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《1/15 小説3巻・コミカライズ1巻発売!》裏庭のドア、異世界に繋がる ~異世界で趣味だった料理を仕事にしてみます~  作者: 芽生


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134話 端午の節句と自分の居場所 4

いつも読んでくださり、ありがとうございます。

お楽しみ頂けたら嬉しいです。



 恵真が用意したメイン料理はリアムが持って来た赤身肉を使ったローストビーフ、バートが釣った白身魚を丸ごと使い、野菜と煮込んだものである。

 そこに祖母が作ったアスパラガスとベーコンのパスタや新玉ねぎのサラダなど旬の食材を小鉢に入れたものなどが並ぶ。パスタは小麦粉や卵を使うため、恵真たちは気付いてはいないが注目を集めている。

 

「オレが釣ったんすよ? なかなかの大物なんすよね!」

「凄いね、バート!」

「まぁ、オレの腕をもってすればこれぐらいはそう難しくはないっすね」

「本当よねぇ、じゃあこれからもバンバン釣ってきて頂戴ね!」

「え、いや、そのっすねぇ……まぁ、オレの腕をもってすれば? そんな難しくはないんすけどねぇ。ご期待に沿えるよう、今後も腕を振るっちまいますかね」


 釣りの腕を自慢するバートには、アッシャーの素直な称賛と瑠璃子からの今後の期待が寄せられる。その言葉に悪い気はしないようで、バートは少し得意げに笑う。赤茶の髪を照れくさそうに掻く姿からも明らかだ。

 そんな瑠璃子たちの近くでテオが自慢げにテーブルの上を指差す。


「これね、バゲットサンドだよ。新しいので人参がたくさん入ってるんだ」

「このバゲットサンドでテオは人参を食べられるようになったのね」

「違うよ、前から食べられてたもの。で、たくさん食べられるようになったのがこのバゲットサンドのおかげなんだよ?」


 このバゲットサンドの前から、テオは少しだけならば人参を食べられていた。ハンナからすればこのバゲットサンドがきっかけになったのだから、些細な違いだが、テオにとっては全くもって違う。

 もともと自分は人参を食べられてはいたと主張する姿が微笑ましい。

 自分でも気付かないうちに、小さなことでも子どもたちは成長しているのだ。

 

「アッシャー君、テオ君。ホットケーキを焼くから見てみる?」

「はい! テオ、見に行こう!」

「うん。 お母さん、行ってくるね!」


 恵真がホットケーキを焼こうと、アッシャーたちに声をかける。ホットケーキを焼くなら、見てみたいと二人に言われていたのだ。

 初めて出会った日も同じように恵真がホットケーキを焼く姿を見ていた。

 同じように今日もアッシャーとテオはそんな光景を見てみたかった。

 そんな二人の息子の背中を見つめながら、ハンナは思う。


「本当にあっという間に成長していくものなのよね」


 この喫茶エニシという場もまた、息子たちの居場所であり、それは彼ら自身が見つけ出したのだ。成長していく息子たちに少し寂しさも覚えつつ、それ以上に喜びをハンナは感じる。

 今日この場にいる人々は、親である自分以外にも彼らの成長を見つめてくれる人々なのだ。

 子どもの成長を祝う会を開こうとした恵真と瑠璃子、そしてここに集ったリアムたちもまた、アッシャーとテオの成長を願う人々である。

 自分で全て背負おうと必死であった頃とは違う光景が、今この場にはある。

 一年程ですっかり変わった子どもたちとハンナ自身に、驚きと喜びを感じるハンナを眺めながら瑠璃子が微笑む。

 彼女もまた同じように頑なに自身で全てを解決し、背負うとした時期があった。

 

「誰かに助けて貰うことは悪いことじゃないのよね。もし、そう思うのならばいつか誰かに返せばいい。私はそれに気付くのに時間がかかったけど、彼女は違うわ」

「んみゃう」

「ふふ、何よ。わかった顔をして。あ、違うわよ。それとこれとは別でアッシャー君とテオ君が優しい子だから、二人との時間を楽しんでるんだからね?」

「みゃうみゃう」

「あら、そう。クロも同じなのね、ふふ」


 アッシャーとテオを見守るように、母として抱え込むハンナを案じる者もいる。

 ハンナがそんな瑠璃子の思いに気付くのは、いつか過去を振り返ったときであろう。そして、いつかハンナも誰かにその思いを返す日が来るはずだ。

 まだ若いハンナの横顔を、瑠璃子は孫を見るような思いで見つめるのだった。



*****



「いやぁー、いろんな飯があるっていうのに相変わらず携帯食っすか?」

「悪い? これがボクの食事だから」


 いつものソファーに座るオリヴィエの隣に無遠慮にバートが座り、話しかけてくる。オリヴィエの前には携帯食、そして恵真が作ったポタージュがある。

 ゴリゴリと携帯食を齧るオリヴィエは、アッシャーとテオの様子をじっと見つめる。


「誕生日とかこういう祝いってボクには関係のない感覚なんだよね。あっという間に時間は過ぎていくからさ」

「んー、じゃあこの一年もあっという間でいつもと変わらない年だったんすね」


 バートの問いかけにむっとしたように拗ねた表情を見せて、オリヴィエは何も答えない。素直なのか素直でないのか、判断に悩むがわかりやすいその反応にバートは少し口元を緩める。


「……いいじゃないっすか。こんなに賑やかにたくさんの人に祝われる。血の繋がりも関係ない人たちがこんなに思ってくれるんすよ?」

「……そうだね。それにはボクも賛同するよ。彼らは愛されてるね」


 今日の祝いはアッシャーとテオ、そしてオリヴィエのためである。それをリアムたちからも伝えられてはいるが、自身が同じように祝われているという感覚は薄いらしい。

 敢えてそこを指摘しないバートだが、オリヴィエに気付いてほしいという思いがある。余計なお世話であることは重々承知の上だ。

 バートが気付いたのは失った後だったのだから。


「居場所って言うのはいくつあってもいいもんすよ?」

「は? 何の話さ」


 バートは頭の後ろに腕を組み、ゆったりとソファーに身を委ねた。

 キッチンでホットケーキ作りをする恵真とそれをじっと見ているアッシャーやテオがいる。その近くではハンナと瑠璃子が微笑みながら、それを見つめる。セドリックがもしゃもしゃ食べる横で、リアムはオリヴィエの様子を気にかけている。

 そんなリアムの視線にオリヴィエは気付いてはいないだろう。


「子どもでも大人でもおんなじっす。なくなってから気付くんじゃ、遅すぎるし悲しすぎるっすからね」

「だから! 一体何の話をしてるのさ?」


 タンとソファーから立ち上がったバートは、わしゃわしゃとオリヴィエの髪を撫でる。撫でるというよりかき乱したという方が適切だろう。

 後ろを振り返ったバートは笑いながらオリヴィエの目を見る。


「ま、大人になればわかるっすよ」


 そう言ってバートが良い香りがし出したキッチンへと向かう。

 恵真が焼いたホットケーキがちょうど焼きあがったのだ。

 わしゃわしゃとかき乱された髪を整えながら、頬を赤くしてオリヴィエはバートに呼びかける。


「ちょっと待って? ボクはねぇ、君が思うよりもずっと大人で……!」

「知ってるっす。それを含めたうえで子どもだなって話っすから!」

「な! ちょっと、納得できないんだけど!?」


 バートの発言に苛立ったオリヴィエはその後ろに続き、皆がいる方へ歩みを進める。そんな様子にリアムは呆れたようにバートに視線を移す。

 何を話したかはわからないが、バートの挑発にオリヴィエは簡単に乗ったらしい。

 成功したのを笑って知らせるバートに、ふぅとため息を吐くリアムだが、彼にしかできない方法でオリヴィエをこちらに連れてきたことは評価できる。

 子どもの日を祝う会、これはアッシャーとテオ、そしてオリヴィエのために開かれたのだ。

 ふっくらと焼きあがるホットケーキを興味深く見ていたアッシャーとテオが、オリヴィエのことを呼び寄せる。不承不承といった様子を見せるオリヴィエだが、その表情はどこか柔らかだ。

 少年でも大人でもないオリヴィエは、ここ喫茶エニシではどこまでも素直でそのままの様子を見せる。アッシャーとテオ同様、彼もまたここでは子どもとして扱われるためだろう。

 

 端午の節句、子どもの日と呼ばれるこの祝いの会で、三人の子どもたちはそれぞれの思うままに時を過ごし、その健やかな成長を大人たちに見守られて過ごすのだった。



*****



 春の夕暮れはゆっくりと日が落ちていく。

 恵真に貰った総菜をタッパーに詰めて貰い、ハンナがエコバッグに入れて持つ。アッシャーとテオの手の中には恵真が買った鯉のぼりがある。

 小さな鯉のぼりは風を受けて、くるくる回る。

 その後ろから見守るようにリアムやバートが歩き、その真後ろをセドリックとオリヴィエが続く。帰途に就く途中の会話はそれぞれの子ども時代の話だ。


「兄には敵わなかったな。今でもそうだ」

「んー、オレはそうっすねー、素直で可愛い子どもだったっす!」

「バートが? 本当かな」

「本当も本当、素直で可愛い子どもだったんす! 信用ないっすねぇ……あ、花っす。買っていくんでちょっと待ってください」


 花を買いに向かうバートの表情は穏やかで柔らかい。花を一本買ったバートがニコニコとこちらに帰ってくる。

 そんなバートの様子にセドリックがにやにやと尋ねる。


「なんだ? 可愛いお嬢さんの知り合いでも出来たのか?」

「あー。母さんが花好きだったんで、今日はなんとなくっすね」

「……そうか」


 今度はバートの髪をセドリックがわしゃわしゃと撫でる。撫でると言うよりもがしゃがしゃに髪を乱しただけである。おまけに力も強いため、バートはぶんぶんと頭を回される形になった。

 その様子に先程、同じように髪を乱されたオリヴィエは笑う。

 だが、セドリックの行動はなぜかオリヴィエにも向かってきたようで、オリヴィエは強引に肩を抱かれた。

 

「まぁ、お前にしてもオリヴィエにしても俺の友人ではある! 冒険者ギルドの皆は全てが仲間! マルティアの民は全て俺の家族だ! ははははは!」

「素面でなんでそんなに暑苦しいのさ! 離れて! 春と言えども暑苦しいよ!」

「うわーっ。まぁ、じゃあ今度なんか奢ってくださいね、兄貴!」


 後ろの騒がしい大人たちにアッシャーとテオは楽しそうに笑う。

 影が長く伸びる中、大通りを皆で帰ったこの日の記憶はアッシャーたちの思い出になるのだろう。

 家族ではないが見守ってくれる温かな人々と共に、ハンナとアッシャーとテオは帰途へと向かうのだった。




 その夜、アッシャーもテオも早めに就寝した。

 子どもらしく可愛らしい二人の寝姿にハンナは微笑む。

 少し蹴ってしまっているブランケットを直すと、テオが寝返りを打つ。

 こんな風に眠る子どもたちを見られるようになったのは、喫茶エニシとの出会いがきっかけだ。だが、そのまえからリアムやバートは二人を気にかけていてくれたとアッシャーもテオも言う。

 ハンナが気付かずにいただけで、二人を見守ってくれる存在は身近にいたのだ。

 すやすやと眠るまだ幼い表情にハンナは微笑む。


「二人がいたから私も頑張って来れたんだわ」


 アッシャーとテオ、大切な存在がハンナを支えている。

 二人の存在が、ハンナの希望なのだ。

 端午の節句、子どもの日にその存在の大切さに改めて、日々を頑張れる理由に気付かされるハンナであった。



*****



「子どもの日が終わったけど、母の日があるね。お母さん、何か欲しい物あるかな? なんかおばあちゃんに言ってたりする?」

「んー、特にないわね。あ、探ってみようかしら! ちょっと待っててね」


 そういうと瑠璃子は恵真の実家へと電話をかける。

 まだそんなに夜も更けていないため、皆起きているだろう。


「あ、もしもし? ごめんね、急に。え、私に電話しようと思ってた? え!? 母の日? えっとーそうねぇ……」


 祖母の慌てた表情に恵真が振り向くとこちらに手を振ってみせる。

 どうやら、祖母に贈る母の日のプレゼントを恵真の母も悩んでいたらしい。

 同じようなことを親子で考えた偶然にくすくす笑う恵真だが、瑠璃子は予想外だったようでわたわたとしている。

 思いがけない義理の娘の優しさに、驚きながらも嬉しそうな祖母を残して恵真はクロと共に寝室に向かう。


「おばあちゃん、お母さんの欲しい物、探れると思う?」

「んみゃう」


 未だ、クロの言葉を理解できない恵真にもこれが否定であることはわかる。

 くすくすと笑いながら、恵真は階段を上がり、子どもの日はそっと穏やかに終わっていく。

 


 いつかアッシャーとテオが子ども時代を振り返ったとき、自分たちを見守っていたのが父や母以外にもいたことを思い出すはずだ。

 オリヴィエもまた、そう遠くない日に自分の居場所の一つに気付くだろう。

 喫茶エニシは温かく穏やかにいつでも彼らを受け入れ、そこにあったのだと。

 

 

 

 

お休みの後は却って疲れも出たりしますね。

気分転換の一つになれていたら嬉しいです。



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