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《1/15 小説3巻・コミカライズ1巻発売!》裏庭のドア、異世界に繋がる ~異世界で趣味だった料理を仕事にしてみます~  作者: 芽生


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186話 ルイスの再訪

いつも読んでくださり、ありがとうございます。

ルイスは25~27話「春キャベツのミネストローネ」

こちらに登場しています。


 雪もすっかり解けて、穏やかな天候の日々が続く。

 春の訪れを感じ始めた恵真はすぐに瑠璃子にある提案をした。畑の準備である。

 土や腐葉土などを買い替え、畑の土を新しいものに変える。馴染ませた後、苗や種を植える予定だ。


「バジルは絶対でしょ? あとはラディッシュも彩りにいいよね。あとは……」

「もう、恵真ちゃんは気が早いわね。でも、楽しみよねぇ。私は今年は新しいものにも挑戦してみたいわね」


 盛り上がる二人の後ろで虫を追いかけ、ぴょんぴょん飛び跳ねるクロは雪解けの泥にまみれている。

 

「ちょっと、クロ! 泥だらけじゃない」

「お風呂決定だね」

「みゃうみゃ!」


 必死の抗議もむなしく、クロはこのあと綺麗に洗われることとなる。

 長い冬を終え、迎えた春はなぜか新たなことをせねばならないような心地になるものだ。穏やかな天候が続くのに、気持ちはどこか急いてしまう。

 一方、恵真もまた落ち着かぬ気持ちだ。庭の畑の手入れが出来れば、また旬の食材で料理が出来るのだ。喫茶エニシでも当然、使うことが出来るだろう。

 始まったばかりの春に少々人とは異なる理由で心浮き立つ恵真であった。



*****


 

「ホロッホの卵、ですか。たしか、家畜化に成功したんですよね」


 恵真の言葉にリアムが頷く。

 以前、ルイスという男がホロッホの卵を持って喫茶エニシに訪れた。

 その卵をきっかけに、家畜化は順調に進んでいるとリアムから聞いていた。


「えぇ、そのホロッホが成長し、卵を産む。そんな形である一定のホロッホが確保でき、いよいよその卵が流通しようとしているそうです」

「春は卵の旬でもありますもんね」

 

 リアムの言葉に納得しつつ、恵真はちらりと視線をクロへと移す。 

 ルイスがホロッホの卵を持って来たのは事実だ。しかし、それは無精卵であり、孵らぬ卵であったのだ。ルイスの落胆ぶりを恵真は今も覚えている。

 そんな彼に恵真は体のために豆を摂ることを伝えた。

 恵真の知識では当然である植物性たんぱく質のことを伝えたかったのだが、ルイスに誤解され、怒りを買うこととなった。

 マルティアの国の常識と自分の世界の常識が異なることを恵真は身を持って知ったのだ。

 そんな卵をクロがコロコロと転がし、無精卵から有精卵にした。今思えば、魔獣である証明なのだが、当時の恵真は不思議に思ったものである。


「今、流通しているクラッタの卵は小ぶりだと言いますもんね。そういう部分も変化していくんでしょうか?」


 恵真の言葉には期待が滲み出る。

 喫茶エニシで振舞う料理には卵を使うこともよくある。だが、恵真がマルティアの人々に紹介する料理には卵を使うことはない。

 市井の人々の食卓に上がる食材に、少々高価だという卵を使うことが出来ないためだ。人々が負担なく口に出来るようでなければ、料理もその調理法も普及しないであろうと恵真は考えたのだ。


「現状、今すぐに変化が起こるのは難しいでしょう。まずは貴族や大商家を中心に広がっていくでしょうから。ですが、ホロッホの卵の登場でクラッタの卵の価格が変化していくことは考えられますね」

 

 リアムの言葉に恵真は目を輝かせる。

 卵を使うことで出来る料理の幅はぐっと広がる。もし、普及すればマルティアの人々の食卓に新たな風が吹くことになるだろう。


「エマさん、卵で作れる料理ってそんなに多いの?」


 恵真の喜びようが気になったのだろう。テオが尋ねる。


「うん。卵はメインにもなるし、お菓子にも多く使われているの。ホットケーキにも卵を使っているでしょ?」

「うん! じゃあ、卵のふきゅうは大事なんだね!」

「そう、大事なの! いろんなものを作れるようになるんだよ」

「うわぁ、楽しみだな。テオ!」


 テオの中で卵の普及はほっとけーきと繋がったようだ。兄弟も恵真もホロッホの卵の普及という夢に目を輝かせる。

 リアムはそんな光景に口元を緩める。

 まだまだ市井の人々にホロッホの卵は流通することは難しいだろう。

 しかし、クラッタの卵の価格が安定すれば、人々が今までより卵を口にしやすくなることは確かだ。

 あの日のクロ、そして恵真の行動が大きな変化を生んだのだ。

 そんな自覚がない恵真は、あの日のクロの行動を褒め称えている。アッシャーやテオにも称賛され、クロはまんざらでもない様子だ。

 マルティアの街も他の街や村からの人々が訪れ、賑やかである。厳しい冬を乗り越えた人々に、やっと春が訪れたのだ。

 喫茶エニシにも春の日差しが差し込み、時間は穏やかに流れていた。



*****



 恵真に言われ、ジョージの店へとおつかいに行った帰り、アッシャーとテオは喫茶エニシの店頭で不審な人物を見つける。

 サイモンのようにきちんとした服装に身を包み、野菜の荷を背負った人物がきょろきょろそわそわと店内を覗き込もうとしているのだ。


「サイモンさんと同じきちんとした変な人だね」

「そんな言い方は失礼だぞ。身だしなみを整えた変な人だろ?」


 どちらにしても割と失礼な言い方なのだが、きょろきょろそわそわと店を覗き、うろうろ店の前を不安げに歩く姿は不審ではある。

 おまけになぜか野菜を背負っているのだから、街を行く人々の視線も彼に集まる。

 店にとって良くない上に、自分達も入ることが出来ないと判断したアッシャーが意を決し、彼に声をかける。


「あの、こちらの店になにか御用でしょうか?」

「き、君たちはここの店に用があるのかい?」


 なぜか質問に質問で返されたが、男はアッシャー達の登場に希望を見出したかのような表情を浮かべる。

 まさか、ドアを開けられぬ人物なのかと警戒するアッシャーだが、テオが無防備に男に返答する。


「お店に売りに来たの? でも、エマさんはジョージさんのお店で色々買ってるよ。だから難しいかも」

「エマさん……? こちらにいらっしゃるのはトーノ様ではないのか?」


 落胆した表情を浮かべる男に、アッシャーは警戒を高める。

 どうやら彼はここにいる黒髪黒目の人物の名まで知っているらしい。そんなアッシャーの様子を察したのか、男が再び口を開く。


「あぁ、説明をしていなかったね。私はルイス、聖女様に感謝を伝えに来たんだ!」


 聖女と口にしたルイスという男は目を輝かせ、頬を紅潮させる。

 その姿にアッシャーの隣にいたテオがぽつりと呟く。


「やっぱり、サイモンさんと同じような人かも」

「…………かもな」


 にこにこと人の良さそうな表情を浮かべるルイスだが、どうやら恵真を聖女と信奉しているらしい。その様子は二人もよく知るサイモンと重なって見える。

 今度はテオの言葉を肯定するアッシャーであった。




「ルイスさん!? お元気そうでなによりです」

「なんと……名まで覚えていらっしゃってくださったのですか! 皆さんもお元気そうで……」


 自身の再訪を喜ぶ恵真に、ルイスの方が感極まる。

 今日ここにはリアムとバートもいる。彼らもまた、あの日に出会った人々だ。

 あの日、喫茶エニシへと訪れたルイスは雨に打たれ、冷たく濡れた体で必死にホロッホの卵を守るようにして店に入ったものだ。

 あのときと、今のルイスの状況はまるで異なる。

 その日々を導いてくれたのが黒髪黒目の女神トーノ・エマなのだ。


「もちろんです。あの、そのあと息子さんのご体調は?」

「えぇ! 聖女様が仰ったように豆などを柔らかくして与えました。すると徐々に健康を取り戻していったのです! 無精卵であった卵も有精卵となり、お知恵も授かり、私はどれほどあなた様に感謝したことか……!」

「いえ、それはクロの力もありますし……。なにより、ルイスさんや息子さんが頑張ってきたからです」


 肉を食べるよう医者に言われたルイスだが、日々、肉を息子に与えるのは困難であった。そんな彼に恵真は豆も体には良いのだと伝えた。

 始めこそ誤解も生じたが、幸いなことにルイスの息子の体調は回復に向かったらしい。恵真はほっとした表情を浮かべ、ルイスへ紅茶を差し出す。

 

「いえ、あなたの言葉と行動で私の日々は変わりました。ホロッホがメスであったことで卵を産み、そのことが評判となり、今ではホロッホの家畜化に成功しました。でも、なにより大きかったのは野菜を育てる自分に誇りを持てたことです」


 ルイスの言葉に恵真は困惑したような表情になる。

 

「いえ、野菜は料理に絶対必要ですから!」

「はは、あなた様は変わらないのですね。そのお言葉を聞け、お会いできただけで再び足を運んだ価値がある。あの日のことはどこか夢のように感じておりました。こうしてお会いするまでは、本当に皆さんが実在しているのかと思っていたほどです」

「街の雰囲気も随分とあの頃とは変わったんすよ」


 バートの言葉にルイスは大きく頷く。

 あの日は雨であったが、その数日前からルイスは街を歩き、見ていた。

 その頃から活気のあるマルティアの街ではあったが、再び訪れてルイスが驚いたのは料理店に入ったときだ。

 

「先程、料理店で食事を済ませたのですが、出された料理には豆が入っておりました。また、店頭ではじゃがいもを揚げたものを販売している……衝撃でした」


 ルイスが訪れてから月日は流れた。じゃがいもや豆、余り肉などそれまで軽んじられてきた食材の価値を恵真が料理を通し、マルティアの人々に伝えてきた。

 今までの食の価値観を、恵真は変えつつあるのだ。


「豆はたんぱく質が摂れますし、体にいいんですよ。そういえば、ホロッホの家畜化で、卵もより多くの人に行き渡るんじゃないでしょうか?」

「――私もそう思っていたのですが……」


 恵真の言葉にルイスの表情が曇る。

 今日、ここに訪れたのは恵真達に会い、礼を言うためだ。会いに行きたい気持ちは常にあったが、ホロッホの家畜化で多忙な日々をルイスは過ごしてきたのだ。

 しかしようやく、時間を作ったときにはルイスはある迷いを抱えていた。

 ためらいつつ、その迷いをルイスは恵真達に打ち明けるのだった。

 


 


一年を通し、提供されている卵ですが

旬は春だそうです。

様々な料理に使える食材でもありますね。


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