないではない。
シャロンの想いに同意する恵真だが、祖母の瑠璃子は首を振る。
「でも、このままじゃその良好な関係も気まずくなっちゃうわ」
「そうなんだよねぇ」
しかし、今のシャロンが自分の想いを口にするとは思えない。
それでも、このままの状況が続くことはセドリックにもシャロンにも、そして周囲の者にも負担があるのだ。
麦茶を汲みに席を立った恵真は、色とりどりの短冊が揺れる笹飾りを何気なく見つめる。
「……おせっかいもたまには必要なのかもしれないね」
水色の短冊を手にした恵真がそう呟く。
恵真にしては珍しいその発言に瑠璃子は驚き、箸を止める。
どうやら恵真はセドリックとシャロンのために、何か考えがあるらしい。
おせっかいと親切、似たように見えて異なる二つの言葉だ。恵真は自分の行動がおせっかいだと知りつつ、動くことを決めたようである。
さて、どうするのかと思いつつ、孫の行動を見守ろうと思う瑠璃子であった。
*****
「会食の予定があるんだが、空いている日程はあるか?」
冒険者ギルド長室で書類仕事に追われるセドリックにリアムが尋ねる。
シャロンがセドリックと顔を会わせないようにと動いているため、いつも以上に仕事の量が増えているのだ。
普段、シャロンに世話になりっぱなしであったのだと、今さらながらセドリックは実感する。回らぬ頭を掻くセドリックに、リアムが軽く咳をした。
「あぁ、すまない。えっと……その会食は誰が参加するんだ」
「お前とシャロンだな」
「そうか、俺とシャロンか……は?」
突然の言葉に固まったセドリックだが、気にした様子もなくリアムは言葉を続ける。
先程、喫茶エニシで恵真に聞いた会食の話にリアムも賛成した。
このまま放っておくとセドリックとシャロンの仲はどんどんぎこちないものとなっていくだろう。そうなれば、冒険者ギルドも冒険者達も困るのだ。
「二人だけで、喫茶エニシだからおそらくはトーノ様と兄弟だけだ。それならば、お前達が何を話しても誰にも迷惑はかからないからな」
「ちょっと待て、いいか? 俺がよくともシャロンがだな……」
「彼女の許可は取ったぞ。お前の都合に合わせるそうだ」
「なっ……! いつの間に! 卑怯だぞ! リアム!」
リアムはシャロンにただ尋ねて許可を貰ってきただけである。何が卑怯なのだと呆れた視線を送るリアムに、セドリックは気圧される。
自分がごねていることをわかっているため、セドリックとしても分が悪いのだ。
「いいか、早めに空いている日を教えろ。料理にもシャロンにも準備というものがあるんだからな」
「ト、トーノ様の料理はさておき、シャロンにはいらないだろ」
ギルド長室のドアへと向かっていたリアムから、再び呆れきった視線がセドリックに向けられる。これは仕事ではないのだ。
シャロンとしても気持ちや衣服など、様々な意味で準備する時間が欲しいはずだ。
優秀な冒険者であり、人望を集めるセドリックだが、どうにも細やかさに欠ける。
「……本当に人としても冒険者としても優れてはいるんだがな」
褒められているはずなのだが、どうにもそう思えない言葉を残し、リアムは冒険者ギルドを後にするのだった。
七夕の料理というものは特に決まってはいない。
テーブルの上に積まれたどの本にも七夕の料理に関しては、特に決まったものがないようだ。
あっても子ども向けの七夕会などの料理ばかりで、大人向けの物はないようだ。
「あ、昔の中国では七夕にはかりんとうみたいなお菓子を食べたんだね。私達の頃は特にないなぁ……七夕ゼリーとかは給食にあったけど」
「みゃうみゃん」
懐かしい給食を思い出す恵真にクロが返事をする。
ぱらぱらと料理の本をめくりながら、恵真はどんな料理が良いものかと頭を悩ませる。正式な料理が決まっていないからこそ、決めるのが難しいのだ。
セドリックとシャロンの関係を少しでも修復するきっかけとなる料理。自身で言い出したことながら、少々無鉄砲であったかと今更ながら恵真は反省し出す。
そのとき、喫茶エニシのドアがそっと開く。
「エマさん、お客さんだよ」
「あ! いらっしゃいませ!」
そう言って顔を上げた恵真の目に飛び込んできた人は、ちょうど今考えていた人物シャロンである。
どこか申し訳なさそうな表情を浮かべたシャロンをアッシャーがカウンター席へと招く。
恵真がグラスに氷を入れ、冷えた水を注ぎ、シャロンへと差し出した。
「どうぞ、外はまだ暑いですよね。ご注文はどうしますか?」
夕方近くになるのだが、恵真は外の暑さが気になってしまう。
シャロンのことだけではない。もうそろそろ、アッシャーとテオを帰す時間なので、外の日差しの強さも暑さも恵真にとっては気がかりなのだ。
「えっと、アイスティーをお願いします。すみません、こんな時間に来てしまって……。トーノ様にお礼を申し上げたかったんです」
シャロンがお礼を言いたい事柄、それはセドリックとの会食のことだろう。
思い切っておせっかいを焼いた恵真であったが、どうやらシャロンにとっては悪い申し出ではなかったようだ。
「いえいえ! こちらこそ、余計なことを言ってしまって……。ご迷惑でなければよかったです」
恵真の言葉にシャロンも安心したように笑みを返す。
「今回、ギルド長と私の都合に合わせて、営業時間外に席を設けてくださるそうで……本当にありがとうございます」
「大丈夫ですよ。一週間後、お待ちしてますね」
セドリックとシャロン、ギルド長と副ギルド長が同時に席を外すことになることを考え、会食の時間は夕方以降となったのだ。
シャロンの言う通り、営業時間ではないのだが、ちょうどその時期には祖母の瑠璃子が岩手の実家へと戻る。
そのため、ちょうどいい時期だと恵真は快諾した。
「あ、食べたいものとかありますか?」
会食まであと一週間、恵真はまだ料理を決めかねている。
少しでも二人の会話が弾むよう、普段とは違う料理をと考えているのだが、一方であまりかしこまったものだと、二人の気持ちまで硬くなってしまう気がする。
少し距離が開いてしまった二人が、自然と会話を出来るような、気兼ねないものが良いのだが、これがなかなかに難しい。
そこにシャロンが訪れたので、思い切って恵真は直接本人に尋ねてみる。
「えっと……ギルド長は肉を好まれますね」
「そうですね……。でも、シャロンさんが食べにくいといけませんし……」
セドリックが肉を好むことはここにいる全員が知っている。
しかし、会食というのは食事がメインではない。
食事を通し、会話をし、交流を深めるのが目的なのだ。
恵真の言葉に頷いたシャロンだが、何かを思い出したかのように笑う。
「実は昔、ギルド長に食事に誘われたことがあるんです」
「え! 本当ですか?」
恵真が驚きの声を上げるが、アッシャーとテオも目を丸くしている。
セドリックが女性を食事に誘う。それは二人にとっても意外だったのだろう。
くすくすと笑いながら、シャロンは口を開く。
「ええ、意外ですよね。でも、あれはギルドに馴染めない私を気遣ったからだと思うんです」
そうシャロンが口にしたが、それもまた恵真にとって予想外である。
優秀だと評判のシャロン、彼女にも上手く馴染めない時期があったとは――そんな思いは恵真の表情に書いてあったのだろう。
シャロンは静かに微笑むと、セドリックとの初めての会食を話し出すのだった。
『ジュリとエレナの森の相談所』書影が公開されました!
今回も花守様が素敵に描いてくださってるんです。
暑い日が続いていますね。
ご体調にはどうぞお気をつけて。




