129話 ギルドの依頼と新じゃがの季節 4
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ギルド長たちは再び喫茶エニシへと集まることになった。
その理由となったのは商業者ギルド長レジーナにある。前回、彼女だけがじゃがいもを使用したフライドポテトに賛同しなかったのだ。
だが、今日のレジーナは冷静さを取り戻したようで、話は前回の自分の対応の謝罪から始まった。
「商業者ギルドとしてもあの商品の販売は納得できるわ。むしろ、今まで日の当たらなかった食材に注目が集まることで活性化も図れるはずよ」
「それは前回の時点でも十分にわかっていたはずだけれどね」
レジーナの言葉にサイモンは肩を竦める。彼の言う通り、それらのことは前回の話で既にわかっていたはずだ。
だが、なぜかレジーナはじゃがいもから作られたフライドポテトに反発したのだ。
「……そうね、あなたの言う通り。私の個人的な感情に過ぎないわ。あくまで仕事の話、私の感情は別問題。あのときの私は商人として間違っていたのよね」
レジーナの様子にセドリックとリアムは視線を交わす。どうやら、前回のレジーナの様子は彼女自身も反省している様子である。
どうやら今日の話し合いは順調に進みそうだ。
なぜか今日も恵真はキッチンに立っている。揚げ物の香りが漂ってくることから、どうやらフライドポテトを再び作っているらしい。
「くっ、やはり何か酒を持参してくるべきだったか……」
「……今は職務中だ。セドリック」
「じゃあ、これを食べたらもっとお酒が飲みたくなるかもしれませんよ?」
恵真は持って来た皿をテーブルの中央に置く。アッシャーとテオが取り皿とフォークをそれぞれの前に置いた。
「これは先日のフライドポテトと……揚げた肉?」
「はい、フライドポテトとフライドチキンです。今回は鶏肉にしてるんですが、他のお肉にお魚にしたり変化を出せると思います」
カリッと揚がったフライドポテトの隣にはこんがりと揚がったフライドチキンがある。これはイギリスのフィッシュアンドチップスから着想を得たものだ。
本来、フィッシュアンドチップスは粉に炭酸水などを混ぜたバッター液を使うが、これは肉に下味をつけたあと、粉を振りかけるフライドチキンに近い作り方である。米粉がある程度、順調であることをリアムから聞いた恵真は少ない粉で出来る新たな調理法としてこちらも用意したのだ。
「どうぞ召し上がってみてください。じゃがいもに抵抗がある人も、こうしてお肉やお魚と一緒だと印象が変わると思うんです」
セドリックがまず揚げた肉を口に運ぶ。
あつあつの肉はカリッと香ばしく、噛むと口の中に肉汁が一気に広がる。隣に置いたアイスティーをごくりと飲んだセドリックは驚きで目を丸くする。
「おいおい、こりゃまたエールが飛ぶように売れちまうぞ! 揚げた肉は料理店ではあるが屋台で出してるとこはないな」
「うん、そうだね。すぐ食べられて十分食事になる。こういった食事は多忙な人にも好まれると思うよ。……薬草がないのは残念だけれどね」
フライドチキンの方も二人には好評なようで恵真はリアムと目を交わして頷く。
だが、肝心のレジーナはじっと皿を見つめて黙ったままだ。何か問題でもあるのかと不安に思う恵真だが、そんなレジーナにテオが話しかける。
「これ、あったかいほうが美味しいんだよ。冷めるとね、しなしなになるんだ。でもそのしなしなが美味しいって人もいるってエマさんが言ってた。お姉さんはどっちが好き?」
「テオ! お客さまにはちゃんとした話し方をしなきゃダメだ。……でも、僕も温かいうちの方が美味しいと思います。どうぞお召し上がりください」
そんな二人に硬い表情だったレジーナの眼差しが柔らかくなり、口元が弧を描く。恵真が初めて見たレジーナの笑顔は華やかさより柔和さを感じさせるものだ。
「そうね、料理は温かいうちに頂いた方が良いわね」
そう言ってレジーナは皿にフライドポテトとフライドチキンを取る。そっとフォークで口に運ぶとサクッという音がする。
「そうね、軽食にも食事にもなるし気軽に食べられるわね。テオ君、だったかしら。私もきっとこれは温かい方が美味しいと思うわ」
レジーナから出た肯定的な意見に恵真はもちろん、セドリックも安堵の笑みを浮かべる。フライドチキンにも口をつけたレジーナは納得したように頷く。
どうやら、恵真は三つのギルドが出した依頼内容に合った料理を作ることが出来たようだ。
「フライドポテトだけのお店もあっていいですし、フライドチキンをメインにするお店、ソースに個性を出すお店があってもいいと思います! 今の時期、じゃがいもは美味しいからきっと喜ばれるはずです」
フォークを置いたレジーナが恵真が喜ぶ様子に、そっと目を伏せる。
恵真が考えた商品が優れているのはわかっていたことだ。それを数日、決定まで期間を置いたのはレジーナの個人的な事情、彼女の記憶にあった。
「私ね、昔は貧しかったの。だから、じゃがいもが苦手だったのよ」
「そうか、確かにホロッホ亭で扱われているが、少し前まではじゃがいもはそこまで人気が高いもんじゃなかったな。腹こそ膨れるが印象がな」
レジーナの言葉にセドリックも同意する。
だが、だからこそ値段も含め、じゃがいもを名物にしようという恵真の案は利点も多くあるのだ。
「でも、久しぶりに食べたら懐かしかった。あの日々があったから今の私があるんだわ」
そう微笑むレジーナはしなやかな強さを感じさせる。
すぐにすっと表情を消したレジーナは立ち上がり、表情は硬く読みにくいものになる。これが普段の商業者ギルド長レジーナなのであろう。
「お時間を頂き、ご迷惑おかけしました。依頼の件、ありがとうございます。商業者ギルドとしてこちらの商品でお願いしたいと考えておりますわ」
「ありがとうございます!」
その様子を見ていたリアムは安堵し、セドリックとサイモンは肩を竦める。
商業者ギルドにどのような意図があるのかと警戒していたリアムであったが、理由はレジーナの幼い頃の思い出が原因であったのだ。
嬉しさに笑みを浮かべる恵真に冷静な表情を隠さないレジーナ、そんな二人はこれからの商品をどうしていくか熱心に話し合うのだった。
*****
喫茶エニシに訪れたバートはめずらしく恵真に対して、不満顔だ。
カラコロと冷たいアイスティーにハチミツを加えながら、むくれるバートに恵真はくすりと笑う。
その理由は恵真がギルドに依頼された料理にある。
「なんであんな良い料理を教えちゃうんすかー! もう、トーノさまは商売が下手すぎるっす! もっと強欲にならないとダメっすよ」
バートからすれば、喫茶エニシだけでその調理法を独占する道もあったように思えるのだ。料理を広めるためには独占してはならないが、その一方で恵真の創意工夫はもっと評価されて欲しいという思いもある。
「ご、強欲ですか? でも、ちゃんと利点もあるんですよ。ギルドに依頼されるって言うことは信頼の証ですし、じゃがいも料理が人気になるとこのお店でも出しやすくなりますし」
「確かにじゃがいもを見る目は変わっていくっす。そうなんすけど、トーノさまー……はぁ、もう……そこが良いとこでもあるんすけどねぇ」
恵真が伝えたフライドポテトとフライドチキンは、アメリアが中心となって各店に伝えられていった。ソースや切り方、肉を使うか魚にするか、それともシンプルにじゃがいもだけで勝負するべきか、どこの店も自分の店独自の物を作り上げようと試行錯誤の真っ最中だ。
気軽に食べられることと、値段もフライドポテト単品なら価格が低いこともあり、マルティアの街ではさっそく話題になっている。
「あのね、カリカリとしなしなでやっぱり好みが分かれるみたい! でも、買ってすぐに食べないとしなしなになっちゃうよねぇ」
「え、でも買ってすぐに食べるもんすよね? オレもまだしなしなで食べたことはないっす。今度、試してみなきゃいけないっすね」
「なんだ、バートも買ってるんじゃないか」
「いや、これが敵情視察っていうやつなんすよ!」
どうやら、この街でも同じようにポテトの好みは分かれるようだ。
ギルドからの依頼という大きな仕事を終え、恵真は安堵と共に自分の努力が認められていく喜びも実感するのだった。
*****
その日、商業者ギルドには緊張感が走っていた。
めずらしく前任のギルド長が顔を出したのだ。厳しく険しい眼差しでギルドを見渡すその気迫は、齢を重ねてもなお健在である。
レジーナが対応し、ギルド長室へと彼が入るとギルド職員からは安堵のため息が零れる。
「あれが前任のギルド長か……氷の女王の方がまだ表情が柔らかいな。なんでまた商業者ギルドに……」
「しっ! 聞こえるぞ。まだまだあの人は商売やってるんだ。ここに顔を出すこともあるだろ」
一方、ギルド長室の中で前任のギルド長はすっかりくつろいで、まるで自室のようにリラックスして座っている。先程までと打って変わってその表情は柔らかい。
そんな彼の様子にレジーナは眉間の皺を深くする。
「な、俺が言ってた通り、大通りの店はやっぱり逃げたろ? 薄利多売の一時的な商売だったなぁ」
「どこでそれを知ったのよ?」
「あぁ、確かな筋だよ。最近、よく目の効く奴を見つけてなぁ。純粋な良い目をしてるんだよ、二人とも」
「で、一体何をしに来たのよ。父さん!」
感情的になる娘レジーナに前ギルド長のジョージはため息を吐く。
「氷の女王」などと二つ名で呼ばれる娘レジーナではあるが、ジョージからするとまだまだ未熟だ。彼女が感情を隠すのは、弱さを見せないためであることを父であるジョージは見抜いているのだ。
「街の名物だったか。いや、いい案じゃねぇか。じゃがいもを使えば利益も出やすいし、他の材料も手に入りやすいものばかりで、どの店でも始めやすいからな」
「……そうね。その通りよ」
商売として上手くいっているはずなのにレジーナの表情が冴えない理由は、父であるジョージが一番よく知っている。
「じゃがいもはもう飽き飽きしてたか」
「小さい頃、親にたくさん食べさせられたからね!」
「なんなら今だって売るほど持ってるぞ。いるか?」
今も父であるジョージは小さな店で鮮度の良い野菜や果実を売っている。それが性に合うのだとギルド長時代も小さな店を手放すことはなかった。
小さなあの店からジョージとレジーナの商人としての生活は始まったのだ。
「いいじゃねぇか。飽きるほど食ったじゃがいもが名物になるんだ。育てる者も毎日食ってる奴も、そんな奴らを笑ってる奴らもみーんな、意識が変わっていくんだ。こんな面白れぇことはねぇだろ」
レジーナは椅子に座り、足を組んで不服そうな表情だが父の言う通りでもある。そんな生活の中で、彼女も父も必死で日々を過ごしてきたのだ。
「……頑張ったのよね、私も父さんも」
「お? なんだ、俺の偉大さを今になって知ったのか?」
「……もういいわ! それにしてもあの子を冒険者ギルドにとられるなんて不覚だわ! 彼女、いいわよね」
「お前の元にいるよりずっといいだろ。気に入った者にお前は素直になれねぇし、あのお嬢さんは、自由にさせた方が良い結果に繋がるだろうしな」
そう言ってジョージは立ち上がると、お茶が届くのを待たずに部屋を出ようとする。彼は店を一時的に抜けてきただけで、まだ仕事が残っているのだ。
父の気性を知っているレジーナは止めもしない。
「あ、そうだ。一つお嬢さんに忠告しといたぞ」
「何よ?」
「『商業者ギルドには気を付けろ』ってな!」
バタンと閉まったドアにレジーナが投げたクッションがぶつかる。
余計なことをした父に苛立つレジーナだが、必死に眉間の皺を伸ばし、「氷の女王」にふさわしい冷静な表情でギルド職員の元へと戻っていくのだった。
マルティアの街にはフライドポテトという新たな名物が出来た。
店それぞれで個性を出し、人々もまたその味には一家言ある。
調理法や材料の少ないフライドポテトは瞬く間に他の地域にも広がっていったが、やはり本場はマルティアの街だと評される。
同時に屋台で鶏や魚を揚げるのも模倣されていった。
その結果、興味深いことにどこの料理店でも今まで出していた揚げた鶏や魚にフライドポテトを添えるようになっていったのだ。原価が安く、季節を問わないじゃがいもは店にとっても扱いやすい食材なためである。
揚げた肉や魚に添えるのは揚げたじゃがいも、この定番を貴族たちまで食べるようになるのはもう少し先の話だ。
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