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《1/15 小説3巻・コミカライズ1巻発売!》裏庭のドア、異世界に繋がる ~異世界で趣味だった料理を仕事にしてみます~  作者: 芽生


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151話 喫茶エニシと謎の男 3

夏ですね。水分補給や日焼け防止

体調にお気を付けください。


「いやぁ、師匠がマルティアの街を訪れているとは思いもしませんでした」

「私もナタリアがこの街にいるとは思っていなかったな」

「師匠はなぜ、こちらに?」

「久しく外の世界を見ていないことに気付いてな。旅の途中でこのマルティアへと参ったのだ」


 ナタリアと話すフォルゴレの目は穏やかだ。いつも険しい表情の男の印象がまた変わる。

 やはり、皆は見た目の印象で彼を恐れていたのだろうとリアムとバートは視線を交わす。だが、バートは少々納得のいかぬ様子でリアムに小声で訴えた。


「でも、今もトーノさまのこと見過ぎだったじゃないっすか!」

「……探りに来た可能性と、彼女に関心がある――どちらだろうな」


 フォルゴレの気質がどうなのかは今はまだわからない。ナタリアとは知人のようだが、彼女は人の言葉を素直に受け取りすぎるきらいがあるからだ。

 それでも、彼女に話を聞くことで、人柄を少しは知れるだろう。

 しかし二人の警戒は消え去ったわけではない。

 なぜ、この喫茶エニシに足を運ぶようになったのか。未だその理由はわからないのだから。

 複雑な思いでリアムとバートは、ナタリアに師匠と呼ばれたフォルゴレという男を見るのだった。



*****



「ふふ、今日は特別なお菓子があるんだよ。あとで食べようね」

「いいんですか! 楽しみです。なぁ、テオ」

「うん! ありがとう、エマさん!」

「あ、いらっしゃいませ……フォルゴレさん。まだ、他のお客さまはいらしていないので、どうぞお好きな席にお座りください」


 無言のまま、軽く頭を下げたフォルゴレは黙って席に着く。

 アッシャーが水を用意し、彼の元へと向かった。

 昨日、リアムたちはナタリアに彼との関係を尋ねたが、ナタリアはかつて他の街で冒険者をしていた頃に世話になったらしい。

 リアムもバートもフォルゴレと会話をし、危害を加える恐れはないと判断はしたが、一つわからないことがあった。

 なぜ、彼が喫茶エニシにばかり足を運んでいるかということだ。


「今日もいらしてくださったんですね。ありがとうございます」

「……いや、その……」


 なぜか言いづらそうなフォルゴレに、恵真は微笑む。

 そう、恵真だけがフォルゴレがここに通う理由に気付いているのだ。


「仕方ないですよ。人は誰でも秘密はもっているものですから」

「――それはどういう意味ですか?」

「今にわかります。そこでお待ちくださいね」


 意味深な恵真の言葉は聞きようによっては挑戦的でもあるのだが、フォルゴレはどこか期待した視線を恵真へと送る。

 アッシャーとテオは会話の意図がわからず、小首を傾げるのだった。



「こちらをどうぞ」

「――これは……!」


 フォルゴレの前に恵真が差し出したのは、生菓子である。

 最近、菓子作りを行っている恵真はこうして時折、客人にも菓子を出している。

 リアムが先日試食した焼き菓子もそうだが、出来栄えも良く好評だ。

 恵真としては息抜きも兼ねて作った菓子だが、砂糖や薄力粉を使った菓子は高価なものだ。


 今、フォルゴレの目の前にある菓子は細長く、ふっくらと膨らんだ生地に、なにやら濃い色のソースらしきものがかかっている。

 横に切り目を入れて中にクリームを詰めているようで、真っ白なクリームと生地にかかったソースの対比も美しい。

 初めて見る菓子にフォルゴレはフォークを入れ、口へと運んだ。

 その瞬間、眉間の深い皺が驚愕で眉が動き、消え去る。

 濃いブラウンの瞳は輝きを増した。


「旨いな……上にかけられているのはなんだ? 口に入れると溶けて、生地と一体になる。おまけにこのクリーム、まさか二層になっているとは」


 上には生クリーム、その下にはカスタードクリームが入っている。

 フォルゴレの知らない生地にかかった物はチョコレートだ。

 そう、この生菓子はエクレアである。

 先程まで寡黙であったファルゴレが、甘味を食べて雄弁になる様子に恵真は微笑みを浮かべた。


「お口に合いましたか? 甘いものがお好きなのかと思ってお出ししたんです」

「…………お気付きになっていたのですか」

 

 恵真の言葉にフォルゴレはため息交じりに呟いた。

 気恥ずかし気な表情からも、彼がそれを秘密にしていたことがわかる。

 大柄で強面なフォルゴレは実は甘いものが大の好物なのだ。

 マルティアの街でふと足を運んだ店では紅茶に自由に砂糖を入れても構わない。おまけに稀に店主の手製の菓子が食べられる。

 その菓子はどれも一級品だということもあって、フォルゴレは予定より随分マルティアに長居をしてしまっていた。

 だが、彼が喫茶エニシを訪れる理由はそれ以外にもある。


「もしかして、動物もお好きなのでは」

「そこまでお気付きでしたか? そのとおりです。私はなぜか昔から小動物に怖がられてしまって……魔獣とお見受けしましたが、あまりに愛らしいその姿についつい見とれてしまうのです」

「みゃうみゃ」


 それもバレていたのかと思うフォルゴレだが、クロは自分を褒めた彼の近くにてとてとと近寄っていく。手を伸ばせば触れるほどの距離だが、フォルゴレはどうしていいかとまごつく。

 そんな彼にアッシャーとテオが励ます。


「大丈夫だよ、フォルゴレさん。クロさま、優しいからそおっと触ってみて! 優しくだよ」

「クロさま、つやつやで触るとすっごく気持ちいいんだよ」

「んみゃ」


 アッシャーとテオの称賛にクロは満足そうに鳴く。

 フォルゴレはいうと、眉間に皺を寄せつつ、大きな手をクロへと恐る恐る伸ばしていく。その気迫と表情、多くの小動物は怯えてしまうだろう。

 しかし、無論クロは臆することなどない。堂々とフォルゴレが自らに触れるのを待つ。

 そして、フォルゴレの武骨な指先が、そっとクロの毛に触れた。

 その瞬間、フォルゴレは衝撃で目を見開いた。

 

「なんと、まるでビロードのように艶やかな毛並み! しなやかな触れ心地と温もりは、小さな体に秘められた能力を伝えるかのような、生命の輝きがここにありますね!!」

「みゃうみゃん!」


 そうだろう、と言うようにクロが鳴いて胸を逸らす。

 アッシャーとテオは後輩を見るかのように、うんうんと頷いた。

 怯えない小動物に触れ、美味な菓子も食べられたフォルゴレは感動しきりである。彼が綺麗に食べ終えた皿を恵真が下げようとするのを見て、フォルゴレは尋ねた。それは、素直にこの菓子を忘れたくないという思いからだ。

 しかし、この問いによって忘れ得ない衝撃を彼は受けることとなる。


「これはなんという菓子なのですか?」

「エクレア――稲妻という意味のお菓子です」

「っ!!」


 驚き、息を呑むファルゴレに恵真は微笑む。

 初めて触れた自分に怯えない愛らしい魔獣、優れた味わいの菓子、そしてその名に込められた意味――その全ての体験のきっかけを与えた黒髪黒目の店主、彼女こそがフォルゴレにとって最大の衝撃だ。

 砂糖入りの紅茶をフォルゴレは一口飲み、感嘆のため息を溢すのだった。



*****



「エマ、来たぞ!……って、師匠?」


 バゲットサンドを受け取りに来たナタリアは、世話になった男フォルゴレが、既に喫茶エニシにいることに驚く。

 ナタリアに視線を向けたフォルゴレは、先程の衝撃を未だに引き摺っているようだ。不思議に思いつつ、彼の側へと歩んだナタリアにフォルゴレは尋ねる。


「彼女は何者だ?」

「え、エマのことですか? 姿こそ黒髪黒目で目立ちますが、気の良い女性です。ただ、子どもと女性だけなので冒険者の多いこの街では不安もあります。魔獣がいることや私たちが顔を出すことで抑止力になればいいかと……」


 ナタリアの言葉にフォルゴレは静かに首を振る。

 先程のやり取りがなければ、今のナタリアの言葉をすんなりと受け入れられただろう。

 だが、恵真と呼ばれる店主は腕利きの者たちの中で、唯一フォルゴレの真意に気付いていた。その優れた洞察力は称賛に値するものだ。

 何より最もフォルゴレを驚かせたのがあの菓子、エクレアだ。


「――彼女は私の過去を見抜いていたぞ」

「まさか、そんな……エマがですか?」


 エクレアという名の意味を恵真は「稲妻」そう説明した。

 それはフォルゴレの名の意味であると同時に、かつての彼の二つ名でもある。

 「稲妻のフォルゴレ」瞬く間に抜き、敵を薙ぎ払う素早さから、かつて彼はそう呼ばれる冒険者だったのだ。

 かつてのことであり、その名を知るものは多くはない。

 にもかかわらず、彼女は菓子を使うことで指摘したのだ。


「もう少し、この街に長居することになりそうだ」


 険しい顔に戻ったフォルゴレは紅茶を飲む。

 砂糖でしっかり味付けをした甘い紅茶に緩みそうになる口元を、フォルゴレは引き締める。

 こうして、喫茶エニシには風変わりな客がまた一人増えたのだ。



 恵真の世界にもマルティアの街にも、既に夏の暑さが訪れている。

 魔道具によって冷涼な風が吹く喫茶エニシは、多くの者が足を運ぶことになるだろう。

 じりじりとした日差しに、これから訪れる季節を思う恵真であった。

 

 

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― 新着の感想 ―
ごめんなさい、表記が「フォルゴレ」と「ファルゴレ」になっているので統一して欲しいです
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