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《1/15 小説3巻・コミカライズ1巻発売!》裏庭のドア、異世界に繋がる ~異世界で趣味だった料理を仕事にしてみます~  作者: 芽生


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188話 ルイスの再訪 3

いつも読んでくださり、ありがとうございます。

ルイスの再訪は今日で終わり、

次回からはまた違うお話です。



「いらっしゃいませ、ルイスさん。お待ちしていました」


 キッチン越しの恵真がルイスに微笑みかける。

 釣られるように笑顔を浮かべ、喫茶エニシにルイスは足を踏み入れる。

 席に着くとアッシャーが水をテーブルに置いてくれた。


「……なんと、氷まで浮かんでいるのか」

 

 最近では様々な街に顔を出すルイスだが、招待されたどの店、どんな屋敷でもこのような水を提供されたことはない。

 そもそも、ルイスはまだ何も注文していないのだ。


「これは……その、私が飲んでも良いのかな?」

「はい。お客様すべてにご用意しております」


 純度の高い氷、これは貴族でも容易に口にすることはないだろう。それをこの店では全ての客に提供すると言うのだ。

 ルイスの驚きも当然のことだ。

 店にはルイス以外にも客がいる。たしかに彼らの元にも同じようなグラスが置かれていた。そもそも、このグラスもそれなりの価値があるのではとルイスは気付く。

 それを気軽に触れさせる恵真の度量の深さに、ルイスは感服してしまう。

 

「そういえば、ルイスさんには以前、豆料理をお出ししましたよね。ミネストローネに豆を入れて、あの頃は寒い時期でしたもんね」


 恵真の言葉にルイスは恐縮したように頭を下げる。

 あの日、焦っていたといはいえ、今思えばずいぶん失礼なことをしたものだとルイスは思う。

 恵真に「肉の代わりに豆を食べたらどうか」そう言われたルイスは激高した。

 彼女はただ、肉ではなく豆にも栄養がしっかりあり、息子にも良い影響をもたらすことを教えてくれただけなのだ。

 豆料理に偏見を持っていたのはルイスの方だったのだ。


「あのときは本当に申し訳ないことを致しました。トーノ様が豆料理を薦める意味を誤解しておりました」


 そのときは店にいなかったアッシャーとテオは、恵真とルイスのやり取りに不思議そうな表情を浮かべる。


「おいしいもんね、エマさんの料理」


 のんびりしたテオの言葉にルイスは微笑む。

 あの日、提供されたミネストローネ。豆と野菜を煮たその料理には肉が入っていた。

 野菜や豆と共にスープに入っていたのは一口大に刻まれた肉、それはルイスの今までの常識や価値観を揺るがす一杯であった。

 

「今はマルティアの街にはじゃがいもや豆料理、それに余り肉を使った料理もあるんですよ」

「じゃがいもや豆料理がかい?」


 アッシャーの言葉にルイスが戸惑う。

 たしかに恵真が作ったスープは美味であった。

 しかし、街にじゃがいもや豆の料理が普及したとはどうにも想像が出来ないのだ。


「エマさんが皆に教えたんだよ」

「じゃがいもを揚げたフライドポテトは街の名物なんですよ。街の飲食店では店頭で売っていることが多いんです」


 憂鬱な気持ちで道を歩いてきたが、良い香りがしていたし、それを買い求める人々もいた。そんな活気のある街と自分の心とのちぐはぐさに、ルイスはどこか居心地の悪い思いを抱き、よく見てはいなかった。

 

「あぁ、たしかになにか香ばしい匂いがしていたね。あれがいも、じゃがいも料理だったとは……」


 驚くルイスに、カトラリーを持って来たテオが嬉しそうに笑う。


「ミネストローネもおいしいし、ちりこんかんを使った料理もパン屋さんで売ってるよ。それも豆を使ってるんだ」

「――豆や野菜もこの街では評価が変わっているのか」


 この街を訪れたあの雨の日、豆料理の価値というのはルイスの認識通りだったはずだ。リアムとバート、あの二人もルイスの心境を察してくれていたことからもそれは間違いないだろう。

 ということは、その認識や価値観を変えたのは今、キッチンに立つ恵真だということになる。

 あの日、ルイスにかけた言葉通り、豆や野菜にも肉と同様に価値があると恵真はその料理で示してきたのだろう。


「私は本当の意味で、あの日の言葉を理解していなかったのかもしれないな」


 ルイスがそう呟いた瞬間、店のドアが急に開く。


「女神! ご依頼のものを持ってまいりました!!」


 突然現れたその男は嬉々として恵真の元に近付く。

 驚くルイスだが、恵真も子ども達も驚く様子はない。


「ありがとうございます。これでルイスさんにも料理がお出しできますね」

「……私にですか?」


 そういえば、驚いてばかりでルイスはまだ何も注文していない。

 失礼であったかと思うルイスに、恵真はにっこりと微笑む。


「これを使ってある料理を作りたいんです」


 恵真がサイモンから受け取ったのは薬師用の小ぶりな乳鉢とすりこぎである。

 乳鉢と料理――ルイスは戸惑いつつ、恵真をただ見つめるのだった。



*****

 


「白ゴマ、そしてこれが蒸した大豆です。あとはトルートに、油ににんにくに塩。これを使った料理を今回は作ります」


 そう言うと恵真は乳鉢に白ゴマを入れ、すりこぎですりつぶしていく。

 香ばしいゴマの匂いに気をとられていたルイスに、恵真は大豆の入ったボウルを見せる。


「これが茹でた大豆です。水分はしっかりとってくださいね」

「わ、わかりました」

「こちらも潰していきます。大豆の皮はあらかじめ取ってあります。あとでこしてもいいですよ。あとは皮のない豆を使ってもいいと思います」

「は、はい!」


 よくわからないまま、ルイスは恵真に返事をする。

 本来はひよこ豆をつかうのだが、手に入りやすい大豆を今回使っている。

 丁寧に大豆をつぶすと恵真はそこに塩、刻んだにんにく、オリーブオイルを加え、先程すりつぶした白ゴマも加え、混ぜていく。

 最後にトルートを絞った果汁も加え、混ぜて器に移す。横にクラッカーを添えて、完成だ。


「大豆のフムスです。他の料理と共にご用意しますので、席でお待ちくださいね」

「は、はぁ……」

「他にも豆を使った料理なんです。気に入って頂けるといいんですけど」


 目の前で手際よく作られたフムスと呼ばれる料理を、テオが運んでいく。

 そのあとを、どこかぼんやりしながらルイスは着いていき、席へと座った。

 テオに続き、アッシャーも恵真も料理を持ってこちらへと向かってくる。サイモンと呼ばれた男は、カウンターに座り、料理に夢中だ。


「こちらがミートボールのトマト煮込み。大豆と合い挽き肉、えっと余り肉を使っています。あとは豆や野菜も入れています」


 合い挽き肉はこちらの世界では他の肉より評価が低い。

 あまった端切れや細切れの肉を使うことが人気のなさの理由である。

 それを知るルイスは出された料理に驚くが、アッシャーとテオは嬉しそうに笑う。


「こちらは枝豆の炊き込みごはんです。時期じゃないので冷凍のものなんですが、旬になったらぜひそれを使ってみてください」


 炊き込みごはんとはいうが、米はアルロの店のものを使ったピラフに近いものだ。旬の時期の枝豆を使えば、甘味や風味も格別だろうと恵真はルイスに伝える。

 今回出した三品のどれにも豆や野菜を多く使った。

 それは恵真が今自分に出来ることを考えた結果だ。


「召し上がって頂けますか?」

「もちろんです! どれも豆や野菜をふんだんに使っているんですね」

「はい。野菜の旨味や甘味、豆の栄養価は重要ですから」

 

 そう言って微笑む恵真の姿はあの日の姿に重なる。

 あの日も同じように豆や野菜の価値を彼女はルイスに語ってくれたのだ。

 ルイスはミートボールのトマト煮込みを口に運ぶ。

 トマトの酸味、野菜の甘み、そして余り肉からは旨味が感じられる。そして豆の食感や風味も好もしい。


「えぇ、素晴らしい味ですね。あの日のことを思いだしました」


 トマトを使ったこの料理はルイスにあの日のミネストローネを思い起こさせる。


「私の住む国でも昔は卵は庶民には高価だと祖母が話してくれました。でも、今は普及して多くの人に好まれています。きっと、ホロッホの卵もそんな存在になるんじゃないかと思うんです」

「……そうですね。私もそうだと信じたい」


 そう、確実に以前より卵は人々に身近になっているのだ。

 ホロッホの卵が入手出来ることでクラッタの卵を貴族が使うことが減った。だが、卵の数自体は減ることはない。

 そのため、価格も下がってきているのだ。


 「ホロッホの卵もいつか普及していきます。普及することで皆さんの食生活は豊かになります。ルイスさんの行動は無駄なんかじゃない。価値ある大きな行動なんです」

「トーノ様……」


 穏やかな雰囲気をまとう恵真が力強く断言する。

 ホロッホの家畜化で迷いが生じていたルイスは、恵真の言葉に背中を押される思いになる。

 あの日、温かなスープをルイスに渡した恵真は、豆と野菜の価値を彼に語った。

 恵真の言葉通り、価格の高い肉と価格の低い豆や野菜がそのスープには入っていた。調和した一皿、それはルイスの価値観を揺らがすものだったのだ。

 そして、今日も恵真は豆と野菜をふんだんに使った料理でルイスをもてなす。


「あ、他の料理も食べてみてください。もし、味を気に入って頂けたら、ルイスさんの村の方にも教えてくださいね。豆や野菜は体にいいですし、美味しいですから。フムスの作り方は先程、ご覧になった通りです」


 どうやら、始めからそのつもりで恵真はルイスに作り方を見せたようだ。

 コメはまだルイスの村に普及していないが、ミートボールのトマト煮込みやフムスならば作れるだろう。

 フムスの味も確かめようとクラッカーに手を伸ばしたルイスは気付く。

 他の客を見ると、ミートボールのトマト煮込みを食べているではないか。

 どうやら恵真はあの日の言葉通り、人々の食の価値観を変えつつあるのだとルイスは悟る。

 キッチンに戻っていった恵真の背中に窓からの日差しがあたる。


「あの日と同じように私を救ってくださる。やはり、あなたは聖女のようだ」


 喫茶エニシでは今日も皆が恵真の料理を楽しむ。

 豆も野菜も余り肉も使った料理だが、皆が不満を言うことはない。

 恵真の始めた小さな店は、人々の食生活に穏やかな変化をもたらしている。



 卵の普及に大きな影響を与えた男と言えば、ルイスだと皆が知っている。

 ホロッホの家畜化に成功したことで、小さな村の出ながら大商家になった人物でもある。

 彼の功績でクラッタの卵からホロッホの卵へと食の変化を遂げた。

 卵の普及に力を入れる一方、豆の調理法を近隣の村に教えたとも言われている。

 ルイスの村は彼の功績で富んだが、他の村はそうではなかったのだ。

 当初、反発もあったというが豆を使ったルイスの料理は美味であり、人々はそれを受け入れた。

 そんな彼だが、人々の称賛の声にも驕ることはなかったという。


「私を支えてくれたのは、聖女様の存在だ。今もなお、あの御方のお言葉や行動が私を支えているんだ」

 

 だが、彼が信仰に熱心だとはどんな資料にも残されてはいない。

 ホロッホの家畜化に成功したルイス、その後、彼がその道をあきらめなかったのはある女性の存在があった。

 黒髪黒目の彼女は今日も喫茶エニシのキッチンに立つ。

 

 

 


3月、お仕事でも学校でも

新しいことが始まる準備でそわそわしてしまう…

そんな時期ですね

体も気持ちもご自愛くださいね。

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