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《1/15 小説3巻・コミカライズ1巻発売!》裏庭のドア、異世界に繋がる ~異世界で趣味だった料理を仕事にしてみます~  作者: 芽生


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206話 ある美食家への挑戦 3

読んでくださり、ありがとうございます。

いいねなど励みになっています。


 喫茶エニシのテーブルに上がった試作品に皆の視線が集まる。

 恵真が用意したそれは暑い夏にぴったりのひんやり冷たいデザートだ。


「これがミルクセーキと果実のソルベですか?」

「ミルクセーキ、しゃりしゃりでおいしいねぇ」


 薄いグラスに入れられた柔らかい色合いのミルクセーキはアイスに近いものだ。

 長いスプーンでそっとすくい、テオは口へと運ぶ。

 しゃりっとした食感のミルクセーキだが、口の中でほどけるように溶けていく。卵の甘く優しい味わいが広がり、自然とテオの頬も緩む。


「アッシャー君、こっちを食べてみて」


 そう言われて差し出されたのは円形のグラス皿に入った果実のソルベだ。

 こちらは透明に近いものだが、スプーンですくうとなめらかなのがわかる。スプーンを握るアッシャーの熱が伝わるのか、じわじわと溶けていってしまうのを慌てて口へと運んだ。


「これは……トルートの味ですね!」

 

 アッシャーの言葉に恵真は頷く。

 この国では未だに高級な卵を使ったミルクセーキ、そしてマルティアの名産であるトルートを使った果実のソルベを恵真は選んだ。

 マルティアを訪れた貴族に出すにはふさわしいと考えたのだ。

 

「大変素晴らしい味です! このような冷菓はなかなか食べることが難しい。きっと皆さんお喜びになることでしょう!」


 案を出したファルゴレも強面の顔を和らげて味を称賛する。 

 子どもであるアッシャーとテオはもちろん、大人であるファルゴレにも認められ、恵真はほっと胸を撫で下ろした。

 そんなとき、少女の声が恵真に届く。


「この氷菓子がなめらかなのはどうして?」


 ふと視線を向けると、猫のような瞳をした少女がこちらを見つめている。

 今日、リアムが連れてきた少女なのだが、彼女にも恵真は試作品を出したのだ。

 じっと興味深そうに見つめるその視線は「それを注文したい」と雄弁に語るものであり、恵真はそんな思いを無下に出来なかったのだ。


「あぁ、これはメレンゲと言って卵白を泡立てたものを加えているんです。それでなめらかな食感になるんです。こちらのミルクセーキには卵黄を使っているので濃厚なんですよ」

「そう……材料にも無駄がないわね」


 少女は氷菓子を口にしたことは数度ある。いずれも王都の有名店でだ。

 しかし、それは美味ではあったが、ここまでなめらかではない。

 卵白を使っている――そう口にした店主らしき女性だが、無駄なく食材を使う感性は庶民的であり、出している料理とはまた違う印象だ。


「この街は面白いのね。ホロッホ亭ではサワー、街の店ではじゃがいもを揚げていたり、今までに見たことがない料理ばかりよ」


 そんな少女の言葉にテオが得意げに胸を張る。


「全部、エマさんの考えなんだよ!」

「テオ! 話し過ぎだぞ」

「あ! ごめんなさい!」


 少女の衣服は質も良く華やかである。

 街の商家の娘風にまとめているが、リアムが伴っていることやメイドが控えていることからもそれ以上の家の令嬢であろう。

 この街の者ではないと感じたアッシャーは警戒したのだ。

 アッシャーの言葉にその令嬢、ロージーは満足げに微笑む。


「幼いながらに良い店員を雇っているのも好ましいわ」


 リアムがここ数日護衛を任されたのはロジャース伯爵家の令嬢ロージーである。

 マルティアに訪れたロージーの不機嫌さに、父であるディヴィットは街の散策を勧めた。少しでも気分を変えられればという考えだったのだが、マルティアの街はロージーに新たな発見をさせた。


「さて、あなた。王都から来る貴族達の会食の品を任されているんでしょう?」

「え! なぜご存じなんですか⁉」


 驚きで目を丸くする恵真にふっとロージーは笑う。


「会食にこれを用意してはいけないわ」

「なぜですか? なにか問題でもありましたか?」


 頬に手を当て、不安げな恵真の言葉にロージーは首を振る。


「逆よ。こんなに優秀な料理人がいると知ったら、彼らが王都へ引き抜こうと言い出すに違いないわ」


 ロージーの言葉はもっともである。 

 当然、王都の貴族に言われてもエリックは拒むだろう。

 しかし、そのことで招待した貴族に不満を抱かれるのは好ましいことではない。

 

「いい? 他の料理を用意なさい」

「ですが、美食家と言われる方がいらっしゃるんですよね?」


 恵真の言葉にロージーは頬を少し赤くする。

 その様子にリアムは口元が緩みそうになるが、職務中であり、ぐっと抑える。


「……いえ、大丈夫よ。前菜は地場野菜を、メインは魚より肉ね。デザートはハチミツを使った物や後味のさっぱりした物を好むから、そこを押さえておけば大丈夫よ。基本的にはなんでも美味しく食べる人だから」

「は、はい。料理人の皆さんにお伝えしておきますね」


 少女が王都から来た貴族達の関係者なのだとようやく恵真は気付いた。

 多過ぎる額の代金をメイドが支払い、令嬢とリアムは去っていく。

 こちらを見て会釈をしたリアムの表情が、いつも以上に優しく見えたのは恵真の気のせいだろうか。


「……リアムさん、どうしてあの女の子をお店に連れてきたんだろう」

「うーん、やっぱり料理が美味しいからじゃないか?」


 アッシャーの言葉にテオはまだ腑に落ちないのか不思議そうな表情だ。

 

「ほら、テオ君、アッシャー君も溶けちゃうよ?」


 恵真の言葉に慌てて、アッシャーもテオもスプーンを握り、ミルクセーキと果実のソルベを味わう。

 するりと口の中で溶けていく甘味を味わうアッシャーとテオの表情に、自分の幼い日の夏を思い起こす恵真であった。


 

*****



「あれでよかったんでしょうかね……」


 エリックの依頼の会食は無事に行われた。

 恵真は先日の令嬢に聞いたことをジョージに報告し、デザートの一品のレシピを共有した。

 ハチミツとトルートを使ったパンナコッタは、会食の最後を飾るにふさわしい夏の一皿であった。少女に言われたハチミツ、そしてマルティア産のトルートを使ったパンナコッタは大変好評であったとジョージからは聞いている。


「問題なく終わりましたし、なによりご依頼者であるエリック殿が納得されているのです。何の問題もないかと思いますよ」

「そうなんですけど……」


 リアムの言葉はもっともである。

 頷き、同意する恵真だが、なんともしっくりこない気持ちもあるのだ。

 

「結局、美食家の人ってどんな人だったんだろうな」

「うーん、でも依頼が大丈夫だったってことはエマさんのごはんはやっぱり美味しかった! ってことだよね!」

「それはそうだろ!」

 

 なぜか得意げにテオが言い、アッシャーが賛同するように力強く頷く。

 会食には美食家で有名な人物もいたのだが、特に不満の声がないということは兄弟の言うとおり、問題はなかったということだ。

 

「ミルクセーキと果実のソルベは召し上がって頂けなかったですけど、アッシャー君達が喜んでくれたからいいかな。ふふ、また作るからね」

 

 恵真の一言にアッシャーとテオの表情がぱあっと明るいものになる。

 そんな光景を微笑みながら見ていたリアムは、鞄の中から新聞を取り出す。

 あるコラムをぜひ恵真達に知ってほしいと思っていたのだ。


「トーノ様、ぜひこちらをお読みいただけますか?」

「え、はい。あ、このコラムですね。なになに……」


 恵真が目を落とすとそこにはこう綴られていた。


“ 最近、私は所用で各街を訪れた。どこもそれなりに私を楽しませてくれたが、とりわけ素晴らしい経験をさせてくれたのが『食の街マルティア』だ ”


「リアムさん! これって……‼」

「続きをお読みください」

 

 リアムの穏やかな微笑みに恵真は再び新聞へと視線を落とす。


“ その土地の有力者の会食、それもまた良き交流ではあるのだが、美食家と諸君らに呼ばれる私の心を惹きつけたのはマルティアの街の食事であった。じゃがいもを揚げたものなど、王都に売られていても私が食することはないだろう。

 しかし、旅先というものは心を少し柔らかくするものだ。


 これも旅の思い出と私はそれを口にした。カリッと香ばしく揚がったじゃがいもは口に含むとほろっとした食感へと変わる。

 庶民の味にこのようなものがあったとは驚きである。

 だが、私がもっとも感銘を受けたのはある小さな店だ。

 薄い透明なグラスに入れた氷菓が二種類も出てきたのだ。

 一品は卵黄を使った濃厚でありつつ、爽快な味わい。もう一つはこの街の名産であるトルートの実と卵白を使ったものだという。


 こちらもまた爽やかで一陣の風が吹いたような清涼感であった。

 このような品を出す技量のある店が、街の一角にある――先述したじゃがいもと同様に『食の街マルティア』だと知らしめるものだ。


 私は食の流行は王都から生まれると信じてきた。

 人の流れの多い王都は様々な文化が集う場所でもあるからだ。

 けれど、今回そんな浅慮な考えを改める素晴らしき出会いがあった。 

 マルティアという街に私は深く感謝を捧げたいと思う   ”



 全文を読み上げた恵真は驚きの表情を隠さないまま、リアムへと問いかける。


「……リアムさん、これってどういうことですか? え、あの日来てたのって女の子だけですよね?」


 そう、恵真のミルクセーキと果実のソルベを口にしたのは四人のみ。アッシャーとテオ、ファルゴレ、そしてリアムが警護していた令嬢ただ一人なのだ。

 ミルクセーキと果実のソルベを出す店は他にない。

 このコラムを書いた人物は喫茶エニシで食べているということなのだ。

 恵真の驚き様に微笑んだリアムは頷く。


「――えぇ、トーノ様のご想像通りかと。あのご令嬢は美食家で有名なディビット・ロジャース伯爵のご息女なんです。この記事は伯爵が手がける人気のコラムですが……なぜか伯爵がコラムで綴る場所には娘であるロージー嬢が同行しているようですね」

「……そういうことですか」

「はい。そういうことです」


 意味ありげな二人の会話だが、それに気付かないアッシャーは新聞の記事に大喜びだ。

 王都の美食家が恵真の料理をここまで称賛しているのだから無理もない。まだ難しい言葉がわからないテオにもわかりやすいように説明し始めた。

 そんな様子にエアコンが効いているにもかかわらず、恵真は頬を赤くする。

 夏の暑さはまだまだ続く。

 喫茶エニシでは夏の食材が今日も彩り豊かに食卓に並ぶことだろう。

 

 

 

 


 

夏の暑さに負けない体力を!と

食事を見直しています。

暑い日が続きますが、睡眠や食事を大切に……。

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