136話 リリアのパンとその未来 2
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「転生令嬢の甘い?異世界スローライフ」再開しました!
「あれ、めずらしいっすねー。これはどこのパンっすか?」
昼食後の人気の少ない時間に尋ねてきたのはリアムとバートである。
アッシャーとテオは食器を片付け中で、恵真はそんな二人の昼食を準備中だ。
そんな恵真の作業をリアムは興味深げに見つめている。
「リリアちゃんのお家のパンです。あ、ジャムがありますから塗って食べますか? 酸味があるし、ピクルスやジャムにも合いますね」
「あー、人気あるんすよ、あそこのパン。それに忙しい朝はパンが良いっすよね。マルティアではパンは日常的な食べ物っすからね」
「そうなんですか、人気なんですね……」
であれば、リリアが悩む必要もなさそうな気がするが、商売を長く続けてきたのはリリアたちである。何かそう感じる理由があるのかもしれないと、恵真は作業を続ける。
今日の昼食はおにぎりと味噌汁である。あとは少し甘めの卵焼きに、ほうれんそうのお浸しという、至って普通で馴染み深いものだ。
先程から恵真はおにぎりを握り、その作業をリアムが興味深げに眺めている。
「なるほど、今この国で普及し始めたコメとは異なり、粘りがあるのでこうして形を作ると携帯しやすいのですね」
「あ、そうなんです。昔はお米を蒸して、乾燥させたものを携帯食にしていたそうですよ。旅の途中などには水に浸して、また食べていたそうなんです」
「携帯する形は時代と共に変わっていったのですね。先人の知恵が生かされて、今に至っているのか……」
恵真にとっては幼い頃から親しみのある米であるが、こちらの国ではまだその調理法も含め、模索中である。米粉としての使い方を恵真がアルロに教えたが、それがこの国でどう変化し、広がっていくかはまだ未知数でもある。
恵真が暮らす世界でも食の多様化は進み、米が以前ほど食べられていない現状もあったりと、時代の流れで食文化もまた変化していくのだ。
「じゃあ、私もお昼にしようかな」
そう言って恵真も座って、おにぎりを一口頬張る。
自分で作ったおにぎりということもあり、特別な思いがあるわけではないが、白く甘味のある米は噛めば噛むほど甘味が出る。
具の塩気のある焼鮭のしょっぱさが良いアクセントとなり、更にもう一口と食べ進められる。甘みと塩気、外側に振った白ごまのプチプチ感、もちもちとした米の食感にどこか懐かしさを感じつつ、恵真はおにぎりを食べ進める。
その合間に味噌汁を口にすれば、味噌と出汁の風味にどこか安心し、ほぅっと恵真は息を吐く。
「…………」
「…………トーノさま、なんかオレも腹減ったっす」
「バート! ……気持ちはわかるが」
どうやら、恵真たちが食べている姿にリアムやバート達も関心を持ったようだ。
ちょうど他に客はおらず、賄いとして出したのだが、二人にとっても興味深いものだったようだ。
もぐもぐと口を動かしていた恵真は、口の中の食べ物がなくなると慌てて二人に話しかける。
「あ、もしよかったらお二人も召し上がりますか? その、そんな特別な食事でもないんですけど」
「召し上がるっす! トーノさまにとって特別じゃなくってもオレらにとっては十分新鮮っすよ」
「催促したようで申し訳ありません。お気遣いに感謝致します」
バートは嬉しそうに笑い、リアムは少し恐縮したように言うが、恵真としても自分に馴染みあるおにぎりという文化に興味を持って貰えたことが喜ばしく思える。
早速、キッチンへと向かおうとする恵真を慌ててリアムが止める。
「トーノさまのお食事が終わってからで充分ですから!」
「いやいや、すぐですから! ぱぱぱっと作れるのがおにぎりの良いところなんですよ! 皆で食べた方が美味しいですし! はい、リアムさんも席に着く!」
「…………わかりました」
「ふはは、トーノさま料理になると意志が強いっすよねぇ」
半ば強引にリアムを椅子に座らせた恵真はキッチンへと向かう。
炊き上げた白い米を見たテオが不思議そうに恵真に尋ねる。
「エマさん、お米は全部真っ白なの?」
「確かにエマさんの米は白いもんな」
先程、恵真が米を研いだり、おにぎりを握っている姿を見ていたテオはその色に興味を抱いたらしい。アルロの米も精製されたものを輸入しているため、米が全て白いものかと思ったようだ。
「ううん、真っ白じゃないお米もあるよ。これは白くってもちもちのお米だけど、茶色いお米もあってむちむちっとした食感があって美味しいし、健康的なんだよ」
恵真の言葉にリアムやバートも興味を抱いたようだ。
この国では白いパンなどが好まれ、黒パンなどはあまり評価が高くない。貴族は白パンやバターを多く使ったパンを食べ、平民は黒いパンを食べる。
文化的背景が先入観を生んでしまって、実際よりも低く評価されている黒パンの今後をリリアが案じるのもそんな理由があるのだろう。
「コメも柔らかく甘味が強い方が好まれるものかと思っていました。ここマルティアでは油分や白いパンが好まれる傾向にあるので」
「確かに私が住んでいた国でもかつては同じでした。白い米が最も良いとされ、それを食べることが憧れだったり。でも精製されていないお米の良さに、気付いていなかったからでもあるんですよ」
「精製されない良さっすか?」
日本でも白米を食べることに庶民が憧れた時代もかつてあった。
そのため、マルティアの人々が白いパンに憧れる状況は恵真にも理解できる。だが、恵真が薄力粉をこの国に広げようとしない理由は彼らの食生活にある。
「白いお米が普及して、皆がお米を中心に食べていた時代にある病気が流行ったんです。それまでは精製されていないお米を食べていたため、自然と補えていた栄養が白いお米になって摂れなくなったことが原因で広がってしまったと聞いたことがあります」
「え、それってどうやって解決したんすか?」
「食生活を見直したり、コメを精製する前に戻したのでしょうか?」
恵真の言葉にバートもリアムも驚き、慌てる。米とは異なるが同じことがパンにも言えるかもしれないと気付いたのだ。
恵真が言う白米の普及に伴い、流行った病とは脚気である。
今よりも米を中心としてきた食事の中で、玄米などでビタミンB1を補えていたものが白米中心とした食生活となり、それらの栄養素が不足し、病が蔓延したのだ。
「いえ、それ以外の栄養をきちんと摂ることで解決しました。野菜や肉、豆なども積極的に食べることで、必要な栄養を十分摂れるんです。だから、野菜も食べなきゃダメなんですよ? バートさん」
「なんか、それを聞いたら急に怖くなってきたっす……」
肉や野菜、豆など必要な栄養素を十分に摂ることで、脚気の問題は戦後に解決された。食生活は身近なものでありながら、健康に大きくかかわってくるのだ。
近年、玄米や全粒粉などが健康的だと見直されてもいる。
無論、バランスの良い食事を摂れば、白米や薄力粉でも問題はないのだが、ここマルティアでは現状は豆や野菜は肉より価値が低い扱いだ。
恵真の言葉にリアムは深刻そうな表情に変わる。
「もしかすると肉ばかり好むのも害があるのでしょうか」
「そうですね、脂質を摂り過ぎるのも良くはないですね。いろんな食品をまんべんなく摂った方が健康的じゃないかな……って私も専門家じゃないんで、あまりしっかりとした知識ではないんですけどね」
三角に握ったおにぎりに白ごまを振りかけ、完成させた恵真は何気なく話している一方でリアムは真剣にその話に聞き入る。
喫茶エニシ開店当初から、マルティアの人々が肉を好むことを気にかけたり、野菜や豆を摂ることを薦める恵真の熱心さは、主食であるパンの変化を案じてのことではないか。リアムはその可能性に気付いたのだ。
「……つまり、白いパンも白い米と同じことが言えますか?」
「黒いパンと肉やスープだけ、そんな形の食事をしている場合は、無自覚にパンでビタミンやミネラルに食物繊維、必要な栄養を自然に補えている可能性が高いと思いますよ」
肉や野菜など十分に摂れる環境でなければ、精製されたパンばかりを好むのは芳しくない。高位貴族は十分な栄養を摂ることが出来るが、現状のマルティアで白いパンのみが普及すれば、健康を害する者が現れる可能性も高いだろう。
それを見越した恵真は豆や野菜の普及に力を入れてきたのだ。リアムもバートも恵真との会話から、そのことを悟る。
だが、実際の恵真の考えはもっとシンプルなものだ。
豆や野菜、せっかく栄養もあって入手しやすい食材の本当の良さが知られていないまま、軽視されているのはもったいないではないか。
「あ、でも野菜や豆、余り肉など満遍なく食事を摂れば、そんなに気にすることではなくなりますよ! もちろん、リリアちゃんの家のパンも健康的ですし、皆さんに愛されてるみたいなので変える必要はないですよ。はい、出来ました!」
そう言って笑う恵真はおにぎりと味噌汁を二人の前に差し出す。ふっくらとしたおにぎりに湯気を立てる味噌汁は素朴だが旨そうである。
気負った様子もなく、周囲に変化をもたらす恵真の行動や考えは興味深い。
「久しぶりにおにぎりを作って、私もその良さに気付いたんです。身近過ぎると気付かないこともありますよね」
日頃、知っているものだからこそ、先入観が働き、良さを見逃している。そんな可能性もあると恵真は思うのだ。確かにパサつきや酸味も目立つが、栄養価の高さや滋味深い味、保存が白パンより効くなど利点も多い。
リリアにとって大切なパン、その良さをどうやって伝えたらいいかと考え始める恵真であった。
関東では焼き海苔、関西では味付け海苔
おにぎりに使う海苔も違うそうで…
焼きおにぎりではなく、味噌をそのまま塗ったりと
ご当地によっておにぎりも違いますね。




