192話 森ウサギとギルドの依頼
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マルティアの冒険者ギルドは今日も賑わう。
厳しい冬は冒険者達の生活にとっても大きな影響を与える。そんな冬を終え、迎えた春は狩りをして収入を得ようと皆がギルドに集まるのだ。
「どうして森ウサギを狩ってくれないんだ⁉」
がやがやと騒がしかった冒険者ギルド内で大声が上がり、皆の視線はそちらへと向かう。困った様子のギルド職員にカウンター越しに訴えかける男性の姿。冒険者同士の揉め事ならばないわけではない。
だが、今声を上げているのは依頼者側なのだ。
「本当に困っているんだ。あんた達もそれをわかっているだろう? どうして依頼に誰も答えてくれないんだ」
「うちでも冒険者の皆さんに呼びかけてはいるんですが……」
必死な依頼者の声にギルド職員である女性も困ったように答える。
依頼を出しても割の悪い仕事、対価の少ない仕事には人が集まらないのだ。
ギルド職員の言葉に、依頼者の男性の視線は冒険者達に向くが、冒険者達は彼の視線から都合悪そうに視線を逸らす。
森ウサギの討伐、この依頼は戦う労力と対価が見合わないのだ。
毛皮は真緑、肉は硬い、攻撃的で怪我を負うリスクも高く狩るのも一苦労する。
しかし、今年はその森ウサギが大繁殖した。
田畑を荒らすなど被害も増え、冒険者ギルドとしても積極的に冒険者達に呼びかけているのだが、一方、断る彼らの気持ちもわからなくはない。
その光景を見ていたシャロンは眉を下げ、対策を考えるのであった。
*****
「へぇ、サクラっていう木に皆で集うんすねぇ」
「はい。大きな場所だと出店が出たり、凄く賑わうんですよ」
先日、岩間さんの家で恵真は花見を楽しんだ。
手製の弁当を用意し、岩間夫妻と桜を愛でつつ、食事を摂るという小さな会ではあったが、訪れた春を十分に感じられた時間だった。
「ぼく達もお花見をしたんだよ。お天気もいいし、ごはんもおいしかったんだ」
「母と一緒に川べりを歩いたんです。楽しかったよな、テオ」
アッシャーとテオもハンナと花見を楽しんだと聞き、恵真は安堵の笑みを浮かべる。最近、ゲイルのスープを皆に教えていたハンナであったが、その疲れがたまっていないかと案じていたのだ。
しかし、リアムとバートは兄弟の言葉に驚く。
「川沿いを歩いたということは森が近い場所か? 無事でよかった……」
「最近はその辺の野原にも森ウサギが降りてきてるっすからね。本当なんもなくてよかったっすよ」
「森ウサギって山や森にいる動物なんですよね。そんなに街に近い場所にまで来ているんですか?」
以前、森ウサギの話を聞いていた恵真は、心配そうにアッシャーとテオに視線を向ける。兄弟が住むディグル地域は街の外れにあるという。喫茶エニシに向かう道のりで危険なことはないかと思ったのだ。
「いえ、山や森に近い人里に降りてきているんです。元々、繁殖力の強い動物ではあったんですが、今年は一段と数が多い。そのせいか田畑を荒し、冒険者ギルドにも依頼が殺到しているようです」
「二人の住んでる場所とは、地理的には逆の方向っすね」
「うん、ぼく達がいった川も家の近くの細い川だよ。ちっちゃい花が咲いてた!」
マルティアの地理に明るくない恵真は、皆の言葉にほっと胸を撫で下ろす。
「でも、大変っすよね、ギルドも冒険者も。森ウサギは狩るのが大変な割に、肉も皮も使い道が今んとこないっすもんね」
「冒険者側の事情もあるが、街の安全を守る意味もあるだろう。このままでは本当に街の中まで降りてくる。そうなれば一大事だ」
「じゃあ、オリヴィエのお兄さんならどう?」
話を聞いていたテオがふと気付いたようにある人物の名を挙げる。
元王宮魔導師のオリヴィエはもちろん魔法が使えるはずだ。強靭な肉体を持つ森ウサギも魔法には勝てないだろうとテオは考えたのだ。
「……あれはダメだな。魔法の威力が強すぎるんだ。森の中ならともかく、今年は人里に降りてきた森ウサギの討伐。周囲の家に被害が及んでしまうだろうな」
「じゃあ、クロ様は?」
今までなかった発想にリアムとバートはクロへと視線を向ける
だが、クロは「んみゃう」と一声鳴いて、恵真を見る。どうやら守るべき恵真がいるここから、出る気はあまりないらしい。
非常事態ならいざ知らず、今回は冒険者達の意識や意欲で変わる問題だ。魔獣の力を借りるのも大げさだろう。
そもそも、魔獣の登場の方が人々に混乱をもたらしかねない。
リアムやバートはクロという存在に慣れてしまっている自分達に気付き、顔を見合わせ笑う。
そのとき、喫茶エニシのドアが開き、皆の視線がそちらへと集まる。
「どうした、セドリック。ひどい顔だぞ」
冒険者ギルド長セドリックが憂鬱そうな表情を隠さずに、こちらへと向かってくる。まっすぐカウンター越しの恵真へと歩みを進めたセドリックは、じっと恵真を見つめた。
「……なにかご依頼があるんですね」
「えぇ! そうなのです! どうしてそれがお分かりに……!」
恵真の言葉にハッとするセドリックだが、リアムとバートは呆れた表情を浮かべる。
「いや、その表情で丸わかりっすよ」
「シャロンになにか言われたのだろうな」
セドリックが暗い表情で喫茶エニシに訪れる場合は、なにかしらの問題を抱えていることが多いのだ。優秀な副ギルド長シャロンの意見でここに来たことまでも推測可能である。
「今度はどんな依頼なんだろうな。テオ」
「エマさん、なにを作るんだろう」
アッシャーとテオは既に恵真がどんな依頼を受け、どんな料理を作るのかを考え、わくわくし始める。賑やかになってきた喫茶エニシの様子にクロはぐんと伸びをするのだった。
「え、森ウサギの新たな調理法ですか?」
ちょうど話題にしていた森ウサギのことをセドリックが話し出し、恵真は驚きの声を上げる。
「えぇ、森ウサギはとにかく肉質が硬く食べにくいのです。味の善し悪しよりもまず、硬さで皆、調理を断念してしまう。幾多の料理を仕上げてきたトーノ様でしたら、新たな調理法をご存じではないかと考えたのです」
「はぁ……、そうなんですね。」
期待する眼差しを注ぐセドリックに対し、恵真の返答は気乗りしなさそうである。料理になると、途端に熱心になる恵真としてはめずらしい反応だが、これには理由がある。
「私、森ウサギを食べたこともなく、よく知らないんですよね……」
「なんと……! そうでしたか……」
そう、リアムやバートの話でなんとなく耳にしている森ウサギだが、恵真は食べたことどころか、見たことがないのだ。
そもそも長年、食用に適さないと思われている森ウサギを簡単に調理できるのだろうかという疑問も浮かんでしまう。
普段の恵真からすると、めずらしいこの考えもまた、森ウサギを食したことがないのは大きな理由であろう。
「トーノ様に期待を寄せるより、冒険者と依頼者の意見のすり合わせが必要なのではないか? もし、必要ならば俺を含めた有志で討伐するしかないだろう」
「そうだな……。だが、話し合っても解決しないからここに来たんだ。お前らもしっているだろう? 根本の原因は森ウサギが田畑を荒すこと、それに肉や毛皮が使えないことから来てるんだ」
セドリックの言葉に恵真の表情と雰囲気が一変する。
それにいち早く気付いたのがリアムとクロだ。クロはてとてとと、恵真の視界から外れるように高い棚へと逃げてしまう。
リアムは恵真を気にかけ、声をかけた。
「……トーノ様?」
恵真はきりっとした表情でセドリックに対峙する。突然、強い視線を向けられたセドリックはたじろぐ。
「それは森ウサギに対して、失礼です!」
「も、森ウサギに対し、失礼……?」
戸惑うセドリックは恵真の言葉を復唱してしまう。
今の発言のなにがまずかったのだろうかと考え始めた彼に、恵真は毅然と意見を述べ始める。
「狩りをするのは生きるため、それは私もわかります。ですが、その頂いた命を余すことなく使うべきなんじゃないでしょうか」
恵真とて肉を調理し、口にする。だからこそ、食材を無駄に扱うことはない。それは料理をしてきたうえで、自然と身に着いた感覚だ。
生きる上で必要であるからこそ、食材を無駄にしてはいけない。肉はもちろん、骨からも出汁がでる。出汁に使わぬ骨などは粉砕し、肥料に使われることもあるという。
「冒険者の皆さんにも生活がある。そして依頼者の方々にもまた生活がある。そんな中で、森ウサギが討伐されることを、そこに生活していない私が口を挟む資格はないと思うんです。でも、無駄にするなら話は別です!」
駆除に関しては、そこに生活する者の苦労や努力を知らない者が安易に口を挟むべきではない。人が生きていく中で、人の生活の安全を守ることも重要なのだ。
そう言いながらも、恵真には納得できないことがある。
「なので、私が森ウサギの美味しい調理法を見つけます!」
力強く断言した恵真に、セドリックは少々気の抜けた声が出る。
「……へ、よろしいのですか?」
恵真の宣言に驚いたのはセドリックだけではない。リアムやバートも目を見開く。
「たしかにトーノ様が新たな調理法を見つけてくだされば、皆が助かるのも事実だな。依頼者、冒険者、そして街の者達もだ。増えた森ウサギの討伐に、兵士が駆り出されることもないだろう」
「はっ! 本当っすね。森ウサギがこれ以上増えたら、オレらも仕事が増えるっすね……大賛成っす!! 流石、トーノ様っすね!」
先程まで、難色を示していた恵真が突然、森ウサギの新たな調理法の依頼を引き受けた。突然のことで戸惑うセドリックだが、恵真は俄然、やる気である。
どうやらこれでシャロンに叱られることもないだろうと、ほっとするセドリックであった。
お花見、楽しまれた方も多いのかと思います。
北日本ではこれからでしょうか?
今の時期だけの楽しみですね。




