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《1/15 小説3巻・コミカライズ1巻発売!》裏庭のドア、異世界に繋がる ~異世界で趣味だった料理を仕事にしてみます~  作者: 芽生


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132話 端午の節句と自分の居場所 2

おはようございます。

お仕事の方もお休みの方も良い一日をお過ごしください。


 一方、帰宅したアッシャーとテオから子どもの日の説明を聞いたハンナは、情報と気持ちを整えるので精一杯だ。

 

「えっと、男の子の成長をお祝いする会に、アッシャーもテオも招いて頂いたってことでいいのかしら?」


 小首を傾げたテオが恵真の言葉を思い出し、訂正する。

 ハンナが言った内容が大体はあっているが、恵真から聞いた話をきちんと伝えねばならないと思ったのだ。


「ううん、違うよ。僕とお兄ちゃんとオリヴィエのお兄さんのお祝いを、喫茶エニシの皆でしてくれるんだって。お母さんも一緒だよ」

「え、そうなの? それはいつ? 私は何を着て何を持っていけばいいのかしら?」


 テオがきちんと伝えたことで加わった情報により、ハンナはさらに慌てだす。

 そんな母を安心させる情報をアッシャーが付け足す。


「お母さん、落ち着いて。大丈夫だよ、リアムさんやバートもいるんだから。セドリックさんも来るし、気さくな雰囲気じゃないかな?」

「そ、そうなのね。なら、前に呼んで頂いた夏休みみたいな雰囲気かしら? あのときはお食事や……それにお衣装を着せて頂いて楽しかったわね」


 バートやセドリックといった、気さくな雰囲気を持つ者たちの参加にハンナは少し安堵する。街の人々も、彼らには気軽に話しかけられるのだ。

 落ち着きを取り戻したハンナの様子にアッシャーも安心する。

 だが、そんな二人にテオがさらに詳細な情報を追加する。


「あとね、ルリコさんも一緒だって」

「ルリコさん? どんな方?」

「えっと……エマさんのおばあさまだって」


 仕方なくアッシャーが告げる。これはもう少し、母が落ち着いてから伝えようと思った事実だ。アッシャーとテオの成長を祝う会、そこに瑠璃子も参加したいと言っていると恵真から伝えられたのだ。


「トーノさまのおばあさま……それは大奥さまということかしら? どうしましょう……」

「大丈夫、ルリコさんも優しいんだよ」

「うん。俺たちにもいつも色々話しかけてくれるんだ」


 テオとアッシャーの言葉に、ハンナは少し落ち着きを取り戻し、あらためてこの会の意味を考える。

 子どもの健やかな成長を願う会、そこまでしてくれるのはアッシャーとテオが大事にされている証だ。母である自分以外の者が、その成長を見守ってくれる。

 喫茶エニシでアッシャーとテオが働き出して、ハンナが気付いたことの一つだ。

 嬉しそうで、どこか少し気恥ずかしそうな二人の姿に、ハンナはしみじみと今の日々の幸せを感じるのだった。



*****


 

 岩間さんの家の縁側で瑠璃子はのんびりと緑茶を頂いている。

 春になって日も長くなり、こうして外に出られる時間も増えた。恵真は部屋でまだ、店の片づけをしているだろう。


「今度ね、子どもの日に知り合いの子たちが来てお祝いするのよ」

「あらぁ、いいわね。楽しそう」

「その子たちのお母さんは一人でお子さんたちを育てているそうなの。きっととっても頑張っているだと思うのよ」

「瑠璃ちゃんと同じね」


 恵真の祖母瑠璃子もまた、夫亡き後は恵真の父を一人で育ててきたのだ。

 だが、岩間さんの言葉に瑠璃子は首を振る。


「私はいっぱい助けて貰ったもの、あなたたちに。一人じゃなくて相談出来たし、家族みたいに面倒見てくれたでしょ」

「あら、私だってそこは感謝してるのよ」


 瑠璃子は隣人であり友人の横顔を見つめる。皺が刻まれたその表情は穏やかで優しい。この温厚な友人の存在に、瑠璃子は何度も助けられたのだ。


「私たちには子どもがいないから、貴ちゃんの成長も、そのあと恵真ちゃんや圭太くんが遊びに来てくれるのも、賑やかで楽しかったわ。最近また恵真ちゃんが帰ってきたでしょ? あの人も嬉しいみたいなの」


 表情からも、その言葉に嘘がないことがわかる。

 瑠璃子が振り返る家族の思い出の中に、岩間家の姿もある。彼らはいつも自然に、子どもたちの成長を側で見守り、共に祝ってくれた。そんな彼らの存在が、瑠璃子を支えて、安心させてくれたのだ。

 

「家族っていうのは血の繋がりだけじゃないのよね」

「え、何よ、急に瑠璃ちゃんったら」


 側で見守り、時に心配をし、注意をすることや褒めて、その成長を見守っていく。そんな友人や周囲の人に救われることもある。


「なんていうか、自分の居場所っていうのは大事なのよ。ほら、貴史もいつも家出すると梅ちゃんとこに逃げてたでしょ? 自分の家じゃなくっても、自分を受け入れてくれるっていうか、安心するっていうかそんな場所ね」

「ふふふ、そうだったわね。それがウチの人、嬉しかったみたいなのよ。もう、バカなんだから」


 恵真の父貴史は自分を受け入れてくれる場所として、隣の岩間家を信頼していたのだ。そんな場所が自宅以外にある。それは幸せなことだと、今になって瑠璃子は気付く。


「本当にありがとうね、梅ちゃん」

「何言ってるのよ、瑠璃ちゃんったら。お互い様でしょ」

「ふふふ、そうね。梅ちゃんがお隣さんで良かったわ」

「やだわ、今さらじゃない」

「そうね、今さらだわね」


 春の午後は日が落ちるのも遅い。

 まだ温かな日差しの中で、二人はまだまだ楽し気に会話を続けるのだった。



*****


  

 たっぷりと氷を入れたグラスに紅茶を注ぐと、氷は小さな音を立てて溶けて崩れていく。カラカラと氷をマドラーでかき混ぜながら、恵真はアッシャーとテオに尋ねる。


「アッシャー君とテオ君は、子どもの日にこれが食べたい!とかあるかな?」

「え、えっと……なんでもいいの? エマさん」

「もちろん。あ、でもマルティア独特の料理だと、私は知らないから作れないんだけど……」


 恵真の言葉にぶんぶんとテオは首を振る。

 テオが、そしておそらく兄のアッシャーが食べたいものは、初めて出会った日に恵真が作ったあの料理だ。


「ううん。あのね、ホットケーキなんだけど……いいのかな?」


 テオは恵真と兄のアッシャーを交互に見ながら尋ねる。テオの言葉にアッシャーもどう答えていいのかわからず、不安げに恵真を見つめる。

 だが、恵真としては逆にそんな簡単なものでいいのかという不安がある。


「もちろん、大丈夫だよ! でも、いいのかな。ホットケーキって気軽なお菓子だし、もっと違うお菓子も作れるよ。ひな祭りのロールケーキとか、タルトも作れるんだよ?」

「ううん。僕、ホットケーキがいい。エマさんの家で初めて食べて、すっごく美味しかったから。ね、お兄ちゃん」

「うん。エマさん、僕もホットケーキが良いです。きっと、母も喜ぶと思います」


 アッシャーとテオ、恵真の間にはホットケーキに対する認識の違いがある。恵真にとっては子どもの頃から親しみのあるホットケーキだが、マルティアでは薄力粉に白砂糖、卵を使うことから高価な菓子になるのだ。

 もちろん、アッシャーとテオがホットケーキが良いという理由はそこではない。

 恵真の元に訪れた日、初めて振舞ってくれたのがホットケーキだ。

 理由のない優しさを与えられたそのことが、アッシャーとテオにとっても、母のハンナにとっても特別な思い出の味として記憶に残っているのだ。


「じゃあ、ホットケーキに決定だね。他には何か食べたい物ってあるかな?」

「はーい、肉っす! 育ち盛りのオレらっすから肉が食いたいっす!」


 アイスティーにハチミツを入れていたバートが、元気に手を挙げる。その隣で呆れたようにリアムは笑う。恵真もくすくすと笑いながら、腕組みをして考える。


「確かに男性が多いですし、お肉料理もいいですよね。やっぱり、ボリュームがある方が良いかな。オリヴィエ君はポタージュスープかなぁ」

「セドリックさんも肉って言うっすよ、多分」


 オリヴィエはいつもの通り、ポタージュスープに携帯食を齧るだろうし、セドリックはバートの言う通り肉料理を好むだろう。

 二人の姿は簡単に想像出来て、恵真も口元が緩む。


「はいはい。お肉料理も用意しましょう!」

「リアムさん、良い肉期待してるっすよ!」

「では、育ち盛りのバートにも何か持ってきて貰わないとな。トーノさま、魚はいかがでしょう。バートなら鮮度の良いものをご用意できるはずです。釣って来れるよな? バート」

「んなぁ! リアムさん、そんな急に……!」


 だが、その話を聞いてアッシャーとテオは目を輝かせる。

自分で魚を釣り上げるということに二人は格好良さを感じたのだ。


「凄い! バート、きのこだけじゃなく魚も釣れるの?」

「リアムさんが肉、バートが魚を釣ってきてくれたら、エマさんにも負担が少ないよな。バート、でっかい魚釣ってきてね!」

「まぁ、オレくらいになると釣果にも信頼が出てくるっすよね」


 アッシャーとテオの期待にバートも気を良くしたのか、自信満々で釣果を約束する。どうやら、肉に魚と新鮮な食材が集まるようで、恵真も存分に腕を奮えそうである。だが、恵真は一応念を押す。


「でも、野菜も食べて貰いますよ? 育ち盛りには必要な栄養素なんですからね、バートさん?」

「うん、ボクはもう人参も食べられるんだよ!」

「い、いや、オレも野菜は食べられるようになってるっすから! もう完全に克服っす! いやぁー、トーノさまのおかげっすかね!」


 自信満々なテオに、バートは焦ったように自分も野菜を食べられるという主張をする。大人であるバートと子どもで成長中のテオ、比べるものではないと思う恵真だが、自称育ち盛りのバートは懸命にテオとこの野菜は平気だ、あの野菜はまだ食べられないと競い合う。

 そんな二人の様子に肩を竦めたアッシャーが、二人よりぐっと大人に見えてくる。

 

「じゃあ、ホットケーキとお肉とお魚で考えますね」

「お届けするのはいつ頃が良いですか?」

「そうですね、えっと――」

 

 まだまだ議論し合うテオとバートはそのままに、リアムと恵真は子どもの日の予定を話し合う。

 端午の節句は子どもの健やかな成長を願う日である。

 アッシャーとテオ、そしてオリヴィエと、まだまだ心も体も成長途中の子どもたちを祝い願う日まであと少し。

 何を作ろうか、どんな催しにするのがいいか、祝う恵真もまたその日を待ち遠しく思うのだった。

 

 

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