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《1/15 小説3巻・コミカライズ1巻発売!》裏庭のドア、異世界に繋がる ~異世界で趣味だった料理を仕事にしてみます~  作者: 芽生


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 89話 とある依頼とパンデピス 2

読んでくださり、ありがとうございます。


 窓から冬の空を見た恵真は、今日のメインを煮込み料理にしてよかったと思う。この空の下訪れた人々には温かい料理は特に喜ばれるだろう。

 バゲットサンドを販売しに行ったアッシャーとテオにも何か温かい飲み物を出そうとキッチンへ向かった恵真に、慌てて外から戻ってきた2人の声が聞こえる。


 「エマさん、大変! 大きな男の人が怖い顔して立ってる!」

 「え?」


 振り向いた恵真にアッシャーとテオが真剣な表情で訴える。


 「僕らがバゲットサンドを販売してるのを遠巻きにじっと見てたんですが、売り切れたのを見て急にこっちに向かってきたんです!」

 「大変、念のためドアの鍵を閉めておきましょう!」

 「はい!」


 返事をしたアッシャーがドアの方に振り向くより早くドアが開く。

 ドアの前に立つアッシャーに大きな影が差した。

 ぬっとあらわれたその男は確かに大柄で背はドアと同じくらいあるだろう。眉間に深い皺を寄せ、こちらを見る眼孔は鋭く厳しい。

 そんな男が店に入ってきたのだ。恵真は慌ててアッシャーの前に立つ。その右手にはフライパンをしっかり持っている。

 

 「な、なにか御用でしょうか?」

 「……黒髪に黒目」

 「!」


 恵真の肩がびくりと揺れる。黒髪に黒目の恵真の姿はこの国周辺では特別視されると聞いている。店に入って第一声がそれということは目的は恵真にあるのだろう。

 恵真はアッシャーとテオを見る。その強張った表情から怯えていることがわかる。どうにかしてこの二人だけでもこの場から逃がすことは出来ないだろうかと考える恵真に、クロがのんびりとうたた寝をしている姿が目に入る。

 ちっとも緊張感のないその姿にクロが頼りにならないと悟った恵真は、キッと大柄な男を見つめる。何かあれば身を盾にして兄弟を守ろうと、険しい表情をした大男に恵真は対峙した。

 先に動いたのは大男だった。大きな影が恵真とアッシャーにかかり、咄嗟に恵真は左手をアッシャーの前に出して庇おうとする。

 だが、次に目にした光景は予想外のものだ。


 「どうかお嬢様をお助けください!!」


 大男はその立派な体躯を小さくして、恵真の前に頭を下げたのだ。

 フライパンを握りしめた恵真は、その姿に目を瞬かせる。

 うたた寝をしたクロはむにゃむにゃと口を動かし、さらに深い眠りに入っていくのだった。



*****

 


 コトリと音を立てて置かれたカップを大男は大きな手で包み込む。

 アッシャーたちがバゲットサンドを販売するのを待っている間に体がすっかり冷えてしまったようだ。

 一口紅茶を飲み、ふぅと息を吐いた大男は眉を下げ、恐縮した様子で恵真に謝る。


 「す、すいません。お嬢さん方を驚かせるつもりはまったくなかったんです。パンの販売が終わって、次の仕事が始まる前に早く話しかけなけりゃと思って、慌ててこんなことになっちまって申し訳ないことです」

 

 すっかりしょげ返った様子の大男は、大きな体を小さく丸めて反省しきりだ。

 初めの印象とだいぶ違うその男に恵真たちは困惑する。

 だが、どうやら害意はないらしい。そもそもそうであったなら、防衛魔法がかけられた裏庭のドアを超えて店の中には入れないのだ。

すぅすぅと寝息を立てるクロの様子も、彼が安全な人物であれば腑に落ちる。念のためアッシャーとテオは入り口近くに座らせたが、不要であったかもしれないと恵真は思う。

 だが、彼がなぜここに来たのかはまだわからない。口を開くのを待つ恵真に再び大男は頭を下げた。


 「こんなことを使われてる側の私が言うのは出過ぎたことです。でもどうしてもあなた様にお嬢さんの力になってほしいんです」

 「どういったお話なのでしょうか」

 「旦那様がギルドを通じてご依頼をした件です」

 

 その言葉で恵真は先日リアムを通じ、冒険者ギルドから依頼を受けた卵を使わない菓子の話が頭に浮かぶ。

だが、この大男がその依頼とどのような関係があるというのかが恵真にはわからない。恵真の表情にもその疑問は出ていたのだろう。大男が静かに話し出す。


 「私はそちらの家で料理人をやっているトレヴァーと言います。うちのお嬢様は小さな頃から卵を食べると発疹が現れます。ですから、うちの厨房では一切卵は使いません。でも、他家主催の茶会でお嬢様は卵を口にしてしまって……それ以来、外で食事をできなくなってしまったんです」

 

 リアムから聞いていた話に新たな情報が加わり、恵真はトレヴァーがその貴族の家の者なのだろうと確信する。

卵が食べられないという情報は簡単に口外できないものだとリアムから聞いているのだ。そんな重要な情報を持っているのだから、その家の料理人で間違いないだろう。

 

 「それは大変でしたね。そんなことがあれば、外での食事が怖くなるのも無理はありません」

 「いえ、問題はそれだけではないんです。お嬢様が体調を崩されるのを見た者たちが当時流行していた感染症か毒を盛られたのではと勘違いし、過剰に反応したんです。そのときの周囲の態度にお嬢様は傷付いて……その影響が強いのかと思います」

 「正しい知識があればそんなことはならなかったでしょうに」


 少女であろうその子がどれだけ傷付いただろうと悲し気に目を伏せた恵真にトレヴァーは少し表情を和らげる。

この症状に理解を示してくれるものは少ない。グラント侯爵家に勤める者でさえ、症状を見たことがない者は半信半疑だ。

 愛娘のために噂でしかない黒髪の聖女を探した侯爵の判断は間違いなかったのだとトレヴァーは思う。

 

 「きっとそう言った事情をご当主であるメルヴィン様はギルドにもお話しになっていないかと思います。そもそも卵を食すと危険であることも知られない方が良いのですから」

 「そうですね……」


 独立した組織である冒険者ギルドを信用しての依頼であろうことは恵真にも推測できる。 場合によってはその事情を悪用する者が出る可能性もあるのだ。情報は信頼できる者以外には渡せない、

食事を恵真に依頼したいというのは冒険者ギルド、そして恵真への期待の高さでもあるのだろう。


 「その会はお嬢様の今後を左右する重要なもの。私たちもグラント侯爵家の料理人として精一杯努めます。ですが、卵を使わない菓子がなかなか上手く作れないのです」


洋菓子の多くは卵を使う。卵を使わず菓子を作るとすれば、菓子の選択は狭まる。華やかな会にふさわしい菓子であれば、尚更悩むことだろう。


「あなた様のお力を貸して頂ければさらに素晴らしい会になるでしょう。何卒よろしくお願い致します」

 

 そう言って席を立ち、トレヴァーは再び深く頭を下げた。

 冒険者ギルドよりも詳細な話を聞いた恵真の心は動かされる。料理人であるトレヴァーが自分の意志で、わざわざ恵真の元に足を運ぶという事がその家の在り方を伝えている。何より少女が安心して食事を出来るための料理だ。その機会に手を貸すのを拒みたくはなかった。

 恵真はトレヴァーの瞳を見つめる。厳つい顔の男の瞳は意外にもつぶらで可愛らしいものだ。

この場で答えを出すことは出来ないと彼に伝えはしたものの、内心では少女の力になろうと料理を考え出す恵真であった。



*****


 

 貴族への知識に乏しい恵真だが、やはり貴族の集まりであるならば華やかなものが好まれるのだろうとは想像がつく。

だが問題は洋菓子の多くは卵を使うことが多いことだ。ゼリーやムースなど冷たい菓子であれば問題ないが、それでは現地に運ぶ難しさがあるだろう。

 そんなことを考える恵真の目に、ソファーでガリゴリと携帯食を齧る少年の姿が映る。じっと彼を見つめながら微笑みを浮かべる恵真に、何か面倒事の予感を察したのだろう。オリヴィエは眉をしかめる。


 「ボクはやらないよ!」

 「まだ何も言ってないでしょう? 言おうとは思ってたけど」

 「ほら、やっぱりそうじゃないか! リアム、ボクはやらないよ!」


 恵真から依頼を受ける意思を伝えられたリアムはオリヴィエの様子に苦笑いする。余程、前回の収穫祭で懲りたのだろう。今回は先に宣言することにしたようだ。

 だが、そんなオリヴィエの様子にも恵真は気にした様子はない。


 「じゃあ、クーラーボックスを使うしかないかな」

 「クーラーボックス?」


 聞き慣れないその響きにリアムもオリヴィエも聞き返し、視線を交わす。

 恵真から知らぬ言葉を聞く場合、何かしらこちらの予想を超える物が出てくるのだ。そんな2人にニコニコと恵真はクーラーボックスを説明する。


 「冷たいものを冷たいまま運ぶ道具なんです。それをトレヴァーさんに貸し出せば、冷たいお菓子も運べますよね!」

 「バカじゃないの! そんな貴重な魔道具を貴族に貸し出すなんて不用心もいいとこだよ! こんな魔道具をどこで手に入れたんだって大騒ぎになるじゃないか」

 「じゃあ、トレヴァーさんに秘密にして貰って」

 「その料理人以外の者もおりますから難しいかと思います」

 「そんな……。じゃあどうしたらいいんでしょう」

 

 すっかり困り切った様子でしょげかえる恵真に、アッシャーとテオも同じように悲しげな表情でオリヴィエを見る。じっと見つめるその姿は元王宮魔導師であるオリヴィエが力を貸してくれると信じて疑わないものだ。

 その瞳の力には元王宮魔導師であるオリヴィエも敵わない。肩を竦めてこの国随一の魔導師は言う。


 「あー、もう! 僕が魔法をかけるよ! まったく常識がなさすぎる!」

 「ありがとう! オリヴィエ君!」

 「ありがとうございます!オリヴィエのお兄さん!」

 「これで安心だねぇ」


 オリヴィエの言葉に嬉しそうに笑いあう3人に、オリヴィエは不服そうにむくれている。なんだかんだと言いながらもいつの間にか、喫茶エニシに居場所を見つけた古い友人の姿にリアムは口元を緩める。

 特別な存在である者もまた周囲から距離を置かれるものなのだ。アッシャーとテオと同じように少年として過ごす友人の姿にリアムは安堵する。

 冷たい風の吹く冬の始まりだが、喫茶エニシでは温かな空気に包まれていた。

 

 

 

お住まいの地域によっては

そろそろ雪が降っているのかもしれません。

寒くなってきましたね。

多忙なこの時期、お体にお気を付けください。

次回は12/9です。

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