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《1/15 小説3巻・コミカライズ1巻発売!》裏庭のドア、異世界に繋がる ~異世界で趣味だった料理を仕事にしてみます~  作者: 芽生


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 106話 ワインとチャイと温かな心

寒くなると温かな飲み物に惹かれますね。

今回はそんな温かな飲み物のお話です。

冬の晴れ間といった天気の中、喫茶エニシの店主トーノ・エマは深刻な表情で目の前の男を見つめる。男の名はセドリック・グレイ、この街マルティアの冒険者ギルドのギルド長を務める男だ。

 セドリックは困ったように笑いながら、恵真に説明を続けた。


「こちらの金額に問題がないでしょうか? ご必要な時は私かリアムに言ってくだされば、ご用意致しますよ」

「いや金額に問題があるとしたら、間違ってないかなっていう不安があるんですけど」


 提示された金額におずおずと不安を伝える恵真に、セドリックも深刻そうな表情に変わる。そう彼女の言う通り、この金額には問題があるのだ。


「えぇ、確かに問題があるんです」


 その言葉に恵真の表情が安心から柔らかくなる。やはりこの金額は間違っているのだ。セドリックの言葉に恵真は飛びつく。


「やっぱりそうですよね! 少し多過ぎ……」

「本来ならば、もっと支払いたいのですがトーノ様の料理に関しては権利など登録しておりませんので、薬草やバゲットサンドの売り上げが中心です」

「……そうですか」


 自身の意図とは異なる反応にしょげる恵真だが、アッシャーやテオはなぜか誇らしげである。彼らにしてみれば、恵真の働きやそれに協力している自分たちを認めて貰えたような心境なのだ。


「エマさん、頑張ってるもんな。ちゃんとギルドの人も認めてるなんて凄いよ」

「ふふ。でも僕らもそのお仕事を手伝ってるんだよ、凄いよねぇ」

「うん、凄い人の手伝いをしてるんだよな」


 当人たちは小声で話しているつもりらしいが、他に客のいない店内ではしっかりと恵真たちの元へまで会話は届く。気恥ずかしさから顔が赤くなる恵真だが、アッシャーとテオの存在に考えを改める。

 金銭はあって困るものではないのだ。今後、何かしらの問題が起こったときにも、この貯蓄が役に立つ時が来るかもしれない。


「冒険者ギルドって、お金を預かってもらえるんですよね」

「えぇ、今までお預かりした金額がこちらです。今後もこちらに薬草の販売の利益などが入っていきますので、定期的にご報告致しますね」


 セドリックの言葉に恵真は頷く。そう、今すぐ結論を出さなくとも良いのだ。

このことを誰かに話し、金銭を動かすのかも含め、今後のことを相談したほうが良いだろう。


「わかりました。今後もよろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願い致します」


 恵真に金額の報告をしていないことをシャロンに指摘され、セドリックは慌てて喫茶エニシへと向かった。金額面も含め、功績に対して少ないことも誠心誠意向き合ってこいと言われ、晴天の中を暗い気持ちでここに来たのだ。

 だが、金額も恵真はそれほど不快に思ってはいないようである。安心したセドリックは紅茶を一口飲み、部屋を見渡す。

 置かれた家具に魔道具、そして緑の瞳の魔獣がいるこの喫茶エニシの店主にとっては金額など些細な問題なのだろう。彼女が今までしてきたことは金銭のためではない。崇高な信念に基づいたものなのだと改めてセドリックは思う。

 レースのカーテンの合間から見える青空に今日初めて、清々しい思いになるセドリックであった。



*****



「貯蓄が数百万円になるかもしれない!? 待って、OK? ここはひとまず落ち着きましょう」


 帰宅した祖母の瑠璃子に金額を伝えると、驚きで目を見開く。落ち着いていないのは祖母のほうだが、それを見て自分の感覚が間違っていないのだと恵真は思う。

 セドリックがあまりにも当然の顔で言うもので、つい恵真は受け入れてしまったがやはり驚くべき金額だ。


「こっちのお金に計算し直すとの話ね。むこうだと金貨で一枚がディルっていうらしいの。えっと、1ギルは25~30円で計算して、ギル、ダル、ディルでえっと、数百万になるっていうのは本当だと思う。あ、でもあくまで置き換えた場合だから、実際にはまた違うのかなぁ」


 今回、セドリックから聞いた金額をこちらの価格に換算してみたら、その程度の金額になるのだ。

 以前、バートが説明してくれたが1ギルが銅貨、1ダルが銀貨、1ディルが金貨でそれぞれ100枚で次の単位へと移り変わると聞いた。

 喫茶エニシで貨幣を扱うが多くが銅貨のギル、たまに銀貨のダルを見るくらいで、金貨は今まで見たことがない。それだけ庶民に金貨は縁遠いものなのだ。

 

「で、どうするの? 恵真ちゃん」

「そこをおばあちゃんに相談したくって。だって急に『お金がこれだけありますよ。どうしますか?』なんて言われても決断できないでしょう? 優柔不断かもしれないけど」


 そんな恵真の言葉に祖母はぶんぶんと首を横に振る。恵真の両肩をしっかりと手で掴み、真剣な目で孫娘を見つめ断言する。


「お金が関わることにはいっくらでも慎重になっていいのよ! あなた、あれよ、軽率にサインなんかしちゃダメなんだからね!」

「しない! して……あ、今日その報告を聞きましたっていうサインはしちゃった」

「それはいいわよ。で、どうするの? 貯めとくのか使うのか、どっち?」


 勢い良く話しかけていた祖母は急に二択で問いかけるが、恵真としてもそこを悩んでいるのだ。

 貯めておく、これはまず現状維持である。

 次に使う、この選択が難しい。

 生活のために、何か価値のあるものをマルティアで購入し、日本で換金することも可能ではある。

だが、恵真としてはそういった形で商売を広げていく気にはなれない。

何よりそういった売買をすることで脱税などの違法性を、公的機関に疑われる可能性がある。きちんと申告したとしても必要になるのが、その金銭への説明だ。

 「裏庭のドアが異世界に繋がっている」この不可思議な事実は恵真と祖母の瑠璃子しか知らないのだ。

 だが、購入したものをこの場で使ってしまえば問題はない。喫茶エニシで起こっていることはこの場に足を踏み入れた者しかわからないからである。

 些か恵真としては罪悪感が芽生え、胸がチクチクと痛むのだが、ここで得たものをここで還元していくのは健全にも思えた。


「お店の材料を買うお金にしたらどうかな。冒険者ギルドを通して、野菜やお肉を卸して貰えたら楽になるし」


 冬が訪れて、恵真の畑から取れる野菜を使わなくなった分、食材費がかさむ様になった。お隣の岩間さんから野菜を貰ったり、新鮮で安い地場野菜を使ってはいるが、以前より負担が増えたのだ。

 そこを利益で賄えば、経営にかかる食材費の不安はなくなる。

 

「そうね、そもそも商売はそうじゃなくっちゃいけないのよ」

「はい、すみません」


 ピンクのマニキュアに染まった指先で、トンと祖母は恵真の額をつつく。自覚のある指摘に肩を竦め、反省する恵真だがすぐに祖母に笑顔で提案をする。

 マルティアの街から購入したい食材の第一候補に、恵真は大きな期待をしているのだ。


「お米! 私、ルースさんのところからお米を買おうと思ってるの」

「……お米、ってあのパラっとしたお米ね」

「そう! あのお米の可能性って凄くあるんじゃないかな」

「お米の可能性……?」


 米であれば、ある程度は家にもある。あえて、ルースの元で買う必要性が瑠璃子にはないように思える。それならば、新鮮な野菜などを購入した方が便利であろう。

 笑顔を浮かべ、これからの展望を話そうとする恵真が発した米の可能性。そんな不思議な言葉に流石の瑠璃子も、怪訝な表情になるのだった。

 


*****


 

 ホロッホ亭は繁盛店であり、その店主アメリアは多忙である。

 しかし、今年に入ってからは少し様子が違う。

 年末年始を終えた人々は財布のひもが固くなる。これはいつものことである。だが今年は例年以上に雪が降り、寒さも厳しい。これが人々の足を飲食店から遠ざける大きな要因となっていた。

 

 今日は各店の代表がホロッホ亭に集まっている。商業ギルドに加盟してはいるが、個人経営の者ばかりである。わざわざこのようなことでギルドに集まることはしない。

 代わりに時折、このような会合を開いて皆で相談しあうのだ。その結果、何か案が生まれることもある。 

 それ以外の面でも各店で街の情報収集をすることは何かと気付きがあるものだ。簡単な世間話でもお互いの交流を深めることになる。


「この寒さじゃ、どこの店もそりゃ人が来ないよねぇ」


 アメリアの言葉に皆、頷く。自分たちが街で飲食する側ならば、少しでも天候の良い日に足を運ぶであろう。冬場の夜間は特に冷える。家で温かく過ごしたいという気持ちもわからないではない。

 だが、商売をしている身ではそれでは困るのだ。


「おそらく、今年の寒さはしばらく続くかと思います」

「あぁ、リリアの予測だね。あの子の天気への勘はなぜか当たるからねぇ。それじゃ、寒さからは逃れられない。問題はこの寒さの中、どうやって人を集めるかだねぇ」


 パン屋の店主ポールの娘リリアのことを、アメリアは幼い頃から良く知っている。彼女の天候への感覚はかなり敏感で、パンを焼くのにも助かっていると昔からポールが誇らしげに語っていたのだ。

 リリアの勘が外れたとしても寒さが収まる前提で話し合うより、現状の寒さが続くことを踏まえて議論し合った方が建設的でもある。

 だが、アメリアの問いに答えられるものはいない。停滞しつつある話し合いに、アメリアが頭を悩ませていると、おずおずと端っこに座る青年が手を挙げる。

 薄い緑の瞳を隠すようにフードを被ったこの青年は風の魔法使いルースである。米を卸し、販売しているアルロと共に来たのだ。酒風水の件もあり、最近ではアメリアもルースと会話を交わすようになっていた。


「おや、ルース。何か意見があるのかい?」

「あ、えっと、大したことではなくって、その」


 その場にいる皆の注目を一身に浴びたルースは、極度の緊張で言葉を上手く見つけられないようだ。そんなルースの隣でアルロが心配そうな表情で見つめている。

 そんな様子にあえて少し大きな声で、アメリアは周りに同意を求めるように話し出す。


「全然、どんなことだっていいのさ。あたしらだって何かいい案が思いついてるわけじゃない。あんたが先陣切って話してくれたら、他のもんだって話しやすくなるってもんさ。助かるよ、ルース」


 アメリアの言葉に皆も同意したように頷く。まだ若いルースに注がれる視線は温かいものだ。その言葉や視線に背中を押されたのか、ルースはたどたどしく言葉を繋げる。


「あ、あの、寒いと外に出たくないけど、特別なことがあれば皆、出てくるんじゃないかなって。ほ、ほら、皆さんめずらしいこととかお祭りが好きじゃないですか」

「そうだねぇ、冒険者も兵士も皆、刺激を求める者ばっかりだね」


 肯定するアメリアの言葉にほっとしたようにルースは言葉を続ける。これだけ長い会話を、アメリアはルースとしたことがない。彼は礼儀正しいが、寡黙で人と視線を交わすのが苦手な気性でもあるのだ。

 そんな彼がこれだけ長く人前で話すこと、それ自体が勇気のいることであろう。


「は、はい。なので、週末に普段夜は開けないお店も外にお店を開いたらどうかなって。あの、喫茶エニシのバゲットサンドみたく、です。そしたら、皆さん飲み歩きをしたり、食べ歩いていろんなお店に行くんじゃないかな……って思ったんです」


 話し終えたルースが皆を見渡すと、真剣な表情で何やら考え込んでいる。あまり役に立つことではなかったと俯くルースだが、部屋にアメリアの大きな声が響く。


「いいじゃないか! ルース。それなら店の負担も少ないし、買う側の財布の負担もない。飲み歩きしてあちこち行って貰えたら、各店の宣伝にもなるじゃないか。あんた、そりゃ名案だよ」


 アメリアの言葉に力強く他店の店主たちも頷く。彼らが真剣な表情をしていたのは、自分たちの店ならば何を出せるかを検討していたからなのだ。

 自然と広がっていく称賛の声に、ルースはフードをさらに深く被り、頬を赤く染める。

 こうして、マルティアの商店の有志たちで新たな催しが開かれることとなったのだ。 



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