179話 今年の終わりと小さな願い 4
いつも読んでくださり、ありがとうございます。
今年最後の更新です。
喫茶エニシに訪れたのはジョージやセドリック、レジーナといった新たなフライパンを作る目的で集まった者達、そしてリリアにナタリア、ルースという女性陣だ。
そこにリアムやバートにオリヴィエといういつもの面々まで加わって店内は賑やかだ。
そうなった理由は当然蒸し料理を披露するためだけではない。
年末年始で会えなくなる前に、皆で集まろうと恵真がリアムに声をかけてもらったのだ。
「肉っすね!」
「これは真冬の肉祭りだな!」
「歳をとったがわしも肉には目がなくてなぁ」
「ご自身達の責務をお忘れなく?」
浮かれる冒険者ギルド長のセドリックと父ジョージを、商業者ギルド長のレジーナがたしなめる。
そう、今日三人が足を運んだ理由は新たなフライパンを使って恵真に調理をして貰うのが目的だ。
試作した蓋つきのフライパンで問題なく蒸し料理が出来るのなら、生産にも舵を切れるだろう。
今まで冒険者たちは小鍋を用いていた。携帯性に優れているのがその主な理由だ。
しかし、ジョージ達が作ったのは深めの蓋つきのフライパン。鍋よりは浅いため、熱伝導率が良く、恵真の言う蒸し料理にも合うはずなのだ。
「皆さん、出来ましたよ!」
嬉しそうな恵真の声、そちらに目を向けると食欲をそそる香りが届く。
まだ熱い皿をふきんで押さえ、恵真がテーブルへと置いた。
湯気が立つそれは見慣れない形をした料理だ。
「これはキャベツと余り肉をつかったシュウマイです。本来は小麦粉で出来た皮を使うんですが、手に入りやすいキャベツを千切りにしました」
「うわっ! いい香りっすね。エールにもサワーにも合いそうっす!」
「もう一品、同じ食材で作っているんですよ」
そう言って恵真はもう一つのフライパンで蒸し焼きにしていた料理を取り出す。
ふわっと湯気が上がり、同じような皿に並べられているのは薄切りにした肉とキャベツである。
「これは……同じ食材でも切り方で食感も変わるってことね」
「はい、そうです。肉でも野菜でも魚でもお好きな食材で作れます」
レジーナの言葉に恵真は頷く。
キャベツと肉、同じような食材でも切り方や調理法を変えれば異なる料理となる。今回恵真はキャベツと肉を使ったが、使う食材はなんでもいい。
シンプルな食材でも素材の旨味がきちんと伝わるのが蒸し料理のいいところだ。
各々皿にとって、蒸し料理を試食する。
「ほう。似た食材だが、確かに違う料理になってるな。まったく、軽んじてた余り肉がこんなに旨いとは思わなかったな。これを食えない貴族連中が気の毒になるくれぇだ」
「そう言われると一応貴族なので肩身が狭い。だが、確かにどちらも異なる料理になっている。私からすると味も問題ないのですが、トーノ様としてはお使いづらいなどお気づきになった点はありますか?」
満足そうに二品を味わうジョージとセドリック、だが蓋つきのフライパンが使い心地が悪く、扱いにくいものだとしたら普及することは困難だ。
一部の料理店で使われるだけでは冒険者ギルド長も商業者ギルド長も出てきた甲斐がないというものだ。
「そうですね。問題なく使えましたし、味の方も皆さんに確認して頂きました」
「そ、それじゃ……!」
だが、恵真は言葉を続ける。
「ただ、私のキッチンで問題なくとも他の場所で扱えるかはわかりません。なので、他の方にも試験的に利用してもらう必要があるかと」
「そうか……。確かに嬢ちゃんの厨房は魔道具だらけで他のとは一線を画す。ここで上手くいっても他の場所で使えなきゃ意味がねぇな」
「もう少し数を作って、試用してくれる者を探してみましょう」
恵真の言葉に納得したジョージとセドリックだが、少々残念に思う気持ちもないわけではない。
そんな二人に氷の女王と異名を持つレジーナの厳しい声が飛ぶ。
「責任を持って作るのは職人として、責任を持って販売するのは商人として必要なことだと私はある人から教わってきたけれど?」
「わかったわかった! 誰も文句は言ってねぇだろうに」
「あら、だって態度が物語っていたわ。大体いつもねぇ……」
言い争い始めた二人の姿に赤茶の髪を掻くバート、セドリックも困ったように笑う。他の者達を待たせてはいけないと恵真は皆に話しかける。
「年末年始でお休みに入る前に、皆で食事をしたかったんです。どうぞ、お好きなものを召し上がってくださいね」
「はい、エマさん。ほら、テオ。この皿を使うといいぞ」
「うん、ありがとう」
恵真の声をきっかけに、皆はそれぞれに食事を始める。
何度かの食事会を経て、恵真が行うビュッフェスタイルというものにも皆は慣れ始めていた。
今日、恵真が用意したのはフライドポテトにバゲットサンドという馴染みの料理から、鶏もも肉の唐揚げ、スパニッシュオムレツ、赤ワインで煮た牛肉など様々な料理が並ぶ。ホットケーキがあるのはアッシャーとテオのためだろう。
料理を選んでいたルースが一つの料理の前で足を止める。
「これは……」
海鮮をふんだんに使った料理だが、そこには黄色い米らしきものが使われているのだ。マルティアに普及したリゾットとはまた違う料理に、ルースは目を奪われる。
「パエリアっていう料理なの」
「エ、エマ様……!」
「蓋つきのフライパンで蒸す料理が作れそうだから、今回作ってみたんだ。あ、さっきのキャベツのシュウマイには米粉を使っているのよ」
「そ、そうなんですか!?」
驚くルースに恵真は笑って頷く。
キャベツと肉団子をくっつけるために米粉をまぶしているのだ。
「こっちの料理はお米をフライパンで蒸すことで作れるの。あとは湯とり式って言って、茹でた後に蒸す調理法もあるのよ」
日本で食べられている米とインディカ米では調理法が異なる。
まだ、米に慣れないマルティアの人々のために恵真はリゾットを始めに提案した。
しかし、米が普及しつつある今、異なる調理法も受け入れられるだろう。
恵真の言葉にルースは目を潤ませる。
「ぼ、僕、自信を無くしていて……もうアルロには自分は必要ないんじゃないか。僕に出来ることはない気がしていて……。でも、コメの可能性をもっと知ることで新たな調理法も出来るんですね。あ、ありがとうございます!」
感謝の言葉を伝えるルースに、困ったように恵真は視線をある人物に移す。
今回、恵真が米料理を作った理由の一つに、彼女の言葉があるのだ。
「お礼ならリリアに。米を使った料理は他にないかって、彼女が」
「……本当に?」
「で、でもあたしがなにかしたわけじゃなく……え? ルース?」
「あ、ありがとう……嬉しい」
リリアは気恥ずかしそうに目を逸らすが、その手をルースがぎゅっと握る。
初めてできた友人リリアの行動にルースはただただ感謝を伝えることしか出来ない。そんな二人を見て、安心したように微笑んだ恵真は彼女達からそっと離れていく。
その足で恵真はアッシャーとテオの元へと向かう。
恵真のエプロンの両ポケットは奇妙に膨らんでいる。
二人にどうしても渡したい物があるのだ。
「アッシャー君、テオ君。これを受け取ってくれる?」
小さな袋を受け取った二人は小首を傾げていたが、中を見て歓声を上げる。
「可愛い! エマさん、これクロ様?」
「クロさまだ!」
「みゃう?」
恵真が手渡したのはクロのような猫型のクッキーだ。
クリスマスのジンジャークッキーを意識して作ったそれは、様々な猫の形をして愛らしい。
「ほら、冬至の風習があるでしょ? それでなにか二人に渡したいなって思ったの」
恵真の言葉にアッシャーがテオをちらりと見る。
すると部屋の片隅に置いていたバッグから、なにやら袋を取り出した。
「これね! お母さんからエマさんにだよ」
「え、ありがとう。開けてもいいかな?」
その言葉に自信ありげにテオは頷き、アッシャーもどこか期待した眼差しを恵真に向ける。
どうやら二人とも袋の中身を知っているらしい。
恵真はそっと袋を開ける。
「うわぁっ、素敵! これ、ハンナさんが?」
包みを開けて出てきたのは真っ白なクロスである。
その裾には丁寧に刺繍が施されていた。
どれだけ長く時間をかけて刺したのだろう。
繊細な仕事とそれにかけた労力、美しさに恵真は感嘆の声を上げる。
「ふふ、お母さん頑張ってたんだよ」
「母はエマさんに気に入って頂けるかと不安だったみたいで……」
「えぇ! こんなに素敵なのに!?」
謙遜が過ぎるのではと思う恵真だが、ハンナからすれば日頃世話になっている他国の貴族と思われる女性に贈るのだ。いくら気をつかっても心配になるのも仕方がない。
「そうだよねぇ、素敵なんだよ」
「……テオ!」
「じゃあ、これは去年二人がくれた絵が飾ってあるテーブルに引こうか」
「うん! ありがとう、エマさん!」
「ありがとうございます!」
嬉しそうなアッシャーとテオに、恵真も微笑む。
そんな三人とクロの近くにオリヴィエが近付いてくる。
めずらしいことだと思う恵真に小さな声でぼそぼそとオリヴィエが呟く。
「あのさ、ルリコに言っといてね」
「おばあちゃんに? なにを言えばいいの?」
問いかける恵真にオリヴィエは顔を赤くして抗議する。
「あのさぁ! わかるでしょ? ルリコにだよ? マフラー、マフラーありがとうって言いたいことくらい伝わるでしょ!?」
急に大声を出したオリヴィエに皆の注目が集まる。
むっとした表情になったオリヴィエはいつものソファーに座って肩を竦める。
「ふふ、僕達とお揃いだもんね」
「うん、色違いだもんな!」
「よかったね! オリヴィエ君、ちゃんと伝えとくね!」
「他にも話したいことあったのにまったく……」
呟いたオリヴィエの言葉は恵真達には届かない。
ふぅとため息をついたオリヴィエはポタージュスープを口にするのであった。
フライパンの試作、ルースの悩み、アッシャーとテオに渡したかったクッキー、予定通りに進んでいるのだが、恵真はまだしなくてはならないことがある。
リアムの元へと歩みを進めた恵真は可愛らしく包装した包みを差し出す。
「あの、リアムさん! これお礼です! ……と言っても昨年のお礼でしてその……大変心苦しくはあるのですが」
「お礼……私にですか?」
「はい、その受け取って頂けると助かります! 主に私の心理的負担が!」
よくわからないリアムだが、この場で贈り物を受け取らないのは逆に失礼に当たる。なにより、リアムには受け取らない理由もないのだ。
隣のバートはなぜか悲痛な表情を浮かべ、リリアまで不安そうな表情に変わる。
「開けてもよろしいでしょうか?」
「えぇ、もちろんです!」
リアムが青いリボンを外し、封を開けるとそこには紺碧色の編み物が入っている。
「ネックウォーマーです。頭からかぶって首を温めるんです。マフラーみたいなものですね」
「ありがとうございます。これからの時期にいいですね」
穏やかな会話だが、バートとリリアの表情は青ざめる。
身に着ける物を異性に贈る――それはマルティアの庶民において、恋心を伝えるに等しい行為なのだ。
昨年リアムがネックレスを贈り、恵真はネックウォーマーなるものを贈る。
これははたから見れば相思相愛の仲である。
「あ、ナタリアさん!」
「なんだ? エマ」
青ざめるリリアの横にいたナタリアに恵真は呼びかける。
「ナタリアさんにも違う色のネックウォーマーをご用意してますよ」
「え!?」
「え?」
驚くバートとリリアに恵真は不思議そうな表情である。
それを見ていたテオは重大な事実を指摘する。
「ん? リアムさんとナタリアさんもお揃いなの?」
「あ、色と模様は違うよ」
「同じものでも扱い方で印象が異なるのはこれも同じなのだな、エマ」
「ふふ、そうですね」
マルティアの冬も風が冷たいはずだ。
喫茶エニシの活動に大きく貢献してくれているリアムとナタリア、そんな二人に喜んでもらえるなら何よりだと恵真は思う。
ふと視線を向けるとリアムがじっとネックウォーマーを見つめていることに恵真は気付く。
その優しい微笑みに贈ってよかったと恵真は思う。
アッシャーもテオもクッキーとクロを見比べ、嬉しそうに笑っている。
今年も穏やかで良い年であったと恵真は思う。
人とは異なる日々を送る自覚はある。
しかし、今の日々は誰かの笑顔が近くにあるのだ。
来年もまた、皆で過ごせるように。
そう心の中で恵真は願うのだ。
クリスマス時期から年末近い時期のお話なので
今年中にお届けしたいなと更新を増やしました。
今年もお世話になりました。
来年もどうぞよろしくお願いいたします。
皆さん、良いお年をお過ごしください。




