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《1/15 小説3巻・コミカライズ1巻発売!》裏庭のドア、異世界に繋がる ~異世界で趣味だった料理を仕事にしてみます~  作者: 芽生


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185話 マルティアと持ち帰り料理 3

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

楽しんで頂けましたら嬉しいです。


 街を歩くセドリックとリアムは賑やかな様子に口元を緩める。

 大通りは雪のちらつく寒い日にも限らず、なかなかに賑わっている。

 予想より雪が多く降っている今年の冬、食材こそ限られたものになるが、その中でどこの店も工夫を凝らしている様子だ。

 

「食の変化は大きいな」


 活気のあるマルティアの街は様々な変化が起きた。

 鮮度の良い薬草が入手しやすくなり、じゃがいもや豆、余り肉を軽んじることも減った。コメという他国から入ってきた素材も広まってきた。

 今まで注目を浴びていなかった食材、調理法がマルティアには広がりつつあるのだ。

 

「どうした? 急に」

「幼い頃は食に不平不満を言う事は許されなかったものだ」

「エヴァンス家らしいな!」


 武に秀でた者を輩出し、質実剛健といった印象の強いエヴァンス家らしい言葉だとセドリックは笑う。貴族らしさからはかけ離れているが、そんな環境だからこそ今のリアムがいるのだろう。

 

「冒険者になって人々の暮らしを見るようになって気付いた。食べることは生きることなんだと」

「あぁ、生きるためには日々の食事は欠かせぬものだ」


 そのために、人々は働き、今日の糧を得る。

 貴族や大商人とは異なり、庶民の食事は簡素なものが多い。冒険者とて、それは変わらない。


「だが、トーノ様と出会って他の意味を知った。食事は楽しみ、分かち合い、その喜びを共有するものでもあるんだ。生きるために食べる――それは当然で欠かせない。しかし、それだけではないのだと」


 家庭での食卓、屋台での軽食、料理店での食事、そして信仰会の炊き出しも生きるためでもあると同時に、誰かと分かち合い、食べる喜びがそこにはある。

 日々の小さな喜びに人々は明日を生きる力を貰う。食は生きることに繋がっているのだ。

 人々が行きかう街は新たな催しに盛り上がる。

 そんな人々とすれ違いながら、リアムとセドリックも笑みを浮かべるのだった。


*****


 喫茶エニシの店内、それもごく一部だけに今、激しい火花が散っている。

 負けられない戦いがそこには確かにある。少なくとも彼女達はそう信じて疑わない。三者三様の努力がその一皿には込められているのだ。


「絶対に私が作ったパンをエマ様は気に入ってくださるはずです!」

「いえ、今日ばかりは私が……僕が作ったコメ料理が一番です」

「いやだねぇ。皆、暑くなりすぎだよ。少しは落ち着きな。勝利はこのアメリア様が手に入れるんだからね」


 リリア、ルース、アメリアが火花を散らす視線に、恵真はおろおろ、バートはげんなりとした様子だ。

 パン、米料理、アメリアのつまみと酒、それぞれ平等に恵真は褒めたつもりである。なによりもわざわざ、作った料理を持ってきてくれた優しさが恵真には嬉しかったのだ。

 

「えぇっと、リリアちゃんのパンはもっちりとしてて香ばしくって、ルースさんのはぱらっとしたお米に野菜の甘みがよく馴染んでたし、アメリアさんは流石の味と見た目でお酒が進んじゃいますね!」

「もう無理っす。あの戦いにオレらは入っていけないっす! くっ、こんなときにアッシャーとテオはどこに行ったんすか!?」

「休憩時間なので外出しています……」


 アッシャーとテオがいれば、その愛らしさでこの緊張感をほぐしてくれるに違いない。しかし、二人は所用があり席を外しているのだ。

 がちゃりと開いたドアに期待してバートが振り返るが、その瞳が捉えたのは残念ながらアッシャーとテオではない。


「あれ、サイモンさんとステファンさん?」

「はい! 女神に薬草を使った飲み物をぜひ飲んで頂きたく……!」

「ちょ、ちょっと待つっす! なんすか、その毒々しい緑色は!」

「はい! 鮮度のいい薬草をすり潰して、そして……」

「あー、もういいっす! 見た目で味はわかるっすから!」


 薬師ギルドのサイモンとステファンが嬉々として持って来たのは、緑色をした飲み物である。どうやら薬草を使ったために、薬草の女神と慕う恵真の元に持って来たらしい。

 争っていたリリア達もその味を想像したのだろう。げんなりとした表情だ。

 

「おぉ……! 飲まないで喧嘩を止めるなんて凄いっすね!」

「えっと、そうですね……薬草を使った飲み物でしたら、ミントがおすすめです。蒸留酒にミントを入れて、そこに柑橘類、トルートを絞るといいですよ」


 恵真が提案したのはモヒートの作り方のマルティア版である。

 ミントは以前、バジルと共に預けたハーブの中にあるはずだ。ハーブを飲み物にするなら、美味しく飲める形にして欲しいと恵真は思う。


「あぁ! 流石は女神! 素晴らしい発想です! さぁ、ステファン、作りに戻ろう!」

「はい! 参りましょう!」


 賑やかな二人は新たに得た薬草の知識をすぐに形にしたくなったのだろう。薬草入りのドリンクが入ったグラスを抱えたステファンは、サイモンの背中を追う。

 そんな二人と入れ違いに店に入ってきたのはアッシャーとテオ、そしてなぜか二人の後ろにはハンナの姿まである。


「エマさん! あのね、お母さんのスープも凄いんだよ!」

「ハンナさんのスープ? あ、もしかしてそのお鍋に入っているのがそうかな」

「はい。実は母が作ったスープを飲んで頂きたくって。こうして皆さんが料理をエマさんに持ち寄るのなら、ウチのもいいかなって思ったんです」


 遠慮するハンナの背中にそっとアッシャーが手を添える。

 不安げなハンナの視線が恵真に向くと、彼女の表情は驚きで固まっている。

 やはり、不躾であったのだと恥じ入るハンナだが、耳に飛び込んできたのは恵真の喜びの声だ。


「それって、マルティアの家庭料理っていうことですよね! お店の料理もおうちの料理もぜひ知りたいと思っていたんです!」


 ワクワクした様子で自分と持っている鍋を見つめる恵真に、ハンナの方が目を丸くして固まってしまう。


「ほらね、お母さん。僕達が言った通りでしょ? お母さんのスープ、おいしいからエマさんもきっと気に入ってくれるよ! って」

「まだ飲んで貰ってないだろ?」

「飲んだらもっと喜んでくれるもん」


 ハンナの緊張がわかるアメリア達はその様子を温かく見守る。

 息子達のこともあるのでハンナは恵真に委縮してしまうが、恵真をよく知るアメリア達からするとその心配は杞憂である。

 

「さぁさぁ、その鍋をお嬢さんに渡して。あんたはこっちに座りな。寒かっただろう。酒を呑む機会もほとんどないだろう? せっかくだし、あたしが作ったつまみでも食べとくれ」

「あ、あの、僕が作ったコメ料理もぜひ……!」

「いえ、私のパンも美味しいんですよ!」


 先程まで争っていた女性陣だが、今はハンナの緊張の糸をほどこうと熱心だ。

 その変わりように肩を竦めて笑うバートであった。


「うわぁ、美味しい! じっくり炒めているからかな、甘味が凄くある! 野菜の自然な味わいですね」

「あ、ありがとうございます。恐れ多いです」


 恵真の称賛の声にハンナは気恥ずかしそうに下を向く。

 その両隣のアッシャーとテオは自分のことのように嬉しそうで得意げだ。

 恵真の言葉に嘘はない。

 玉ねぎを炒めただけのシンプルなスープ、出汁には鳥のガラなどを使っているのだろう。丁寧に炒めたことで優しい味わいが十分に出ている。


「これ、どうやって作っているんですか?」

「え、ええっと、まず玉ねぎを薄切りにして炒めていきます。ここで大事なのが塩を振って弱火で炒めることで、炒めていくうちに野菜から水分が出てくるんです」

「それです!」


 急に大声を出した恵真に、なにか不手際があったのだろうかと再びハンナの表情に緊張が走る。

 

「どうしたんすか、トーノ様。皆、驚いちまうっすよ?」

「ご、ごめんなさい! ハンナさんの調理法が私の知っているものと同じで嬉しくなっちゃって……」

「さっき、話したのがそんなに特別なものなのかい?」


 バートの言葉に軽く謝った恵真は事情の説明を始める。

 野菜に塩を振り、じっくりと炒める調理法にはきちんと意味があるのだ。

 アッシャーとテオはいつもの母のスープにどんな特別があるのだろうかと、恵真の言葉に耳を傾ける。


「野菜からは水分が出ます。塩を振ることでさらに。そうして弱火で炒めることで野菜の旨味がしっかりと出るんです。蒸して、炒めている状態ですね」

「おや、蒸すっていうのは蓋つきのフライパンでやるっていうあれかい?」

「はい。普通に蒸すだけでなく、蒸し煮、蒸し焼きと言って調理法も色々あるんです。ハンナさんが考えたんですか?」


 恵真の問いかけにハンナは慌てて首を振る。


「これはゲイル、亡くなった夫が教えてくれた調理法なんです。彼が偶然、試した方法だと言っていました」

「そうだったんですね。私の知っている国にシュエという調理法があります。汗をかく、という意味なんです。じっくり汗をかくように、野菜から水分を出して蒸すように炒める――ゲイルさんの調理法はそれと同じですね」

「ゲイルの調理法が……」


 夫が作ったスープは家庭の味でもある。

 それを恵真が称賛し、その調理法が他国ではよく知られたものだということにハンナは夫の腕を再認識する。

 アッシャーとテオは互いに目を合わせ、嬉しそうに笑う。

 

「私だけではなく、ハンナさんに調理法を教わって貰ってもいいかもしれませんね」

「え? 私の、ゲイルの料理をですか?」

「いえ、そのゲイルさんの料理はご家庭の特別な味なので……。シュエ、蒸して炒める方法や、蒸し料理を皆さんに教えてくれませんか? 玉ねぎならたくさんあるので、私が用意します。お礼ももちろんお出ししますので」


 恵真の元にはジョージが持ってきた玉ねぎが箱に大量にある。材料には困ることはないだろう。

 蒸すという調理法を定着させるためには教える人手は多い方がいい。

 話を聞いたハンナの頬が紅潮する。


「ぜひ、ぜひよろしくお願いします。その、出来たらスープの調理法もぜひ。ゲイルもそのほうが喜びます」

「ありがとうございます、ハンナさん」


 目を輝かせて笑う恵真はハンナの瞳に涙が潤んでいることに気付いてはいない。

 アメリアだけがそのことに気付き、優しい眼差しでハンナの背中を見つめていた。

 


 数日間続いた持ち帰り料理の催しは、アメリアの店が表彰された。

 酒のつまみを持ち帰ることが冒険者の人気を集めたのだ。

 料理店の料理を持ち帰る――この試みが好評だったために、引き続き行う料理店も少なくなかった。鍋などの容器を持参する形や、器代も料金に入れ、次回に返すと返金されるなど各店舗で工夫を凝らした方法をとっている。

 食事を持ち帰るテイクアウトのシステムは、働く者の多いマルティアに定着しつつある。

 ハンナは体調を整えつつ、スープの調理法を皆に教える日々だ。

 玉ねぎのスープは『ゲイルさんのスープ』と呼ばれている。夫が作り出した料理が広がっていくことをハンナは感慨深く思う。

 皆が味を褒め、調理法を学んでくれるたびに、ゲイルが微笑んでくれている気がするのだ。


 雪が解けた道からは草が顔を覗かせる。長い冬ももう終わるのだ。

 春を心から喜べる人は冬の厳しさをよく知る人だと言う。

 長年、苦労を重ねたハンナもまた、自身と息子達に訪れた穏やかな日々をかけがえなく思うのだった。

 

 

 


蒸す、以外にもお米を蒸らしたり

蒸し焼き、蒸し煮などがあります。

雪が降る地域の方は、春の訪れも待ち遠しいですよね。


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