128話 ギルドの依頼と新じゃがの季節 3
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「でね、じゃがいもなんだけど、カリッてしてて、でもほくほくってしてて甘くってしょっぱくって美味しいんだよ!」
「ほぉー、そりゃあ凄いこったな」
「うん、凄いんだよ。エマさんは」
このあいだ、人参のおまけを貰った店にアッシャーとテオは野菜の配達を依頼しに来た。ちょうど旬の新じゃがを少し仕入れる予定なのだ。
依頼は結局、商業者ギルドからの連絡待ちだが、セドリックはフライドポテトを大いに気に入り、もし商業者ギルドが反対しても冒険者ギルドで販売してもいいと乗り気である。
そのフライドポテトを試食し、感動したテオがその味を絶賛しているのをアッシャーが止めた。
「テオ、あんまり言うべきじゃない。まだ決まっていない話だし、こういうものは店の者だけで共有するんだ」
「……うん、わかった。じゃあおじいさん、今言ったこと全部忘れてね!」
アッシャーの言葉に頷いたテオはくるりと振り返ると、真面目な顔で店主を見る。その様子は真剣そのものでついつい店主は吹き出す。
「っははははは! 忘れろと来たか。そうかそうか。でも、情報としてはじゃがいもで作ったカリッとしてほくほくな料理がうめぇってことしか聞いてねぇしなぁ」
「それでも、です」
「ほぅ、だがチビ兄貴のその通りだな。詳しくは言ってねぇから今回は問題ねぇけどよ、世の中にゃ、いるのよ悪いのが。気を付けるに越したねぇな」
ポンポンとテオのふわふわとした薄茶の髪を撫でるその姿をアッシャーは黙って見つめる。言葉こそ乱暴ではあるが、この店主は親切ではあるのだ。
小さく決して立派とは言いづらいこの店には多くの人が訪れる。野菜も鮮度が良く、たまに大規模な注文も入っているようだ。
一応、野菜や果物などの生鮮食品を中心に扱っているのだが、時には手に入りにくい食材を注文する者もいて何の店なのかはよくわからない。
「しかし、じゃがいもで旨いもん作るってのは興味深いもんだ。蒸して食うか煮て食うか、それしかねぇと思っていたんだよなぁ昔はよ。あれだ、ホロッホ亭では焼いたり、潰して混ぜたりしてるんだろ。そういう変化っていうもんが新たな文化をつくってくんだよなぁ」
恵真がホロッホ亭に紹介したじゃがいも料理は、相変わらず好評である。
食材は変わらずとも、調理法が変わることで注目を集めるという良い例だ。
そして、今恵真は新たにじゃがいも料理をこの街マルティアの名物にしようと試みているのだ。
どこかしみじみとした様子の店主に礼を言って、アッシャーとテオはその場を後にするのだった。
*****
久しぶりに屋台に訪れたリアムをルースは緊張した様子で会釈をして、アルロは複雑そうな表情で迎え入れる。
アルロには伝えるべきか思い悩んでことがあった。
それは恵真に託された米粉の話である。
実はその後、恵真のアドバイス通り、石臼で挽くと白いサラサラとした粉になったのだ。それを丁寧に集めたアルロは誰にも言わず、ルースと共に恵真に渡しに行くつもりであった。
だが、アルロは躊躇した。恵真から商人として未熟な自分に与えられた機会、それを十分に活かせているのか自分に問い、悩んだのだ。
そんなアルロにリアムから伝えられたのは予想外のことであった。
「え、米粉が必要になるかもしれないってどういうことですか?」
「詳細は言えないのだが、トーノさまが今後手掛ける料理に使用する可能性が高いのだ。そうなれば、他の者たちも米粉を買い求めると思うぞ」
フライドポテトに恵真は米粉を使用したのだ。
無論、素揚げでも良いが、米粉を使う店と使わぬ店とここでも差別化が図れる。何より米粉を知らない者たちに、多くの店で使用することで安心感を持ってもらう目的もあった。
「……責任重大じゃないですか!」
「では断るか?」
試すように尋ねるリアムをアルロはキッと強い目で見つめ、断言する。
「やります! 俺が作った米粉に自信を持てずに、うだうだ悩んでいる間にトーノさまはこんな機会を授けてくださったんですから! ……やっぱり、俺のちっぽけな悩みなんてお見通しなんですね」
「……そうか」
どうやら、アルロが米粉作りで悩んでいたことをリアムは今知った。おそらくは恵真も知らないことだろう。
だがこの偶然でアルロは感動し、米粉作りにもさらに気合が入りそうだ。
その気持ちを考え、リアムは否定も肯定もせず頷く。
「米粉の販売に成功して、見守ってくれた家族やルース、そしてトーノさまに商人として一人前の姿を見て貰えるよう頑張っていきます」
「ぼ、僕からもトーノさまによろしくお伝えください!」
「……あぁ、わかった」
迷いを振り切ったアルロはルースの協力も得て、米粉作りへと励む決意を固める。だが、確かに米粉を作るこの仕事は大きなものになる可能性が高いとリアムも思う。何しろ、この街の名物を作ろうとしているのだ。
若いアルロがそのプレッシャーに潰されぬように、リアムは詳細を伏せた。
意欲を見せるアルロと心配そうなルースの姿を微笑ましく思いながらリアムは自由市を後にしたのだった。
*****
休憩時間に揚げたてのフライドポテトをはふはふと食べるアッシャーとテオに、恵真はそっとグラスに入った紅茶を置く。
もう暖かくなってきたため、久しぶりに氷を入れてアイスティーにしたのだ。
カリッと揚がったフライドポテトを食べたアメリアも恵真から手渡されたアイスティーをごくりと飲む。
「くうぅ、こりゃあいいね。塩辛さと食感がクセになるよ。おまけに喉が渇いてエールが売れる! 名物になること間違いないよ。もし、商業者ギルドが納得しないんだったら他で売るべきだよ」
「ふふふ、セドリックさんも同じようなこと言ってましたよ」
休憩時間にフライドポテトを揚げたのはその調理法をアメリアにも見てもらうためである。調理法や材料、時間など実際にこちらの人々が調理する場合に問題がないか、恵真は確認しておきたかったのだ。
結果、アメリアもその味に納得してくれたようで恵真としても一安心である。
「商業者ギルドはなんでこれに食いつかないんだろうねぇ。レジーナさんならこれが商売になるって気付いているはずなのに」
「アメリアさんは面識があるんですか?」
「あぁ、うちも長いこと商売してるからねぇ。じゃがいもっていうことに抵抗があるのかもしれないけど、街全体で売り出せばまた風向きも変わってくるはずなんだけどね。うちじゃ大人気さ。お嬢さんのおかげだね」
そのとき、コンコンとドアを叩く音がする。
アッシャーはサッとハンカチで自分たちのフライドポテトを隠すと、アメリアの皿もテオのハンカチで隠す。
急な行動に驚いた恵真とアメリアだが、この依頼の情報が外に漏れるのを防ぐためだと気付く。行動と気の回し方を褒めようと思う恵真だが、アッシャーはドアの向こうに声をかける。
「開いていますよ、どうぞ」
「いやぁ、手が塞がっちまってなぁ。開けてくれねぇか?」
その声にはアッシャーもテオも聞き覚えがあった。アッシャーがドアを開けに行くとそこにいたのは野菜を売っていた店主である。どうやら、注文した新じゃがを届けに来てくれたようだ。
「お一人でいらしたんですか? 僕も持ちます」
「何、ここまで持って来たんだ。なんてこたぁない。で、どこに置けばいい?」
「あ、私も持ちますよ? 配達、ご苦労様です」
恵真の姿を見た店主は目を大きく見開く。黒髪黒目の聖女の証をここまで再現した姿に驚きを隠せなかったのだ。そこにテトテトと現れた小さな動物は深い緑の瞳を店主に向けてみゃうと鳴く。
噂には聞いていたが、実際に目の当たりにするのとは大きな違いだ。
「こりゃあ、凄い店があったもんだな」
ため息と共に店主は呟くが、当の恵真は気にした様子もなく笑顔でアッシャーと共にじゃがいもが入った木箱を受け取り、届いた新じゃがを喜ぶのであった。
「おやまぁ、ジョージさん。お嬢さんもいい店を選んだもんだね。この人の選ぶ野菜は新鮮だし味もいいんだよ。うちの店もここで仕入れることがあるんだ」
「お店を見つけてくれたのはアッシャー君とテオ君なんですよ」
「おう、良い目利きだな。チビたちは」
そう言った店主、ジョージは喫茶エニシを見回す。
黒髪黒目の聖女に魔獣、それにも驚いたが店内は洗練された家具や見たことのない魔道具が置かれている。何気なく置かれたグラスの透明さ、そしてその中には氷が入っているのだ。
「代金はこちらになります。あ、もしよかったらお水飲みませんか?」
「代金だけで充分だ。今日はいいもん見させてもらった。いや、歳をとってもまだまだ新しいことを知れるってぇのはありがたいもんだ」
聖女と噂される人物は穏やかで柔和な印象を与える。何より作業で汚れた服装に身を包むジョージに対しても敬語を使い、礼節を守るのが好印象だ。
これは当然のことのように思えてなかなか出来ない者が多い。使う側、使われる側という関係性で年長者であることや初対面の相手であることは軽視されてしまうのだ。
「チビ兄貴、お前さんの言う通り、良い店で良い店主なんだな」
その言葉にアッシャーは嬉しそうに笑う。
何のことかはわからない恵真だが、アッシャーとテオが選んだ店の店主ジョージは二人に良くしてくれているのだと胸を撫で下ろす。
アメリアも知る人物なのであれば、今後もこの店を使い続けても問題はないはずだ。テオも店主のジョージに近付いて話しかける。
「おじいさん、今度またお店に行ってもいい?」
「おう、いつでも来い。また人参をおまけしてやるからな!」
「もう大丈夫だよ。エマさんがね、美味しく料理にしてくれるんだ」
「そりゃよかったな! チビも人参を食えるのか」
わしゃわしゃとテオの髪を撫でる様子は祖父と孫のようでもある。
だが、そんな柔和な表情をしていたジョージが恵真の方を見るとその雰囲気が急に変わる。
「そんなお嬢さんに俺から忠告だ」
「え、なんでしょう」
忠告という言葉は何か問題が起こりえるということだ。
皺が入った大きな手で人差し指を一本だけ上げると、真剣な眼差しでジョージは恵真に忠告する。
「お嬢さんは人がいい。商業者ギルドに気を許すなよ」
突然のジョージの言葉に、心当たりのない恵真は目を瞬かせる。
そう告げた本人はアッシャーとテオの頭を撫でると、ひらひらと手を振って再び仕事へと戻っていくのだった。
フライドポテトはカリッとした方が良い派
しなしな派、他にもカットなどに
それぞれ好みがありますね




