SS ホロッホ亭での議論
本日、2作品とも公開しました。
お楽しみ頂けていたら幸いです。
ホロッホ亭は今日も活気がある。
冒険者も兵士も商人も酒を呑み、笑い、食を楽しむ。アメリアの目が光るこの店に置いて、争いは厳禁なのだ。
そんなホロッホ亭で一人落ち込む男がいる。冒険者ギルド長のセドリックだ。
今日あったことを仲間に相談し、気を紛らわせようとしたのだが、皆からは突き放され反省を促されたのだ。
「どう考えてもお前が悪いな」
古い友人で優秀な冒険者でもあるリアムは断言する。
「副ギルド長はよくやっているだろう」
セドリックの話は冒険者ギルドであった事務的なミスを今日もまた副ギルド長のシャロンに手厳しく注意されたのだ。
だが、しょげるセドリックを慰める者はいない。
「シャロンさんがいなきゃ、ギルドの存続問題っすよ」
「……つまり?」
「お前が悪いな」
「悪いっすねぇ」
それはセドリックも重々承知している。それでもせめて仲間には慰めて欲しかったのだ。だが、彼らをホロッホ亭に呼び出したのはそれだけではない。
「くっ! 俺だってわかっているんだ。だからこうしてお前たちを呼び出したんだからな! アメリアさん、エールを二つ追加で!」
「あいよ!」
カウンターの中にいるアメリアをキリっとした目で見たセドリックは、その眼差しをリアムとバートへと注ぐ。
どうやら本当に真剣な話がセドリックから二人にあるようだ。リアムとバートは視線を交わし、居住まいを正す。
眉間に入る深い皺、本気さが伝わる眼差しでセドリックはリアムとバートに向き合った。そんなセドリックが口を開く。
「……女性には何を礼にあげたらいいんだ?」
「……は?」
かつてないほどに真剣なその表情は冗談を言っているようにも思えない。
再び視線を交わしたリアムとバートはため息を吐きながらも、セドリックの相談に乗るのだった。
2杯目のエールを飲み干したバートは断言する。
今日はセドリックが代金を持つ。つまりは他人の金であり、どんどん飲み食いするべきなのだ。
「肉っすね。なんだかんだトーノさまは肉を喜んでたっす!」
「いや、ネックレスも喜んでくださっただろう」
「……肉とネックレス? はぁ、お前たちに聞いた俺が間違っていたな」
人に聞いておきながら、その考えを否定する無遠慮なセドリックをリアムとバートは軽く睨む。
この街での常識はセドリックの方が通じている。
それは爵位の差の問題でもあったし、日頃接している人々との会話でセドリックが学んだものでもある。
「リアム、頼むからトーノさま以外の女性に同じようなことをするなよ」
「当たり前だ。彼女以外に贈るつもりはない」
「…………その発言も含めて問題なんだ!」
リアムにすれば、あれは護衛のためである。そういった物を他の者に贈る理由はない。だが、庶民の感覚では身に着ける贈り物を特別なものなのだ。
お互い何も間違ったことを言ってはいない二人ではあるのだが、その認識の違いは会話をかみ合わないものにする。
「だから、肉っすよ。肉はめちゃくちゃ喜ばれたっす!」
バートが力説するが、セドリックは首を振る。
冒険者ギルドには解体場が裏手にある。だが、そこにシャロンが関心を強く示すことはないし、売買される肉に関しても業務以外の考えはなさそうだ。
肉にネックレスという参考にならない二人に頭を抱えていたセドリックに助け船が入る。ホロッホ亭の女将、アメリアだ。
「それはお嬢さんだからだよ」
「アメリアさん! そうですよね」
心強い味方にセドリックは表情を明るくする。
「一般的な女性は肉は喜びやしない! 坊ちゃんのネックレスだってあれだよ、場合に寄っちゃ重いよ!」
「喜ばない……」
「お、重い……。ですが、あれは魔道具で……」
「それも含めて重いじゃないか」
「……そうなのですね」
アメリアの言葉で先程の自分以上に落ち込んだバートとリアムを、セドリックは気の毒そうに見つめながら考える。
何かを渡すにはこのように渡す側のセンスが問われる。
それならば形にはせず、行動に移せばよいのだと。
ガタッと大きな音を立て、セドリックが立ち上がる。
「俺は日頃、彼女に迷惑をかけている……そうだろう?」
「はぁ……まぁ、そうっすねぇ」
「ならば、きちんと迷惑かけないように職務に向き合う! これが何よりの礼になるのではないだろうか!? そうすれば、彼女の負担も軽くなるはずだ!」
ポケットから財布を出し、カウンターに料金を置いたセドリックは満面の笑顔でバンバンとリアムとバートの背中を叩くと豪快に笑いながら店を後にする。
残された二人とアメリアはあっけに取られながらその背中を見送った。
「結局、自分で解決して帰ったっすねぇ……」
「……だが、あれで解決するんだろうか」
「そもそもそれが出来てりゃ、シャロンも苦労していないんじゃないかい?」
「…………」
アメリアの正論は既に店を後にしたセドリックには届かない。
リアムとバートは本日三回目の視線での会話を行い、エールを呑み交わすのだった。
*****
そんな一夜から数日経った。
なんとリアムたちの予測に反し、冒険者ギルド内でのギルド長セドリックの評判は上々である。
元々冒険者たちはもちろん、街の者からも慕われているセドリックの唯一の欠点は冒険者関連の業務、主に書類上のミスが多かったのだがそれがなくなったのだ。
「ねぇ、ギルド長ってきちんとしていれば素敵じゃない?」
「んー、でもリアムさまには敵わないですよ」
「どうやっても届かない花より身近な野草って言うじゃない!」
「言いますっけ?」
ギルド職員の間でもセドリックの評価は急上昇だ。
そんな状況に内心では複雑なのが副ギルド長のシャロンである。仕事の手間が省けたはずのシャロンはなぜかここ数日間、不機嫌なのだ。
だが、それに気付く者はいない。
シャロンは職務に誠実に向き合うため、私情を挟まないのだ。
だが唯一、セドリックはシャロンの不機嫌に気付いている。
理由はまったくわからないし、心当たりもないのだが負担を軽くしたはずのシャロンが不機嫌なのでは本末転倒である。
そこでセドリックはシャロンを食事に誘うことにした。美味しい料理は人を笑顔にするだろうという極めてシンプルな考えゆえだ。
「昼食ですか? ……ですが、私かギルド長、どちらか残っていた方がいいかと」
そういうシャロンだが、強い否定はしない。
お互いに業務も責任もあるため、どちらかがギルド内に残ることが多い。
しかしここ最近はセドリックのミスも減り、大きなトラブルもない。昼食の時間くらい外に出ても、問題はない。
何より以前からシャロンはセドリックと共に昼食に向かう職員を羨ましく思っていた。
「いや、少しの時間くらい問題ないだろう。どうしても無理なら、ギルド内の食堂で一緒に食べるだけでもいい。少しシャロンと話がしたくってな」
「私と話を……わかりました! 時間を空けます。で、出来れば外にしましょう!」
「あ、あぁ、ホロッホ亭でいいか?」
「は、はい!」
「じゃあ、あとでな」
セドリックからの誘いにシャロンの心は浮き立つ。食事を共にするなど久しぶりのことだ。せっかくならば、外食にしたい。
ついつい、緩む口元をきりりと引き締め、シャロンは再び仕事へと戻るのだった。
ホロッホ亭は魔物ホロッホが所以となる程に、昼夜問わず活気のある店である。
セドリックと共に席に着いたシャロンはそわそわとしつつ、食事を進める。
春キャベツを軽くトマトと煮込んだ料理はパンともよく合う。キャベツはホロッホ亭を真似したのか、ざく切りのものを出す酒場が増えたようだ。
だが、店主のアメリアは「元々、私の考えじゃないからねぇ」と気にした様子もない。そんな寛容さを知ってか知らずか、多くの酒場や料理店が真似している。
「……なぁ、シャロン」
「は、はい!」
真剣な表情のセドリックはシャロンを見つめる。
酒場というのは隣の席が近い。普段は隠している自身の気持ちがセドリックに伝わってしまうのではとシャロンは高鳴る胸を必死で抑える。
そんなシャロンを前に、セドリックは口を開く。
「最近、なんか機嫌が悪くないか?」
「……はい?」
シャロンの声色の変化にも気付かず、セドリックは話を続ける。
「いや、最近なんだか機嫌が悪い気がするんだ。何か不満や悩みがあったら聞くぞ。お前には世話になってるからな」
そう言って笑うセドリックの表情は優しい。
セドリックが慕われる理由はこんなところにあるのだとシャロンは思う。
この優しさにかつてのシャロンは救われたのだ。
だが、本人を前にして「セドリックの人気が上がっているのが嫌だ」そんなことを言える勇気があったなら、セドリックとシャロンの関係は今とは違っているはずだ。
「俺もな、シャロンには迷惑ばかりかけているからと、最近は気を付けているんだが……」
「そ、それです!!」
突然、大きな声を出したシャロンに驚きながらセドリックは彼女を見つめる。必死で何か伝えようとするその表情に、セドリックもまた真剣な表情へと変わった。
ゆっくりと、しかしはっきりとシャロンは自身の考えを伝える。
「私は、私はあなたの力になりたいんです……!」
「そうか……ありがとう、シャロン」
シャロンの言葉に安心したように笑い、セドリックは頬を掻く。実はシャロンに伝えなければならないことがセドリックにはあるのだ。
「実はな、終わっていない書類も結構あってなぁ……明日から頼むな!」
パンと手を打って頼む仕草をするセドリックにシャロンは目を大きく見開く。
「え? 出来上がっていないのですか! あれほど言っていたのにあなたという人は……」
「いや、具体的な内容となると把握しきれてないというか、ついついシャロンを頼ってしまうというか……」
「……そ、それはそれで問題ではないですか!」
怒って見せるシャロンだが、その口元は嬉しさを隠せずにいる。
そんな二人を離れた場所で見ている者がいた。アメリアとリアムである。
数日前に相談に乗った二人は呆れた表情でセドリックとシャロンを見つめていた。
「ありゃ、何をあげてもセドリックからなら喜ぶだろうに」
「……私にもそのように思えます」
「先日の話し合いは何だったんだろうねえ……」
だが、当のセドリックは気付いた様子もなく、いつも通りのシャロンの姿に安堵したように笑っている。
多くの者に慕われるが少々残念な男セドリックの隣で、そんな彼を心から想うシャロンもまた嬉しそうに笑うのだった。
次回から、本編スタートします。
すっかり春になりましたね。




