191話 伯爵令嬢アナベルの茶会 3
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伯爵令嬢アナベルの茶会、お楽しみください。
茶会当日、アナベル伯爵令嬢は緊張を隠しつつ、笑みを浮かべて客人を迎える。
幸いにも天気は穏やかで過ごしやすいものだ。風も少なく、庭園での茶会にはふさわしいものと言えるだろう。
令嬢達を迎えるアナベルにシャーロットが微笑んで視線を向ける。その力強い微笑みは案ずることはないとアナベルに言ってくれるかのようだ。
友人からの静かな応援をアナベルは心強く思う。
「ちょうど花が時期を迎えましたの。私も庭師と共に手入れをしております」
「まぁ、素敵。美しく咲いたこの花はアナベル様の努力ですのね」
「植物は日々の手入れが重要だと言いますものね」
私が手入れしたものだと言わないところにアナベルらしさを感じ、シャーロットは口元を緩める。
こうした性格の彼女だからこそ、病弱だというシャーロットと長年文を交わしてくれたのだろう。良い意味で貴族らしからぬ性格はアナベルの美点だとシャーロットの目には映る。
だが、全ての者がそう感じるかというと話は別だ。一部の令嬢からはどうせ庭師達がすべて管理しているのだろう、そのような思いがこぼれ出ている。
「皆さま、お席にどうぞ。花を愛でながらの食事とまいりましょう」
そう促され、自身の席についた令嬢達の元には、使用人たちの手によってなにやら箱が置かれていく。
戸惑いつつ、その箱を見たある令嬢が声を上げる。
「まぁ、私の領地に咲く花ですわ」
その言葉につられるように、皆も自身の前に置かれた箱に視線を移す。
箱の蓋には細工が彫られ、それぞれに異なる。
領地の花や植物、それがない令嬢には好みの花などを彫ってあるのだ。
「領地の花を彫って頂いているのね……!」
「えぇ、それぞれのお生まれの地域や好みに合わせた細工なんです」
恵真の発案で名産品の木箱の蓋には、それぞれに異なる細工を彫ることにした。
職人達には無理を言ったのだが、自身の手掛けたものを貴族令嬢に出すのだと張り切って応じてくれた。
それにはロイド伯爵家が今まで領地の発展に尽力し、人望を集めていたことも影響している。
「どうぞ蓋を開けてみてくださいませ」
アナベルの言葉に促され、蓋を開けた令嬢達から歓声が上がる。
シャーロットは箱の中身に驚きつつ、アナベルへと視線を向けた。
緊張しつつ、微笑むアナベルはシャーロットに頷く。シャーロットもまた微笑みを返した。
「なんて可愛らしいの! たくさんの料理が詰まっているわ」
「えぇ、彩りも繊細で春らしいものばかりね」
令嬢達の言葉通り、箱の中には様々な料理が詰められている。
そのどれもが一口大であるのも心憎い配慮だ。
春人参のピラフ、鳥肉の香味揚げ、アスパラガスの前菜、ふんわりと焼いたオムレツ、器に入った苺のブラマンジェなど多種の食材が並ぶ箱に皆の視線は釘付けである。
シャーロットの箱には当然、卵抜きであるが個別によそっているため、他の令嬢はそこには気付かないだろう。
「どうぞお好きなものから召し上がってくださいませ」
「まぁ、どれから頂きましょう……」
「これだけ色々あると迷ってしまうわね」
恵真が考え出したのはロイド伯爵家の名産である木箱を活かした花見弁当だ。
箱に詰めることで、世話をする使用人の人数が少なくとも茶会に対応でき、名産品を自然に紹介できる。
なにより、他家と異なる料理で印象に残すことも出来るのだ。
「それ以外にもこちらもありますの」
アナベルの言葉で運ばれてきたのは三段重ねのアフターヌーン・ティー皿だ。
下からサンドウィッチ、スコーン、生菓子と並ぶそれに令嬢達の口元もほころぶ。
「たしかこちらはシャーロット侯爵令嬢の茶会で最近、人気なものでは……」
一人の令嬢の言葉で静かな緊張が走る。
シャーロットの茶会ではこの皿を使ったアフターヌーン・ティーが人気なのだ。
それを模倣したアナベルをシャーロットがどう思うのかという懸念を令嬢達は抱き、視線も彼女へと集まる。
「――その器は我が家の特注品なんですの」
シャーロットの言葉に令嬢達がひやりとする。
だが、彼女が続けた言葉は予想外のものだ。
「ですので、今回の茶会に合わせ、業者を紹介しましたの。昔からロイド伯爵家とは懇意にしておりますから」
「えぇ、シャーロット様には良くして頂いております」
シャーロットの言葉に令嬢達には、ほっとした空気が流れる。だが、異なる意味でひやりとした者もいるだろう。
侯爵令嬢シャーロットは病弱だという噂を払拭し、その才気を存分に奮っている。そんな彼女とアナベルは親密だとシャーロット自身が口にしたのだ。
これは他の令嬢への牽制、不躾な態度を慎めと暗に言っているようなものだ。
アナベルとは、ではなくロイド伯爵家とはと言ったことからも最近、事業が上手くいかない彼らを軽んじる空気をたしなめていることがわかる。
シャーロットが茶会でもちいた特殊な皿は令嬢達の憧れとなりつつある。どこで造られたのかと問い合わせた者は多い。
しかし、それを教えられたものはまだいない。にもかかわらずロイド伯爵家には紹介したのだ。両家が懇意なのは事実なのだろう。
「どうぞ、皆さま。花を愛でつつ、食事を楽しんでくださいませ。今日、こうやって皆さまに見て頂いて花も喜んでいると思います」
控えめに微笑むアナベル自身はその意図に気付いていないだろう。
アナベルの言葉に促され、皆が食事を口にする。一口大の香味揚げは肉汁が溢れ、香草の味もよく効いている。春人参のピラフは甘みも塩味もバランス良く、バターの香りが良い。
それ以外にも工夫を凝らした料理が並び、令嬢達の会話も自然に弾む。
「箱は一旦下げた後、皆さまにお持ち帰り頂ければと思っております」
アナベルの言葉に令嬢達が喜びの笑みを浮かべる。
「まぁ、よろしいんですか? 可愛らしい箱ですし、嬉しいですわ」
「領地の花が細工されておりますし、素敵ですね。私は刺繍のお道具を入れようかしら」
「まぁ、いいわね。私は文具入れにしようかしら」
その言葉に安堵したようにアナベルは微笑む。
アナベル自身は厚意での行動だろうが、シャーロットは木工製品の紹介にも役立つだろうと気付いている。領地の花や家を象徴する花を彫った木箱、それをこの令嬢達が使用することで自然と商品の紹介になるのだ。
料理だけではなくそこまで配慮していたのかと、喫茶エニシの店主の才覚にシャーロットは内心で驚く。
そして、かけがえのない友人に喫茶エニシを紹介したのは間違えではなかったと思うのだ。
「ご自身で育てた花にご領地の名産品、そして可愛らしく彩られた料理の数々、アナベル様らしいお気遣いに溢れた茶会ですわね」
シャーロットの言葉に皆が賛同し、微笑む。皆の様子に、顔を赤く染めたアナベルは嬉しそうにはにかんでいる。
彼女の気性もよく伝わる温かみのある茶会は穏やかに続く。
咲き誇る花々と令嬢達の楽し気な声が響く庭園、それは一つの絵画のように美しく優しい時間であった。
*****
喫茶エニシが休みであるにもかかわらず、恵真は朝から料理をしている。
手まり寿司に先日の春人参のピラフ、鳥肉の香味揚げなど様々な料理を用意しているのには事情がある。
「じゃあ、卵焼きは私が作るわね」
「うん、お願いします。私は冷めたものから詰めていくね」
恵真と祖母の瑠璃子が作っているのは花見弁当である。
先日、茶会でもそのレシピをロイド伯爵家に伝えたものだ。茶会は無事、成功に終わり、冒険者ギルドを通じ、感謝を伝えられている。
「梅ちゃんもきっと喜ぶわ。桜もちょうど見ごろみたいなの」
今日は以前、約束していた岩間さんの家での花見である。
そのため、朝から恵真と瑠璃子で花見弁当用の料理を準備していたのだ。
「クロも行く? 外で猫用のおやつを食べるのはどう?」
「んみゃう!」
ソファーでくつろいでいたクロは恵真の言葉に伸びを始める。
「今日はね、アッシャー君とテオ君もお花見なんだって」
「あぁ、お休みだものね。向こうも晴れてるといいわね」
今日は穏やかで過ごしやすい天候だ。
風も強くないため、花見にはちょうどいいだろう。
冷めた料理からバランス良く重箱に詰めながら、恵真はマルティアの空もどうか晴れているようにと願うのだった。
新生活でお弁当が始まる方もいらっしゃるかと思います。
ご家族が作ってくださったり、ご自身で作られたり……。
お花見弁当は特別なものですが、日々の食事も大事ですね。
新たに始まる日々、お体はもちろん気持ちも大切に。




