196話 聖女候補と黒髪の聖女 2
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聖女認定の花祭りを控え、街は活気付く。各店舗、花祭りには特別な商品を目玉にするつもりらしく、商業者ギルドも賑わう。
そんな商業者ギルドのギルド長がレジーナなのだが、今回はあまり気乗りしないのか表情が普段より硬い。
「十数年に一度の聖女認定の花祭りだぞ? 商人としちゃ好機じゃねぇか。もっとにこーっとしてみたらどうだ?」
「街の人々にとっては大きな祭りだけど、教会主導には変わりないわ。意向とかを押し付けられるかもしれないし、ギルドとしては適度に距離を取りたいのよ」
父であり、前商業者ギルド長ジョージの言葉にレジーナは形の良い眉をしかめる。そのような事情は当然、ジョージとて十分に把握しているはずなのだ。
「それはそれとして、上手くやるのが商売人ってもんなんだよ。もっとこう表面上でいいから愛想よく出来ねぇもんかね」
「私がなんて呼ばれてるか知ってて言ってるでしょう?」
若く優秀だが硬い表情を崩さないレジーナを皆は氷の女王と呼ぶ。表情が硬いのは事実だが、若く未熟だと指摘されているようでレジーナとしては複雑だ。
「いいか? 楽しみ、楽しませるのも必要なんだ。教会だなんだと考えるから憂鬱になる。春を楽しむ祭りだと思えばいい。祭りは長いんだ。貴族だってお忍びで街を歩くかもしれねぇぞ」
「……わかってるわ。私は現商業者ギルド長なのよ? 前商業者ギルド長さん」
腰に手を当てたレジーナはジョージを軽く睨む。
花祭りの準備や手続きで商業者ギルドは忙しいのだ。父であろうとこうも軽々しく顔を出されては困る。
「ま、聖女様なんて俺らには縁がないお人なんだ。利用できるもんは利用して十分に稼ぐこったな」
レジーナの苛立ちを察したジョージはソファーから立ち上がる。ローテーブルにはハチミツとドライフルーツ、ナッツが置かれている。今日はこれを持って来ただけなのだが、ついつい話が長くなってしまった。
「仕事中に顔を出すのは控えてね」
「へぇへぇ、冷たいこったな。流石、氷の女王だ」
クッションを投げつけようと思ったレジーナだが、もうドアは閉まった後だ。
父の言葉も一理ある。教会との関係には用心するに越したことはない。しかし、商売と考えればなかなかに良い機会なのだ。
街の人々が祭りの期間中は出歩くと共に、ジョージの言った通り、貴族もお忍びで訪れることが多い。質の良い商品を置くことで、今後目をかけて貰えると商人達は気合が入っている。
ローテーブルの上に置かれたハチミツとドライフルーツにナッツ、これを届けるためだけに父のジョージは足を運んだわけではないだろう。
父なりの気遣いは手土産という形にも、先程の言葉にも感じられる。
それを理解しつつ、素直になれない自分にレジーナはため息を溢した。
*****
「花祭りの料理をアメリアさん達はもう考えているんですか?」
恵真の問いかけにアメリアもリリアも胸を張って頷く。
「そりゃそうさ。なにしろ今回のは聖女認定の花祭りだからね。あたしら商売人には大きな行事になるんだよ。温かくなったしね、果実のサワーにフライドポテトにエールにと準備に大忙しさ」
聖女が決まる花祭りは大規模なものとなる。通常は教会で一日で終わるものが数日間に渡って催されることからも、その規模の違いは歴然だ。
当然、期間が長ければ人の出も増え、商店も賑わう。このチャンスをアメリアが見逃すはずがない。
すぐ客に出すことが出来て、店の前でも売れるものを用意する予定らしい。
「私は普段のクランペットサンドの具を変えたものを数種類用意するつもりです。色々と選べる楽しさがあるといいなって……エマ様の影響ですけれど」
「祭り限定ってことだね。いいじゃあないか」
少々はにかむリリアだが、祭り限定の味があれば、買いたくなるのが人というものだ。比較のために、数種類買う者もいることだろう。
アメリアの言う通り、その発想は良いと恵真も思う。
「で、お嬢さんはどんなのを作るんだい?」
「私はこのあいだジョージさんに頂いたものを少し使ってみようかなと思ってます」
「このあいだのハチミツとドライフルーツだね」
微笑んで頷いた恵真はアメリアとリリアの前に、菓子の入った皿を差し出す。
花祭りといってもあまり自身には関係がないと思っている恵真だが、料理となると話は別である。花祭り限定の菓子を試作していたのだ。
「ドライフルーツのパウンドケーキです。ハチミツも少し使っているんですよ」
「こりゃあ、美味しそうだね」
「頂いてもよろしいんですか?」
恵真が頷くとリリアは嬉しそうにフォークを手に取る。
すっとフォークが入るパウンドケーキを口に運ぶと、バターの風味としっかりとした甘さが広がっていく。しっとりとしたケーキの食感とドライフルーツの酸味、そこにナッツの香ばしさもあって、複雑なバランスが見事に調和している。
「美味しい! 凄く美味しいです! 花祭りのお菓子にこんな贅沢な一皿をいいんですか?」
「見た目の派手さはないけど、味わい深い良い菓子だね」
二人の言葉に恵真は口元を緩める。
ドライフルーツやナッツで酒と砂糖につけたミンスミートを作った恵真は、それを今回のパウンドケーキに使った。喫茶エニシを開店当初、バゲットサンドにももちいたことがあり、好評だったのを思い出したのだ。
「ミンスミートを使った物とナッツだけの物と二種類あるので、お好みに合わせてお出ししようかと思っているんです」
「ナッツ入りのもね、すっごくおいしいんだよ!」
「お酒が入っていないので、苦手な人にはそちらがいいかもしれません」
アッシャーとテオは、ナッツ入りのパウンドケーキを先程口にした。こちらはハチミツが強めでナッツのサクサクとした食感と、生地のふんわりとした食感、違いが好ましい品だ。
「必ずどちらかを一人一個にした方がよろしいかと思います」
「リリアの言う通りさ。あたしが客なら絶対どちらも食べたくなっちまうからね。お嬢さんとこの子らだけで接客するなら数は作れないだろうしさ」
「たしかにお出しできなかったら、お客様にご迷惑をおかけしますもんね。参考になります」
自分が気付いていなかった点を二人に指摘され、花祭りの計画をより具体的に恵真は考え始める。花祭り限定にするのならば、どれだけの数を用意したら良いだろうか、いつもの定食と並行して提供するのだ。計画的にいかねばならない。
恵真の頭が花祭りに傾き始めたとき、喫茶エニシのドアが開く。
「すまないが、ここで少し休ませてくれないか?」
「お嬢様が……お嬢様が……」
護衛らしき男性と泣き出しそうな女性、そして真っ青な顔をした少女がバタバタと足を踏み入れてきたのだ。
ドアを振り返り、驚くアメリア達だが、驚いたのは向こうも同じである。
カウンター奥でこちらを見つめる女性は黒髪黒目、それは教会の経典やおとぎ話の中の存在のはずなのだ。
「ど、どうしますか?」
「今はなによりもお嬢様が優先です!」
先程まで狼狽えていた女性が倒れ込みそうな少女を抱え、護衛の男性に言い放つ。
「とりあえず、ソファーに横になってください」
「は、はい!」
「男は外だね」
「いや、私は護衛でして……」
「そりゃ見ればわかるよ。楽な姿勢にしてやりたいんだ。あんたも紳士なら外で待ちな」
迷った護衛の男性は、少女を抱える女性をちらりと見るが、彼女も首を振って外で待つように示す。それを見て、護衛の男性はドアへと向かって歩いていく。
ドアが閉まったのを確認したアメリアとリリアは、使用人らしきその女性と共に少女をソファーへと乗せる。靴も脱がせた後、恵真はブランケットを彼女の体にかけた。
「なにがあったんだい?」
「大通りで突然、気分を悪くしたようで……」
「人酔いか、貧血かもしれませんね。少しここで休んで行ってください。温かい飲み物か、冷たい飲み物、どちらがいいですか?」
「え、ええっと、お嬢様はどちらがよろしいでしょうか?」
お嬢様と呼ばれていること、護衛がいることからも少女が貴族であることが明らかである。着ている衣服が上質であることから、高位貴族であろう。
恵真の風貌を考えれば、あまり良いことではないとアメリアは思うのだが、少女が体調不良なのは事実であり、口をつぐむ。
使用人の女性の言葉に少女は目を開くが、ぼんやりとした表情だ。
「……聖女様」
「え、あの、私は……」
否定しようとする恵真だが、少女は横たわったまま、ぼろぼろと涙を溢す。顔を覆うように両手を置くのだが、あとからあとから涙は零れ落ちていく。
使用人の女性が慌ててハンカチを用意し、少女を宥めるのだが不要だというかのようにし首を振って泣き続ける。
アメリアとリリアは困惑したように視線を交わし、アッシャーとテオは心配そうに少女を見つめる。
「聖女様、至らぬ私をお救い下さい……」
助けを求めるかすれた小さな声に、恵真は少女の話を聞こうと決意するのだった。
ドライフルーツも好みが分かれますね。レーズンは身近ですし、特に好みがわかる気が……。
G.Wですね。ご旅行をしたり、気分転換の時間になりますように。
私は二巻の発売が近付き、そわそわと落ち着きません……。楽しんで頂けますように!




