178話 今年の終わりと小さな願い 3
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年末年始には今年も帰らないため、恵真は早めに実家へと戻っていた。母から手渡された紙袋にはタッパーに詰まった料理がずしりと重い。
まるでいつものアッシャーとテオのようだと恵真はくすりと笑う。
駅前を歩けば、辺りはクリスマス一色である。それが終われば、年末年始のモードへとすぐに切り替わるだろう。
慌ただしくも華やぐこの季節だが、恵真はどこか落ち着かない気持ちになる。
街を行く人々は街と同じように飾り、この季節を楽しむ。
いつもの通り、地味に過ごしている自分と賑わう街のちぐはぐさに、どこか居心地の悪い気持ちになってしまうのだ。
「……大人になるのも大変なものね」
子どもであった頃はただ楽しんで過ごしていたこの時期、大人になればクリスマスも年末年始もまた違うものに変わっていく。子どもには子どもの、大人には大人の大変さがあるとその年齢になって知るのだ。
『普通』と比べ、周囲と比べ、そこから外れる自分にどんどん自信を失ってしまう。
そのとき、恵真のスマホに着信が入る。
「はい、どうしたの? おばあちゃん。あ、なにか買って来て欲しいものがあるとか?」
画面に出たのは祖母の瑠璃子を示す文字、駅に訪れただろう自分に何か買って欲しいのかと恵真は尋ねる。
そんな孫娘の耳に祖母の声が響く。
「違うわよ! 遅いから心配してたの!」
「遅いって……私、大人だし大丈夫だよ」
時間は22時を過ぎたほどで、駅周辺はイルミネーションもあり明るい。
祖母の家に戻るのは予定より遅れてしまったが、この時間まで働く人々だっているのだ。少々大げさすぎないかと恵真は思う。
「何言ってるのよ! こっちに帰って来る頃には真っ暗よ。田舎なんだからただでさえ、街灯も少ないんだし大人だって危ないことは避けなさい。クロも心配してるわ! ねぇ?」
「みゃうみゃ」
電話越しの祖母の勢いとクロの鳴き声に、周囲に人がいるのに恵真は吹き出してしまう。声しか聞こえないその先に、いつもの温かさが確かにある。
「はいはい。すぐに、そして気をつけて帰りますよ」
「絶対よ?」
電話を切った後も恵真の口元には笑みが浮かぶ。
丸めていた背中を少し伸ばして恵真は歩き出した。
街のポスターには「自分への贈り物を」と誘うポスターが貼られている。
帰途を急ぐ人々にはそれぞれの生活、日々がある。同じ仕事帰りに見えても皆が同じ生き方をしているわけではないのだ。
そっと首にかけたネックレスへと手を伸ばす。
リアムがハチミツグマより得た宝珠の煌めきを、オリヴィエがネックレスにと加工したものである。
普通ではない恵真の日常、だがそこにはいつだって誰かの笑顔があるのだ。
電車に乗り込み、座席に着いた恵真はふと気付く。
(あれ? 私、リアムさんにお返ししたっけ?)
貰った記憶はあるのだが、お返しをした記憶がないのだ。
だが、それを誰に聞けばいいのだろう。まさかリアム本人に聞くわけにもいかないではないか。
真剣に悩み出した恵真を乗せ、電車は動き出す。
帰宅した恵真は大人になって久しぶりに、祖母の瑠璃子に叱られるのだった。
*****
「エマ、バゲットサンドを取りに来たぞ? どうした? なんだか、最近眠そうに見えるぞ?」
喫茶エニシを訪れたナタリアは開口一番、恵真のことを案じる。
ここ数日、恵真は疲れているのか、首を回していたり、あくびをしている姿さえ見たことがある。
今までそんな恵真を見たことがないため、ナタリアも気にかけているのだ。
「うん。ちょっと、最近寝不足かもしれません。寒くなってなかなか寝付けないせいですかね」
「あぁ、それはわからなくもないな。晩も寒いが、朝も寒い。なかなかベッドから出られないくらいだ。では、これをギルドへ持っていくぞ」
「お願いします。外は寒いので気を付けて」
そんな恵真の言葉にナタリアは笑う。
「私は冒険者だぞ……うっ、確かに寒いな。い、いや、これしきで寒がっていてはいけない……!」
温かな喫茶エニシと外との気温差についナタリアは首をすくめるが、弱音をはいた自分を奮い立たせてギルドへと歩き出す。
そんなナタリアの背中を見送ったアッシャーとテオが恵真に近付いてくる。
「エマさんは本当に大丈夫?」
「うん、なんだか疲れてそうだよ?」
ナタリアは納得したようだが、アッシャーとテオは心配そうに恵真の顔を覗き込む。その素直な視線に恵真は少々心苦しくなってしまう。
恵真が寝不足な理由は他にあるのだ。
「ほら、もうすぐ新しい蓋つきのフライパンが完成するでしょ? それに合わせた料理を考えて、つい遅くまで頑張っちゃうの」
「そっか、でもね? 遅くまで起きてちゃダメなんだよ? エマさん」
「はい。その通りです」
テオの素直な指摘には恵真も謝るしかない。
あと数日でジョージとセドリックが喫茶エニシに試作中の蓋つきフライパンを持ってやってくる。
それで恵真が調理を行い、問題点がないか確認をして完成となるのだ。
「でも、それだけじゃ寂しいもんね。今年、皆で集まれる機会なんてもうないんだし」
ジョージ達だけではなく、商業者ギルド長のレジーナもリアムも来る予定だ。そして、実は恵真はナタリアやリリアにも声をかけている。
もちろん、セドリックにその許可は取った。二人が情報や技術を漏洩する心配はないし、蓋つきのフライパンで作った料理の味を確かめて貰うためにも、関係者だけではダメなのだ。
「ね、オリヴィエ君も来るでしょ?」
「さあね、どうかな」
恵真は一人ソファーに座って、携帯食を齧りながら紅茶を楽しむオリヴィエに声をかける。眉間に皺を寄せるオリヴィエだが、否定も肯定もしない。
そんなオリヴィエにアッシャーとテオが駆け寄り、説得を始める。
「行こうよ! 俺達もその日は仕事じゃなく、招待されてるんだ!」
「うん。オリヴィエのお兄さんも来ていいよ?」
「は? 来ていいよってのはなにさ!? 言われなくってもボクはねぇ……」
「エマさん! オリヴィエのお兄さん、参加するって!」
オリヴィエの言葉を聞いたアッシャーが、くるりと恵真の方を向いて笑顔を見せる。
「ちょ……ちょっと!」
「楽しみだねぇ、皆でご飯食べるんだよ?」
「楽しみだよなぁ!」
アッシャーとテオが喜ぶのを見て、それ以上オリヴィエもなにも言えなくなる。
肩を竦めるオリヴィエの横で、クロはみゃうみゃうと鳴き声を上げる。
「うんうん。クロ様も楽しみだよねぇ」
「みゃうみゃん!」
今年最後になる集まりが待ち遠しそうなアッシャーとテオ、渋々ながら参加の意思を示すオリヴィエ、そしてクロは食事が豪華になるのではと期待しているようだ。
皆が期待するその食事をどんなものを用意するか、恵真もまた張り切っていた。
「そう、オリヴィエ君、マフラー使ってくれてるのね」
夕食中に恵真から話を聞いた瑠璃子は、ホッとしたように胸元に手をあてる。
アッシャーとテオに贈ったものと色違いのデザインのマフラーを贈ったものの。実際に使ってくれるかという不安があったのだ。
「うん。今日も使ってたよ。来るたびに着けてるから気に入ってるんじゃないかな」
オリヴィエのことだ。実際に、そう思っていても恵真達にそのように伝えることは絶対にないだろう。
それを知る瑠璃子はくすくすと笑う。
「いいのよ。受け取って、まして使ってくれてるんだからそれで充分。このまえも風邪を引いたんでしょ? 防寒は必要よ」
思春期であり、オリヴィエの性格を考えれば、その反応は当然のことだと恵真も瑠璃子も考えている。
実際は150年以上生きているのだが、オリヴィエがハーフエルフだということを恵真達は知らない。アッシャーもテオも知らずに、ただ少し年上の少年として接している。
けれど、それがオリヴィエに居心地の良さを感じさせているのだ。
そんな会話の中で、瑠璃子はふと気になったことを口にする。
「そう言えば、恵真ちゃんも最近なにか編んでるでしょ?」
「え! えぇ、まぁそうなんだけどね。久しぶりに編むから心配で……喜んでくれるといいんだけどね」
「そ、そう! そうなのね!!」
恵真の言葉に瑠璃子は驚きつつも、表情が明るくなる。
なにかを編んで贈りたい――瑠璃子が贈ったマフラーを使っているアッシャーやテオ、オリヴィエではないだろう。であれば、誰なのか。それは想像に容易い。
なぜか機嫌が良くなった祖母の瑠璃子に首を傾げつつ、今日も編み進めようと思う恵真であった。
明日も更新します。
今年最後の更新です。




