177話 今年の終わりと小さな願い 2
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冒険者ギルド長室でフライパンの蓋の件を、セドリックとジョージは真剣に話し合う。商業者ギルドのレジーナとリアム、副ギルド長のシャロンもその様子を真剣に見つめる。
「これはいいな。鍋に蓋をつけることで少ない水でも火を通せるのか。燃料も水分も減らすことが出来るな」
「そうなんだよ! 嬢ちゃんが言うには素材を選ばないみたいだからな。冒険者が野外で使うにもいいだろ?」
すぐに利点を理解したセドリックにジョージが嬉しそうに語る。
新たに道具を生みだす形ではなく、今あるものに蓋を作る形であれば、受け入れられる可能性も高い。
携帯用に深めのフライパンと蓋を作れば、冒険者はもちろん野営をするものにはぴったりである。
一般の家庭や料理店に広がれば、新たに料理が生まれ、蓋つきのフライパン自体もどんどん普及していくだろう。
にもかかわらず、商業者ギルド長レジーナの表情は硬い。
「確かにそうね。彼らの言う通りだわ」
「ではなぜ、そのような表情を? ……トーノ様のことを気にしてらっしゃるのですか?」
「そうね、彼女は誰かさんのおかげで冒険者ギルドに所属してるわ。素直に全てを喜べるわけじゃないわね」
フライドポテトのとき、そして今回も発案者は恵真である。
冒険者ギルドに所属する彼女の功績が増えることに、商業者ギルド長として複雑な思いを抱かないわけではない。
「でも、そんな小さなプライドで大きな機会を逃すほど愚かじゃないつもりよ。あなたこそ浮かない表情に見えるわ。彼女が心配?」
「――また、あの方に負担がかかるのは好ましいとは言えないでしょうね」
リアムの視線の先には盛り上がるセドリックとジョージの姿がある。
しかし、フライパンに蓋をつける調理法、それは恵真が考えることになるのではとリアムは案じているのだ。
「あのお嬢さんは私達の予想なんか、軽々飛び越えてしまいそうだけれどね」
「……そうかもしれませんね」
トーノ・エマのことをリアムは随分と気にかけるものだとレジーナは思う。
だが、それを口にするような無粋さを彼女は好まない。
新たな風が吹くと盛り上がる父とセドリックを見つめつつ、内心ではこれから起こる変化を期待するレジーナであった。
*****
「うわぁ! 楽しみですね。皆さんが作りやすい蒸し料理、私考えてみますね! ……あれ、どうしました? リアムさん」
心配しつつ、昨日の進展を話したリアムは協力を即答する恵真に拍子抜けする。
レジーナの予想通り、恵真はリアムの予想を超えてくる。
眉を下げて、微笑むリアムに恵真も笑みを返す。
恵真にしてみれば、こんなに楽しそうなことに参加出来るのが嬉しくて仕方ないのだ。
今も恵真はフライパンを使った蒸し料理を試している最中だ。
「特別な素材じゃなくってもいいんですよ。野菜や肉、魚の素材の風味や栄養が逃げにくいので素朴な味付けでも、グッとおいしくなるんです」
皿に豚肉の薄切りとキャベツが交互に敷かれ、軽く塩を振る。いつも見るフライパンに皿が置かれ、水を入れる。蓋をふきんで包み、水分が落ちないようにして弱火で蒸し焼きにしていく。
しっかり火が通れば、豚肉とキャベツの重ね蒸しである。
一方、恵真はフライパンを熱し、油を入れる。
そちらに豚肉の薄切りを入れ、軽く火が通ったらキャベツを加え、塩と胡椒を振りかけ、シンプルに炒める。こちらは豚肉とキャベツの炒め物だ。
比較のため、恵真はあえて塩のみで仕上げた。
「これはキャベツと豚肉の重ね蒸しです。お肉はどんなお肉でも大丈夫ですよ。手頃な食材だし、時間もかからないの。それでこっちは同じ素材を使って作った炒め物ね。どうぞ、食べてみて。あ、でも熱いから気をつけてね!」
小皿を用意した恵真がアッシャーとテオにフォークと共に差し出す。
まだ熱さのある料理に、息を吹きかけ、テオがそっと豚肉とキャベツの重ね蒸しを少しだけ口に運ぶ。
やけどをしないようにと注意して、そっと口に入れるテオはまるでリスのようだ。
「美味しい! いつものフライパンとおんなじなのに、焦げたりしないんだね!」
「うん、面白いな。キャベツと肉で炒めるのと素材は同じなのに、調理法で風味も食感も全然違うんだな」
アッシャーは豚肉とキャベツの炒め物を口にする。
シャキシャキと言う音がするほど食感が残るキャベツに豚肉の脂が溶け、フォークが進んでしまう。
豚肉とキャベツの重ね蒸しの方は、こってりした豚の脂が抑えられ、くったりとしたキャベツと合い、スッと食べられてしまうのだ。
「塩だけで味付けしたんですけど、ソースをあとでかけても美味しいと思いますよ。米粉が使えれば、もっと調理法も広がるんですけどねぇ」
アッシャーとテオの反応に目を細めつつ、恵真は少し残念そうに呟く。
恵真としてはやはり米粉を使いたい。
精製された小麦粉は庶民にはなかなか高価なもののようだ。
蒸す料理といえば、中華まんや飲茶、まんじゅうなどが浮かぶ。
米粉で代用できたなら、調理の幅も広がっていくはずだと恵真は考える。
「そこにあるミキサーみたいなのを、こっちでも作れないものなの?」
ソファーに腰かけていたオリヴィエが恵真に尋ねる。
「電気が必要だし、これを作る素材もこっちでは入手できないと思う」
「やはり、魔道具だし簡単にはいかないんだね。今はあれだろ? 石臼で挽いているんだよね。それを改良する? うーん……」
熱心に魔道具について考え始めるオリヴィエだが、アッシャーもテオも不思議そうな表情を浮かべる。
「でも、魔道具って誰が作るの? この辺に魔道具士さんはいないよ?」
テオの言葉にオリヴィエは胸を張る。
その言葉を彼は待っていたのだ。
「ボクがいるじゃないか。このまえの本は魔道具に関するものでね、作ってみたいと思っていたんだよね」
「え! オリヴィエ君って魔術師じゃないの? 魔道具も作れちゃうの?」
恵真の驚く表情にオリヴィエは口角を上げる。
最近、手に入れた本を参考に新たな魔道具をオリヴィエは作るつもりである。
元々、小さなものや簡易なものは王宮にいた頃にも作っていた。
魔力を使うことに変わりはないのに、魔道具士と魔術士の関係は良好とはいえない。オリヴィエからすれば無駄なプライドなのだが、互いの情報を共有しないことで彼らはお互いの仕事を独占しているのだ。
「オリヴィエのお兄さん、格好いいねぇ!」
「うわぁ! 王宮魔術師ってなんでもできるんだな」
「ミキサーを怖がってたオリヴィエ君が、魔道具を作ってくれるなんて……!」
「ねぇ、ボクは怖がってないからね! 使い方の大胆さに驚いてただけだし!」
喫茶エニシにいるときのオリヴィエは子どもらしいとリアムは思う。
自分達では引き出せないオリヴィエの一面を、恵真達は容易く引き出してしまうのだ。
くすくすと笑いながら、自身の方へと戻ってくる恵真にリアムはそっと尋ねる。
「またご負担をおかけするのではありませんか?」
米粉を効率よく挽く魔道具を作ろうと張り切るオリヴィエ、米粉の調理法に詳しい恵真はそれにも協力せねばならなくなるだろう。
だが、恵真は笑って首を振る。
「いえ、全然! 私が言いだしたことですし、楽しいですよ」
「……楽しい、ですか?」
恵真の言葉にリアムは不思議そうに聞き返す。
「いろんな相談もそうですし、誰かが来てくれるのも賑やかで楽しいですよ。来てくれる人にとって喫茶エニシが居心地のいい場所であれば私も嬉しいです。それに目標があると頑張れますし!」
居心地のいい場所――恵真の言う通り、ここ喫茶エニシは皆の居場所になっている。
オリヴィエは宿よりもこちらにいる時間の方が長いだろう。
アッシャーとテオにとっては家以外に温かく見守ってくれる人々が集う場所がここ喫茶エニシなのだ。
リアムは先日、マルティアを離れたときの恵真の「おかえりなさい」というその言葉を思い出す。
いつの間にか恵真の存在が自身の中で大きくなっている――今さらながらそんなことに気付くリアムであった。
30、31日にも更新します。
作中の時期が年末なので、今年中に
今回のお話が終わるように更新多めです。




