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《1/15 小説3巻・コミカライズ1巻発売!》裏庭のドア、異世界に繋がる ~異世界で趣味だった料理を仕事にしてみます~  作者: 芽生


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175話 ごちそうスープとご自愛スープ 4


 雪こそ降らないものの吹く風の冷たさに皆、首をすくめるようにして道を行く。

 喫茶エニシへと足を踏み入れたナタリアもまた、寒そうに自身の腕を擦っていた。


「寒かったでしょう。はい! これ、バゲットサンドです」

「あぁ……ん? もう兄弟は来ているのか?」


 ナタリアが驚くのも無理はない。

 アッシャーとテオがもう訪れていて、そのうえ着替えまで済ませているのだ。

 日頃はちょうど同じ時間帯に訪れていることを考えれば、今日は早く家を出たのだろう。そうナタリアは考えた。


「うん、ぼく達もう一仕事終えちゃったんだよ!」


 そう得意気に言うテオとその横で頬を染めて満足げなアッシャー、何があったのかと恵真に目を移すと彼女もまた嬉しそうに笑う。

 

「今日はちょっと特別なスープがあるんです。もしよかったらナタリアさんも召し上がっていきませんか?」

「あぁ。ちょうど体が冷えていたんだ。助かる」


 ナタリアがカウンターの席につくと、白い小さなカップに恵真は赤いスープを注いでいく。立ち上がる湯気と香り、受け取ったカップの温もりはナタリアの冷えた手も暖める。

 木のスプーンでそっとすくうと、ごろごろとした具材がたっぷりだ。そのまま、口に運べば野菜の甘味とベーコンの旨味がいっぱいに広がっていく。

 

「これはいいな! ごろっとした具材が食べごたえがある。トマトの酸味と野菜の甘味がちょうどいい! 肉も良いものを使っているな」


 ナタリアの言葉に恵真はうんうんと頷くと視線をアッシャーとテオに向ける。

 自信満々に胸を張るテオとその横でもじもじと照れくさそうにするアッシャーの姿、ナタリアはその様子に首を傾げるばかりだ。


「嬉しい感想ですね。そんな声をあの子からも聞けると思うんです」

「あの子……? お、雪が降ってきてるぞ!」

 

 その言葉に恵真が窓の外を見ると、確かにちらちら雪が降り出していた。

 冬の重い寒空が広がる景色だが、彼の体調はどうだろうか。

 今日の特別なスープをリアムが彼に届けてくれているはずだ。


「体も温まったな、もう行くよ。ありがとうエマ」

「ふふ、お礼なら二人に」

「? あぁ、わかった。ありがとうな、二人とも」


 理由はわからないが兄弟にも礼を言うナタリアに、嬉しそうなアッシャーとテオ。

 そんな光景に恵真はくすりと微笑む。

 マルティアの街に静かに降る雪は冬が本格的に始まることを、人々に伝えるのであった。



*****



「リアム、今日も来たんだね」


 今日も今日とて不機嫌そうにオリヴィエはリアムを迎え入れた。

 なんだかんだ文句を言いつつ帰れとは言わない。一方で不機嫌そうな表情なのがなんともおかしい。

 実際にそこまで嫌ではないことはここ数日で証明されている。

 素直なようで態度には出せない――ようするに垣間見える子どもらしい一面なのだ。


「今日のスープは特別だそうだぞ。ちょうど雪も降ってきた。体が温まるな」

「……ふぅん」


 もう驚かなくなった魔道具スープジャーの蓋をリアムが開けて、木製のスプーンと共に差し出す。ふんわりと食欲をそそる香りはトマトと生姜だろうか。オリヴィエも興味を引かれたようで、スープジャーの中を覗き込む。

 スープをスプーンで掬ったオリヴィエの表情が固まる。


「……具沢山だね」


 その声に喜びの響きはない。オリヴィエは食事を面倒に感じ、携帯食を好んでいたのだから当然の反応だ。

 喫茶エニシでスープを飲んだり、リアムが持ってくるスープと、ここ数日で食生活は変わってきているが基本的には食事に時間を割きたくないのだ。

 そこに魔導師時代の因縁があることも起因して、食事に対するオリヴィエの意識はかなり低いものとなっている。

 それでもいつものように文句を言わない辺り、これが喫茶エニシで作られていることがオリヴィエには大きな意味を持つのだろう。

 リアムはスープとスプーンをオリヴィエから取り上げると、サイドテーブルの上に置いた。


「本当は食べてから渡すように言われていたんだが仕方ないな」

「なに? なんの話?」


 いぶかしげな表情を浮かべるオリヴィエにリアムはバッグから白い封筒を取り出す。それは喫茶エニシの店主、トーノ・エマからのものだ。

 受け取ったオリヴィエはその名を確認すると、リアムをちらりと見て肩をすくめる。手紙の封を開け、オリヴィエはその手紙に目を通し始めた。


“オリヴィエ君、体調はどうですか?

 スープ、毎回飲んでくれて嬉しく思ってます。


 一番最初のはすりながし汁、これはアッシャー君が野菜をすり下ろしてくれたの。

 これも次の日のポタージュもそうだけど、テオ君は野菜を洗ってくれました。

 卵のスープ、かきたま汁っていうんだけど、これはテオ君が卵を割って、アッシャー君が溶きほぐしてお鍋に入れてくれました。

 その次の日のポタージュはちょっと粒があったでしょ?

 これはアッシャー君とテオ君でじゃがいもをつぶしてくれたからなの。

 二人とも毎回、オリヴィエのお兄さんのためだって張り切っていたのよ。


 そして今日は具沢山のミネストローネです。

 アッシャー君が野菜を切ってくれて、テオ君は野菜を洗ってくれました。

 玉ねぎは切るときにアッシャー君、涙が止まらなくなってしまって……テオ君がハンカチで拭いてあげてたのよ。

 

 皆、待ってるから。

 早く元気になってまた会おうね。


                           エマ  ”



 ポタージュがいつもよりちょっと粗目なのも、今日のミネストローネがごろごろと少々不揃いで具が大きいのも、不慣れなアッシャーだからなのだ。

 テオも野菜を洗うなど、出来る範囲の手伝いをしてくれたと恵真は伝える。恵真だけでなく、アッシャーとテオもオリヴィエのスープ作りをしてくれていたのだ。

 手紙を読み終えたオリヴィエは折り畳み、封筒へと戻すとベッド横のサイドテーブルに置く。

 ふぅと息をついたオリヴィエは無言でリアムへと手を差し出す。

 口元を緩めながら、リアムはスープジャーと木製のスプーンを手渡した。

 広い室内、二人は無言で過ごす。

 ミネストローネを口に運ぶオリヴィエに、リアムも声をかけることはない。

 オリヴィエは黙って食事を進める。ごろごろと刻まれた野菜とベーコンの旨味、そこにトマトの酸味がよく合っていた。大きめで不揃いなことがかえって、食感の面白さを生む。

 オリヴィエは食べ終えると頬が赤くなり、体が温まったのを感じた。

 完食したオリヴィエは黙ってスープジャーとスプーンをリアムへと返す。

 受け取ったリアムはそれをバッグにしまい、ようやくオリヴィエに一声かける。


「また明日来るからな」

「――うん」

「じゃあな」


 そう言ってリアムはドアへと向かうが、その背中にオリヴィエからの声がかかる。


「ねぇ! リアム……えっとその、なんていうか……」

「なんだ? はっきり言ってくれ」

「だから! ……その、ありがとうって言っといてね。あと、リアムもね! それだけだから! もう行っていいよ!」


 なぜか怒ったような口調と表情になるオリヴィエにリアムは笑いを堪える。そんな姿にオリヴィエはまた顔を赤くする。

 そんなオリヴィエを宥めながら、リアムは部屋を後にしたのだった。

 一人になったオリヴィエはベッドに横たわり、ふぅと大きくため息をつく。

 リアムは明日も来ると言う。セドリックも多忙な中、よく顔を出す。アメリア達の突然の来訪には驚かされた。そして、恵真達は毎日スープを作ってくれ、それをリアムが運んでくれる。

 

「――あの頃とは違うんだよね」


 確認するかのようにオリヴィエは呟く。

 母に申し訳ないと思っていた自分も、多くの敵意と戦っていた自分ももう過去のものなのだ。

 食事を摂ったせいか、安堵したせいか、オリヴィエは眠りにつく。

 ここ数日、幼い日の夢を見ることもない。

 そのまなじりから涙が伝っていることを眠りについたオリヴィエは知らずにいた。



*****


「ねぇ、この色どう思う? 恵真ちゃん」

「いい色だね。でも、誰のマフラー? アッシャー君とテオ君はいつもマフラーしてうちに来てるよ」


 瑠璃子が差し出したマフラーは青みがかったグリーンである。

 丁寧に編まれたそれは瑠璃子が編んだものだと恵真はすぐに気付く。

 だが、それが誰に編まれたものかは恵真にもわからない。アッシャーとテオには昨年瑠璃子が編んだマフラーがあるのだ。


「もう恵真ちゃんったら! オリヴィエ君に決まってるでしょ。風邪をひいたっていうし、暖かくしなきゃね!」


 先日回復したオリヴィエが喫茶エニシに訪れた。

 少々ムッとした表情で紅茶を頼み、携帯食を齧っていたオリヴィエだが、しばらくするとなにやらごにょごにょ言って、果物を入れた袋を押しつけてきた。

 おそらく不機嫌さは照れ隠しのためだろう。

 アッシャーとテオはいつも通りのオリヴィエの姿に嬉しそうに笑っていた。

 瑠璃子の編んだマフラーも文句を言いつつ、受け取るのだろうと恵真は口元を緩めた。



*****



 マルティア一帯に流行の様子を見せていた風邪はその後、落ち着いていく。

 その年の風邪は例年以上の症状と流行の気配があったため、街の人々は胸を撫で下ろした。

 実はこれには恵真の卸した薬草が大きな影響を与えている。

 薬師ギルド、冒険者ギルドはもちろんだが、今回ディグル地域の信仰会にもリアムが薬草を購入し届けた。

 通常炊き出しで振舞うスープにそれを加えることによって、人々の健康状態が改善し、基礎的な体力がつくことによって重症化を防いだのだ。

 


 この年、猛威を振るった風邪が特殊なものであったことを権威あるもの達が公表することはない。

 後世から見れば、マルティア一帯で流行した病が通年と同様の風邪として処置されたにもかかわらず、無事に終息したのは奇跡にも近いことである。

 薬草を信仰会に寄付したリアム、そして人々のために薬草を仕入れた冒険者ギルド長セドリック、薬師ギルド中央支部長のサイモンの功績によるものだと考えられている。

 だが、その薬草がどこからもたらされたものなのかは謎が多い。

 

 今日も喫茶エニシには恵真がいる。

 それぞれ異なる色のマフラーをつけた三人の姿に、恵真は頬を緩めるのだった。

 

 

 

 


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