123話 新作、春のバゲットサンド
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青い空と小さな白い花の組み合わせが可憐だと恵真は思う。
岩間のおばちゃんこと岩間さんの家の桜は三分咲きといったところ。恵真が小さな頃からあるこの桜の木は岩間のおじちゃんご自慢のものだ。
「今度、瑠璃子ちゃんも一緒にここでご飯を食べない? ちょっとしたお花見気分で楽しいかなって思うの」
「じゃあ、私がお弁当作ります」
「あら、じゃあそれぞれに作りましょうよ。ふふ、あの人羨ましがるわね」
あの人というのは岩間のおじちゃんのことである。小さな頃から恵真を可愛がっており、孫のような扱いをしてくれている。
「おじちゃんの好きな料理も作らなきゃね」
「あら、気を使わなくっていいのに」
「あ、そういえばこの前にクリームソーダとフルーツパフェ、どうなりましたか?」
「それがね――」
嬉しそうに話す岩間さんに恵真も微笑む。瑠璃子と行った喫茶店の話を楽しそうに話す岩間さんは、祖母瑠璃子との関係性も含めて失礼であるかもしれないが可愛らしいと恵真は思う。
岩間さんの話を聞きながら、お弁当に何を作ったら岩間のおじちゃんとおばちゃんは喜ぶだろうかと笑みを浮かべる恵真であった。
*****
キッチンに立った恵真は冷蔵庫から人参を取り出す。このまえ、おつかいに行った先でアッシャーとテオがおまけに貰ってきたものである。
色つやも良く、芯の部分も大きくない。良い人参だと恵真は思う。
「これで何か美味しいものを作るからね」
「はい。ありがとうございます」
「……はい。ありがとうございます」
そう言った恵真にアッシャーは普段通り返事をしたが、テオはへにょりとした顔で返事をする。そのしなしなとした表情と雰囲気に恵真はつい吹き出す。
テオはもにょもにょと言い訳をするように恵真に言う。
「た、食べられるよ! ちゃんと食べられるんだよ? その、たくさんでなければだけど」
「そうだよな。今までエマさんが作った料理にも人参は入ってたし」
「確かに人参が大好きな子は少ないかもしれないね」
「うん、人参がどん! ってたくさんじゃなきゃ大丈夫だよ。今までエマさんが作ってくれたご飯は美味しかったもん」
恵真の言葉に安心したようにテオが頷く。
今までの恵真の料理にも、人参は使われていた。
そこまでメインではなかったり、食べやすい調理法にしていたが、通常の人参は少し苦手なのだろう。
そんなテオをフォローしようとしたのか、それまで携帯食を齧っていたオリヴィエが話に加わる。
「まぁ、特有の癖や風味があるし、苦手な子どもも多いんじゃない?」
オリヴィエの言う通り、人参は風味の強いものに当たることがある。
何より、人参を使った料理と言われて思い浮かぶものは少ない。
料理に入っていれば彩りとしても栄養バランスとしても良いが、人参をメインに使った料理はすぐには思い浮かばないものだ。
子どもであるオリヴィエの少し大人振った言い方を恵真は微笑ましいと感じる。
「でも、オリヴィエ君の好きなポタージュも作れるよ」
「好きって言った覚えはないね」
そう言って再びオリヴィエは携帯食をゴリゴリと齧る。
そんな会話を変えるようにアッシャーが今日もお客さんに言われたことを恵真に伝える。
「そういえば、以前からお客さまから言われることがあるんです。『バゲットサンドの種類は増やさないのか』って」
「バゲットサンドの種類か……確かに少ないもんね」
現在、販売しているバゲットサンドは喫茶エニシの店頭でアッシャーたちが販売するバジルチキンとハチミツバターのもの、冒険者ギルドへナタリアが運んでいるホットドッグを便宜上バゲットサンドと呼んだものの3種類だ。
いくら味が良いとはいえ、もう少し変化が欲しいというのも納得できる。
「そうだよね、もっと種類があってもいいよね。よし、ハーブやスパイスを使いつつ新しいものが作れないか考えてみる!」
「はい! きっとお客さまも喜ぶと思います」
日頃、バゲットサンドを販売しているアッシャーはこのことを気にかけていたのだろう。嬉しそうに恵真に頷いて、返事をする。
恵真もまた、新たなバゲットサンドをどんなものにするか、意欲が湧くのだった。
「見てください! この間のすぺしゃるけあとクリームのおかげで手が荒れないんです!」
「わた、ぼ、僕もそうなんです。皆さんのおかげですね、ありがとうございます」
そう言ってリリアとルースはそれぞれの手を差し出す。冬の間、寒さで荒れていた手は日々のケアもあって改善されていた。
リリアとルースが共に訪れるのは初めてのことである。先日のひな祭りで二人は親交を深めたようだ。つい最近知り合ったとは思えないほど二人は打ち解けているように恵真の目には映る。
緊張し、遠慮してしまうルースもリリアの前では笑顔が見える。
「今日は頑張る自分へのご褒美なんです!」
「べ、勉強にもなるってリリアさんが……」
「違うお店の料理や経営の仕方を学ぶのも大事よ! ……美味しいごはんを食べるのって気分転換にもなるじゃない?」
「ふふ、ありがとう。二人ともゆっくりしていってね」
自分へのご褒美という考え方はこの国にもあるらしい。リリアの言う通り、他店の料理や接客を見るのは学びに繋がる。そして何より、良い気分転換になるのだ。
その場を離れようとした恵真にルースが慌てて声をかける。
「こ、こ、こ」
「こここ?」
鳥の鳴き声のようなルースの言葉に戸惑う恵真に、ルースは息を大きく吸うともう一言話しかける。
「米粉はその後、いかがでしょう!」
「あぁ、米粉ね。リアムさんがアルロ君にも話してくれたんだよね」
「は、はい!」
米粉のことを祖母の瑠璃子に話すと石臼ならば、この世界にもあるのではという言われた。祖母の幼い頃も、蕎麦を引いたりと使っていたというのだ。
石臼があるかとの恵真の問いにルースは安心したように頷く。
「それならアルロの家にあるかと思います。米もありますし、今度試して結果をお知らせしますね」
「上手くいくといいね。米粉で作れるものも色々あるから、米粉にしたら試してみようね」
「エマ様、米粉というのは米の粉、ですよね。パンにも活かせるのでしょうか」
丸い目をさらに大きく開いてリリアは恵真に問いかける。パン屋の娘であるリリアは気になるのだろう。
だが、恵真は返事に悩む。米粉で作る料理の中でもパンは米粉の種類を選ぶ。インディカ米は米粉にしても、さらりとして使いやすいが変に期待を持たせるのも酷だと恵真は思う。
「パンにするには今のところは難しいと思う。まずは作りやすい料理で試していきたいって考えてるの。もし、今後作れそうだったら必ずリリアちゃんにも伝えるね」
「……ご無理を言って申し訳ありません。エマ様、ありがとうございます」
決して否定的ではない恵真の答えだが、リリアは残念そうだ。
それだけ、意欲的に家の仕事に取り組んでいるのだろう。自身の10代のころと比べて、なんて努力家なのだと恵真は思う。ルースにしても自分の能力を生かし、商売を行っているのだ。
頑張る少女二人にあとでそっとサービスの菓子を渡そうと恵真はひそかに思いつつ、その場を後にしたのだった。
*****
「人参ねぇ。確かに小さい子はそんなに好まないわよね。大人だって野菜が苦手な人はたくさんいるもの」
今日のテオの反応を話す恵真に瑠璃子が言う。確かに野菜が苦手な者は恵真の住む世界にも、またマルティアの街にも多くいる。
それこそ初めの頃はバートも野菜をあまり好まない様子であった。
「人参はカロテンも入っていて体にいいし、根菜だし保存が効くでしょう。おまけにあまり季節を問わない食材だから入手し、彩り良くて使い勝手も良いかと思ったんだけどね」
「だけど、人参はメインにはなりにくいし、クセがあるもの。恵真ちゃんは大丈夫だったけど圭太も本当にちっちゃい頃は苦手だったわよ」
「あぁ、お兄ちゃんは人参が苦手だったねでも、嫌いなものを無理して食べさせる気にはならないよねぇ」
「…………そうよねぇ」
祖母の返事の奇妙な間に、恵真はその表情を確認する。どうやら祖母は恵真と視線を合わせたくないらしい。その様子に恵真はピンとくる。
「……おばあちゃん、何か隠してるでしょ?」
そんな恵真の言葉に瑠璃子は観念したのか、ふぅと息を吐く。
「無理やりに食べさせてなんかないわよ? 圭太は喜んで食べてたもの!」
「え、おばあちゃん、どうやったの? 何か特別な調理法とかあるの? 教えて!」
表情を明るくする恵真にさらに瑠璃子は気まずそうな表情になる。
体に良いものを食べて欲しいという気持ちでしたことであったが、隠していたことに違いないのだ。
だが、答えを待つ恵真の姿に瑠璃子は観念する。
「わかったわよ。あのね、人参をすり下ろしてケーキにしてたのよ。ほら、恵真ちゃん好きで食べてたカップケーキあるでしょ?」
「……おばあちゃんがここに来ると良く作ってくれたやつ?」
「元々甘さもあるし、色合いも綺麗でしょ。恵真ちゃんも圭太も喜んで食べてたわー」
「知らなかった……今日まで気付かなかった……」
「知らなくっていいこともあるものよね」
そんな祖母、瑠璃子の言葉に恵真はパッと顔を上げる。その表情は嬉しそうであり、瑠璃子は驚く。
瑠璃子の手を取ると恵真は嬉しそうに微笑む。
「そんなことない! そうだよね、まずは人参が美味しくないっていう思い込みをなくすことから始めるべきだよね! ありがとう、おばあちゃん!」
幼い頃好きだったケーキと祖母の知恵に、新たな発想を貰った恵真はさっそく人参のケーキに挑戦しようとキッチンへと向かうのだった。
春は変化の多い時期ですね。
楽しみや期待がある一方で
不安になることや疲れることも多いかと思います。
ご自愛くださいね。




