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《1/15 小説3巻・コミカライズ1巻発売!》裏庭のドア、異世界に繋がる ~異世界で趣味だった料理を仕事にしてみます~  作者: 芽生


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143話 侯爵令嬢シャーロットの婚約 2

いつも読んでくださり、ありがとうございます。


 グラント侯爵家からの依頼の詳細を聞いた恵真は目を大きく見開く。

 まだ少女と言える年齢のシャーロットに婚約者がおり、その会話が弾まないというのは恵真の感覚からすれば、思春期に差し掛かる年齢であれば当然だと言えた。

 だが、貴族であればそうもいかないらしい。


「話を伺う限り、シャーロット侯爵令嬢は賢いお嬢さんみたいですね」

「えぇ、嫌いであろうと貴族であれば会話など容易いはずです。むしろ政略結婚であれば、積極的に相手を取り込もうとするはずです」

「え! 貴族ってそんな感じなんですか!?」


 セドリックの言葉に恵真は目を更に見開く。

 恵真が知る貴族はリアムとバートである。

 今まで二人からそのような印象を受けたことは一度もないのだ。

 つい、パッと振り向いて二人の方を恵真は見る。


「違います!」

「違うっす!」


 二人が瞬時に否定するが、セドリックは貴族とはそのようなものだという態度を崩さない。実はそういう彼自身も貴族ではあるのだが、自分自身はすっかり棚に上げた様子で、アイスティーを飲んでいる。

 驚いている恵真にリアムが真剣な面持ちで断言する。


「少なくとも我々は異なります」

「右に同じっす!」


 はっきりと否定するリアムとバートに、恵真も近くで会話を聞いていたアッシャーとテオもくすくす笑う。

 

「お二人がそうだとは言っていませんよ。貴族の印象を聞きたかったんです」

「うん。リアムさんはリアムさんだし、バートはバートだもんねぇ」


 ほっと胸を撫で下ろす二人だが、そもそも恵真も高位貴族出身ではないかと気付く。たまたま周囲に悪意を持つ者がおらず、このように穏やかな気性になったのだろうが、貴族としては純粋過ぎることには危なっかしさを感じる。

 無論、そんな恵真だからこそ喫茶エニシが成り立っているのだが、リアムにもバートにも魔獣とドアが守っていることが今更ながら納得できた。


「それにしても、侯爵令嬢であるシャーロット嬢が、同じ貴族である侯爵令息との会話に悩むとは意外なんだよな」

「だが、シャーロット嬢は今まで他家の者と会食を控えていたのだから、当然だと言えないか」

「うーん。あんまり気が乗らないんじゃないっすか? 貴族とはいえ、心が惹かれなきゃ話すのもしんどいものがあるんすよ」


 セドリックたちがスタンテールの貴族としての視点で話し合うが、恵真が気付いたのはまったく異なる考えだ。

 聡明である令嬢が会話に悩む、それも婚約者である少年にのみだ。

 恵真は貴族であるかではなく、一人の少女シャーロットとしての感覚や意識に目を向けた。


「うーん。好きだから意識しちゃって話せないのでは……」


 恵真の言葉に男性陣は沈黙する。

 何かおかしな話をしてしまったのかと皆の様子を恵真は窺う。

 静かにエアコンの音だけが響く室内に、恵真が不安を抱き始めた瞬間、セドリックの大きな声が響いた。


「それだ!!」

「それっす! え、政略結婚と思いきや、初恋なんすか?」


 途端にセドリックとバートが盛り上がり出す中、リアムは納得したように頷き、アッシャーは少し照れくさそうに、テオはあまり興味なさげに首を傾ける。

 自分の何気ない話から急に雰囲気が変わったことに慌てて恵真は否定する。


「ただの推測ですよ! 可能性の話であって、勝手にシャーロットちゃんの気持ちを決めつけちゃいけません! ……って私がきっかけなんですけど、と、とにかく大人は余計な口を出しちゃダメです!」


 セドリックに負けないくらいの大きな声で恵真も訴える。

 こういう話は繊細なもので、下手に他人が介入するとバランスが崩れてしまうのだ。政略結婚は恵真の感覚ではわからないが、人と人の繋がりや心を考えれば、お互いの関係は良好な方が良いだろう。

 恋かどうかはさておいても、会話の弾まない二人のままのぎこちない関係ではお互いに気詰まりなことに変わりない。

 料理や菓子がそんな二人の会話のきっかけに少しでもなるのであれば、恵真としても嬉しいことである。まだ少女であるにもかかわらず、多くを背負わねばならないシャーロットを案じる気持ちが恵真にはあった。


「そうっすね。まず、相手がどんな人間か、何が好きかとか情報収集からっすね!」

「そうだな、会話の糸口って言うのはそういうもんだ!」

「……お前たち、先程のトーノさまのお話をきちんと理解しているのか?」

「口は出さないっすよ? 面識ないっすもん」

「だが、情報はいるだろう。トーノさまの料理にも生かされるはずだ」


 確かに二人の言うことも一理ある。

 食事の好みは料理の味付けや食材にも影響を与える。

 会話のきっかけになるということなら、相手の好みに合った物のほうがいいだろう。まして、他国から来ているルーファスならば、好みや風習が異なるのは当然のことなのだ。

 

「……ん? これって責任重大なのでは?」


 今さらながら、そう気付いた恵真だが、怖気づいたわけではない。

 料理は相手に喜んでもらうために作るものなのだ。

 誰であろうとどんな立場の存在であろうと、今まで通りに真摯に取り組むだけである。

 出会ったことのない侯爵令嬢シャーロットと婚約者のために、会話のきっかけになるようなものを作らねばと、頬を軽く叩き、気合を入れる恵真であった。



*****


 

 今日もシャーロットの元に訪れてくれたルーファスだが、会話は弾まぬままであった。

 会話がないわけではなく、お互いに礼を失するようなことは何一つしていない。

 それにもかかわらず、交流が上手くいかないのが却ってシャーロットの心を苦しめた。

 政略結婚であり、この婚約には互いに利点があるはずだ。

 だが、シャーロットの心を占めるのは不安なのだ。

 他家の貴族と交流を多く持たない自分ではルーファスにとっては利益が少ないのではないか。気の利いた会話一つ出来ない自分をルーファスは呆れて見ていて、視線が合う度に目を逸らされるのではないか。

 不安はいくつもシャーロットの中に芽生え、消えてはくれないのだ。

 

 ルーファスの国マリルドとシャーロットの国スタンテールは近隣国ではあるが、関係は薄い。スタンテールも含め、周囲は大国であり、小国のマリルドは存在感が薄い。かといって、侵略されることがないのはマリルドが周辺国にとって無害であり、益が薄いのだ。

 下手に侵略すれば、他国とのバランスが崩れかねないため、見逃されている状況にある。そんなマリルドにとってはスタンテールの貴族との婚姻は、国同士の関係を繋ぐきっかけにもなり得る。

 おそらくはそのような背景があり、病弱であった侯爵家次男であるルーファスと自身との婚約が持ち上がったのだとシャーロットは推測していた。


「ねぇ、エイダン。男の人って年上って嫌かしら? 嫌よね、私、婚約者が今までいなかったんだもの。そんな令嬢と婚姻って普通は困るわよね」

「うーん、俺はそういうのってないんでわかんないですけど。でも、貴族ってそういう感情で婚約はしませんよ?」


 一般的な貴族としての感覚を指摘するエイダンだが、シャーロットは寂し気な表情を湛えたままである。

 こういう話は不向きなため、早くマーサに帰ってきて欲しいと思うエイダンだが、そういうときに限って戻っては来ないものだ。

 シャーロットとて貴族の価値観を持っているのだ。

 エイダンの話を理解できぬわけではない。

 だが、心がそれ以上に不安を訴えてくるのだ。


「そうよね、きっと私と婚姻することはきちんとルーファスさまにとって益のあることなのよね! 何か出来ることが私にもあるはずよ!」

「……お嬢さま」


 ルーファスにとってメリットがあろうともなかろうとも、貴族の家同士の婚姻は結ばれる。そこにお互いの感情など、入る余地はないのだ。

 しかし、エイダンは気付いてしまった。

 自分の主人は結婚相手に好意を抱いているのだ。

 それはある意味で幸福なことであり、またある意味では不幸ともいえる。

 ルーファスにとって、シャーロットはどう映っているのか、またどう思われているのかを彼女は気にしているのだ。

 そのようなことをお互い気にしない、割り切った関係だからこそ、政略結婚は成り立つ。

 一方が相手を想っても、向こうから好意が示されるとは限らない。

 まだ恋を知らぬエイダンだが、それが厄介なものであり、傷付くものだということは貴族以外の生活の中で見聞きしていた。

 しかし、シャーロット自身は気付いていないのだろう。

 未だ、漠然とした不安と戸惑いの中にいる様子だ。


「お嬢さま、ルーファスさまとの茶会のお話ですが、食事を少し工夫してみる案があるんですよ」

「食事を工夫って、どういうこと?」

「せっかくですし、食事に変化があれば会話のきっかけやお互いの好みを知るきっかけになるじゃないですか」


 エイダンの言葉にシャーロットの表情がぱっと明るくなる。

 少女らしいその笑顔は今までエイダンも見たことがないものだ。

 侯爵令嬢としてではなく、一人の少女としての微笑みにエイダンは胸が締め付けられる。

 どうかその笑顔が長く続くように、これからも失われることがないようにと願いながら、エイダンもまたぎこちなく微笑みを返すのだった。


6月になりましたね。

学校の方は衣替えもあるのでしょうか。

料理や服装、身近なところでも季節の変化を感じますね。

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