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《1/15 小説3巻・コミカライズ1巻発売!》裏庭のドア、異世界に繋がる ~異世界で趣味だった料理を仕事にしてみます~  作者: 芽生


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200話 薬草研究と新たな発見 3

いつも読んでくださり、ありがとうございます。

もう五月も終わりですね。



「それは大変ね……。ナタリアちゃん、冒険者をしているし、きっと不安なはずよね」


 夕食の席での祖母との会話は、ナタリアの状況、そして先日、喫茶エニシであった出来事だ。祖母の瑠璃子もナタリアのことが気がかりなようで、眉を寄せ、深いため息を溢す。


「でも、香草の効果も気になるわね。たしかにハンナさんは痛みだけじゃなく、病状も回復しているわ。その人の体質によって差が出るのかしら?」

「セドリックさんに話を聞いたんだけど、バゲットサンドでも同じように回復する人がいるらしいの。そのときの薬草の質や、怪我の程度や体調に関係してるんじゃないかって考えていたみたい」

「そうねぇ、薬だって本人の体調や体質によって分量を変えたりするものね」


 冒険者ギルドと同じような認識を薬師ギルドも持っているとセドリックからは告げられた。薬草は同じものなのだ。服用した人の体質や体調と考えるのが自然なことなのだろう。そう恵真も今まで思い、疑問を持たなかった。

 しかし、先日のアッシャーの擦り傷が消えたことがどうにも恵真の中で引っかかるのだ。

 ことり、という音がして恵真は視線を祖母へと向ける。コップに水を入れて祖母が薬を飲もうとしていた。


「食後の薬よ。このまえ、病院に行ってきたの。そしたら、血圧が高いんですって。まぁ、歳のせいよね。で、お薬手帳を貰ったんだけど、あれねサプリとかもダメだったりするのよね。気をつけなくっちゃ」

「そうだね、薬だけじゃなくサプリや食べ物もダメって言うね」

「そうなのよ。あんまり普段意識しないものよねぇ。食べ合わせなんかより、こっちを気にしなきゃダメよね」


 祖母の言うとおり、日常的に口にする薬の方がそのときだけの食べ合わせより、よほど気をつける必要があると言える。

 お薬手帳として、服用している薬を管理するのもそういった問題をなくすためなのだ。


「組み合わせによって効果が高まる……?」

「なに? 恵真ちゃん、どうしたのよ」

「それ! おばあちゃん、それかも!」


 急に大声を出す恵真に少々驚く瑠璃子だが、またなにか料理のことを思いついたのだろうと薬を水で飲み干す。自分はわかっているぞと言うかのように、んみゃうと鳴いたクロを軽く睨んだ瑠璃子は薬の苦さを誤魔化すように、飴玉を口に放り込むのだった。



*****

 


 憧れの恵真に呼び出されたにもかかわらず、リリアの表情は硬い。

 先日のような暗い表情ではないのだが、ナタリアのことが気がかりでどこか落ち着かぬ気持ちなのだろう。

 そんなリリアを今日、喫茶エニシに呼び出したのには理由がある。


「今日は料理をリリアちゃんと作ろうと思って」

「料理、ですか?」

「そう、ナタリアさんに差し入れする料理を作ろうと思うの」


 恵真の言葉にハッとしたように俯きがちだったリリアが顔を上げる。

 怪我をして治療院にいるナタリアだが、病気とは違い、食事の制限はないはずだ。もっと早く気付いて色々と差し入れればよかったと思うリリアだが、これからでも遅くはないと自分を納得させるようにきっと表情を引き締める。


「はい。ぜひ、私にも手伝わせてください」

「一緒に美味しい差し入れを作ろうね」


 あの日、作った料理が本当に効果があるのか。また効果があったとしても、今のナタリアの状況を改善できるか、保証はなにもない。

 そのため、恵真はただ差し入れを作ろうとリリアに提案した。

 効果・効能がナタリアの状況を変えることが出来ずとも、差し入れを喜んでもらえればリリアにとっても良いことであろう。そう恵真は考えたのだ。


「ぼくもお手伝いしていい?」

「もちろんだよ」

「俺も! 俺もします!」

「うん、ありがとう。アッシャー君、テオ君」


 恵真の考えを知るアッシャーとテオも協力すると、手を挙げてくれた。

 喫茶エニシのバゲットサンドを冒険者ギルドへと運ぶナタリアは、兄弟にとっても親しい存在なのだ。


「……ナタリアはここで必要とされてるのね」


 恵真はもちろん、アッシャーとテオもまたナタリアの怪我が回復することを願っている。そんな事実がリリアには嬉しく、同時に現在のナタリアを思い、胸が締めつけられる。

 ナタリアのために、今出来ることをしようと決意するリリアであった。



「それで、今日は来てくれたのか?」


 治療院の窓から差し込む西日に照らされ、ナタリアの顔に影を作る。

 一瞬、リリアは眉間に皺を寄せたのは西日の眩しさからではない。数日振りに見るナタリアは、少し痩せ、顔色も悪く見えたのだ。

 だが、リリアはすぐそんな表情を消し、普段通りに振舞う。


「あのね、エマさん達と差し入れの料理を作ってきたのよ。喫茶エニシの料理、最近ナタリアは食べてこなかったでしょ?」


 リリアの言葉にナタリアも笑みを浮かべる。


「あぁ、ここだけの話、治療院の食事は口に合わなくってな」

「ダメよ? ちゃんと食べなきゃ」


 そう言いながら、リリアは恵真から渡されたタッパーに入った料理を取り分けていく。簡易な皿とフォークも恵真が用意してくれたのだ。

 軽いその皿を恵真はプラスチックと言っていた。不思議なものを恵真は様々持っているのだと今さらだがリリアは驚く。

 バジルのクラッカー、バジルビネガーのサラダ、バジルとトマトの冷菜。バジル尽くしの三品だが、喫茶エニシのバゲットサンドを見慣れたリリアとナタリアは特に疑問を持つことはない。

 右手を痛めているナタリアは左手でフォークを持ち、口に運ぶ。膝に乗せた皿をリリアが手を添えて押さえる。


「うん、旨いな。流石、エマだな」


 ナタリアの言葉に自慢げにリリアが胸をそらす。


「へへー、今日は私も手伝いました! あとね、アッシャー君とテオ君も手伝ってくれたの! ナタリア、慕われてるんだなーって嬉しくなっちゃった」

「――そうか。エマ達には世話になったからな」

「…………っ! ナタリア……」


 過去形で話すナタリアの言葉にリリアは驚く。

 諦めたような眼差しで自分にかけられたシーツをじっと見るナタリアに、リリアの目からは涙がぽとり、ぽとりと落ちていく。

 それに気付いたナタリアが慌てて、シーツでリリアの涙を拭う。


「リリア……! 泣くことはないだろう」

「だって、だって……ナタリアが、ナタリアじゃないみたいなこと言うんだもの」

「よくわからないが、泣く必要はないだろう?」


 涙を流すリリアに焦った様子でナタリアは涙を拭ったり、背中をさすったりと忙しい。自分が冒険者の道を断つかどうかの状況にもかかわらず、友人の涙を心配するナタリアに、リリアは泣きながらも笑ってしまう。

 ナタリアもそんなリリアに安心したのか、微笑みを返す。

 そのとき、リリアがふと気付く。


「……ナタリア? 手、手が動いてる……」


 ナタリアは左手でリリアの涙を拭きながら、右手ではリリアの背中を撫でている。先程まで、左手でフォークを持っていたナタリアが、右手を使えているのだ。

 

「動く……痛みもだいぶ引いている……! リリア、右手が動くぞ!」


 驚きで目を大きく開き、歓喜の声を上げるナタリアの姿がリリアには良く見えない。涙が次から次へと溢れるリリアに、再びナタリアは慌てて、背中を撫でたり、涙を拭ったりと忙しい。

 自分のことを自分以上に心配し、寄り添ってくれる友人リリアの存在に、ナタリアは深く感謝するのであった。



 

「食べ合わせ、ですか……」


 そう呟いたリアム、その隣ではセドリックが真剣な表情で恵真が作ったバジルクラッカーを摘まんで、じっくりと見ている。

 大柄な男性が小さなクラッカーを見つめるのは少々奇妙な光景だが、それを笑う者は誰もいない。

 このバジルのクラッカーにこそ、今回のナタリアの怪我の回復、その理由があると考えられるのだ。


「はい。食事の栄養って組み合わせによって高くなることがあるんです。今までもそうなんですが、薬草の効果に差が出るのはそれが原因なのではないかと」

「えぇ。体質や怪我の状況によって変化しているのかとギルド内や冒険者間で情報が共有されていたのですが、まさか食べ合わせによる効果の変動とは……」


 今回、三種のバジル料理が用意された。それを怪我を負った者達に試食させ、治癒の効果が出たのはバジルクラッカーであった。

 他のバジル料理も鎮痛の効果はすべて出たが、怪我の状態の改善にしか繋がらなかった。怪我自体の治癒により明確な効果を、セドリックの手の中の小さなクラッカーが出したのだ。


「とりあえず、この情報を薬師ギルドと共有したいと考えております。そのうえで、お願いしたいのですが、このクラッカーの調理法や使用する材料をお教えいただけますか?」


 セドリックの言葉にリアムの視線が恵真へと移る。

 薬草の新たな可能性、そして携帯食の代わりとなり得るバジルクラッカー、恵真の決断は今後のマルティア、いやスタンテール周辺国に大きな影響をもたらすものになる。


「もちろんです! そんなに難しい作り方じゃないですから安心してください」


 すぐに快諾する恵真の人のよさに、リアムは大きな手を自分の額に当てる。


「……トーノ様。もう少し、重要性をご認識ください……」

「え? 重要だからこそ、多くの人に共有したほうがいいかと思うんですが……」


 薬草の新たな調理法とその有効性は、たしかに重要であり、価値があることだ。

 しかし、それを発見し、提供した恵真も当然今まで以上に重要な存在となる。なにより、状態の良い薬草自体も恵真が提供しているのだ。


「んみゃう」


 てとてとと近付いてきたクロが一声鳴く。

 それはまるで「そのためにお前達も彼女を守れ」というかのように、リアムの耳には聞こえる。


「えぇ、それはもちろんです」

「んみゃ」


 突然、クロと会話し出したリアムに恵真は微笑む。

 誠実で生真面目なリアムの可愛らしい一面に親しみを感じたのだ。

 バジルと食材の組み合わせがどんな効果を生むのか、まだ不明な点が多いが希望が出てきた。皿の上にある小さなバジルクラッカー、それはこれからのマルティアの人々に良い結果をもたらすはずだ。

 ナタリアは回復し、先日、リリアと共に喫茶エニシに顔を出した。

 アッシャーやテオが歓迎する姿に照れくさそうに笑う姿がまだ恵真の脳裏には鮮明に残る。

 あのときのナタリアのように、小さなバジルクラッカーが誰かの日々を変えるかもしれない――そんな期待を恵真は抱くのだった。

 

 

 

季節が過ぎるのは早いものですね。

気温の変化は体調にも変化をもたらします。

ご体調にお気をつけて。

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