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《1/15 小説3巻・コミカライズ1巻発売!》裏庭のドア、異世界に繋がる ~異世界で趣味だった料理を仕事にしてみます~  作者: 芽生


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127話 ギルドの依頼と新じゃがの季節 2


 その日、営業開始以来初めてと言ってもいい程に喫茶エニシは穏やかではない空気に包まれていた。

 理由は訪れたメンバーにある。冒険者ギルドからはセドリック、薬師ギルドからはなぜか中央支部長のサイモン、そして本日初めて喫茶エニシを訪れた商業者ギルドのレジーナだ。

 華やかで洗練された雰囲気を持つレジーナはカールした赤い豊かな髪もかっちりとした服装もあって仕事が出来そうな印象を与える。

 キッチンで試食用に料理を作りながら、恵真は三人の様子を気にしていた。

 リアムやセドリックはいるものの、サイモンとレジーナはあまり親しそうには見えないのだ。


「まさか、商業ギルドの者がこの聖地にいるなんて。あぁ、薬草の貴重さも価値も理解できない君たちに、薬草の女神の価値が理解できるのかい?」


 風変わりだが穏やかな紳士であるサイモンにしてはめずらしく棘のある言葉でレジーナに対応する。

 レジーナは気にもせず悠々と笑みを浮かべ、にこやかにそして対等な立場としてサイモンに応じる。あくまで今日のサイモンはマルティアの薬師ギルドの代表としてここにいるのだ。


「あら、その価値は十分に理解しているわ。聖女さまに関しては先に冒険者ギルドが介入していたから手を出さずにいただけですわ」

「そこなんだよ! 君たちは女神にも薬草にも金銭的な価値しか見出せていない! あぁ、そんな俗物がこの場にいるなんて……嘆かわしい。女神、何かありましたら、私が責任持って対応致しますゆえ!」


 どうやら薬草に関しての認識も商業ギルドと薬師ギルドは対立しているようだと恵真は察する。治癒や治療として薬草に接する薬師とそれを販売し、利益を得る商人ではそもそもの視点も考えも異なるのだろう。

 

「トーノさまがどのようなお立場かは、そのお姿で判断すべきではないかと俺は思うぞ。彼女は冒険者ギルドでとある貴族の依頼をこなしたこともあるんだからな」

「聖女だなんて……彼女は薬草の女神だよ。全く君らにはそんなこともわからないのかい?」

「貴族からの依頼であれば、ますます彼女は商業者ギルドに所属した方がいいんじゃなくて? ウチは今からでも大歓迎だわ」


 聖女という言葉を容認してしまわないようにとセドリックが訂正した言葉が、更にややこしい話になっていく。大きな手で額を押さえたセドリックはちらりとリアムを見る。同じ立場のセドリックではなく、リアムにこの場を収めるのを任せたのだ。


「……どうでしょう、皆さん。席につかれては? トーノさま達も困惑なさっておりますよ」


 恵真は困ったように笑い、アッシャーとテオはグラスに入った水をトレイに乗せたまま、彼らの様子をまじまじと見ている。テトテトと歩いてきたクロまでが、三人に着席を促すようにみゃう! と強くと鳴く。

 流石に大人げのない自分たちを顧みたのか、サイモンもレジーナもそれぞれ席に着いた。

 こうしてマルティアの街の名物を作るという話し合いは始まったのだった。



*****



 恵真以外の大人たちは席についている。

 キッチンにいる恵真を気にするようにレジーナはそっとリアムに話しかける。


「彼女に依頼するのよ? それともあなたたち、冒険者ギルドが交渉も代理?」

「もう少し時間をくれ。あぁ、出来上がったのですね。私が運びます」

「ちょ、ちょっと……!」


 レジーナの問いに答える間もなく、出来上がった料理を恵真から受け取ってリアムがテーブルに持ってくる。白い皿に入っているのは揚げたてのフライドポテトだ。

 細く切られたポテトに添えられているのはトマトで作ったソース、塩とバジルを合わせたものと二種類の調味料がある。

 

「これがトーノさまがマルティアの名物にと作られた料理です。どうぞ、味をお確かめください」

「これは薬草だね。素晴らしい! この時点で既にこの料理は完成された美を持っていると言えますね、女神」

「揚げているのか! エールに合いそうだし、手で食べられる。これは実に冒険者向きだな!」


 セドリックが手でつまんで口に運ぶ。揚げたてのカリッとした香ばしさとじゃがいもの甘みが何とも言えず、クセになる。

 アッシャーとテオがそれぞれの席に小さな皿とフォークを持って来た。セドリックは気にせず手で食べ続け、サイモンは自分用の皿にフライドポテトを盛って、バジルと塩をかけて口に運んだ。


「食感も風味も素晴らしい! 何よりこの味を変えられるという細やかな気遣い、そしてそこに薬草が使われているなんて! ……今日、薬師ギルドを代表して来て良かったと私は心から想います、女神!」

「えぇ、あなたはマルティアの薬師ギルドの代表ではありませんからね」


 にこやかに微笑みながら伝えたリアムの言葉を気にした様子もなく、サイモンはキッチンにいる恵真にその感動を伝えようと立ち上がる。

 恵真はというと皿に新たな料理を持ってこちらへと向かってきた。


「こちらも同じ料理なんです。違いは切り方。その違いが食感も変えるんですよ」


 恵真が持って来た皿をリアムが受け取ると、テーブルの中央へと置く。置かれたフライドポテトの切り方はくし形に切られたものだ。レモンのようにくし形に切られたポテトは厚みがある。


「ほぅ、確かに全く違う見た目になりますな。どれ、こちらも頂いてみましょう」


 こちらも手で持って口に入れたセドリックは満足げに何度も頷く。その様子にサイモンも皿に運び、またバジルと塩のハーブ塩を振りかけた。

 

「うん、これもいい! ほくほくとした食感でより甘みが感じられる。これは好みが分かれるなぁ」

「こちらもまた薬草に合いますね。流石です、素晴らしい……」


 二人の様子に恵真が安心していると、黙って味を確かめていたレジーナが話しかけてくる。その表情はセドリックたちとは異なり、険しいものだ。


「……こちら、材料は何を使ってらっしゃるんですか?」


 華やかで顔立ちが整っている分、怪訝な表情をしたレジーナには凄味がある。

 何も後ろめたいことなどない恵真だが、予想外の表情にたじろいでしまう。


「これは食べたことがある……ような気がするな。いや、自信はないんだが。あれだ、この甘みとエール……そうだ、ホロッホ亭だ!」


 立ち上がったセドリックが満面の笑顔を浮かべて、恵真とレジーナを見る。


「これはじゃがいも! じゃがいもを揚げたものですね!」

「そ、そうです。じゃがいもを使った料理、フライドポテトです」


 ギルド長たちの反応は三者三様だ。

 正解を当てて嬉しそうなセドリック、ひたすらハーブとフライドポテトの組み合わせを堪能するサイモン、だがレジーナは深刻そうな表情で皿を見つめる。

 料理に不備があったのかと思う恵真だが、セドリックたちの様子からはそのようなことも考えにくい。

 不安そうな恵真を見て、リアムがレジーナに問いかける。


「じゃがいもですと価格を抑えることが出来ますね。それに今まではなかった料理で目新しさもあるはずです」

「……それは……そうね、その通りだわ」


 じゃがいもを使う利点を話すリアムにもレジーナの反応は芳しくない。

 そんな二人を見ていた恵真はハッとする。

 これは自身が受けた依頼なのだ。きちんと説明し、その良さを伝えるのは他でもない恵真の仕事だ。この国ではあまり評価が高くないじゃがいもだが、その長所は様々あるのだ。


「じゃがいもは季節や土壌を問わず作りやすい植物ですし、価格も変動しにくいです。名物にするとなると、同じ調理法や材料で作らなきゃいけないし、でもその中で差別化を図る必要があります。他店と違った個性も切り方やソースでそれぞれのお店で出せると思います!」


 名物にするからといって全く同じものを提供するのなら、活性化には繋がらない。だが店によって個性が出るとお互いに競い合い、店同士の刺激にもなる。

 それは商業者ギルドにとっても大きな利点なのだが、なぜかレジーナの表情が優れないのだ。


「セドリック、お前はこの料理で問題ないか?」

「あぁ! こりゃ、エールにもよく合うぞ。販売が待ち遠しいな」

「僕も薬師ギルドを代表して賛成します。残念ながら、薬草の使用は一般の店舗には難しいですが、塩と組み合わせるだけでこんなに風味が違うとは……」


 リアムは穏やかな笑みをたたえたまま、レジーナを振り返る。柔らかな笑みを浮かべるリアムだが、紺碧の瞳はいつになく強い意志を感じさせた。

 だが、先程まで暗い表情であったレジーナも今は毅然とした態度で向き合う。


「どうやら、あなた以外のギルド長は賛成してくださるようです。商業者ギルド長であるあなたのご意見はいかがでしょう? 何かこの料理に問題点がありましたか?」

「……いえ、じゃがいもだという点が気になっただけよ」


 その言葉に反応したのは恵真だ。

 確かにじゃがいもはこの国での評価が高くない。野菜や豆などの栄養価が正しくしられていないせいもあるのだが、逆に言えば安価であり、手に入りやすいものを使うことは商売としては利益が大きい。

 材料に調理法、調理時間も含め、リスクが少なく商業者ギルドが反対する理由は見当たらないのだ。

 結局、商業者ギルドとしては一旦、この件を持ち帰って返答するとのことで話し合いは終わったのだった。




 商業者ギルドでは喫茶エニシの噂で持ちきりである。

 ギルド長のレジーナは不機嫌な表情で帰ったきり、ギルド長室に誰も通さない。

 おそらく、喫茶エニシで何かあったのではないかと職員たちは話し合う。


「それで、どうだったんでしょう? 本当に黒髪の聖女や魔獣はいたんですかね?」

「お前、それギルド長の前で言うなよ」

「なんでですか。それが一番聞きたいことじゃないですか」

「帰って来た時のギルド長、見てないだろ。商人として自身の感情を出さずに仕事をしろっていつも言ってる人とは思えないくらいだよ」


 誰もいないギルド長室でレジーナは一人、思案に暮れる。

 考えるのは今日、喫茶エニシの店主から提案されたフライドポテトという料理についてだ。

 

「じゃがいも料理、か……」


 部下には見せない悲しげな表情で呟いた彼女は、弱く小さくため息を吐いた。


 



皆さんご存じの通り、マルティアの薬師ギルド長

ちゃんといます。

名前は出てこないのは相変わらずサイモンが覚えないのと

彼ら薬師がこもって研究し、交流が少ないからです。

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