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《1/15 小説3巻・コミカライズ1巻発売!》裏庭のドア、異世界に繋がる ~異世界で趣味だった料理を仕事にしてみます~  作者: 芽生


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 87話 とある依頼とパンデピス

いつも読んでくださり、ありがとうございます。

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 冒険者ギルドを通じ、とある貴族から依頼があったと聞いたリアムだが、目の前に座るギルド長セドリックはなかなか口を開かない。言わなくてもいいことまで喋るこの男にしては珍しいことである。

 余程言いづらい依頼なのかと警戒するリアムだが、セドリックの横に立つ副ギルド長のシャロンがにっこりと微笑む。


 「こちらの依頼ですが、難しい場合は断って頂いても構いません」

 「なっ! シャロン、まだ内容を言ってないだろ!」

 「では、早くその内容をお伝えしてください。呼び出しておいてお待たせするのも失礼ですよ」

 「っ、そうだな。すまないな、リアム。今回の依頼はその、少し変わったものなんだ。シャロンが言った通り、断っても問題ない。俺たちが対処する」

 「そこまで言うとは面倒な相手なのか?」


 貴族の中には無理を通そうとする者がいる。独自の自治を保つギルドにおいても自身の力が通用すると考えているのだ。自由好む冒険者との相性は特に悪い。

 そのため、マルティアの冒険者ギルドで貴族の依頼があった場合、リアムが対応することが多い。侯爵家の生まれであり、物腰の柔らかな対応は貴族のご令嬢にも受けが良い。中には再び、何かしら理由を付けリアムを指名してくるご令嬢方も少なくはない。

 またそのようなことなのかと尋ねるリアムにセドリックは首を振る。


 「いや、今回の依頼主は寛大で公平な方だから依頼を断っても大事にはならないだろう。どちらかというとあちらも無理を承知でおっしゃってるようなんだ。あ、娘さんはいるがまだ幼いからな、安心しろ」

 「で、何が問題なんだ」


 寛大で公平な気性を持つ貴族で断っても問題ない依頼であるならば、このようにセドリックが言いづらそうにする理由はないはずだ。

 リアムの言葉にちらりと横目でシャロンを見たセドリックだが、シャロンが首を振る様子に大きなため息を吐き話し出した。

 依頼の内容を聞いたリアムは大きな手で紺碧の髪をかき上げ、セドリックよりも大きなため息を吐くのであった。



*****


 「冒険者ギルドから私に依頼!?」


 喫茶エニシに訪れたリアムから伝えられた話に恵真は驚く。

 確かにバゲットサンドを販売するために冒険者ギルドに所属はしたが、まさか自分に依頼が来るとは思ってもいなかったのだ。

 ちょうど客のいなかった店に、リアムに頼まれたアッシャーがドアに鍵をかけたため、この場にいるのはリアム以外はいつもの喫茶エニシの3人である。

 

 「えぇ、私も驚いているところです」


 そう言ってリアムは深いため息を吐く。冒険者ギルドに恵真を所属させたのは、貴族や王家から守る意味合いが強い。断ってもいいと前置きされた依頼ではあるが、それがどういう結果になるのかリアムもセドリックも予測がつかない。

 ドアの外に出なければ、恵真の身の安全は確保される。それは間違いないのだが、どうすることが恵真にとって最善なのかが迷うところである。

 だが、ギルドとしては依頼主に伝える必要があるとこうしてリアムが喫茶エニシに訪れたのだ。


 「それで依頼の内容ってどんなものなんですか?」

 「それもまた特殊なもので、トーノ様に菓子を作って頂きたいそうなんです」

 「お菓子?」


 恵真は首を傾げる。この街で砂糖は入手しにくいと聞くが貴族であれば問題ないだろう。わざわざ恵真に頼む理由がわからない。

 そう思った恵真に気付いたのだろう。リアムが恵真を見て頷く。

 

 「えぇ、卵を使わない菓子だそうです」

 「卵を使わないお菓子、ですか」


 突然舞い込んだ自身への依頼、そしてその内容に恵真は目を瞬かせながらもリアムに依頼の詳細を尋ねるのだった。

 

 


 「トーノ様は一部の食品に対し、体が拒絶する症状をご存じでしょうか」

 「えぇ、食物アレルギーですね。確かに一部の食品で体に発疹やかゆみ、ひどいときには命にかかわる症状が現れると聞いたことがあります」

 

 食品に限らずアレルギーはある。恵真の家族も猫アレルギーがあるため、恵真が祖母の元に来ることとなったのだ。

おそらく、先程の依頼の「卵を使わない菓子」という内容にもそれが関係しているのであろう。

 

 「ご存じなのですね。トーノ様のお生まれになった国ではよくある症状なのでしょうか。この国ではまだ少数で知られていないのです。その方は貴族ですし、逆にそれを悪用されてはならないと家の者以外には知らせていらっしゃらないそうで」

 「私の家族にも食事ではなく違うアレルギーを持っている者もいるので。卵がダメでお菓子を卵なしでということなんですね」 

 

 恵真の言葉にリアムが頷く。

 

 「えぇ、その方のご令嬢が卵を食べるとひどく症状が出るそうで、ご家庭では一切の卵料理を出さないそうです。ですが他ではそうはいきません。そのため、社交の場に出ることを避けていらっしゃるそうです。夫人もお体が弱く、こう言っては失礼なのですが高位貴族でありながら社交界では影が薄いと言われております」

 「あの、この国では卵が少し高価だと聞いたんですが……」


 恵真の感覚では卵は栄養バランスのいい食品で、日頃から摂るものだが、この国ではそうではないという。であれば、そこまで食卓に上がらないのではと恵真は考えたのだ。

 ちらりと恵真が視線を近くで休憩していたアッシャーとテオに向けると2人ともうんうんと頷く。

今日のおやつは温かいミルクティーとクッキーだ。部屋とミルクティーの温かさで頬を染めたテオが恵真に言う。


 「でもお貴族様は高価なものが好きだから」

 「え?」

 「テオの言う通り、貴族は高価なものを自身の力を誇示するために使います。それは料理でも同じことなんです。香辛料を強く使うのもそのためですね。卵もどこに使われているかわからないので、一切口にできないのです」

 「なるほど。それでは社交は怖いですよね」


 どこに卵が入っているのかわからない状況では、口に出来るのは飲み物くらいであろう。

もし、食事を勧められて食べないのであれば相手に対し礼を失する可能性がある。だが、弱みとなる情報を知らせることも出来ない。それゆえ、茶会や夜会などに不参加となれば社交の場において立場が弱くなる。

 貴族には貴族の悩みがあるものだと恵真は思う。


 「えぇ、ですが貴族であればそうも言っていられません。その方は侯爵家の方なんです。侍女を選ぶ時期に入り、ご自身で招宴を開くことになったそうで」

 「あぁ、自分の家で開くなら食事も安全ですね。それで私に依頼が入ったと」


納得した様子の恵真だが、リアムとしてはこの依頼に賛成出来ない。何より優先すべきは恵真の安全なのだ。


「はい。その会の品の一部をトーノ様にご依頼したいそうなのです。もちろん、トーノ様をそちらに行かせるつもりはありません。集まった貴族の前にそのお姿で出れば彼らがトーノ様を手放さないでしょう」

 「じゃあお断りしよう! お貴族様は怖いもの」

 「テオ、依頼の話に口を挟んじゃダメだろ」

 「だって、エマさんが」


 黒髪黒目と注目を集める恵真だが、裏庭のドアもありクロもいる。喫茶エニシで危険なことはないが、心配してくれる兄弟の気持ちは嬉しいものだ。心配するテオと困ったように弟を止めるアッシャーに恵真は笑顔を向ける。


 「心配してくれてありがとう。そうね、うん。リアムさん、少し考える時間を頂いてもいいでしょうか」

 「もちろんです。お相手の方ですが、実直で不正を嫌う方です。断って頂いても問題にはならない方かと思います。だから、テオやアッシャーも安心しなさい」


 リアムの言葉にテオはぱあっと表情を明るくし、アッシャーはほっとしたような表情になる。

自分のことを心配する可愛い兄弟に、恵真はお代わりのミルクティーを入れようと再び湯を沸かすのだった。



*****

 

 「喫茶エニシ?」

 「あぁ、そうだよ。今、冒険者ギルドを通じて依頼を出しているんだ。今度の会で出す菓子を作って貰おうと思ってね」

 「そう……」


 父メルヴィンは娘シャーロットに笑いかけるが彼女の表情は優れない。

 宴席の日が近づく度に表情が強張り、暗くなっていく娘に心を痛めるメルヴィンだが、グラント侯爵家の娘として侍女をつける必要がある。

 早いうちに信用できる者を置く予定だったのだが、ある茶会で気付かぬうちにシャーロットが卵料理を口にした。

 そのとき発疹とかゆみが広がる様子に、知識のない者たちが当時流行していた感染症か毒なのではと騒ぎ立てたのだ。幸い少量であったため大事には至らなかったが、その日よりシャーロットは人の多い場や食事をする場を敬遠してしまった。

 メルヴィンは生真面目、妻であるアデレイドも体が弱く社交が不得手であるのも拍車をかけ、グラント侯爵家はその高い地位を考えると周囲とは疎遠な傾向にある。


 「私につきたい令嬢なんていないと思います。体が弱い私ではその子たちに迷惑がかかるでしょう」

 「だが、お前は本当は体が弱いわけではないだろう」

 「……」

 

 その言葉にシャーロットは唇をかむ。あの日、彼女が会場で苦しんでいた時、側にいた令嬢や子息たちは恐れ離れていったのだ。その恐怖や不信感はそう簡単に拭えるものではない。

 だがシャーロットは侯爵家の令嬢だ。信頼できる侍女が近くにいることは彼女の将来にとっても重要なことなのだ。

 聞き取れないほど小さいため息を溢す娘の姿に、メルヴィンは内心で心を痛めながらも彼女に微笑みを向ける。


 「大丈夫だ。きっと良い会になる」

 「……そうだといいのですけれど」


 そう言ってシャーロットは窓の外を見る。

 冬の空は薄暗く曇り、まだ朝だというのに寒々しい。その色合いに自身のこれからを重ねたシャーロットは先程より大きなため息を吐くのだった。

 

 

12月に入り、恵真たちの世界でも

冬が訪れています。

明日も更新いたします。

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