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《1/15 小説3巻・コミカライズ1巻発売!》裏庭のドア、異世界に繋がる ~異世界で趣味だった料理を仕事にしてみます~  作者: 芽生


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203話 梅雨入りとハンナの不調 3

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

楽しんで頂けたら嬉しいです。



「おはようございます! エマさん!」


 元気よく裏庭のドアを開けて、店内へと入ってきたアッシャーとテオの表情は数日前より明るいものだ。二人の表情や声から、ハンナの状態も徐々に回復してきているのだろう。そう恵真は感じている。

 

「おはよう、アッシャー君、テオ君。実は今日、二人にお願いがあるんだ」

「お願い? エマさんがぼく達に?」


 予想外であったのだろう。テオはきょとんとした表情を、アッシャーは自分達に出来るのだろうかと心配そうな表情を浮かべる。

 もちろん、恵真が兄弟に頼む事柄は二人ならば出来ると見込んでのことだ。

 そしてそれは先日、アッシャーが抱えていた葛藤にも沿うものである。


「うん。今日、二人にハンナさんのごはんを作ってほしいんだ」


 恵真の言葉にアッシャーとテオの表情がぱあっと明るくなる。

 いつも兄弟に渡している料理は恵真が作ったものだ。それを今日は、二人も一緒に作ってはどうかと恵真は考えたのだ。

 

「で、でも、ぼく達にできるかな? このまえみたいに失敗しちゃうかも……」


 以前、アッシャーとテオと共にパンケーキを作ったことがある。

 その際に、張り切ったテオは生地を混ぜすぎて、出来栄えが硬くなってしまったのだ。恵真はそれを違う菓子にしたのだが、その不安をテオは思い出したのだろう。

 

「一緒に作るし、今度は料理……スープにしようと思ってるの。だから、大丈夫だよ。お菓子は慣れてないと加減が難しいからね。スープなら、いつも作るのを見てるでしょう」

「……うん! お母さんにぼく、作ってみたい!」


 テオの表情は引き締まり、気合が感じられる。

 アッシャーはどうだろうと視線を向けると、良いのだろうかと小首を傾げている。昨日の自分の言葉を考慮してだということに、アッシャーは気付いているのだろう。


「じゃあ、テオ君はお昼過ぎにもう一回お店に来てくれる? お客さんが落ち着いてきたら、今日は早めにお店を閉めてスープを作ろう!」

「いいの? ありがとう、エマさん!」

「あ、おい、テオ……!」


 テオは急いで身支度を整えようと、シャツとスカーフを取り出す。バゲットサンドの販売を早く終えても、昼食時間までの時間は変わらない。それだけテオの気持ちが前向きになっているのだろうと恵真は口元を緩める。

 アッシャーの方に視線を向けると遠慮しているような、くすぐったそうな、なんとも微妙な表情を浮かべていた。

 

「はい! それじゃあ、まずはバゲットサンドの販売をお願いするね」

「あ……、はい! 頑張ります!」


 恵真の言葉に慌てたように、アッシャーも身支度を整え始める。

 その様子を見つめながら、ふっと微笑み、恵真もまた開店の準備を始めるのだった。


 

 窓の外は薄曇りの空が広がっているが、雨はもう止んでいる。

 昼食時間を過ぎた喫茶エニシではアッシャーとテオが恵真の指導を受けながら、スープ作りの最中だ。


「そうそう、上手。ゆっくりでいいからね」


 野菜を洗ったのはテオ、そして具材を切っていくのはアッシャーと恵真である。

 一仕事を終えたテオは真剣な顔でアッシャーが切っていく人参に視線を送る。ころころとしたサイコロ状に切りそろえていくのだが、これがなかなかにアッシャーには難しい。

 少々不揃いであってもそれもまた良い。そう思いながら、恵真はアッシャーの手元から目を離さないようにしている。

 人参、たまねぎ、セロリ、そして茹でてある白いんげん豆、これが今回のスープのメインとなる材料だ。


「豆はお肉の代わりになるもんね!」

「うん。よく煮込んだ野菜と豆だから、食べやすいし、体も温まると思うよ。それじゃあ、炒めていくのをテオ君とアッシャー君で交代でやってもらおうかな」

「はい! わかりました!」


 アッシャーもテオもハンナへの料理を作るのだと気合十分である。

 恵真とて、喫茶エニシの日々の料理で手を抜くことはない。だが、ここまで懸命に料理に向き合えるのは母ハンナのことを思うがゆえだ。

 そんな純粋でまっすぐな気持ちを恵真は少し眩しい気持ちで見つめていた。


「そうそう、木べらで蒸らすようにじっくり炒めてね」

「うん! こうかな?」


 恵真の手のサイズに合わせた木べらはテオの手には大きいものだ。

 椅子を台にして、交互にアッシャーとテオが具材を炒め、恵真がその鍋が動かないように押さえる。


「じゃあ、塩コショウも入れたから、そろそろお水を入れて煮込んでいくよ」

「はい。……楽しみだな、テオ」

「うん! ちゃんとおいしくできるかなぁ……」


 心配そうに鍋を見つめるアッシャーとテオに恵真は微笑む。

 初めて母に料理を教わった子どもの頃の自分も、こうであったと思いだしたのだ。少々不揃いでも、上手くいかなくても母は良い点を見つけ、褒めてくれたものだ。

 きっとハンナも二人のことを褒めてくれるだろう。

 今か今かと出来るのを待つアッシャーとテオの真剣な横顔を見た恵真は、もう一つこの料理に欠かせないものを用意するのだった。




*****


 

「ただいま!」そう言ったきり、アッシャーとテオは荷物を置くと、外へと駆け出ていった。

 共同キッチンを使いに行くとのことだったので、なにか温めるものがあるのだろうとハンナは思う。

 ありがたいことに、仕事の時間が短い間も、店主である恵真からはタッパーにいれられて料理が息子達に渡されている。

 おそらくは今日も頂いた料理を温めてくれるのだろう。


「……本当に、ありがたいことだわ……」


 自分になにかあったとき、息子達を助けてくれる人はいない――そう思いながらハンナは必死で生きてきた。

 しかし、リアムやバート、そして喫茶エニシの店主である恵真。気付けば、アッシャーとテオには案じ、声をかけてくれる人々がいる。

 夫のゲイルが遺したスープの味も、街の人々に知ってもらう活動もハンナにとってはやりがいを感じていた。

 誰かが「ゲイルさんのスープは美味しい」そう言ってくれるたび、夫が評価される喜び、そして彼が生きた功績が広がっていくような気がするのだ。


「反動なのよね、きっと。でも、やっぱり続けたいわ……」


 疲れが出てしまったことで、恵真や息子達に迷惑をかけたとハンナは反省している。しかし、ゲイルのスープの味を広めたい。調理法を恵真に評価された喜びは、ハンナの胸の中にほんのりと灯る希望でもあった。


「お母さん、できたよー!」

「まぁ、ありがとう。二人とも」


 小鍋で温めたスープをアッシャーとテオが持って来た。テオが皿とスプーンを用意し、アッシャーがそれをハンナへと取り分けてくれる。

 

「野菜がたくさんね。きっと、健康を気遣ってくださったのね」

「うん! 野菜もちゃんとお兄ちゃんが……むぐ」

「どうしたの? テオったら」


 嬉しそうに話し始めたテオであったが、アッシャーにくいっと袖を引かれると慌てたように自分の口元に小さな手を置いて黙り込む。

 喫茶エニシでちょっとした失敗でもしたのだろうかと思うハンナに、アッシャーが指でスープを指して言う。


「お母さん! とにかく食べてみて!」

「う、うん! 食べて食べて!」


 熱心に言う息子達に頷きながら、スープを口にするハンナの口元が自然と弧を描く。そんなハンナの言葉を緊張の面持ちでアッシャーとテオがじっと見つめる。

 

「優しい味わいね」


 じっくり炒めた玉ねぎからは甘さが、セロリは煮込むと独特の香りが和らぎ、味を深める。にんじんの素朴な甘さも白いんげん豆のほくほくとした食感も、ほっとするような味わいだ。

 そんなハンナの言葉になぜか不安そうにテオが尋ねる。


「……おいしくはないの?」

「まさか! とっても美味しいわ。この染みているのは……パンかしら?」

「そう! このリボリータっていうスープにはしみしみのパンが入るんだって!」

「そうなのね。一緒に食べましょう? とっても美味しいから」


 ハンナの言葉にアッシャーとテオは顔を見合わせ、照れくさそうに笑う。

 理由がわからず、息子達の顔を交互に見るハンナにアッシャーが気恥ずかしそうに打ち明ける。


「……あのさ、これ俺とテオも作ったんだ。エマさんが教えてくれてさ……」

「え、そうなの……?」

「ぼくも野菜をあらったし、お兄ちゃんと一緒に炒めたんだよ!」


 驚き、スープを見たハンナはいつもより不揃いな野菜の切り方に、その言葉が本当であると実感する。

 優しく味わい深いこのスープは、息子達の気持ちが込められている――ハンナの目からは自然とほろほろと大粒の涙が零れ落ちる。


「……お母さん?」


 心配そうに顔を覗き込むテオに、ハンナは微笑んで首を振る。


「大丈夫よ。凄く嬉しいときにも涙は出るものなの」

「……ふふ。じゃあ、よかった!」


 ハンナの膝に頭を乗せ、嬉しそうに笑うテオ。兄であるアッシャーはそんな光景を優しい眼差しで見つめている。

 それに気付いたハンナはサイドテーブルに皿とスプーンを置く。


「お母さん? もう食べないの?」


 心配そうな表情でこちらを見るアッシャーに、ハンナは笑って手招きする。

 戸惑いながらベッドに近付くアッシャー、そして膝に頭を乗せるテオをハンナはぎゅっと抱き寄せた。

 

「お父さんのスープも俺、覚えたいな」

「ぼくも!」

「そうね、いつか教えるわ。お父さんもきっと喜ぶわね」


 自分の両手の中にいる最も大切な存在を、ハンナは強く強く抱きしめる。

 母の温もりと安心感に、アッシャーとテオの表情はふにゃりと緩むのだった。





 パンも入れ、スープにオリーブオイルを落として完成するこのスープはリボリータと呼ばれるイタリアの郷土料理である。冬によく作られる素朴なスープは、ハンナの体調を考えた料理であり、なによりテオの好きなしみしみのパン入りだ。

 作り方を覚えたアッシャーは自然と家で作るようにもなる。

 料理を作り、家族がそれを喜んでくれる――その嬉しさを知ったアッシャーの胸に小さな夢が宿りつつある。

 そんな小さな夢をアッシャー自身もまだ気付かずにいた。

 


 

 

 

暑さが厳しいですね。

ご体調にお気をつけください。

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