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《1/15 小説3巻・コミカライズ1巻発売!》裏庭のドア、異世界に繋がる ~異世界で趣味だった料理を仕事にしてみます~  作者: 芽生


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142話 侯爵令嬢シャーロットの婚約

6月中は週2の更新を続けていきます。

7月からは週1になるかと思います。

何卒宜しくお願い致します。


 祖母の家の庭では恵真が植えた野菜が、太陽の日差しを受けて青々とした葉を伸ばしている。きゅうりにトマトの小さな実が膨らみ始め、徐々に近付いてきた夏を感じさせた。

 庭の野菜が順調に育っていることに恵真の頬も緩む。

 そんな恵真の姿を日陰でゆっくりと休みながら、クロと祖母の瑠璃子は眺めていた。恵真の表情の緩み具合から、育った野菜で何を作ろうかと今から考えているのだろうと瑠璃子は推測する。

 

「本当に暑くなってきてるのに、野菜も恵真ちゃんも元気なことだわ」

「みゃう」

「あら、毛皮を着ているから暑いのよ。魔法とかでどうにかならないの?」

「んみゃうみゃ」

「あー。まぁ、確かにエアコンがあれば必要もないわねぇ」


 瑠璃子は持っていた扇子でクロに風を送る。

 猫や犬は風では涼しくならないというが、魔獣であるクロはそれに当てはまるのであろうか? そんなことを考えた瑠璃子だが、クロが心地よさそうなので良しとする。

 植物に水をやるのは朝まだ涼しい時間か、日が落ち始めた夕方からが良いというがまだ朝早いというのにそこそこ日が出ているのだ。


「よし。バジルも摘んだし、準備完了だね」

「じゃあ、朝ごはんにしましょ」

「んみゃ!」

「クロはさっき食べたでしょう?」

「……みゃう」


 起きてすぐに恵真を起こし、朝食を催促するクロは既に食事を済ませている。

 納得できない様子で部屋へと戻っていこうとするクロの足の裏を、ポケットのウエットティッシュで拭き取り、恵真はくすくすと笑うのだった。



*****


 

 洗練された少年と少女がパラソルの下、テラスで食事を摂るのを使用人たちは静かに見守る。

 グラント侯爵家の令嬢シャーロットは、年齢よりも落ち着いた印象のある少女だ。

 以前、彼女の家の料理人トレヴァーは卵にアレルギーのある令嬢を案じ、喫茶エニシに卵を使わぬ菓子を依頼しに来た。

 そんな依頼に対し、恵真が作ったのがパンデピスである。

 卵を使わず、地味な菓子ではあり、見た目でその価値がわかる者は少なかった。

 しかし、香辛料をふんだんに使ったその菓子に気付いたのが新興貴族ニューマン男爵家の息子エイダンだ。

 シャーロットの従者となった彼は今、メイドのマーサと共に緊張の面持ちで庭で食事をする一組の少年少女に視線を注ぐ。


「……会話がありませんね」

「しっ! お二人に聞こえます!」


 この距離では聞こえないだろうと思うエイダンだが、マーサに口を返すことはない。従者としての振る舞いを学んだであり、同時にこの静けさなら聞こえてしまう怖さもあったためである。

 それくらい二人の間には会話がない。

 侯爵令嬢シャーロットは幼い頃に参加した茶会で卵でのアレルギー症状が現れて以来、安全面や対人への不安を抱き、交流を持たずに来た。

 だが、彼女のために父メルヴィンが開いた会でシャーロットの評価は一変した。

 聡明で落ち着いた彼女の姿に貴族たちの注目が高まったのだ。

 婚約者のいなかったシャーロットに話が来たのは他国の侯爵令息であった。

 国内の同等の家格の家の者は既に婚約者がいる。

 茶会で倒れて以来、公の場に現れなかったシャーロットには体調を不安視する声が長年あったためだ。


「……でもなんか、マーサさんとか俺が入ったほうがいいんじゃないですかね?」

「これはお二人の交流を深めるためなのですよ」

「じゃ、今回も中身のある会話なしで終わるんですね」

「…………えぇ、残念ながら」


 シャーロットが視線を感じ、婚約者ルーファスの方に目を向けると彼は視線を逸らす。目を逸らされたことに気まずさを感じつつ、シャーロットは食事を口にする。

 すると、再び彼からの視線を感じるのだ。

 そんな二人の様子を使用人は皆、気が気でない思いで見つめていた。


「あの、キャンベルさま」

「どうぞルーファスとお呼びください」

「……ルーファスさまは、お疲れでありませんか? わざわざ、私の元にいらっしゃるなんて」

「いえ、そのようなことはありません。婚約者として当然ですので」

「……そうですか」


 おおよそ交流を持つに足りる会話ではない。

 生真面目といえば聞こえがいいが、どこか義務的にシャーロットには感じられた。

 わざわざ許可を取り、この国スタンテールまで訪れてくれたルーファスは紳士的で礼儀正しい。貴族の家同士の結婚というのは、個人の感情のために行うものでは決してない。

 長い間、従者すらまともに付いていなかったシャーロットにとって、他国とはいえ同位の家との婚約は好機と言える。

 ルーファスは二歳年下の侯爵家の次男である。

 彼には長兄がいるが、母の異なる兄で関係性はあまり良好とはいえないようだ。

 シャーロットとは違い、本当に幼い頃は病弱であったルーファスは婚約者がいなかった。これは他家の判断というよりも、キャンベル家の方針だったという調べがついている。長兄が家を継ぐため、病弱なルーファスの今後は軽視されたのだろう。

 そんな情報ばかり知っているシャーロットだが、面と向かって会っているはずのルーファスからは彼自身のことがほとんどわからない。

 今もまた、彼からの視線は感じているのだが、シャーロットが視線を向ければ逸らされることだろう。

 紅茶を一口、含んだシャーロットはほぅと吐息を溢す。

 それがため息だと気付いたのは、メイドのマーサと従者のエイダンだけだった。

 


 

「なんか、お嬢さまらしくないですよね」

「何がですか? エイダン」

「いや、何がって言われると難しいんですけど」


 ルーファスを見送った後、シャーロットは自室で休んでいる。

 慣れない相手との続かない会話、それも相手は自身の婚約者であれば、気が張り、その反動で疲れが出るのも当然だとマーサは考える。

 だが、エイダンは違うらしく片手を顎に置いて、なにやら頭を捻っている。

 聡明で気が利くシャーロットであれば、相手が誰であろうと物怖じせず、自身のペースに上手く会話を進めていけるはずなのだ。

 いつもとは異なる様子に戸惑うエイダンに、マーサは呆れたように腰に手を当てた。


「いいですか。お相手はご婚約者さまなのですよ? 今までの御方とは異なります。いつもと違っていて当然ではないですか」

「うーん、まぁ、そうではあるんですよ。じゃ、このままでいいのかって言うと違いますよね」

「……それは私も望んではおりません。ですが、お嬢さま自身の御心に私たちが踏み入ることは出来ませんよ」


 マーサの言っていることは正論である。

 侯爵家同士の婚姻は家の問題なのだ。

 いくら案じても使用人である立場で何かできるわけではないのだ。

 だが、そんなマーサの言葉にも動じた様子のないエイダンはまだ何やら考えている。


「……じゃあ、会話のきっかけを作るっていうのはどうですかね?」

「会話のきっかけ?」


 怪訝そうなマーサに、エイダンは名案を思い付いたかのように目を輝かせる。

 クセの強い髪の毛のこの少年は、父の影響で商売や市井の人々の視点も持ち合わせている。

 長い間、貴族の家に仕えている者とはまた違う発想を持っているのだ。


「また、あの御方の力をお借りするんですよ!」


 にやりと嬉しそうに笑うエイダンの表情は街の少年のように活発なものだ。

 戸惑うマーサだが、シャーロットのために出来ることであるならば彼女とて何かしたいのだ。

 得意げなエイダンのおでこをちょいと突きながら、その案に耳を傾けるマーサなのだった。



*****

 


「依頼? 私にですか?」


 氷の入ったグラスに熱い紅茶を入れると、小さな音を立てて溶けていく。

 今日も湿度があり、日差しも強い。

 カラコロとマドラーでかき混ぜながら、アイスティーをセドリックに差し出すとすぐにごくりと飲む。アイスティーはすぐに三分の二ほどの量になる。

 大事そうにアイスティーを飲んでいたバートが驚きの目でセドリックを見た。

 喫茶エニシにはエアコンがあるが、外を歩いてきたセドリックは喉も乾いていたのだろう。水のグラスが空であることに気付いたアッシャーがそっと水を注いだ。


「えぇ、以前トーノさまにご依頼を受けて頂いた侯爵令嬢であるシャーロットさまの元からの依頼なのです」

「あぁ、それじゃあまた卵を使わないお菓子とかお料理ですか?」

「そういったものなのですが、今回は別の指定もありまして……」


 突如、言いづらそうに口をもごもごとさせるセドリックに隣に座るリアムが呆れた視線を注ぐ。

 冒険者ギルドで話をしていたときは、リアムやシャロンがこの依頼の難しさを指摘したが、セドリックは豪快に笑い飛ばしていたのだ。

 そんな様子は一変して、言いづらそうにセドリックは話し出す。


「実はその……会話のきっかけになるような食事と言いますか、こう、会話が続く食事が良いらしいのです」

「……え?」

「いや、こうしてみますと、抽象的でなんとも伝えにくく……」


 そう、今回の依頼の難しさはなんとも具体的ではないことなのだ。

 「卵を使わぬ料理や菓子」これは条件が明確である。

 だが、会話というのはお互いの心や、周囲の状況、さまざまな要因が重なる。

 実際にシャーロットやその婚約者ルーファスと面識のない恵真に、会話のきっかけになるような食事を頼むのは流石にセドリックにも気が引けたのだ。

 しかし、恵真は興味深々といった様子でセドリックに視線を注ぐ。


「面白い発想ですね! 確かにお食事が美味しかったり、見た目が可愛らしいと会話も弾みますもんね」

「そうですか! そうですよね! ほら、見ろ。リアム!」


 恵真が興味を示したことで自信満々な様子で、こちらに胸を張るセドリックに先程以上に呆れた視線をリアムは送る。

 どうやら、恵真の関心を得られたようだが、可能かどうかはまた別問題なことに気付いてはいないのだろう。

 なんとも楽観的な冒険者ギルド長と、料理になると意欲的になり、無茶をする恵真の二人に、気を引き締めなければと思うリアムであった。

 

 


 


Twitterでも報告しましたが

私もハチミツ生姜、作ってみました。

もちろん、砂糖と水でも作れます。

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