131話 端午の節句と自分の居場所
ひな祭りに続き、端午の節句のお話です。
ここ数日は風も爽やかで清々しい青空が続く。そんな天気の中、部屋の中で恵真と祖母の瑠璃子は探し物をしていた。
「あったわ! 重さがあるから二人じゃなきゃ無理ね」
「わ! 本当にあったんだ、私も初めて見る……わ、結構重いねこれ」
二人がかりで押し入れの奥から取り出したのは端午の節句の兜である。金の透かし彫りと黒の鉢、兜の緒は赤でその対比が美しい。飾りではあるが、そこには重厚な存在感がある。台や屏風、毛せんと呼ばれる下に敷く生地は深紫色で兜の存在を引き立てている。
「これは、恵真のお父さんの小さい頃のやつよ。出すのも久しぶりだわ」
「なんか格好良いね。鯉のぼりは結構見るけど、兜はあまり見ないから」
「鯉のぼりも庭に飾るお宅は減ってきてるんじゃない? この辺は田舎だから飾るけど、都会だと保育園や幼稚園で飾るくらいじゃないかしら。あれも結構大変だもの」
確かに恵真の家でも鯉のぼりを飾ったことはない。
家の中で小さな飾りを置いたり、兄圭太や恵真が保育園で描いた鯉のぼりを飾って祝ったものだ。
それでも可愛らしい装飾は祝いのムードを盛り上げ、恵真も兄もそわそわとして特別な日を楽しんだ。GWとも重なる子どもの日は楽しい思い出になっている。
「おばあちゃん。実はね、私もこんなの買っちゃったの」
そう言って恵真が見せたのは菓子付きの可愛らしい鯉のぼりだ。スーパーで見かけた恵真はつい買ってしまった。
可愛らしいサイズの三匹の鯉はつるつると加工された紙に描かれ、木の棒に通されている。鯉の間には紐が括り付けられ、三匹の鯉はくるくると回る。一番上の部分には細いリボンが幾つも付いていて、鯉のぼりを持って振るとひらひらと風になびくのだ。
簡易ではあるが、良く出来た造りの鯉のぼりを恵真は二つも買ってしまった。
「アッシャー君とテオ君にね?」
「そうなの、ひな祭りのときに約束したからお祝いしたくって。飾るだけでも雰囲気が出るでしょ? でも、子どもの日のお祝いって何をするか悩むよね。食事もひな祭りより決まっていないから」
「そうねぇ、出世魚を食べたり、柏餅やちまきを食べるけど、二人にはちょっと渋すぎるかもしれないわね」
地域によっても異なるが、端午の節句には柏餅とちまきが一般的に良く食べられる。それ以外にも出世魚のブリを食べることがあるが、アッシャーやテオにはどちらも馴染みのない食材である。
桃の節句であるひな祭りより、食事に関してはあまり決まった料理はないのだ。
「じゃあ、あの子たちの好きなものを作ったらいいんじゃないかしら? あとはそうね、あの子たち以外に来る人がいたらその人たちの好みに合わせるといいわよ。こういうものは皆が楽しめることが一番大事だもの」
瑠璃子の言葉に恵真も頷く。大事なのは祝う気持ちと楽しむ心だ。
アッシャーとテオのおかげで日頃、恵真も助かることが多い。子どもである彼らであるからこそ、その素直な視点で気付くことも多いのだ。
「喜んでくれる料理、作れたらいいなぁ」
「あ、見て恵真ちゃん。陣羽織よ! 私って意外と繊細なのよね、綺麗にとってあるわー、まぁまぁ凄いわ」
「陣羽織? 初めて見た、可愛いねぇ」
祖母が繊細かはさておき、きちんと丁寧に物をしまい、大切にしてくれているのはありがたい。それだけ、恵真たちとの思い出を大切にしてくれているのだと、この家に来て恵真は気付かされたのだ。
陣羽織を見ながら父の幼い頃の話をする祖母瑠璃子の姿に、恵真は自然と口元が緩むのだった。
*****
カラコロと涼し気な音はバートが飲んでいるアイスティーにハチミツを加え、かき混ぜる音だ。
だいぶ暖かくなったため、今日もホットではなくアイスの紅茶を勧めてみた。バートもリアムも氷が入ったグラスに注がれる紅茶に軽くため息を吐く。
久々に見てもやはり魔道具で氷を作れる仕組みはわからないし、それを気軽に人々に提供する恵真の豪気な一面にも驚かされる。
「で、その子どもの日っていうのは今度は男の子の成長を願う日なんすね」
「そうなんです。端午の節句っていって元々は男の子のお祝いだったんですが、今は子どもの日として祝日にもなっているんです。厄除けとして菖蒲っていう葉を湯に入れたり、あそこに飾ってあるような兜を出したりするんです」
「ありゃ、立派っすねぇ……」
飾られている兜は無論、飾り用ではあるのだが、その細工の細かさも風格も興味深く、リアムもバートもしげしげと見つめた。
こちらの形とは異なる兜は独特の美しさがあり、何よりやはり恵真が異国の貴族であるのだと思わされた。庶民であれば、そういった飾りに気持ちや金銭を回すことが出来ないからだ。
「でね、今度はアッシャー君とテオ君のお祝いをしたいなって思ってるんだ」
その言葉にテーブルを拭いていたアッシャーとテオは目を丸くする。
確かに桃の節句、ひなまつりの時期にそんな話をしていた。だが、それが確実な約束でこんなにすぐだとは思っていなかったのだ。
途端にアッシャーもテオもどうしたらよいのかわからず、そわそわとし出す。
「本当に? お祝いしてくれるの、エマさん?」
「あの、いいんですか? 僕たちお祝いして貰っても」
「うん。アッシャー君とテオ君と、あとはオリヴィエ君かな? あ! リアムさんとバートさんも来ませんか? て言ってもご飯食べるだけなんですけどね」
突然の恵真の誘いだが、リアムにもバートにも断る理由は何もない。
何より、そわそわと気恥ずかし気なアッシャーとテオ、そして色々と事情があるオリヴィエの様子を考えるとリアムとバートが参加した方が良いと思えた。
子どものための祝いなら、参加するアッシャーたちが楽しめるように大人である自分たちが恵真の手伝いに回るつもりなのだ。
「いいっすねぇ、オレらも男の子だった時代があるわけっすから」
「何かあれば、いえ、なくとも申し付けてください。食材など買い付けることも出来ますから」
「あ、そうっすよね。ギルドで肉も買えるんすもん!」
「ありがとうございます。助かります」
前回のひな祭りはリリアやナタリア、ルースのために開いたものだ。
今回はまだ子どもであるテオとアッシャー、そしてオリヴィエのための会である。日頃から彼らを見守るリアムやバート、それにセドリック、何よりアッシャーとテオの母ハンナにも声をかけて、食事会として楽しめるようにと恵真は考えたのだ。
「ハンナさんやセドリックさんもお誘いしたいので、アッシャー君たちはお母さんに、リアムさんにはオリヴィエ君とセドリックさんへお話をして頂けますか?」
「わかりました。冒険者ギルドに行く際に伝えておきます。詳しい日程が決まりましたらお教えください」
セドリックと共になら、オリヴィエを説得しやすいだろうとリアムは考える。
実のところ、行きたい気持ちはあるにもかかわらず、なかなか素直になれないのがオリヴィエの性格だ。二人がかりで説得することになるだろう。
そんなオリヴィエとは異なり、素直なアッシャーとテオは喜びを表情にすぐ出した。母ハンナと共に外で食事をする、それは二人にとって特別な出来事なのだ。
まだ、そわそわもじもじとした様子のアッシャーとテオに、恵真たちはくすくすと笑ってその様子を見守るのだった。
*****
「は? ボクは行かないよ!? 大体、なんでボクが行かなきゃならないのさ!」
「トーノさまがおっしゃるには子どもの日というのは――」
「そうじゃなくって! ボクはほら、もう大人だし?」
「ん? エルフの世界じゃ、年齢的にはまだ子どもだって聞いたぞ?」
「…………はぁ」
冒険者ギルドに訪れたリアムから告げられた、喫茶エニシでの子どもの日の祝いの話。それにオリヴィエは不機嫌な態度を崩さない。
逆に目を輝かせたのがセドリックだ。先程から熱心にオリヴィエを誘い、迷惑がられている。
恵真に聞いた話によると子どもの日というのは、子どもの健やかな成長をねがうもの。その場に少年であるオリヴィエを誘うことは、恵真の中では何の不思議もないことだ。
だが、一方のオリヴィエは気になってはいるものの、素直にはなれないらしい。
そういう意味でも子どもなのではないかと思うリアムだが、口に出せばさらに機嫌を損ねるので決して言わない。
「そうか……実は今回、兄弟の母であるハンナも呼ぶのだが、二人のために開かれたと知ったら過度に恐縮するだろう。それでは居心地が悪いのではとトーノさまも気にかけていてな……。我々も参加するが、それでも彼女の精神的な負担が大きいのではと思うんだ。そこにオリヴィエがいてくれれば、負担がなくなるだろう」
一人掛けのソファーに座り、小生意気に足を組むオリヴィエが肩を竦めて呟く。
「……それじゃあ、仕方ないね」
なんだかんだ言いながら、悪い気がしない様子のオリヴィエに、リアムとセドリックは視線を交わし、微笑む。
アッシャーとテオと接するようになって、変わっていく姿。
子どもにも大人にもなれないオリヴィエが素直に感情を出し、過ごせる居場所がリアムとセドリックの前だけではなく、増えていくことは喜ばしい。
喫茶エニシはオリヴィエにとって、新たな居場所となっているのだ。
そんなことに気付いているのかいないのか、オリヴィエは口元を緩ませ、日程や服装のルールなど会の詳細を尋ねるのだった。
GWに入りましたね。
お休みの方もお仕事の方も
暑そうなので水分補給や日焼け止めをお忘れなく。




