205話 ある美食家への挑戦 2
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照りつけるような夏の日差しの暑さに、マルティアの街の通りを歩く者は少ない。喫茶エニシではエアコンの効果もあるのか、集客にはさほど影響を及ぼすことはない。しかし、店主恵真の表情は優れない。
その理由は店の集客ではなく、先日のジョージの依頼の件にある。
「夏野菜? それともマルティアならではの味覚とかかな? でも貴族の人、それも美食家の人に何を出したらいいんだろう」
恵真の表情にテオも腕を組んで懸命に考えだす。
「しみしみのスープは?」
「お貴族様はそういうのは食べないだろ?」
「じゃあ、どんなのを食べてるの?」
「そ、それは……」
テオの言葉に意見したアッシャーだが、貴族が何を好むかなど彼も当然知らない。マルティアでは恵真の影響で様々な料理が流行したのだが、どれも庶民向けである。恵真が料理や食材を広めたいと意識的にした選択であったが、マルティアで流行しているからといって、貴族には出せない理由に繋がっている。
貴族、それも美食家向けの料理に恵真は頭を悩ませていた。
「トーノ様、薬草はあるんすよね?」
「はい。ありますよ?」
こちらで薬草として使われるバジルなどは恵真の庭でも手に入る。毎日、販売するバゲットサンドにも使用し、薬師ギルドにも卸すほどである。
それは尋ねたバートも知っているはずなのだが、どうして確認するのだろうと恵真が思っているとにんまりとバートが笑う。
「薬草がっつり出してあいつらビビらせちまいましょう!」
「出来ますけど、美味しいとはまた別ですからダメですよ」
薬草であるバジルをふんだんに盛った料理はたしかに皆を驚かせるのだろう。
だが、物には適量というものがある。恵真としては味として美味と言えないものを提供するわけにはいかない。
「美食家なんて気取ってるだけっす! どうせ人が食ってないめずらしいものを喜んでいるだけなんすよ、きっと」
久しぶりに貴族嫌いを感じさせる言葉だが、庶民寄りのバートならばそう思うのも当然だ。
食べることは生きることに繋がる――美食が悪いわけではないが、行き過ぎれば食事をする意味すら見失うだろう。
「へぇ、意見が合うね。僕もそう思うよ」
「……携帯食をばりぼり食べる人が言うのは説得力がないっすけどね」
無駄なことを嫌うオリヴィエは携帯食を中心に食事を摂る。
アッシャーとテオの影響でごくたまに気が向けば他の食べ物も口にする程度なのだ。えぐみの強い携帯食を食べるオリヴィエは美食とは程遠いところにいる。
今までも貴族からの依頼はあったが、それは具体的な要望があったため、形にしやすかったのだ。
卵を口に出来ないシャーロット、その婚約者のための料理も友人のための料理も恵真は作ってきた。
それは誰かのための料理であり、恵真としても相手を想像しやすかったのだ。
「美食って何なんでしょうね……」
恵真がぽつりと呟いた言葉にテオがきょとんとした表情で首を傾げる。
「エマさんの作るごはんは全部おいしいよ? それじゃダメなの?」
「ありがとう、テオ君。でも、今回はそれじゃダメみたいなんだよねぇ……」
テオの言葉が嬉しくふにゃりと笑う恵真だが、まったく思いつかない料理に両手をカウンターに置いて、考え込んでしまう。
そんな様子を今まで静かに見ていた男が遠慮しがちに声をかける。ファルゴレである。
「あの……パルフェのような冷たい菓子などいかがでしょう?」
「パルフェ……。あぁ、以前ファルゴレさんやナタリアさんにお出ししたものですね!」
「は、はい! 冷たい菓子は夏のこの時期には希少ですし、優秀な魔術士か魔道具がないと出来ないものです。そちらをお出しするのは最大級の歓迎となるのではと……」
そう、昨年の秋頃に季節のパルフェ、パフェをファルゴレ達に試食してもらった。
街の一店舗が手がけるには注目を集め過ぎてしまうと試作で終わってしまったのだが、領主代行のエリックが用意する形であれば何の問題もないだろう。
「でも、誰がどうやって運ぶの? 冷たいお菓子はとけちゃうよ?」
テオの疑問に皆の視線は窓際のソファーでくつろぐオリヴィエの元へ向かう。
「ちょっと! 僕はそんなことをする気は……」
「そっすかー、マルティアの街が王都には程遠い田舎町だって言われてもいいんすね?」
「はぁ? 王都の貴族に好き勝手言わせる気はないけど⁉ いいよ、僕がやる」
オリヴィエの言葉にバートは恵真にポーズを向けて、にやりと笑う。
喜んでいいのか悩んだ恵真はあいまいに微笑んで頷いた。
「パフェは難しいかもしれませんが、冷たいお菓子や氷菓子はいいですよね! ありがとうございます、ファルゴレさん。私、もう少し考えてみますね!」
オリヴィエの協力も得られるのだ。冷たい菓子を領主の屋敷に運ぶことも問題ない。そうと決まれば、 恵真の頭の中は冷たい菓子のアイディアが溢れる。
どんな菓子にするか、マルティアらしさや季節の味わいはと、恵真は胸を躍らせるのだった。
*****
暑さの厳しいマルティアの大通りをある令嬢が歩く。
お供のメイドがレースの日傘を差す中、歩く姿は実に優雅である。警護の冒険者が数人いることからも、それなりの家の令嬢なのだろう。
だが、そんな令嬢の目はギラギラと輝き、夏の日差しのようだ。
「なんてことなの……! 流行は王都から生まれるものだと信じてきたけれど、そんな価値観が一変する出来事だわ!」
少女の手には油の染みた袋が二つ。どちらもマルティアでは人気のフライドポテトなのだが、この料理に令嬢は衝撃を受けた。
ただじゃがいもを油で揚げた料理であり、たとえ王都で売られていても彼女とは縁のないものであっただろう。
しかし、旅の記念にと頼んだところ、その味わいの違いに彼女は感銘を受けたのだ。
「同じ料理にもかかわらず、切り方や厚さで風味が変わるわ! 皮つきやソース、それぞれのこだわりが出るから、同じ料理でも各店舗の個性が出る! それなら街の名物になるのも当然よね……」
日に焼けないように傘を差しだすメイドは複雑そうな表情を浮かべる。
ロージー伯爵令嬢は今日、この街に到着した。
まずマルティアで会食し、その後、周辺の都市を回る予定なのだ。
父である美食家ロジャース伯爵は貴族達と挨拶をしている頃合いだろう。機嫌の直らない娘のロージーを街の散策へと連れて行ってほしいと頼まれた結果、貴族令嬢らしからぬ物を口にしている状況だ。
「ねぇ、あなた達! 他になにかこの街の名物は知らない?」
ふいに伯爵令嬢に問われた冒険者達は戸惑う。
彼らが知る店は庶民向けのもので当然、貴族令嬢に不向きである。
だが、そんな冒険者の中で一番背の高い男が穏やかに答えた。
「そうですね。酒を嗜めるのならばホロッホ亭が評判ですが……ご令嬢向けですと喫茶エニシでしょうね」
「喫茶エニシ? それはどこにあるの?」
「もう予定の時間を迎えておりますし、明日、お連れ致しましょう」
確かに彼の言う通り、約束の時間はもう過ぎている。
マルティアの滞在はあと二日程ある。焦ることはないだろう。
「食の街マルティアね……! 面白いじゃない!」
凛とした強さを感じさせるロージーの瞳が輝く。
紺碧の髪の冒険者は彼女の言葉に微笑むのだった。
夏の夜は独特の香りがあるものだ。
蒸し暑く過ごしにくいのだが、どこか懐かしい気持ちにもなる。
祖母との食卓に並ぶのはとうもろこしのご飯にトマトのサラダ、鶏肉と梅肉を和えた一皿に味噌汁、小さな小皿にはパプリカのピクルスがある。
夏野菜の彩りは食卓も鮮やかに染めている。
「冷たいお菓子ね、良いと思うわ。確かに氷菓やアイスクリームって贅沢品だったもの」
冷蔵庫のない時代はもちろん、冷蔵庫が出来てからも氷屋などから氷を買う必要があった。冷凍庫のサイズも今より当然小さい。
そんな時代、夏の冷たい菓子は憧れの品だったと瑠璃子は言う。
「デパートで食べるアイスクリームやフロートは憧れだったわ。あとはミルクセーキね」
「ミルクシェークじゃなくてミルクセーキなんだ」
「そうよ、私達が子どもの時代はまだシェイクはなかったもの。卵にミルク、砂糖を使って作るシンプルなものなの。私も昔、作ったでしょう」
瑠璃子の言葉に恵真は力強く頷く。
恵真が子どもの頃にも何度か祖母が作ってくれたことがある。
彼女にとってミルクセーキは祖母との思い出の味だ。
「うん、おばあちゃんが作ってくれたミルクセーキ、美味しかったよね」
孫娘の言葉に少々照れくさそうに瑠璃子は笑う。
「ふふ、でもあれは街のお店とは作り方が違うのよ」
「そうなの? 皆、ああいうものだと思ってた」
祖母の作るミルクセーキはしゃりしゃりとした食感のアイスのようなものであった。どこか懐かしく親しみやすい味は恵真にとって思い出の一品だ。
「……ミルクセーキって卵を使うよね?」
「そうね、卵黄を使って作るわ」
「それ! それなら貴族の人にもいいかも!」
懐かしい思い出話をしていた孫が突然、貴族の話をし出したため、瑠璃子は目を丸くする。数度瞬きをした瑠璃子だが、恵真の様子にどうやら良い案が浮かんだのだと悟る。
喜ぶ恵真はソファーの上で休んでいるクロのお腹を撫で始めた。
眠さと心地よさの狭間でクロは小さくみゃうと鳴くのだった。
楽しんで頂けたらいいなと書いているのですが、いかがでしょうか?
気分転換のひとつになっていたら嬉しいです。




