133話 端午の節句と自分の居場所 3
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夕食後の時間、恵真と祖母の瑠璃子は明日の子どもの日のメニューを熱心に相談し合う。肉や魚をリアムやバートが持ってきてくれたので、それをメインにアッシャーとテオ、二人の希望のホットケーキはもちろん決定済みだ。
「美味しくって気取らないメニューがいいよね。お肉にお魚、どっちもメインで出せるよね」
「煮込みハンバーグなんてどうかしら? ほら、お肉は良いものだから美味しいけど、庶民的だし気兼ねしなくっていいんじゃないかしら。で、子どもってハンバーグ好きでしょ?」
「ハンバーグか。でも、リアムさんからはお肉を塊で頂いたんだ。だから、少しもったいない気もするかな……」
「あぁ、それは確かにそうねぇ」
リアムからは赤身の塊肉、バートからは魚をまるごと一匹貰った。魚の身は淡白な白身魚だそうでクセもないらしい。これだけ大物はなかなか釣れないというのがバートの説明だった。
肉も魚も質が良く鮮度も良い。なによりせっかくのボリュームを生かしたものにしたい。そのうえで気取らず、端午の節句の会にふさわしいものにしたい。
「あ、じゃあ丸ごとどん! ってサイズを生かす料理はどうかな」
「サイズを生かす? お肉もお魚も?」
「そう、せっかくだしパーティー感が出るダイナミックな料理にしたらどうかな」
端午の節句でアッシャーたちの祝いの場、それを飾る料理も大胆で気兼ねのない食事にしたいのだ。そのほうが招いた人々もキッと楽しめるだろう。
アッシャーとテオ、二人が希望したホットケーキ、そしてオリヴィエへのポタージュ、この二つは決定だ。
それ以外に肉と魚のメイン料理が二つ並ぶことになる。
「何か少し箸休めになるものもあっていいわよね」
「おばあちゃんに頼んでもいい?」
「あら、私が担当してもいいの? 何作ろうかしら……。なんだか、誕生日の準備みたいで楽しいわね。もう、皆あっという間に大人になっちゃうんだもの」
「あっという間じゃないでしょ? もう大げさなんだから」
「あっという間よ! 恵真ちゃんなんてついこの間までランドセルしょってたわ! やだわ、歳をとると時間なんてあっという間なんだもの」
こういった会の準備をするのは大変なことではある。
だが、その先に楽しんでくれる人の姿を想像すれば、その大変さも喜びに変わるようだ。
息子はもちろん、孫である圭太や恵真まで大人になった今、アッシャーやテオと行事を祝えるのは祖母の瑠璃子にとっても楽しみの一つなのだ。
「それにしても、歳をとってこんな楽しみを貰えるなんてありがたいことねぇ。腕が鳴るわ!」
裏庭のドアと魔獣クロを避けた恵真の祖母瑠璃子は、それをきっかけに変わった。「もしも自分が一歩踏み出していたらどうなっていたか」その考えが人生の指針となって、大学進学など自身の意思を反映させる生き方となった。
それが今、この歳になって再び縁が出来て、異なる世界の人々と交流を持つ日々が始まった。裏庭のドアから繋がった異世界の人々を、先入観なく受け入れた孫の恵真の判断がきっかけだ。
「……恵真ちゃんって、私が思っている以上に大物なのかもしれないわね」
「んー? 何、料理の話?」
キッチンで明日の会のために、材料の確認をし始めていた恵真には、どうやら聞こえていなかったらしい。魔獣であるクロはソファーで寛ぎ、あくびをしている。
いつもと変わらない食後ののんびりとした光景だ。
「そうそう、お肉とお魚ともどんな大物を料理するかって話よ」
「ふふふ、楽しみに待ってね!」
料理に夢中になるとそちらに集中してしまう恵真にはどうやら聞こえていなかったらしい。作ると決めた肉料理と魚料理に関心が行っているようだ。
いつもと同じ夕食後の時間、瑠璃子もまたアッシャーたちに何を作ろうかと考え出すのだった。
*****
その日、早めに閉めた喫茶エニシの椅子に座り、そわそわと落ち着かないのがアッシャーとテオ、それ以上に落ち着かないのが二人の母ハンナだ。
そんなハンナに瑠璃子がにこやかに挨拶をしようと近付く。
「大奥さま! いつも息子たちがお世話になっており……」
「大奥さま?」
「きっと、おばあちゃんのことだよ」
小声で呟いた恵真の声で瑠璃子ははたと気づく。
ハンナやアッシャーたちはなぜか、恵真たちのことを貴族の出だと思い込んでいる。こちらの生活を説明するのも難しく、それに合わせて話をしていたことも瑠璃子は思い出したのだ。
小さく咳ばらいをした後、瑠璃子はにっこりと微笑みを称え、5月の暑さで扇いでいた扇子を上手く使い、悠々と振舞う。
「いえ、わたくしとしても二人には恵真を手伝って貰えて嬉しく思っているのです。可愛らしい息子さんたちね」
「そんな、御恐れ多いことです」
祖母の様子に少し楽しんでる様子も見えないではないが、上手く話を合わせてくれているようだ。ハンナと瑠璃子の会話にそわそわと落ち着かないアッシャーとテオを恵真は手招きする。
二人に用意していたものは料理以外にもあるのだ。
「お母さんがお話に集中しているうちにこれを着てみてくれる?」
「これを? 着てもいいんですか?」
「うん、子どもの日には着るんだよ」
半分は本当で半分は嘘である。
恵真が用意したのは陣羽織と羽織、これも祖母が丁寧に取っておいたものだ。
兄が小学生の頃に着た陣羽織は腕を通し羽織るため、サイズ上の問題はない。アッシャーが着ているのは着物の羽織である。
テオだけ何か着せるのもと恵真と瑠璃子で押し入れを探すと、出てきたのがこの羽織である。
二人の今日の装いはいつもと同じ、白いシャツにズボンだ。これに陣羽織と羽織を合わせても短めのジレとカーディガンのようでなかなかに様になっている。
「ねぇ、見て! お母さん」
テオの呼びかけに振り向くハンナは目を見開く。
普段の装いから一気に変わった二人の姿は、他国の雰囲気を纏わせており、今日が特別な日であることを示している。
何より、特別な装いをしている息子たちは愛らしいのだ。
「あらあら、似合うわ。洋装との組み合わせもなかなか良いものね。懐かしいわぁ、ハンナさん、私の孫もねこれを着たのよ」
「年齢が違っても羽織だから、腕の部分が通ればなんとかなるね。格好いいよ、二人とも」
恵真の言葉に照れくさそうなアッシャーとテオを、ハンナは嬉しそうに見つめる。ハンナの聞き間違えでなければ、この衣装は瑠璃子の孫であり、恵真の兄弟が着たものだと言う。
大切に取っていたであろうその衣装を、アッシャーとテオにも袖を通させてくれる。ハンナはそんな瑠璃子の寛容さにも胸を打たれる。
アッシャーとテオを本心から愛らしいと思っていてくれているからこそ、自身の孫の記念の品を使わせてくれているのだろう。
成長している息子たちの姿と、そんな息子たちを見守る恵真や瑠璃子の視線は優しいものだ。
「お母さん、どうしたの?」
「だって、二人とも可愛いし、嬉しくって……」
「僕たちが可愛くって嬉しいの? ふふふ」
テオは気付いてはいないが、恵真も瑠璃子もそしてアッシャーも母の思いに気付いている。アッシャーは母の涙を見て、目を潤ませる。
息子たちを見守る存在が親である自分以外にもいる。
以前、喫茶エニシに訪れたときにも実感したことだが、何度見てもハンナはその光景に喜びと安心を感じる。
「トーノさまぁ、腹減ったっす……!」
「あー! そうでした、そうでした! すっかりアッシャー君とテオ君の可愛らしさに気持ちが向いちゃいました。ごはんも冷めないうちに頂きましょう!」
バートが顔を出したのは、涙ぐんでしまったハンナとアッシャーを気遣ってのことだろう。場の空気を壊さずに、話を変えるのはリアムよりバートの方が向いているのだ。
バートと恵真の言葉をきっかけに、皆がテーブルへと戻る。
リアムとセドリックもアッシャーとテオの姿に目を細め、アッシャーは気恥ずかしそうにテオは嬉しそうに笑う。オリヴィエだけがソファーに座っているが、それでも二人の姿を興味深そうに見ている。その隣ではクロがしっぽを揺らす。
端午の節句で集まったものの、雰囲気は普段の喫茶エニシと特に変わらず気取らぬものだ。
「皆さん、今日はようこそいらっしゃいました。端午の節句、男の子の健やかな成長を願う、そんな習慣なんです。アッシャー君、テオ君、それからオリヴィエ君――」
少しむっとした表情のオリヴィエだが、挨拶に口を挟む気はないらしい。そんなある意味子どもらしい表情にリアムとセドリックは笑いを堪える。
喫茶エニシにいるときのオリヴィエは素直にそんな感情を露にするのだ。
「その成長を願って乾杯!」
「乾杯!」
恵真の挨拶はこの国マルティアのものとは異なるが、知人ばかりの会でそのような細かいことは誰も言わない。何よりも祝う気持ちが大事なのだ。
こうして、いつもと同じような雰囲気のまま、子どもの日の会は始まったのだ。
GWも折り返しですね。
皆さん、いかがお過ごしでしょうか。
端午の節句とお話ですので明日も更新します。




