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《1/15 小説3巻・コミカライズ1巻発売!》裏庭のドア、異世界に繋がる ~異世界で趣味だった料理を仕事にしてみます~  作者: 芽生


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189話 伯爵令嬢アナベルの茶会

いつも読んでくださり、ありがとうございます。




 重い荷物を持った買い物帰り、恵真はふと空を見上げる。

 青い空が広がるが、恵真の目に留まったのは他のものだ。

 

「あ! 桜のつぼみだ。もう、春なんだもんなぁ」


 白いそのつぼみはソメイヨシノのものだろうか。木の枝に小さなつぼみがいくつか見られる。まだ硬いつぼみが開くのはいつになるのだろう。

 ふと目に留まった季節の変化に恵真は微笑む。

 まだ早い時間なのに制服の学生達が歩いていくのは、春休みが近いせいであろう。

 

「春は卒業に入学、就職と忙しい時期だもんね……」


 過ごしやすい気候の春だが、新たなことをせねばと落ち着かぬ気持ちになる時期でもある。新しい環境、人付き合いの変化、自身を振り返るとこの時期が苦手であったと恵真は思い出す。

 広がる空も小さなつぼみも、頬を撫でる柔らかな風もこんなに心を軽やかにしてくれるものだというのに、過去の恵真は気付かずに過ごしていたのだ。

 恵真の買いこんだ荷物は今度行うひな祭り用の食材ばかりだ。

 ずっしりと重いエコバッグだが、楽しみがぎゅっと詰まっているように感じられ、恵真は心軽やかに歩き出すのだった。



*****



「え、シャーロットちゃん……シャーロット侯爵令嬢のお友達からの依頼なんですか?」

「えぇ。ご友人のアナベル伯爵令嬢が茶会の食事で案を欲しいというお話です」


 冒険者ギルド長のセドリックから伝えられた依頼は、過去に二度依頼を受けたシャーロット侯爵令嬢の友人アナベル伯爵令嬢からのものだという。

 これは友人を紹介するほどの信頼を過去二度の依頼で恵真が受けているという証明でもある。 


「貴族の方の茶会ですか。どのような菓子が良いか、希望などはあるんですか? 前回のシャーロット侯爵令嬢の会よりは規模は小さめかな」


 爵位の違いがあるのなら、当然会の規模も異なるだろう。

 貴族のことなどさっぱりわからぬ恵真ではあるが、茶会であれば人数も限られると思ったのだ。


「それが……なかなか厳しいものでして」


 めずらしく言い淀むセドリックに、恵真はリアムやバートに視線を向ける。

 リアムとバートはというと、セドリックの様子に面倒事の匂いをかぎとったのか、眉間に皺が寄っている。

 アッシャーとテオは休憩中であるが、大人達の会話を興味津々に耳を傾けている。

 

「セドリック、正直に言え。なにか厄介な事情があるんだろう?」


 リアムの言葉に観念したようにセドリックは肩を竦める。

 たしかに今回の件も少々面倒な事情があるのだ。


「その……アナベル伯爵令嬢、ロイド伯爵家の懐事情はあまり芳しくないようでな。令嬢のために茶会を開きたいんだが、同時にそういった会は足元を見られるきっかけにも繋がりかねん。そこで友人であるシャーロット侯爵令嬢に相談がいったようでな」

「つまり、そういう事情を悟られず、会を彩る料理をトーノ様に依頼したいということだな」

「規模は小さく十数人の令嬢だけの庭園での会なのだそうだ」


 セドリックの言葉にアッシャーとテオは不思議そうな表情を浮かべる。

 二人の中での貴族のイメージと、懐が厳しいという言葉がどうにもピンと来ないのだ。そんな二人に気付いたバートが話しかける。


「あぁ、二人は想像つかないっすよね。貴族でも領地の経営や事業が上手くいかないと資金が足りなくなるんすよ。でも、身分だけはあるんでそれにふさわしい生活を送らないと足元を見られちまうんすよね」

「友達同士なのに変なの」

「そう、変なんすよ。貴族って」


 バートの説明に内心でなるほど、と思いつつも恵真は表情には出さないよう努める。その辺の事情はどうにも恵真にも想像しづらいのだ。

 金銭的な余裕はない中で目を引く料理を提供せねばならない。

 たしかにこれは知恵や発想を必要とする依頼である。


「地域の特産を活かしたり、令嬢の得意分野で彩るとか出来ないのか?」


 リアムの問いかけにセドリックは首を振る。


「林業や木工製品が特産なんだ。それも今、貴族にはそんなに人気がないだろう? それが懐事情に直結しているんだ。令嬢はそうだな……花を育てるのが趣味のおとなしいご令嬢らしい」


 領地の名産も貴族向けではなく、特産品を料理に生かすなどは難しい。

 そのうえで金銭をかけずに目を引く料理を作るなど難題だ。

 リアムはセドリックに視線でそう伝えるが、依頼を聞いたセドリックもそれは同意見である。

 しかし、シャーロットの紹介ということもあり、一応恵真にも伝えたのだ。

 断りにくい案件であるため、恵真がどうするかをリアムは気にかける。


「……女子会ですね!」

「……はい?」


 聞き慣れない言葉にリアムは恵真を見つめる。

 恵真はというとなぜか楽しそうにうんうんと頷いているのだ。


「女の子同士の会ですよね。甘いものがいいかなー、でも甘いものの後にはしょっぱいものが欲しくなったりするんですよね。あ、シャーロットちゃんも参加するんですか?」

「えぇ、ご友人ですしアナベル伯爵令嬢より高位ですし、お誘いするはずです」

「じゃあ、卵は使えないですね。皆が喜んでくれる料理、考えてみますね!」


 今までの話をきちんと理解していないのだろうかと思うほど、恵真は楽し気だ。おまけにすんなりと厄介な依頼を引き受けてしまったため、リアム達は目を丸くする。

 アッシャーとテオは始めから恵真が引き受けると思っていたらしく、嬉しそうに笑っている。クロはというと興味がないようで、春の温かな日差しが差し込むソファーでうとうとと微睡む。

 こうして、恵真は伯爵令嬢アナベルの茶会の料理を考えることになったのだ。



「いやぁ、大丈夫っすっかねぇ」

「トーノ様のことか?」


 春になり、日が暮れるのも遅くなる。

 夕日が赤く染めるマルティアの街を歩くリアムとバート、帰途を急ぐ者や今晩の夕食を買いこむ者で通りも賑やかである。

 

「なぁ、バート。この街も少しずつ変わっているな」

「へ? あぁ、たしかにそうっすねぇ」


 二人の視線の先にはフライドポテトを買い求める人々の姿がある。

 これも恵真がもたらした変化の一つだ。

 じゃがいもや豆、余り肉といった食材はいまひとつ評価が低かった。それを変えたのが喫茶エニシ、そしてその店主エマの存在だ。

 ホロッホ亭でもじゃがいも料理が提供され、商業者ギルドを通じ、フライドポテトの作り方も広がった。

 少しずつ、だが確実に人々の食の意識は変化しつつあるのだ。


「たしかに今回の依頼は難しいものだと俺も思う。しかし、先程のトーノ様のご様子は楽しんでおられるようだった」

「あー、そうっすね。トーノ様、料理になると凄く前向きになるっすもんねぇ」


 女子会、という謎の言葉と共に恵真は依頼を快諾した。

 そのあとも色々貴族令嬢の好みなどを教えて欲しいと熱心にセドリックに尋ねる様子からも、恵真の意欲が伝わってきたものだ。


「なにかあれば、すぐに力になるつもりだ。だが、料理に関しては俺もお前も門外漢だろう。トーノ様の知識や御力を信じることが今、俺達に出来ることだな」

「もちろん、オレだってそのつもりっすよ。料理の試食ならいつでも駆けつけるっす」

「……バート?」

「もう、冗談っすよ! なるべく顔を出して様子を見守るっす!」


 容器や鍋を持ち、料理店から出てくる者達、持ち帰り料理は仕事を持つ人々には好評だ。自由市に行けば、屋台が並んでいるのだが、わざわざそこまで足を運ぶのは億劫であったり、家で落ち着いて食事をしたい者も多いのだ。

 恵真の価値観や物事の捉え方はスタンテールの考えとは少し異なる。

 それが料理にも生かされているのだとリアムは思っている。

 そんな考えを恵真が強要することはない。あくまで提案であり、受け入れるかどうかはマルティアの人々に託されているのだ。

 喫茶エニシとその店主トーノ・エマがもたらした変化は、マルティアの街に笑顔を増やしていた。



*****

 

「アナベル、きっと大丈夫よ。彼女は私の会も……個人的な茶会にも素晴らしい料理を提案してくれたわ。今回も期待に応えてくれるはずよ」

「えぇ、あなたがそうおっしゃるのなら、きっと優れた技術を持った方でしょう。ありがとうございます。シャーロット様」


 友人である侯爵令嬢シャーロットの言葉に、アナベル伯爵令嬢は眉を下げたまま頷く。シャーロットの厚意はアナベルにとってありがたいものだ。

 爵位が上でありながら、シャーロットはアナベルを友人であると人々に紹介してくれる。体が弱く引きこもりがちだったシャーロットと少々気弱な性格のアナベルは文を交わしてきた。

 その縁で今回の茶会もアナベルは思い切って、手紙でシャーロットに相談した。

 貴族らしい遠回しな表現で、経済的な余裕があまりない中、茶会を開かねばならないという相談に、シャーロットが提案したのが喫茶エニシという店の店主への依頼だ。


「私がもう少し、社交的であれば良いのですけれど……。周囲のご令嬢から軽んじられないかと不安で……」

「それはあなたの問題ではないでしょう? そのご令嬢方が礼儀をわきまえておりませんのよ。あなたの良さをご存じないのだわ」


 おとなしい性格、領地の状況もあり、令嬢の中にはアナベルを軽んじる視線や言動を取る者も少なくはない。

 そのため、今回の茶会にはシャーロットも参加する予定だ。

 友人であるアナベルを守るためにも、シャーロットは喫茶エニシと恵真を紹介したのだ。

 

「私にもなにか取り柄や披露できるものがあれば良いのですが……」

「庭園の花はあなたが手入れしていると聞いております。きっと、美しく咲き誇る花々に皆さんの目が向きますわ。あなたが自ら手入れをしているのだから、それが歓待になります」

「シャーロット様……心強いですわ。私ももっとしっかりしなければ……」

 

 自身に言い聞かせるように呟くアナベルの姿に、シャーロットは過去の自分を重ねる。久しぶりに屋敷に貴族達を招いた日、シャーロットも不安で押しつぶされそうな思いを抱いたものだ。

 それを払拭したのが恵真が用意した卵を使わぬ菓子パンデピス、そして婚約者との繋がりを深めたのがきゅうりのサンドウィッチだ。


「大丈夫よ。私もその日はあなたの傍にいるのだから」


 唯一とも言える信頼できる友人アナベルの不安に寄り添いながら、シャーロットは恵真とその料理に希望を託すのだった。


 

 



 

 

 

 

 


 

すっかり春になりましたね。

桜を楽しめるご地域もあるのでは。

色々と慌ただしい春ですが、季節を楽しみたいですね。

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