SS オリヴィエと喫茶エニシ
春ですね。
色々と変化も多く、疲れてしまうこともありますよね。
どうぞご自愛ください。
喫茶エニシへ足を運び、紅茶を飲んで携帯食を食べる。
それはオリヴィエにとっていつの間にか習慣となっていた。
無駄を嫌う彼が、わざわざ店へと足を運び、ゆっくりと紅茶を飲みながら携帯食を齧る。この矛盾にオリヴィエは気付いてはいない。
今日もまたついついオリヴィエは喫茶エニシへと足を運んだ。
宿にいて新たな魔術の構想を練ろうかと思ったのだが、あいにく紅茶の茶葉を切らしていたのだ。
質の良い紅茶を仕入れている茶葉を扱う店はあるが、今日はあいにく休みだ。
小さな肩を竦めて、オリヴィエはいつものあの店へと訪れたのだ。
「今日もクロさま、ふわふわしてるな」
「みゃう!」
紅茶を飲むオリヴィエの隣にはなぜか魔獣もいる。
どうやらこの場所を気に入っているのはオリヴィエだけではないらしい。
日が当たり、外の気配も中の様子もわかるこのソファー席は魔獣も気に入っているのだろう。客であるオリヴィエにも厳しい視線を飛ばす。
「んにゃ」
「ん? クロさま、触っていいの?」
「んみみゃう」
「撫でてもいいぞ」そう言わんばかりにごろんと横になる姿は油断し過ぎではないかと思うオリヴィエだが、それとも実力者ゆえの余裕なのだろうかとも考える。
アッシャーやテオ、そして仕える恵真は魔力を持たない。
こうして横にいるオリヴィエには鋭い視線を飛ばすことからもその者が持つ力で判断しているのだろうと。
「僕も触っていい? クロさま」
「みゃうみゃ」
もちろんだと言わんばかりに緑の瞳はテオを捉える。
アッシャーと場所を変わったテオが小さな手でそっと撫でると、クロは嬉しそうに目を細める。
そんな様子に恵真がくすっと笑って言った言葉は、本当に何気ないものだ。
だが、それはオリヴィエにとっては衝撃の一言となる。
「クロは本当にアッシャー君とテオ君を気に入ってるよね」
「…………は?」
「だって、あんなに気軽に触らせるんだもん。きっと二人のことを認めてるんだよ」
「みゃうにゃう」
「ほら、クロもそうだって」
ちらりと横にいる魔獣を見たオリヴィエはそっとその手をクロへと伸ばす。
すると、ひらりとその身を躱し、テトテトと歩いて行ってしまうではないか。
ショックを受けるオリヴィエにさらに追い打ちをかけるように恵真が呟く。
「んー、猫や犬ってランク付けたりするからなぁ」
「え、じゃあボクは君らより下なわけ?」
「あ、クロの中ではだよ?」
「何の慰めにもならないよね! 魔獣の中でこのボクが君らより下なんだよ?」
そう言われた恵真たちだが、きょとんと不思議そうな表情だ。
日頃接しているせいか、アッシャーもテオもクロを恐ろしい魔獣というよりは愛らしく強く頼もしい守り主として認識している。
恵真に至っては未だ半分猫だと思っている状態だ。
だが、オリヴィエは違う。
深い色の瞳はその魔力の強さを示す。クロの魔力、圧倒的な強さは感覚で理解できる。その存在にランク外だと態度で示されたのだ。
「絶対にボクの存在を認めさせてみせる……!」
なぜか強い決意を固めるオリヴィエに、よくわからないまま協力は一応しようと思う恵真たちであった。
*****
手渡された道具を戸惑いながら持つオリヴィエはソファーに悠々と横たわる魔獣クロをじっと見る。
「本当にこれであってるの?」
「うん、いつもそれ喜ぶんだよ」
戸惑いつつもオリヴィエは、魔獣に向けてそっとその道具を近付ける。
先日とは違い、逃げられはしなかったが、魔獣のその表情からは不承不承といった気持ちが伝わってくる。
「それでコロコローってするんだよ」
「クロさま、それ好きだよな」
そっとオリヴィエはコロコロとその道具を艶やかな黒い毛並みに転がす。
だが――
「ぶにゃう」
不快そうに一声鳴くと先日同様、ソファーから降りてテトテトと歩いて行ってしまった。その後姿をただオリヴィエは見送るばかりだ。
「あーぁ。オリヴィエのお兄さん、やり方が良くないよ。もっと優しくコロコローって転がさなきゃ」
「うん、あれじゃクロさま怒るよな」
「っ! だって、あれを転がすだけだって君ら言ったじゃないか!」
簡単に見えたその道具で撫でる行為はどうやらコツがいるらしい。
悔しさを滲ませるオリヴィエにテオが隣に来て、その肩に手を置く。
「やっぱり、気持ちなんじゃないかな。オリヴィエのお兄さんにはクロさまを可愛いって思う気持ちが足りないんだよ」
「それはあるかも! 私もクロのこと可愛いって思ってるし、アッシャー君もテオ君もクロのこと可愛がってるもんね」
「思ってることって態度に出ちゃうもんねぇ」
三人とも意見が一致しているようだが、オリヴィエにはしっくりこない。
技術ではなく、心の在り方を問われているのだ。
「いや、出来るよ? ボクにだって出来るからね!」
「うん、頑張ろう! オリヴィエのお兄さん! 僕たち応援するからね」
「大丈夫だよ、クロさま優しいから!」
自分よりも遥かに幼いアッシャーとテオに励まされたオリヴィエは、絶対にクロに自分を認めさせると硬く決心するのだった。
*****
「よう、オリヴィエ。今日もトーノさまの元に行かれるのか?」
「まぁ、ボクには目標が出来たからね」
「はぁ? まぁ、いいけどよ。あ! そうだ。これ持っていってやればいいぞ。なんか、俺は詳しくないんだが人気の菓子らしい」
そう言ってセドリックが渡したのは、礼に貰ったドライフルーツである。
セドリックが個人的に街の者に協力したため、セドリック自身の物ではあるがひそかに期待していたギルド職員からはがっかりしたような視線が向けられる。
「……これ、ボクが貰ってもいいの?」
念のため、オリヴィエが確認するがセドリックは豪快に笑い飛ばす。
「いや、トーノ様にはお世話になっているし、あの子らも頑張っているだろ!」
「うん。そうだね、そうなんだけどね。まぁ、いいや。貰っておくよ」
性格は豪快で気のいいセドリックだが、気が回るかと言えば話は別だ。
だが、セドリックがギルド職員からどう思われようと、オリヴィエには関係がない。そう、彼らからのセドリックへの評価は今まで通りであろう。
こうして、恵真たちへの土産を持ってオリヴィエは喫茶エニシへと向かうのだった。
カランとベルが鳴り、ドアが開く。
「いらっしゃいませ。あ、オリヴィエのお兄さんだ!」
「いらっしゃい。どうぞ、お好きな席へ」
そう言われたオリヴィエはソファー席へ向かおうとして、荷物に気付く。
先程、セドリックから渡されたドライフルーツだ。
恵真の前に立ち、オリヴィエはぼそぼそと呟く。
「これ、セドリックが渡せって。ボクからじゃないからね」
「ありがとう! 二人からだね」
「いや、聞いてた? ボクは持って来ただけ!」
「持ってきてくれたんでしょ? ありがとう」
「……もういい」
恵真が袋を開けるとドライフルーツがいくつも入っている。見たことのない果実もあることから、マルティア特有の果実だろう。
「うわーっ。色々入ってる! アッシャー君たちと一緒に食べるね」
「ありがとうございます。オリヴィエのお兄さんもありがとう!」
「ありがとう!」
「いや、だからボクは持って来ただけだから」
そう言っていつものソファー席にオリヴィエが座るとテトテトとクロが近付いて、すとんと隣に座り込む。
その様子をじっと見ているオリヴィエにクロが一声、みゃうと鳴く。
「……何?」
「みゃおん」
「……よくやった、みたいな感じ?」
「んみゃう」
そう鳴いてクロはオリヴィエの膝にポンと前足を置く。
笑い声にオリヴィエは視線を恵真たちへ向ける。
オリヴィエの持って来たドライフルーツの説明をアッシャーとテオが恵真にしているようだ。
その姿をオリヴィエとクロはソファーから見つめる。このソファー席は全体を見渡せるのだ。
オリヴィエは気付く。この場所にいつも魔獣クロが座るのは彼らを見守るためなのではないかと。大いなる力を持つ魔獣は常にこうして常に彼らを守っているのだろう。
「そうか……ボクに関心がないわけじゃない。強い力を持つ者だからこそ、弱い彼らを見守り、交流を持っているのか。はは。流石、魔獣だね」
力だけではなく、その崇高な魂を持っていることが本当の強さに繋がるのだろう。
魔獣はその魔力だけではなく、振る舞いまで偉大なのだ。
「ボクを認めていないわけではなかったのか……」
安堵と共に、魔獣クロに学ぶことがあるとオリヴィエは思う。
この日以降、オリヴィエは喫茶エニシへ足を運ぶときにはたまに差し入れを持ってくる。その度、恵真たちからは感謝され、クロも労うようにみゃうと鳴く。
そんな彼らの表情や対応にオリヴィエは素っ気なく、だがまんざらでもない表情を浮かべ、いつものソファー席に座るのだった。
「最近、オリヴィエ君にクロが少しだけ懐いてるね」
恵真の呟きにアッシャーがこっそりとその理由を伝える。
これはアッシャーの予測に過ぎないが、クロの対応には理由があるのだ。
「多分、お土産で恵真さんが機嫌が良くなるからだと思います」
「私? それを言うならアッシャー君とテオ君が喜ぶからじゃないかな?」
「僕は皆が喜ぶからだと思うよ」
そんな二人の意見に恵真は猫や犬の飼い方を思い出す。
飼い主と親しい姿を見ると、その相手を危険人物と見做さなくなるというのだ。
まして、クロは賢い。頻繁に土産を持ってくるオリヴィエを自分の子分とでも思っているのではないかと恵真は思う。
オリヴィエの考えが正しいのか、恵真の推測が正しいのか、それはわからない。
だが、ほんの少しクロのオリヴィエへの対応は柔らかくなり、そんなクロによく話しかけるようになったオリヴィエを微笑ましく恵真は見つめるのだった。
明日で「裏庭のドア、異世界に繋がる」
投稿し始めて1年になります。
読んで頂けることが、書いていく力になっています。
いつもありがとうございます。




