140話 梅雨の季節と生姜の力 3
読んでくださり、ありがとうございます。
夕食を終えた恵真と祖母の瑠璃子は、今日の依頼について話し合う。
ジョージからは生姜の料理、バートからは熱中症対策の依頼が来ているのだ。
この二つの依頼は、同時に解決出来ると恵真は考えている。生姜に含まれる成分には血行を良くし体を温め、汗をかくものがあるからだ。
「生姜ね、いいんじゃないかしら。さっぱりしてるし、料理も色々作れそうね」
「でも、マルティアの人の生活に合う料理じゃないと、ジョージさんの仕事に効果がないんじゃないかな。結構、多めに仕入れちゃったみたいだから」
「でも、生姜なら調理しやすいんじゃない? 生でも火を通しても使えるもの」
瑠璃子の言う通り、生姜は生でも火を通しても食べられる。
そのため、料理の幅も広く使い勝手は良い食材なのだ。
ジョージの依頼である生姜を使った料理だが、バートの依頼である熱中症対策にもちょうどよい。麦茶は自分たちで沸かすだろうが、生姜を使った塩分を摂れる料理を恵真は考え中である。
風味も爽やかな生姜はこの時期にもぴったりなのだ。
「薬味って美味しいもんね。大人になるとその良さがわかるっていうか、生姜もだけどシソにミョウガ、すっきりさっぱりしていいよね」
「生姜は火を通すと辛みが減るし、調理するならそっちがいいかしらね」
「炊き込みご飯や炒め物、風味は残るけど辛みはかなり減るもんね。あ、バートさんたちには漬物に生姜を入れてみようかな」
食後というのに料理の話で会話は弾む。恵真も瑠璃子も料理をするのが好きなのだ。生姜という一つの食材でも、どんな料理が出来るのか会話が広がっていく。
そんな二人を気にした様子もなく、クロはごろんとお腹を出して寛いでいる。
除湿の効果もあり、蒸し暑い夜も快適に過ごせるのだ。
「あら、さっぱりしていいわね! 私も食べてみたいわ」
「あぁ、じゃあ今のうちに作っておくね。明日の朝、ご飯と一緒に食べようよ。ご飯にお味噌汁に一夜漬け、さっぱりしてていいね」
「白いご飯にお漬物は合うものねぇ、楽しみだわ」
明日も朝から蒸し暑い日になることだろう。
湿度の高い天候が続く中、明日の朝食に楽しみが出来たと瑠璃子は喜ぶ。
自分が作ろうとする一夜漬けの漬物に喜ぶ祖母の姿に、くすぐったい思いをしつつ、恵真はキッチンへと向かうのだった。
*****
「ジョージ。やっぱり最近、妻が冷たいんだよ」
「ほー、そりゃ大変だな。で、何を買う?」
そう答えたジョージはつい最近、同じような会話をしたことを思い出す。
同じ会話をしたのはこの間、生姜の話をアッシャーとテオにした日である。
あのときと同じようにのろけを聞かされるのかとげんなりした表情で、ジョージは古い友人の顔を見る。だが、当の本人は真剣に悩んでいるようで眉間には皺が寄るっている。
「エリック、お前んとこの夫婦関係にゃ、そんなにヒビが入ってんのか?」
ジョージも友人の様子に流石に心配になる。
だが、案じたジョージにエリックと呼ばれた男は眉間にさらに皺を寄せる。
予想していない反応に首を傾げるジョージにエリックは肩を竦めた。
「ジョージ、僕の家庭は円満そのものだよ。だからこそ、こうして悩んでいるんじゃないか」
「あぁん? だってお前、妻が冷たいだのなんだのってぼやいてるじゃねぇか!」
「そう、僕の妻はね、最近体が冷えるそうで見ていられなくってね。冬でもないのに手足が冷えて眠れないというんだよ。そんな様子を見ているのが可哀想でね」
深刻そうに嘆くエリックだが、ジョージはげんなりとした表情を浮かべる。
奥方の手足が冷える。愛妻家のエリックにとっては悩みだろうが、ジョージからすれば重大な問題には思えない。
夫婦関係が冷え切っているのかと案じていた反動もあって、ジョージは素っ気なく対応をする。
「なんだよ、やっぱりのろけじゃねぇか。さぁ、帰った帰った! 俺んとこは野菜を売るのが仕事なんだ。愚痴ものろけも買いはしねぇ」
「ジョージまで冷たいのかい。僕は真剣に悩んでいるんだ。もちろん、解決方法にはきちんと見返りを出すよ」
そんなエリックの言葉に一度背中を向けたジョージがくるりと振り返る。
気持ち表情が柔らかくなっているのはエリックの気のせいではないだろう。
「おっと……それじゃ、お客さまじゃねぇか。そういうことは早く言ってくれねぇとよ。まぁ、その辺に座れや」
「うんうん、実に現金だね。しかし、わかりやすい君のことが僕は好きだよ」
置かれた椅子にエリックが座ると、ジョージは木箱に腰掛ける。
ジョージの目がエリックを捉えた。長年の付き合いだが、仕事となるとこの男は信頼が出来るとエリックは思っている。
商業ギルドの前ギルド長であり、小さく見えるこの店は野菜を中心に多様なものを販売している。入手しにくい素材や食材も、彼の伝手を使えば入手しやすいのだ。
「で、体が冷えて悩んでいるってことだな」
「そうなんだ。このところ、蒸し暑い日が続くが時折、雨が降ったりと天候も変わりやすいだろう? 元々、その影響を受けやすい方ではあったんだが、眠れないくらいに手足が冷えると言うんだよ」
「何か、足に巻いたりかけてもダメなのか?」
ジョージの言葉にエリックは首を振る。
あまりに手足が冷たい妻に病気ではないかと医者を呼び寄せたのだが、体温が低いくらいで何の問題もないと言う。
だが、実際に妻は足の冷えがひどく眠れないことも頻繁にある。
エリックとしては不安になり、旧友のジョージに相談を持ち掛けたのだ。
「俺にも今は、特に思いつくこたぁねぇんだけどよ。もし何か気付いたり、誰かに情報を得たら、お前に報告すりゃいいな」
「あぁ、助かるよ。君はこう見えて、顔が広いし情報も集まるからね」
「……こう見えては余計だがな」
訪れたときより、表情を明るくしてエリックは帰っていく。
その後姿を見送りながら、さてどうしたものかとジョージは頭をひねる。
病気であるならば治療法を探るが、医師の診断ではその様子はないらしい。
だとすれば、どんな可能性があるだろうか。これは魔道具や薬草の出番になるかと思うジョージだが、薬師ギルドと商業者ギルドの関係は決して良くはない。
価値観の違いというか、相性の善し悪しというか、それをお互いに自覚しているのでさらに距離が開くのだ。
「ま、なんとかなるか。いざとなったら、レジーナにも相談すりゃいい」
今すぐに答えを出すのは難しいとジョージは、考えるのを後回しにする。幸い、現商業者ギルド長は娘レジーナである。クールに見える娘はああみえて面倒見が良い。きっと何か良い方法を思いつくだろうと、良く言えば大らかに、悪く言えば大雑把に考えたジョージは旧友の相談を頭の片隅には入れておくのだった。
*****
マルティアの天候は今日もあまり優れない。
朝から雨が降り続き、湿度も高い上に、舗装のない道は泥でぬかるむ。
そんな日に人が飲みに出歩くことはなく、ホロッホ亭は今日も客が少ない。
「毎回、この時期は仕方ないってわかっているけどさ。それでもやっぱり気が滅入るもんだね」
アメリアの言葉にリアムは困ったように笑い、肩を竦める。
足場の悪い中、出歩くには些か気が重いのはリアムも同じだ。彼もまたこのような日は客も少ないだろうと、アメリアを気にかけて敢えて足を運んだのである。
予想通り、ホロッホ亭としてはめずらしく客の入りが少ない。
そんな客のテーブルにあるのは、果実のサワーだ。
昨年、恵真がアメリアに教えたのが今も好評らしい。
「ルルカの実もトルートの実のものも、どちらも人気のようですね」
「あぁ、お嬢さんが教えてくれた果実のサワーは人気だよ。特に暑くなるこれからの季節には良く出るんだ。お嬢さんには感謝しきりだよ」
果実のサワーは新鮮な果実と蒸留酒、そして風の魔法使いが作る酒風水で作られる。長い間日の目を見ることのなかった酒風水は、果実のサワーによって活用されるようになったのだ。
「ギルドを通して、また何か依頼してみようかね」
「……今は多忙かと思います。ちょうど、ジョージ氏の依頼とバートからの依頼があるので時期をずらした方が良いかもしれません」
「そうかい……そりゃ、忙しいねぇ。フライドポテトの件もあるし、お嬢さんは注目株だもんね」
冒険者ギルドに所属している恵真だが、薬師ギルドではサイモンから、商業者ギルドからはレジーナが彼女を気にかけている。
フライドポテトの成功で、その名はさらに知れ渡ったであろう。
だが、相変わらず裏庭のドアは厳重な魔法がかけられており、安全な者しか喫茶エニシに足を運ぶことが出来ない。
おまけに魔獣であるクロがいるため、危険はないのだが、どうにも恵真は危なっかしいのだ。
「……ご本人にはその自覚がないようで、少し不安なのですがね」
「不安なら、ちゃんとしないといけないんだよ。坊ちゃん」
「えぇ、警護の方は任せてください」
「……自覚がないのはお嬢さんだけじゃなさそうだね、こりゃ」
ぽつりと溢したアメリアの声は外からの雨音にかき消される。
まだまだ降り続くだろう雨を見る限り、今日の来客には期待が出来ないだろう。
色々な思いを込めて、アメリアはふぅとため息を溢すのだった。
沖縄が梅雨入りしたようですね。
湿度の高い日や暑い日など変わりやすい天候です。
体調などお気をつけください。




