184話 マルティアと持ち帰り料理 2
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商業者ギルドでの定期的な報告会に、リアムとセドリックは参加している。
各店の店主達、当然そこにはジョージにアメリア、商業者ギルド長のレジーナがいる。
ネックウォーマーと蓋つきフライパンの状況を報告を終え、話が一段落したところでセドリックの発言が皆の注目を集めた。
「持ち帰りやすい料理を各店で提供することは可能でしょうか?」
レジーナは、セドリックに告げられた言葉に整った眉をしかめる。隣のジョージもまた怪訝そうな表情だ。
「家に持ち帰りやすい料理? なんだ、そりゃ」
「いや、私もまだよく把握していないのですが……」
「持ち帰るんだったら、屋台があるだろ?」
何気なく口にしたことが商人達の思わぬ反応を受け、セドリックは驚く。
説明を求められても、まだ決まった話ではないため、ぼんやりとした言い方になってしまうのだ。
「お前が言いだしたのだろう。トーノ様に何か要望がないか聞いてこいと。別に多くの店に参加してもらう必要はない。数店舗に図らって貰えばいい話だ」
「えぇっと、料理店の方々に持ち帰れる食事を用意して貰いたいと考えていて……。あぁ、大規模な話ではないのです。我々が懇意にしているとある方が料理店に足を運ぶことが難しいのです。まずは、皆さんにご相談しようと思いまして」
突然の話に、集まった参加者も困惑した様子だ。
屋台もあれば、フライドポテトなども店頭で販売している。
しかし、リアムやセドリックが懇意にしている者が誰かというのが問題だ。
それなりの人物に出せる料理であるならば、屋台のように持ち帰るなど不似合いだ。また、気に入って貰える食事を提供できなければ、不興を買うのではという不安が先に立つ。
そんな空気を察したリアムが口を開こうとしたその瞬間、力強い声が響く。
「面白そうじゃないか。あたしは参加するよ!」
アメリアである。恵真の話であることに気付いたのだろう。
近くの席に座っていたジョージも同様だ。
「いや、いっそ大規模にしちまうのはどうだ? 多くの店で料理の味を競い合うんだよ」
「そりゃあ、いいね。あたしは負ける気がしないね!」
「昨年は屋台を出して、温かい飲み物を販売しただろ? 街に皆が足を運ぶきっかけにもなるはずだ。面白いだろ?」
盛り上がる二人の勢いに押され気味の店主達が、困ったように視線をレジーナへと向ける。こうなった二人に何か言えるのは彼女くらいだろう。
「それは個人への対応になるんじゃないかしら?」
リアム達が懇意にしている者――おそらくはトーノ・エマだとレジーナは察している。黒目黒髪であることを考えると、彼女が気軽に料理店に足を運ぶのは難しいだろう。
レジーナの指摘にジョージは席を立って、彼女の元に近付いていく。
「しかし、彼女には商業者ギルドとしてもだいぶ借りがあるんじゃねぇのか?」
「……それはそうだけど!」
それまで小声で話していたジョージは、にやりと笑うと急に大声を出す。
「店の看板料理や新作を食べて欲しい、宣伝したいって奴ならいるだろう? それに寒さや雪で出かけなくなっている者を街に集められる良いきっかけにもなる。持ち帰りやすい料理を出すんだ。店の滞在時間は短くなるだろう。ま、やりたくない店はやらなきゃいいだけの話さ」
「そうさね。ギルドも協力してくれるんだろう? こんないい話ないよ」
話を聞いていた飲食店の店主達の表情が変わる。
昨年、店頭で飲み物を販売することが呼び水となり、客の少ない冬も何とか乗り越えられた。今年はフクブクロという試みをして、飲食店の券を販売したことで今も一定の客入りがある。
そこに新たな催しがある。それも自分達の負担は持ち帰られる料理を考え、提供すること――これだけなのだ。
「あぁ、冒険者ギルド長セドリックから優勝した店には賞金が出るそうだ」
「ちょ……、ちょっと待て、リアム!」
「わかったわ! きっかけはさておき、街のためになることに違いないわ。冬は食材も限られる。そんな中、各店がどんな料理を出すか楽しみにしているわ」
「よし! 決まりだね。いいじゃないか、活気があってさ!」
レジーナの一声ですっかり話はまとまり、セドリックが自分の財布から賞金を出すことも決定してしまった。
予想以上に大きな提案となったリアム達の発言、面白いことになりそうだとジョージは再び口角を上げるのだった。
*****
「そんなわけでさ、お嬢さんにも料理を持ってくるからね!」
「私も! 私の料理もぜひ召し上がってください。こちらにお持ちしますので!」
「うわぁ! 楽しそうですね。ぜひ、皆さんの料理も口にしてみたいです」
「なぜか、サイモンさんまで参加するみたいですよ」
恵真は二人の言葉に目を輝かせる。
持ち帰られる料理を提供し、その味を競う催しは飲食店の物だけではなく、街の皆に知れ渡っている。
屋台はもちろん、参加したいという料理店も少なくはない。ギルドも参加することから認められ、名を挙げる機会だと予定よりだいぶ賑やかになりそうだ。
「ぼ、僕は米料理をぜひ……! 屋台のもので恐縮なのですが……」
「おや、いいじゃないか! 米料理は他の店じゃ、そんなに扱っていないんだろ? あたしはそうだねぇ、やっぱり酒とつまみだね。ここじゃあ、提供していないからって、お嬢さんが吞まないわけじゃないんだろう?」
アメリアが消極的になりがちなルースをフォローしつつ、恵真に尋ねる。
「もちろん大歓迎です。皆さんの料理、楽しみにしていますね」
恵真の言葉にホッとしたような表情をルースは浮かべる。
アッシャーやテオは驚く恵真の様子にくすくすと嬉しそうに笑う。
バート達との『ひみつ』の会話が街を巻き込む大きな自体になった。しかし、そのことを恵真が知れば恐縮するだろう。当然、二人はそれを口にはしない。
「いいですね。テイクアウト……持ち帰り料理は働く人の多いマルティアにはぴったりかも」
普段入りづらい店でも持ち帰る形であれば、身近に感じられるものだ。
気軽に店に寄り、料理を持ち帰る――今の日本にはよくあるスタイルなのだが、スタンテールではまだ一般的ではない。
しかし、働く人々が多いマルティアでは需要もそれなりにあるように思える。屋台は自由市に集まっていると恵真は聞いている。
わざわざ、そのために足を運ぶには仕事帰りには億劫になるだろう。
料理の持ち帰り、テイクアウトというスタイルが定着するのかと少し期待する恵真であった。
*****
恵真が今日作ったのは鱈を蒸し煮したものに香味ソースをかけたもの、温野菜のサラダにあんかけの茶わん蒸し、白菜の一夜漬けだ。
蓋つきのフライパンでの調理法として、恵真は今、蒸し料理を考え中なのだ。
「まずは気軽な蒸し煮や温野菜、それから徐々に蒸す調理法にもいろんな種類があることを知って貰えたらいいなぁ。金属のせいろなら作れるかもしれないし、鍋を重ねる方法、あとはフランス料理の調理法に……」
「はいはい、そこまでよ。まず今は知ってもらうことね。もう、料理の話になると恵真ちゃんは熱心になり過ぎよ?」
祖母の瑠璃子の言葉はもっともである。
焼く、煮る、揚げる――料理の基本になることだが、これだけが全てではないのだ。しかし、焦る必要はない。
ネックウォーマーなどの内職、福袋の効果もあって、天候の影響を受けていたマルティアは少し持ち直しているのだ。
「あ、そうそう。テイクアウトを各お店で出すイベントもあるんだよ」
「あら、いいじゃない! 楽しそうねぇ」
「テイクアウトだと価格もわかっているから、お店を気軽に使えるもんね。私にも皆が料理を持ってきてくれるみたいだから、楽しみだなぁ」
テイクアウト、というと最近のものに聞こえるが、総菜や弁当、茶屋で団子を包んで貰うなど、古くからそう言った習慣はある。
瑠璃子も恵真の話に頷き名から、子どもの頃を思い起こす。
「そうよ。お鍋やボウルを持ってお店に行って、お豆腐を入れて貰ったり、ビールも飲み終わった瓶を酒屋さんに持っていくと、瓶代が返ってきたりね。懐かしいわねぇ」
「あぁ、そういう風にすると容器の代金がお店の負担にならないもんね」
「そうよ。汁物だと持ち帰りにくいでしょうしね」
料理の話になると夢中になってしまうのは祖母の瑠璃子も同じようだ。
ソファーに寝転んでいたクロはみゃうと鳴くと、食事が冷めてしまうぞ、と二人に注意をするのであった。
*****
「そう、楽しそうな催しがあるのね」
「ふふ、ぼく達も一緒に考えたんだよ!」
帰宅した子ども達から聞いたのは、料理店でも持ち帰りの料理を各店で用意し、その味を競い合うという話だ。
まるで祭りのようにアッシャーとテオには思えるのだろう。
わくわくしているのがその表情からも弾む声からも伝わってくる。
「でね、エマさんには皆が持ち寄るんだって!」
「そうなの。たしかにその方が安全かもしれないわね」
美しい黒髪黒目の持ち主であるトーノ・エマ、彼女がひとたび街を歩けば、貴族や教会も黙ってはいないだろう。
必ず祀り上げて、自分達の利益のために利用するはずだ。
息子達にも良くしてくれる恵真がそのような扱いを受けることをハンナも良しとはしない。
「ねぇ、お母さんのスープはどう?」
「どうってどういうこと?」
テオの問いかけにハンナは不思議そうに質問を返す。
「エマさんにだよ。美味しいからきっと喜んでくれるよ?」
「な、何を言っているの! あれは家庭の味で、トーノ様にお出し出来るようなものではないのよ」
「美味しいのに?」
「な、美味しいよな!」
「もう、アッシャーまで! 出しません。あんなに地味な茶色いスープじゃ、失礼に当たってしまうわ」
アッシャーとテオの言葉に慌てるハンナだが、二人のその言葉はしみじみと嬉しいものである。
喫茶エニシで働くようになり、様々な料理を食べるようになった息子達ではあるが、今もなおハンナの手料理を褒めてくれるのだから。
「今日は二人が褒めてくれるそのスープよ。じっくり炒めたから美味しいわよ」
「やったー! 楽しみだねぇ」
「テオ、食事の準備をしようぜ」
パタパタという足音が遠ざかっていく。
共同の厨房には甘く食欲を誘う香りが漂う。
このスープは材料費こそかからないが、手間と光熱費だけは少々かかる。
それでも時折作ってしまうのは、このスープは夫ゲイルが考えたものだからだ。
子ども達が喜ぶ姿を思いながら、ハンナはスープをカップによそうのだった。
ビール瓶を返しに行ったり、お豆腐を入れて貰ったり……
驚いた方、懐かしい方、様々かと。
お豆腐はまだそういうお店もあるかもしれませんね。




