183話 マルティアと持ち帰り料理
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「たまには二人で外食もいいね」
「えぇ、外で食事をすると刺激を貰えることも多いよね。刺激を受けるのも新たな発想や発見に繋がるものよ」
「なにより楽しいし、美味しいもんね」
駅の近くの個人経営の洋食屋は最近、人気の店である。
恵真が誘い、久しぶりに二人で昼食を済ませてきたのだ。留守番のクロにはコンビニで猫用のお菓子を購入済みだ。
「マルティアにもそういう食材や料理があるんじゃない?」
「そうかも。柑橘類のトルートとかは知っているけど、私は街には行けないからなぁ……」
マルティアの人々と接し、知っているように思っていたが街自体を恵真は窓越しにしか見たことがない。
「知っているようで知らないのかもしれないなぁ」
冬の空は青く広がるが、風は冷たく首元を通る。
祖母の手製のストールを巻きなおし、恵真は寒さに肩を竦めるのだった。
*****
「そうか、順調なのか。それはよかったな」
冒険者ギルド長室ではセドリックがシャロンからの報告に白い歯を見せる。
今、セドリックが伝えられたのは怪我などで一時休業中の冒険者たちの内職の状況だ。恵真がリアムに贈ったネックウォーマーに目を付けたシャロンが、その製法を彼女に聞き、冒険者たちの内職としたのだ。
始めこそ、戸惑っていたが椅子に座る、あるいはベッドで身を起こして編むことが出来る点から自分達に合うことがわかったのだろう。熱心に取り組んでいる。
「出来上がったものを販売し始めたのですが、外で仕事をする方には好評です。女性を中心に、もっと明るい色の糸を使っては、と問い合わせも受けております」
シャロンの言葉にセドリックも深く頷く。
「やはり、外れることがないから両手が自由になることが大きいな。しかし、ネックウォーマーという物自体、トーノ様のものだ。フクブクロの件といい、なにかしらの礼が出来ればいいのだが……」
「そうですね。ですが、トーノ様のご性格上受け取って頂くのはなかなかに難しいかと」
「それなんだよなぁ。まぁ、リアムにでも探って貰うか」
結果は同じなのではないかと思うシャロンだが、自分達が訪ねるよりはまだ恵真側の負担も少ないだろう。
何より、セドリックには片付けて貰わねばならぬ書類が山ほどあるのだ。
そんなことは口には出さず、シャロンは静かに頷くのだった。
「そんなことをセドリックさん達が? んー、でも困りましたね。欲しいものですか……」
「急に不躾に申し訳ありません。あくまで気軽に考えて頂ければよいのかと思います。二人も何か代金以外に、何かしらの形で礼をしたいと考えたのでしょう」
リアムが二人の意向を恵真に伝えるが、やはりピンと来ないらしく恵真は小首を傾げて悩んでいる様子だ。
「トーノ様らしいっすねぇ。オレなら欲しいものをなんでも正直に答えるっす」
「ボクなら魔導書だね」
「お前達の功績じゃなくて本当に良かったよ」
バートとオリヴィエがあれがいい、これがいいなどと言い合っていると、店のドアが開く。ジョージだ。何やら木箱を重ねて持ってきたものを、ドンとテーブルに置く。
「このあいだは世話になったな。これは先日の礼代わりだ。俺の店の野菜だから、どれも新鮮だぞ」
「うわぁ! いいんですか!」
木箱の中には恵真が良く知る野菜もあるが、初めて見るものも多い。
その中から恵真は小ぶりなたまねぎを手に取る。箱いっぱいに入った玉ねぎは恵真が良く知るものと似てはいるが、色が濃い。
「それ西部で採れるたまねぎだな。昨日、持ち込んできた者がいてなぁ。わざわざ持ってきてくれたから断れなくって箱に山ほどあるんだ」
こちらではめずらしいものではないのだろう。
アッシャーとテオ、リアム達も特に興味を示すことはない。
しかし、恵真は興味津々である。
「玉ねぎは煮ても良し焼いても良しですね。あ、揚げたら食感も違ったりするのかな。うわぁ、気になる!」
「まぁ、そんなに喜んでもらえりゃ、玉ねぎも本望だろうよ。他にも鮮度がいいもんばっかりだからな。店で使ってくれ」
「ありがとうございます!」
やはり、恵真にとっては料理や食材が一番貰って嬉しいものらしい。
持って来たジョージも得意げに、にやりと笑う。
木箱を抱え、キッチンへと持っていく恵真だが、リアムがその荷を受け取ってしまう。礼を言って微笑む恵真は視線をジョージに戻した。
「まだ私の知らない食材や料理が、この街にはあるんですよね。いいなぁ……」
その言葉に複雑そうな表情を浮かべるリアムだが、荷を下ろすと恵真達の元へと戻ってくる。
恵真になんと言葉をかけていいのだろうと逡巡するリアムだが、そんなことを気にしないオリヴィエが単刀直入に告げた。
「無理だね。君は赤ん坊程度の力しかないし」
「うっ! それはそうだけど……」
以前、オリヴィエに鑑定して貰った際に告げられたのはこの国での恵真の能力はかなり低いということだ。異世界人として、なにか特別な能力があるのではと夢見た恵真は少々落ち込んだものだ。
「まぁ、この店は防衛魔法のドアと緑の瞳の魔獣、それに元王宮魔導師のボクがいるから安全なんだけどね」
「ふふ、お世話になっております」
恵真は微笑みながら、軽くクロとオリヴィエに頷く。
「みゃうみゃ!」
「うん、クロ様凄いもんな!」
「ありがとう。クロ様!」
「いや、ボクもいるからね? なんたって、元王宮魔導師だし?」
オリヴィエの横にいるクロが誇らしげに鳴くと、アッシャーとテオもそんなクロを褒め称える。その様子にどうやら、自分の功績も認めて欲しいオリヴィエが主張する。
異世界を満喫するとはいかないが、この店に訪れた人々との時間はかけがえのないものでもある。そういった意味では十分、異世界交流を楽しんでいるのだ。
そう思い、穏やかに微笑む恵真の横顔をリアムは静かに見つめていた。
オリヴィエやジョージも店を後にし、喫茶エニシにいるのはリアムとバートといういつもの二人だけである。
「先程のトーノ様の件だが、なにか方法はないだろうか」
リアムの問いにバートがちらりと恵真に視線を送る。
食器を洗っている恵真には水の音で、こちらの声が届いていないようだ。
くるりと顔をリアムに戻すバートに、アッシャーとテオも訴える。
「うん。僕達もエマさんになにかマルティアのものを紹介したいな」
「なんとかならない? バート」
「なんでオレに聞くんすかー! まぁ、街のことは詳しいっすけど? オレ」
頼られたことで少し得意げになるバートだが、リアム達の考えには同感である。
いつも世話になる恵真に、なにかを返したい気持ちはバートにもあるのだ。
「あ、あれはどうっすか? 前に屋台の飯を持って来たじゃないっすか。あれを料理店にも頼めないっすかね?」
「料理店の食事をトーノ様にか……。料理店に足を運ばずにという発想はなかったものだな」
「バート凄いね! あのときもエマさん、喜んでたもんね!」
「ちょ、声が大きいっす! 聞こえちゃまずいんで!」
慌てて口元を手で押さえるテオだが、恵真はこちらの会話には気付いていないようだ。ほっとした様子のテオのおでこをアッシャーがちょいとつつく。
恵真に聞こえてしまっても問題はないのだが、まだ計画段階である。ダメであったときにがっかりさせるのは避けたいのだ。
屋台で購入することは可能だが、今回は料理店に協力を仰ぐ。より手の込んだ料理を恵真に提供することが出来るだろう。
「わかった! ひみつなんだね」
先程の失敗を活かし、小声でテオが尋ねると、三人はにやりと笑って頷く。
秘密で何かを行うと言うのはいくつになっても楽しいものなのだ。
テオも真似をして、にやりと笑みを返す――口角をきゅっと上げただけだが、気持ちは大人の仲間入りである。
「アッシャー君、テオ君、お皿を拭いてくれる?」
「はい! 今、行きます!」
「わかりました!」
恵真の元へと戻っていく兄弟の小さな背中は、どこか楽し気にリアムの目には映るのだった。
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