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《1/15 小説3巻・コミカライズ1巻発売!》裏庭のドア、異世界に繋がる ~異世界で趣味だった料理を仕事にしてみます~  作者: 芽生


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141話 梅雨の季節と生姜の力 4


 窓の外ではしとしとと雨が降る午後、恵真はくつくつと小鍋で何かを煮込んでいる。今日もエアコンが稼働しているため、喫茶エニシの店内は涼やかである。

 小鍋のコンロは弱火にしてあり、恵真はまな板の上でトントンと生姜を刻む。

 今日はリアムにバート、ジョージとアメリアが訪れている。

 ジョージが依頼した生姜の調理を恵真が考えたと言う。


「で、こんな風にキャベツに人参、余った野菜でいいんですけど、食べやすい大きさに切ったら刻んだ生姜と塩を入れてよく混ぜ合わせ、冷暗所で一晩置きます……そして、完成です!」

「……え、それだけっすか?」

「それだけですね。あ、一晩置いたのがあるので食べてみてください」


 恵真は前日に漬けて置いたものを冷蔵庫から出すと小皿に盛って、皆の前に差し出すとアッシャーがフォークを渡していく。

 ちょこんと盛られた野菜は、極めてシンプルだ。材料も調理法も簡単で、決して華やかなものではない。

 そんな一夜漬けにバートがそっとフォークで取ると口に入れる。


「あ、歯ごたえが良いっすね。それにショウガが爽やかっす!」

「本当だね、見た目以上に味がしっかりしていてまた口にしたくなるよ」

「ピクルスとは違って酸味もなく、こちらの方が食べやすい者も多いでしょうね」


 シャキシャキとした歯ごたえと濃い目の塩気、そこに生姜のきりっとした味わいがまた一口と食べたくなるのだ。

 

「こいつは酒にも合うな」

「そうなんです。自然と水分が欲しくなるので、水分も塩分も補給できるかなって思います。お酒は駄目ですけど、麦茶にはぴったりですよ」


 昨年は麦茶とピクルスであったが、今年は麦茶と一夜漬けはどうだろうと恵真は考えたのだ。

 熱中症にならないためには水分だけではなく、汗で失った塩分も補給する必要がある。野菜を使ったものであれば胃の負担にもなりにくい。

 生姜には血行を良くする成分が含まれ、汗をかくことに繋がる。

 冷蔵庫のないマルティアでは保存に注意が必要だが、人数が多いためその日のうちに食べきれるだろう。


「生の生姜には一時的にですが、体温を上げて汗をかくことが出来るんです。本格的な夏を前に、汗をかくことは大事ですから。ギルドからの依頼ですし、私が作ったピクルスや一夜漬け、それに麦茶をバートさんが取りに来る形がいいですか?」

「トーノさまぁ! これでオレは筋肉たちの圧から逃れられるっす!!」

「あ、麦茶は自分たちで沸かしてくださいね。人数分は持っていけないでしょうから」

「了解っす! あぁ、助かったっす……」


 「差し入れの乙女」からの麦茶などを、期待している兵士たちからこれで逃れられるとバートは肩の荷が下りた思いだ。

 だが、ジョージは何やら思案顔である。

 

「生のっていうことは、火を通すと失われちまうってことか?」

「いえ、実は長い時間、生姜に火を通すと違う効果が出るんですよ」


 そう言って恵真は小鍋の様子を確認する。

 中には生姜とハチミツ、少量のレモンが入って煮込まれている。

 本来は砂糖で煮込んだ方が経済的なのだが、マルティアでは逆になる。レモンは柑橘類のトルートで代用が可能であろう。


「生姜を煮ると、より体を温めやすくなるんです。芯までぽかぽかに温まると思いますよ。煮込んだだけですので、誰でも調理出来ますし。あ、生姜は皮を取らないで使ってください」

「体を温めるっていうと、手足の冷えとかにもいいのか?」


 ジョージの頭によぎったのは旧友のエリックだ。

 妻の手足が冷えるとの相談をつい先日、聞かされたばかりである。

 ジョージの言葉に恵真は頷く。

 本来、ハチミツに生姜を漬け込むことでも出来るハチミツ生姜ではあるが、生姜と煮ているのはよりその効果を高めるためである。


「はい。これをカップに入れて、お湯を注ぐと生姜湯に。こんな風にグラスに入れて炭酸水を入れるとジンジャーエールっていう飲み物になるんです」


 恵真はマグカップにはハチミツ生姜と湯を入れ、グラスにはハチミツ生姜と炭酸水を加え、氷も入れる。

 あっという間に出来上がった二つの飲み物に、強い関心を示したのはジョージとアメリアだ。そんな二人に恵真は生姜湯とジンジャーエールを差し出す。

 二人は差し出された飲み物に口をつける。 


「ほぅ、ショウガの辛みとハチミツの甘みが意外と合うな」

「こっちのは辛みと爽やかさがあるね。酒に見えるのも面白いねぇ」

「えぇ、お酒にすることも出来ますよ」

「そりゃ、本当か!?」

「はい。お酒にも使えますし、料理に加えても風味が出ていいと思いますよ。生姜にはいろんな調理法があるんですが、まず簡単な方法から入った方が皆さん使いやすいんじゃないかな」


 恵真の言葉にジョージは強く頷く。

 調理法や食材は簡単で身近であれば試しやすい。

 今は調味料としてしか使われていない生姜を、食材にするには少量を使う飲み物や今まで通り調味料として使えるこの方法は受け入れやすいだろう。

 

「お嬢ちゃんの言う通りだな。こりゃいい、酒にも合うならアメリアんとこだってショウガを買うだろ?」

「そりゃ、買うさ。こんな風に目の前でさっと作られちゃ、その良さがわかるさ」

「詳しい作り方はギルドを通じてお教えしますね。ハチミツは1歳未満の子には控えることと、容器は消毒することとか色々あるので! あ、そろそろいいかな」


 恵真がキッチンの炊飯器を開けるとふわりと生姜の香りが広がる。

 生姜と炊き上げたご飯を蒸らしておいたのだ。

 恵真がバートとジョージに教えたのは、生姜の一夜漬けとハチミツ生姜だが、生姜の調理法はまだまだある。

 今日の恵真たちの昼食は生姜ご飯に豚汁、卵焼きに一夜漬けの予定だ。


「……お嬢ちゃん、そいつは俺らの分はあるのかい?」

「トーノさま……! ないんすか? オレらの分はないんすか?」

「生姜ご飯は皆さんの分、ありますよ。あ、このスープにも少し生姜を入れてもいいんですよ。生姜を大目に摂り過ぎるのも胃に負担が多いので、今回は入れてないんです」


 恵真の言葉の前半部分だけを聞いてジョージとバートが満足げに頷く。

 アッシャーとテオは手を洗いに、リアムは恵真を手伝おうと立ち上がる。

そんなリアムにアメリアは少し笑みを浮かべ、恵真は食事の準備に取り掛かっている。

 しとしとと降る雨とじめじめした空気に反して、喫茶エニシでは今日も穏やかな空気が流れていた。



*****


 

「報酬……多くないですか?」


 先日の恵真への二件の依頼の報酬を見て、シャロンは気付く。

 バートの依頼とジョージの依頼、どちらも恵真は成功したため、報酬が全額支払われる。それは問題ないのだが、その額が予定よりかなり多いのだ。

 だがセドリックは気にした様子もなく、酒樽の中のセドナ、タコに餌を与えている。昨年、海から連れてきたこのタコを可愛がっているが、シャロンや他のギルド職員からは大変不評である。


「そりゃ多いだろ。それでも説得した方だぞ」

「説得、ですか?」


 増やすように説得することがあっても、減らすように説得することはまずない。

 セドリックの言葉にシャロンは首を傾げるが彼の方は、何という事もない様子で彼女の方を振り向くと笑う。


「ジョージさんはああ見えて顔が広いうえに商売上手だ。そんな彼が納得し、満足できる商品をトーノさまが提供したんだろう。バートに至ってはあれだぞ、寄付だのお布施だの訳の分からんことを言い出す奴らをなんとか抑えたらしい。まぁ、気持ちはわかるがなぁ」


 シャロンの眉間の皺はさらに深くなる。セドリックの説明を聞いたが理解できたのは前半のみだ。後半の寄付だのお布施だのに関しては全くもって理解不能だ。

 だが、セドリックはそんな彼らの気持ちもわかるようでうんうんと頷いている。


「しかし、それ以外にも事情があってな。ハチミツショウガっていうのはどうやら冷え性にも良いらしい。それをエリック殿に渡したようでな」

「エリック殿というと、ご領主さまの不在の際に代行なさっている前ご領主の兄にあたる御方ですよね? どうしてそんな御方とジョージ氏が?」

「古い友人だそうでなぁ、愛妻家のエリック殿がえらく喜んでいるらしい。そちらからも頂けたそうだぞ」


 であれば、この金額にも納得が出来る。

 黒髪黒目の聖女と言われるトーノ・エマ。

 本人に自覚がないものの、彼女の行動はマルティアの街の食文化に大きな影響を与えているのだ。

 ギルドでのランクを上げる問題、今後の依頼への取り組み、彼女の仕事への意識も含め、一度話す必要があるとシャロンは考える。

 だが、シャロンには気がかりなことがある。


「……実際に行って入れなかったらどうしよう。でもジョージ氏も入れたわけだし、大丈夫よね?」

「お、セドナ! これが好きか。今度また、買ってくるからなー」

 

 小声で呟いたシャロンの不安は、セドナを愛でるセドリックの声でかき消されるのだった。



*****



「はいはい、麦茶とショウガのハチミツ煮っすよー。外国風のピクルスもあるっす! 好みの濃さに自分でするんっすよ」

「おぉ! 流石、バートだな!」

「差し入れの女神に感謝せねばならんなぁ」

「いやいや、まずオレに感謝するっす!」


 昨年と同じようにバートは麦茶を用意し、恵真から受け取ってきた一夜漬け、そしてハチミツの生姜煮をカップに入れて水を注ぐ。

 炭酸水ではないが、これでも十分に風味が楽しめる。

 それぞれに麦茶やハチミツ生姜ドリンク、一夜漬けを口にする。

 そんな中、ふと誰かがハチミツ生姜ドリンクの味に首を傾げた。どこかで似たような風味を味わった気がしたのだ。


「……これって、最近ホロッホ亭で飲んだジンジャーエールに似ていないか?」

「そういえば、炭酸は入っていないが似ているな」

「…………ってことはよ、俺たちの『差し入れの乙女』ってまさか」

「言うな! 俺はそんなことは信じないぞ!」


 筋骨隆々とした男たちが揉め出すのを、バートは穏やかな微笑みで見つめる。

 「差し入れの乙女」から熱中症対策の差し入れを無事に貰うことが出来た今、バートにはその後の揉め事は一切関係ない。

 その正体を知る者として、秘密は絶対に守るべきなのだ。

 大柄な男たちが騒ぐ様子をのんびり眺めながら、バートは麦茶を飲むのだった。


 

 じめじめとした湿度も雨が降るのも長くは続かない。

 今日はからりとした天候で日差しも強い。

 恵真から差し入れられた麦茶もハチミツの生姜煮、一夜漬けも熱中症対策に効果を出すだろう。

 ここマルティアの街でも、夏は徐々に近付いていた。

 


 

いいねや評価、ブックマークなどありがとうございます。

天候の変化は体調にも影響を与えますね。

皆さまもご自愛ください。


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― 新着の感想 ―
[一言] いつも楽しく拝読してます。蜂蜜生姜作りたくなったので明日材料買って帰ります!
[良い点] 登場人物に悪人がいないこと。 [気になる点] 喫茶エニシでは今回の生姜メニューを商品として出すのかしら? [一言] ホットはちみつ生姜を飲みたくなりました。 昨日の大雨と風、気圧の変化でガ…
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