181話 自然の恩恵と冬の諸問題 2
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冒険者ギルドでもセドリックがめずらしく眉間に皺を寄せ、浮かない表情である。報告をした副ギルド長のシャロンも深刻な表情だ。
「今年は例年になく雪が降っていることもある。おまけにこの時期は皆、経済状況に余裕がなくなるからな……」
セドリックの視線の先には名簿がある。
これは怪我や病で一時的に働けない状況となった冒険者達を把握するために、セドリックが作らせているものだ。
体が資本の冒険者は体調を崩せば、生活していくことが出来なくなる。
そのため、ギルド長になってからセドリックが始めたのは内職のあっせんだ。
冒険者ギルドを通し、彼らに仕事を与えることで彼らが再び冒険者へと戻れるまでの道が出来るのだ。
しかし、今年の状況が芳しくないのは二人の表情からも明らかである。
「今回はなかなかに厳しいな……」
「雪の影響でどこも余裕がないそうで……。新規で探してはおりますが、良い返事は頂けておりません」
「無理もないな。冒険者の活動も今は雪で制限される。他の仕事とて様々な影響が出ているのだろうな。新型のフライパンは順調なのだろう?」
セドリックの問いかけにシャロンは頷く。
「完成しつつあります。試用をして貰い、販売に動いていく予定です」
「野外での活動もそれがあると便利になるだろう。冬は燃料になる枯れ木も水も入手が難しくなるからな」
「川には氷が張りますからね。トーノ様からは蒸し焼きという調理法も伺っております。こちらもまたギルドを通じ、教えて良いと許可を頂きました」
恵真の案で冒険者ギルドと商業者ギルドでは蓋つきのフライパンの制作に乗り出した。蓋をつけることで火を通しやすくなり、少し深さがあれば蒸らすことも可能になる。簡単なことなのだが、そこに気付くことは難しい。
新たな発想は料理はもちろん、人々の生活にも変化を与えていくことだろう。セドリックも商業者ギルド長のレジーナも大きな期待を寄せている。
「なんとか冬のうちに試用、販売に漕ぎつけられればいいがな……」
「はい。内職の方も新規の仕事を探してみます」
「頼んだ。お、リアムが来たのか? 開けてやってくれ」
ギルド長室の扉を叩く音はリアムであろう。シャロンが扉を開くと紺碧の髪が覗いた。その首元には恵真が贈った髪と同じ色のネックウォーマーがある。
「おぉ、使っているんだな」
「あぁ、トーノ様から贈られたこれのことか。防寒に優れているし、ほどけることもないから仕事中も便利なんだ」
昨年末、お礼にと贈られたネックウォーマーをリアムは最近愛用している。
棒針編みで編まれたそれは伸縮性と長さがあるため、首元だけでなく伸ばせば頬辺りまで隠れるほどだ。
折りたためば首元を二重に温め、寒くなければしまうことも出来る。簡易な造りながらも携帯性にも保温にも優れているのだ。
「こ、これは……?」
驚きの表情でシャロンがリアムの元へ歩み寄る。
いつも冷静な彼女のそんな様子にリアムは少々戸惑う。
「あぁ、シャロンはいなかっただろう。これはトーノ様からリアムにお礼の品として贈られたものでな、そもそも以前リアムが贈った――」
「これです!」
「な、なんだ? どうしたシャロン?」
突然大声を出したシャロンはリアムの首元のネックウォーマーに目を輝かせる。
リアムとセドリックは驚き、互いに視線を交わし、どうしたことかと考えるが、シャロンの意図はわからない。
戸惑う二人だが、シャロンは喜びいっぱいの表情だ。
「これで問題が解決するかもしれません! どうしてお二人は気付かなかったのですか! さぁ、今すぐトーノ様の元へ参りましょう!」
「ちょ、ちょっと待て。落ち着け、落ち着くんだ、シャロン!」
「いいえ、落ち着いてはいられません! すぐに行動すべきです!」
いつもと異なるシャロンの様子に慌てるセドリック、そんな彼に興奮して話しかけるシャロン。話があってギルド長室に来たリアムは、その光景に目を瞬かせ、いつもとは逆の二人の姿を見つめるのだった。
*****
「ネックウォーマーを冬の内職に、ですか」
外の寒さが嘘のように、喫茶エニシの室内は暖かい。そのおかげか料理の味の良さか、店内にはいつものように客がいる。
ネンマツネンシ、そして雪の影響を喫茶エニシはさほど受けていないらしい。
安心しつつ、リアムは冒険者ギルドからの話を恵真に告げる。
「えぇ、手先の器用なものであればこれを作ることが出来るのではとシャロンが考えたようです。まずはトーノ様名義で商業登録をし、冒険者ギルドを通じて作成、販売することで現在、休職中の冒険者を支えることが出来ると」
リアムの言葉に恵真は頷く。
ネックウォーマーの編み方自体は、さほど難しいものではない。
リアムに贈ったものは長さを出したが、もう少し短くしたり糸の選び方によっても価格は下げられるだろう。
編み物は室内での作業であり、ベッドの上でも行えることからも休職中の冒険者達にはちょうどいいはずだ。
「こちらの編み方でしたら、すぐにお教えできますよ。えっと、編み図よりは実際にどなたかに教えて、その方が冒険者ギルドでさらに他の方に教えた方がいいかもしれません」
「よろしいのですか? では、シャロンにその担当を頼みます。先程もこちらに来ると言うのをなんとか止めてきたもので……」
恵真の知る編み図がこちらでも通用するかはわからない。
ネックウォーマーは編み物の心得があれば、その作りを理解するにさほど時間はかからないはずだ。
シャロンであれば、面識もあり信頼も出来る。喫茶エニシで恵真が教え、それを冒険者ギルドで教えればいいのだ。
「でも、商業登録をすることで他の方が作れなくなってしまいませんか?」
ネックウォーマーの制作の権利で恵真は利益を得るつもりなどなかった。あくまでリアムの礼として用意したものなのだ。
簡易な作りであるし、市井の人でも気軽に作り、販売して欲しいと恵真は思う。
「――そうですね、期限付きにして登録すれば良いかと思います。一、二年程度でその権利を放棄することで可能です。そして制作方法を公開する――そうすれば、人々も自身で製作することが出来ると思いますよ」
「では、その形でお願いします。シャロンさんにもこちらの都合の良い日にちをお教えしてくださいますか?」
「えぇ、もちろんです。無理なお願いをしてしまったのはこちらですので」
恵真は快諾してくれたことで、リアムの口元にも笑みが浮かぶ。
冒険者の日々が決して安定したものではないことをリアム自身、良く見てきたのだ。ネックウォーマーの使い心地が外で働く者達に有用なのは、リアムがその身をもって知っている。冒険者以外にも買い求める者は出てくるはずだ。
その内職で、この冬を乗り越えられる者達は確実に増えるだろう。
「しかし、助かります。毎年、ネンシの後は経済的に厳しい時期になるので」
「やはりそうなんですね」
恵真の住む場所でも似た状況にはなるのだが、流通は途絶えることはない。
日本全国さまざまな場所へ、手紙や荷物を届けることが出来るのだ。
さらにセールや節分、バレンタインなど停滞する経済をなんとか活気あるものにしようという意識もある。
昨年も同じような状況ではあったが、歌姫ジゼルの来訪、恵真の案で週末限定に出店で温かい飲食物を販売するなどで乗り切ったのだ。
「なかなかに難しい問題だね」
声がした先に座るのはオリヴィエである。
いつもの定位置、窓際のソファー席に座ったオリヴィエはテーブルの上にミキサーなどを置いて、眉根を寄せてなにやら熟考中だ。
「米粉を効率よく挽くっていうけど、石臼じゃ時間も人件費もかかる。今後、大規模にしていくなら、他の方法も考えた方がいいよね」
「はい……販売した米粉を個人で挽いて頂く場合はいいんです。でも米粉自体に大規模な注文が入った場合、対応が難しいかと私……僕も思います」
その近くに立ってオリヴィエの話を真剣に聞くのは風魔法使いルースである。
米粉の輸入と販売をしているアルロは多忙らしい。
そんな彼に世話になってきたルースは、自らもなにか彼の力になりたいと昨年末に語っていたのだ。
一方、共に来たリリアは店の売り上げも落ちたらしく、憔悴しきっている。
「ねぇ、見てエマさん! ルースさんが持って来てくれたわたあめ、すごいんだよ」
テオの手の中には、以前より躍動的なクロの形をしたわたあめがある。
クロの姿を実際に見たためにルースも作りやすくなったのだろう。その出来栄えに、クロも満足気に胸を逸らす。
「凄いな……クロ様のしなやかさが伝わってくるもんな」
「んみゃう!」
「うわ、本当に可愛い! これはもう実物以上の出来栄えね!」
アッシャーの言葉に誇らしげだったクロは恵真の言葉に目を丸くする。
「みゃうみゃん!」
「こんなに可愛いのを魔法で風を制御して作るなんて凄いのね」
クロから抗議の声が上がるが恵真が気にせず褒めると、長い前髪とフードで隠したルースの顔が赤く染まる。滅相もないとばかりに下を向き、ぶんぶんと手を振るルースにオリヴィエが言う。
「魔力自体は高くはないけれど、制御能力は高いんだよね」
「……お、御恐れ多いです! 元王宮魔導師のオリヴィエ様にそ、そのようなお言葉を頂くなんて……!!」
オリヴィエの海のように深い緑色の瞳は魔力の高さを表している。
そんな彼からの言葉にルースは恐縮しきりだ。
「ルースが努力してるんだもの。私も落ち込んでられないわ……エ、エマ様! 私も頑張りますね!」
親友の様子に落ち込んでいたリリアまで、やる気をだしたらしい。
マルティアの経済活動の停滞や冬という厳しい季節の問題、大きな物事を前に変化をもたらすのは容易いことではない。
しかし、自身の日々に小さな目標を抱くことで心に変化をもたらすことは出来るのだ。
「喫茶エニシに集う人々と健やかな日々を送る」地味ではあるが、大事な目標を胸に恵真は、自分自身に出来ることはなんだろうと考えるのだった。
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