122話 春の訪れとそれぞれの変化 4
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恵真は春キャベツを洗い、丁寧に水分を拭き取る。まず半分に切り、その一つをさらに半分に切る。残りのキャベツは冷蔵庫で保存しておいた。
四分の一になった春キャベツを千切りにしていく。柔らかく瑞々しいのが切っている恵真にもわかる。
「二人がいいキャベツを選んでくれたから、美味しいのが出来そう」
「ふふっ、よかったぁ」
「そう言って貰えて安心しました」
冷蔵庫からハムを取り出した恵真はこちらも同じように千切りにしていく。
切った春キャベツはボウルに移し、塩を振り、揉み込む。出た水分を軽く切って、ハムもそこに混ぜていく。
「エマさん、サラダにするの?」
「ううん、これをパンで挟むんだよ。この道具を使うの」
恵真が指さしたのはホットサンドメーカーだ。それに食パンを入れ、キャベツとハムを和えたもの、チーズをパラパラと入れる。もう一枚のパンを上に乗せる。
これをもう一つ作って、蓋を閉め、ぱちりと閉じる。スイッチを押せば、あとは出来上がるのを待つだけだ。
「あとは飲み物だね。紅茶でいいかな?」
「あ、ありがとうございます」
「いいか」と尋ねる恵真だが、そもそも紅茶は庶民は気軽に飲むことは出来ない。ゴヤ茶など、野草を煎じて飲むのが一般的だ。
自分たちに気軽に振舞うことからも、恵真にはその辺りの感覚が疎い面があるとアッシャーは感じていた。
それは高位の立場もあるが、どちらかというと大らかな気性ゆえだろうとも。
買い物にせよ、業者を選ぶにせよ、その辺りの感覚も必要になってくるだろう。アッシャーは自分も場合によっては意見を言おうと考える。
湯を沸かしている恵真は楽し気に皿を取り出しながら話しかける。
「なんか、懐かしいね。二人が二回目に訪ねて来た時、ちょうど私がパンを焼いてたよね」
「はい。それでごちそうになって仕事も頂けて……ありがとうございます」
「ううん、私の方がいつも助けて貰ってるから。二人がいなきゃ、こうしてお店を出来ていなかったなって思うもの。今日だって、こうしてキャベツを買って来て貰ったしね」
恵真の言葉は本心である。この世界に疎い恵真が喫茶エニシを続けていくにはアッシャーとテオ、二人の協力があってこそなのだ。
だが、そう捉えるところも含めてアッシャーは恵真に感謝をしている。雇用関係であり、立場も異なる。それでも、人として対等に接する恵真の行動でアッシャーとテオの生活は大きく変わったのだ。
「あ! 音が鳴った。もう出来たみたい! 今、切って持っていくからね。温かいうちに食べなきゃ」
わたわたとせわしなく恵真は皿を取り出し、パンの焼き加減を確認する。
黒髪黒目の外見に反し、おおらかで接しやすいトーノ・エマの姿にアッシャーはくすくすと笑う。
春は始まりの季節でもある。春に恵真と出会い、アッシャーとテオの日々は変化をした。一年経ち、あらためてその出会いに感謝するアッシャーだった。
*****
「はい、これがホットサンドです。熱いから気を付けて食べてね」
「はい! ありがとうございます」
香ばしく焼けた色合いからもカリッとした食感がわかるホットサンドを、テオがぱくりと頬張る。
「ふ、サックサクだね」
はふはふとテオが口にするパンは耳までしっかり焼けている。中からは千切りのキャベツとハム、とろっとしたチーズが見えた。
再びテオが頬張ると今度はとろりとチーズが伸びる。しゃくしゃくとしたキャベツの食感とハムの塩気、そこにまろやかなチーズの風味が加わる。
「ふふ、パンもカリカリしててキャベツも凄く美味しい」
「うん。キャベツの甘みがこの肉のしょっぱさとチーズの濃厚さを引き立ててるんだな。野菜も旨いだなんて、ここに来るまでは知らなかったもんな」
美味しそうに頬張る二人の姿に、恵真は嬉しそうに微笑む。
恵真に料理を再開したいと感じさせたのは二人のこの姿だ。
誰かが美味しそうに料理を食べてくれる――その姿に恵真は忘れていた料理をする喜びを思い出したのだ。
「そうだね、ハムとチーズだけだとボリュームはあるけど、単調になっちゃうと思う。食感の違いや風味がより美味しさを感じさせるんじゃないかな。あとは、そうだね。二人が美味しいキャベツを選んでくれたからだね」
顔を見合わせた二人はテオは誇らしげに、アッシャーは照れくさそうに笑う。
そのとき、カランと音を立ててドアが開く。お客さんが来たかと慌てる三人だが、現れたのはリアムとバート、よく知っている二人だ。
「いや、なんか今『なんだー』みたいな空気出してるっすけど、オレらも客っすよ? あぁ! なんか旨そうなの食べてるじゃないっすか! トーノ様ー!」
「はいはい、今お二人のもお作りしますね」
「あ、紅茶はハチミツ入りでお願いするっす!」
バートは機嫌良くアッシャーとテオの近くに座る。そんなバートにテオが注意するように指摘する。
「バートはお仕事中なんじゃないの? ダメだよ」
「ほら、オレは特殊任務中みたいなとこがあるっすよ! 優秀っすからね」
「ふーん」
「あ、興味ない感じっすね!」
聞いたものの信憑性の薄いバートの返事にテオは興味をなくしたのか、ホットサンドを口にする。温かいものを温かいうちに食べるのは美味しく食べる上で重要なのだ。
「リアムさんはどうなさったんですか?」
「あぁ、新聞に気になる記事を見つけてな。トーノ様にもご確認頂きたいと思ったんだ」
「私に確認したい記事、ですか?」
この世界で新聞を見るのは初めての恵真は興味を持つ。リアムが差し出した紙は恵真が思い浮かべる新聞とそう変わらないものだ。あらためて、こちらの文字が自動的に翻訳される能力を不思議に思いながら恵真は内容を確かめる。
写真の代わりに絵が描かれており、その男性は見慣れぬ鳥を抱いている。
「なになに、『聖女に会った男、ホロッホの繁殖に成功!』……あれ、ホロッホってあの卵が大きな鳥ですよね? 凄いじゃないですか、これは確かに朗報ですね!」
魔物ホロッホの家畜化が進めば、卵が今以上に普及すると国が家畜化に乗り出していたと聞いたのが昨年のことだ。卵が普及すれば、より多くの料理の調理法を恵真は人々に伝えることが出来ると考える。
だが、リアムは恵真に紙面を指さす。彼が伝えたいのはホロッホの卵の繁殖下ではない。それがどうやって成功したかだ。
「トーノ様、こちらをお読みください。卵の普及も喜ばしいことですが、もっと気になる内容が書かれているんです」
「えーっと、『その成功の裏側にはルイス氏が聖女と出会えた奇跡の日がある。さる雨の日、彼は聖女に出会ったのだ。その方がルイスに豆の知識と共に奇跡を起こした。彼の卵が無精卵であったのを有精卵に変えたのだ。黒髪黒目の女神は――』って、え? これって」
驚く恵真にリアムもバートも頷く。
この記事に書かれたルイスという男は昨年、ホロッホの卵を持って現れた者である。病気の息子のために手に入れた卵が無精卵と知って落ち込むルイスに、恵真は栄養価の高い物が必ずしも肉や卵ばかりではないことを伝えたのだ。
その礼にホロッホの卵を置いていったのだが、卵をクロがちょいちょいと転がしていると色が有精卵のものに変わり、慌ててバートが渡しに行った。
「わ、私じゃないですよ! クロ、クロがやったことです!」
「みゃうう」
「えぇ、おそらくはクロ様のお心遣いです。ですが、彼はその瞬間を見ておりません。記事には『聖女様がハンカチに包み、男にお渡しくださった。それを開くと卵は有精卵に変わっていた』――とありますから」
「あー、トーノさまハンカチに包んで渡しましたもんね」
クロが卵をつつく姿を見ていたのは喫茶エニシにいた恵真たちだけだ。
恵真に豆の知識を貰ったルイスにとって、黒髪黒目の恵真は聖女として映っていた。奇跡を起こしたのが恵真だと考えるのは当然のことだろう。
「彼の持ち帰った卵からホロッホが生まれ、息子が健康になったのもあり、ホロッホを家畜化している施設に寄付しようと考えたそうで。そこから繁殖が成功し出したようですね」
「じゃあ、本当にクロ様のおかげじゃないっすか!」
「みゃう」
「息子さんが健康になったそうだし良かったんだけど……聖女、何もしていないのに心苦しいものがありますね」
なぜか落ち込む恵真だが、リアムからするとこの記事に嘘はない。
ルイスにとって、息子の健康を取り戻すきっかけとなった恵真の存在はまさしく聖女と言っていいだろう。
そんな恵真にアッシャーが声をかける。
「エマさん、パンがもういいみたいですよ」
「あ! リアムさん、バートさんとりあえず座ってください。これね、二人が買ってきたキャベツ作ったんですよ」
「そうだよ、『見極め』ちゃった」
「?」
テオの言葉に首を傾げるリアムとバートだが、恵真が用意してくれる料理が美味しいことは今までの経験からも確実だ。兄弟の隣に座ると、アッシャーもテオも嬉しそうに今から来る料理がどれだけ美味しいかを話し出す。
そんな二人の声にホットサンドを切り分けながら、恵真は頬が緩む。
季節は巡り、春が来た。出会った時を思い起こしつつ、二度目の春を皆と過ごせることに恵真はじんわりと喜びが押し寄せるのを感じるのだった。
新作も書いています。
もふもふとお菓子の話です。
楽しんで頂けるものになるよう努力します。
裏庭のドアも週2更新を3月中は出来ますので…。




