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《1/15 小説3巻・コミカライズ1巻発売!》裏庭のドア、異世界に繋がる ~異世界で趣味だった料理を仕事にしてみます~  作者: 芽生


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139話 梅雨の季節と生姜の力  2


「……頼めないっす。オレには無理っす」

「引き受けねば良かっただろうに」


 ホロッホ亭のカウンターでバートがリアムに愚痴る。

 こう見えて意外と繊細で気にするバートは、恵真に頼むのが気が引けるようでこうしてリアムにぼやいている。

 水分と塩分の補給が大切だということは昨年学んだ。にもかかわらず、今年も恵真に頼るのは迷惑ではないかとバートは気にしているのだ。

 

「ギルドを通すとか、代金をきちんと払うとか方法があるだろう。そうすれば、トーノ様にとっても仕事として受けるか受けないかの選択が出来て負担が減る」


 せめて代金を払えば、バートも気も楽になるだろうとそう言ったリアムだが、バートは首を振る。もう既にそのための金銭は集まりつつあるのだ。

 バートが頭を抱えているのは恵真の仕事を増やして悪いという思い、そしてもしも断られたらという恐れだ。


「代金どころかお布施まで集まってしまいそうな雰囲気なんすよ……。そんな中、断られたら! これ、トーノさまに断られたら、オレどうなるんすかね?」

「知らん」

「まったく、天気もバートもじめじめするんじゃないよ!」


 嘆くバートをアメリアが一喝する。

 他の客への迷惑になりそうなものだが、今日はめずらしくホロッホ亭はいつもの活気がない。

 蒸し暑い日が続き、あまり人が出歩かないのだ。

 飲み物も酒類より、風の魔法使いが作った酒風水を使った果実のサワーが良く出ている。爽やかな喉越しが人気で、酒にあまり強くない者には酒を入れずに作ることも出来るのだ。

 もう少し、サワーに力を入れてもいいのではとアメリアは考え始めている。


「ううっ、二人とも他人事だと思って!」

「他人事だものさ」

「くっ! オレは勇気を出すんす!」


 リアムは内心では恵真は断らないだろうと予測している。

 仕事として、というよりも恵真が料理をすること、それ自体を楽しんでいるからだ。しかし、ここで推測した答えを勝手に口にすることは気が引けた。

 バートに期待させるべきではないし、何より彼が気にするように恵真に負担をかけるのも事実であるからだ。

 エールを一口飲んだリアムは、意外と繊細なバートの背中をぽんと叩いて応援をするのだった。



*****


 

「あ、いいですよー」

「え、本当っすか!?」

「はい。ギルドを通してもいいですし、どちらでも大丈夫ですよ」


 必死の思いでバートが口にした頼みを、特に気にした様子もなく恵真は引き受ける。あまりの気軽さにバートは肩を撫で下ろす。

 喫茶エニシはエアコンの除湿機能のせいか、外ほどじめじめとした空気ではない。快適な室内で、リアムは紅茶を、バートはアイスティーにハチミツを入れて飲んでいる。

 恵真は知らないことだが、ギルドを通して依頼を受け、成功させれば所属する者の信頼は上がっていく。おそらく、恵真の評価も今までの依頼の成功で上がっているはずだ。


「羽が生えたように心が軽いっす……!」

「おおげさですねー。あ、でも麦茶を入れるバートさんが大変じゃないですか?」

「そんな心配をしてくれたのはトーノさまだけっす!」


 恵真の言葉に大げさにバートは口元を押さえてみせる。

 間接的にバートの心配をしなかったと言われているリアムは気にした様子もなく、紅茶を口にする。そもそも兵士である彼ら自身の問題なのだ。バート達が皆で話し合って解決すべきだろう。

 リアムは浮かれるバートではなく、恵真に話しかける。


「こちらは涼しいというか、湿度が気になりませんね。これも魔道具の効果なのでしょうか」

「あぁ、気付きましたか? そうなんです。最近、じめっとしているので除湿をかけているんですよ」

「除湿の機能まであるのですか……」


 冷暖房の機能だけではなく、湿度も変えられる魔道具にリアムは驚く。

 そんな魔道具の側では魔獣であるクロはすやすやと眠っている。クロは部屋の中で最も過ごしやすい場所を見つけるのが上手いのだ。

 アッシャーとテオは窓際に立ち、レースのカーテンの隙間から歩いている人がいないか確認している。じめじめとしたこの時期、出歩く人が減っていることはどこの店にも少なからず影響を与えていた。


「ホロッホ亭では果実のサワーが良く出るそうですよ」

「爽やかな味が好まれる時期ですよね。蒸し暑いですし」

「そうっすよね。オレもここに来たら最近はアイスティー一択っす!」


 バートはカラコロとマドラーで氷を回す。

 水滴のついたグラスとアイスティーの色合いは涼やかだ。

 だが、そんなバートに恵真から衝撃の一言が告げられる。


「でも、蒸し暑いからといって冷たい飲み物や食べ物ばかり摂るのも良くないんですよ。体が冷えちゃいますからね。汗をかかないと、体温調整が上手くいかないんです」

「なあっ! 本当っすか!!」

「冷たい物の摂り過ぎは良くないかと。アッシャー君とテオ君には麦茶やほうじ茶を出すことが多いですね」


 本格的に暑くなる前の蒸し暑さが続くこの時期、体調を崩しやすくもなる。子どもであるアッシャーやテオには、体のことを考えてカフェインが含まれない麦茶やほうじ茶を出すことが多い。

 無論、一杯二杯冷たい飲み物を取ったとしても、大きな害はない。

 だが、積極的に体を温める物を摂ることで冷えにくい体質に繋がるのだ。


「む、麦茶は冷たくってもいいんすね?」

「はい、あ! 冷たいものを摂り過ぎるのが良くないっていうだけですよ? 常識の範囲で飲むなら問題ないですから。むしろ、水分は積極的に摂ってください」

「そ、そうっすよね! 熱中症対策には水分と塩分すよね?」

「はい。水分だけでなく適度な塩分を摂ったほうがいいんです。でも、汗をかかないこの時期の問題もありますよね……」


 そう呟いた恵真は少し考え込んだ様子だ。料理になると夢中になってしまう恵真の性格を知っているリアムとバートの二人は、紅茶とアイスティーをそれぞれ口にする。

 

「あ、生姜! ちょうどジョージさんからギルドを通じて依頼を受けたんです。その料理を夏の前のこの時期に合う、そんな料理にしてみようかな」

「あぁ、セドリックから伝わっていたのですね。ですが、バートの依頼と共にでは大変ではありませんか?」

「え!! じゃあ、オレの依頼はない方が……?」


 セドリックが先日、ジョージからの依頼を伝えに訪れ、恵真はそれを快諾した。生姜を使ったマルティアにも合う料理を恵真は考え中なのだ。

 そこにバートの件、喫茶エニシでの仕事があるのでは恵真の負担になるのではとリアムは考える。

 だが、恵真はにこりと笑う。生姜を使った料理であれば、夏を迎える前のこの蒸し暑い日にも、熱中症対策にも良い料理が作れると考えたのだ。


「生姜は体を温める食材なんです。だから汗をかくようになりますし、汗をかくことで暑い日に必要な体温調節が出来る……ちょうどぴったり合うんです」


 生姜に含まれる成分は体を温め、発汗作用がある。汗をかくことで体の熱を逃すことが出来るのだ。

 まだ、蒸し暑いこの時期に体が上手く順応出来ない人には合うだろう。

 恵真は熱中症対策に生姜を活かそうと考えたのだ。


「なるほど、それならば一つの食材で二つの依頼に合うのか……」

「ううっ、良かったっす! トーノさまに断られたらどうなることか……一瞬で飛び散った心の羽が今、また舞い戻った感じっす」

「もう、バートさんは大げさなんですから」

「……大げさじゃないんすよ、筋肉の圧が凄いんすよ」


 バートの言葉に不思議そうな恵真だが、気にする必要はないとリアムが首を振る。

 恵真の回答で一喜一憂が激しいバートだが、どうやら今は安堵しているらしい。

 さっぱり事情が分からぬ恵真であるが、自分の料理が喜ばれることには変わらない。喜んだり落ち込んだりと忙しいバートの横で、リアムは気にした様子もなく紅茶を飲む。

 

「あ、お客さまが来るみたいだよ」


 レースのカーテンの隙間から覗いていたテオが声を上げる。

 サッとカーテンから出ると、アッシャーもテオもすました顔で客を出迎える準備をする。その変わりようにくすりと笑う恵真もグラスに氷を入れ、水を用意した。


「お! ここは蒸し暑くないな」

「本当だ、流石だな。それに氷が入った水だろ? ありがてぇなぁ」

「いらっしゃいませ。どうぞ、お好きな席にお座りください」


 エアコンの効果で蒸し暑さのない喫茶エニシの店内に、驚きの声を上げて客たちは席へと向かう。

 湿度の高い蒸し暑い天候は、日差しの強い夏とはまた違った疲れが出る。日差しが少ない分、熱中症への意識が薄いのも原因で体調を崩しやすいのだ。

 清涼感のある生姜の風味はもちろん、成分も汗をかくのにも効果的でこの時期にもいいだろう。

 ジョージが試作用にと持って来た生姜は十分にある。

 マルティアのこの季節に合う生姜の料理を考え、自然と口元が緩む恵真であった。

 

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