表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
《1/15 小説3巻・コミカライズ1巻発売!》裏庭のドア、異世界に繋がる ~異世界で趣味だった料理を仕事にしてみます~  作者: 芽生


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

104/256

 87話 秋の実りの収穫祭 5

いつも読んで頂きありがとうございます。

今回で収穫祭のお話が終わりです。


 収穫祭に賑わう街を歩いたリアムは教会の前で足を止める。

 馬車で乗り付けた貴族の使いから寄付金が入った袋を受け取るのは司祭と修道士たちだ。その遥か遠くで何かを受け取る人々の姿が見える。

 おそらく教会の支給で民に配布しているのだろうが、寄付を受け取る司祭の服の仕立ての良さと修道士から食料を受け取る人々の姿は対照的だ。貴族が渡した寄付の行く末がどちらに向かうのかはその姿で明らかである。

 貴族であり、寄付をしにきたリアムは冒険者の姿で司祭たちの前に立つ。怪訝そうにリアムを見上げた司祭だが、その顔を確かめると些か慇懃に挨拶をする。


 「これはエヴァンス家の御方。今日この日は女神の信仰を試される場、その場に参られるとはいかが致しましたか?」

 「私も寄付をしたので、女神の身元に挨拶に参ったのだ」

 

 その言葉に思い出したかのように司祭は頷く。侯爵家の生まれであり、冒険者としても街を守るリアムに対して、司祭がこのような態度を取るのは教会側のエヴァンス家に対する強い反発があるからだ。


 「あぁ、そう言えばあなたからも冒険者ギルドを通じ、寄付がありましたね。ただ、冒険者となられたあなたと違い、教会には血生臭いものは不似合いで困惑していたところです」

 

 追従するかのように周りの修道士たちも笑う。

 女神の信仰に置いて肉食は禁止されてはいない。積極的な殺傷が禁じられているだけである。そのため、司祭たちや上層部も食しているという噂がある。

今回も彼らが冒険者となったリアムを貶めるために言っているのは明らかだ。その意図に気付いているリアムだが、不思議そうに司祭に尋ねる。


 「命もまた女神の恵み、頂いた命をないがしろになさるのですか」

 「我々の口に合わないだけです」

 「あなた方のためではなく、教会に救いを求める人々のための寄付です。収穫祭の趣旨をお忘れになったのでしょうか」

 「……」


 その言葉に無言で不快そうに顔を歪める男の姿にリアムは背を向けて歩き出す。あくまで、寄付をし教会にも挨拶に向かったという事実があれば良いのだ。リアムとしても積極的に彼らと会話を楽しむ気は始めからない。

 数歩進んだ後、リアムは思い出したかのように司祭たちを振り返る。


 「あぁ、ですが血生臭いものが口に合わずとも足には合うご様子で。次回はその足に似合う革の靴でも寄付致しましょうか。では」


 質の良い革靴を履く司祭たちの足元をちらりと見て微笑んだリアムが再び背を向ける。その姿を憎らし気に睨む視線を感じつつ、リアムは恩師が待つ信仰会の元へと急ぐのであった。



*****


 

 「あぁ、エヴァンス君! 来てくれたんだね」

 「クラーク先生」


 子どもたちが嬉しそうに木の器を抱え、湯気を立てるスープを木のスプーンですくう。それをよそうのは信仰会の修道士たちだ。

 先程の教会の修道士たちとは対照的に質素な修道着に身を包む信仰会の修道士たちは、にこやかに人々に声をかける。

 街外れのディグル地域にも近い、信仰会の集会所は見た目からして古く簡素なものだ。だが、そこには人々が集い、子どもたちの笑い声が響く。そんな中で汗を拭いつつ、恩師であるケインがリアムへと歩いてくる。


 「君たちの寄付のおかげでこのとおり順調だよ」

 「君たち、ですか」

 

 リアムの言葉に笑顔でケインが頷く。


 「君が寄付してくれた肉の他に、冒険者ギルドの有志からということで肉を貰えたんだよ。君の家庭教師をしていたことを知ったギルドの配慮だろうね。君の人徳だ」

 「いえ、彼らが信仰会の活動を知っていたからでしょう」


 冒険者ギルドが肉を届けると言ったのはそんな意図もあったのかと副ギルド長であるシャロンの細やかな心遣いをリアムは嬉しく思う。ほんの少し口元を緩めたリアムを見てケインは微笑んだ後、まつ毛を伏せる。

 温かな食事を摂るディグル地域の人々を見ながら、リアムの恩師である彼は謝罪の言葉を口にした。


 「すまなかったね、エヴァンス君。僕は昔の知人であることを利用した。君の善意を利用したんだ」

 「クラーク先生」

 「でもね、同時に後悔もしていないんだ。人々のためになら僕はきっとまた誰かの善意を利用するだろう。……がっかりしたかい」


 寂し気に笑うケインの目元には皺が寄る。その優しい笑顔はかつて教え子であったリアムにも度々向けられた。リアムが迷うとき、立ち止まったとき、家族ではない彼は親身になって支えてくれた。

 リアムが冒険者の道を選ぶという事を始めに相談したのは他でもないケインである。家族に話す前にその意図や目的を聞いたケインは、父や兄に伝える際にも同行してくれたのだ。少年であったリアムにとって彼は行く先を導いてくれた恩師である。


 「いえ、先生はお変わりになられていませんでした」

 「え?」

 「誰かのために手を差し伸べて、自ら動く。先生の姿はあの頃から何も変わってはいません。悩む私に道は一つではないと指示してくださったのは先生です。そしてそんな話を覚えていてくださった」

 「それは、当然のことだよ」

 

 リアムを訪ねてきたあの日、ケインは冒険者としてそこにいるリアムに対し、「君らしい生き方をしているんだね」そう言った。その言葉にリアムはどこか安堵したのだ。自ら歩んだ道が間違っているとは思わない。だが、はたから見れば理解できぬものであろうともわかっている。

 久しぶりに会った恩師は何気なく彼の在り方を肯定したのだ。

 そんな彼の足元は質の良い革靴ではなく、草で編んだサンダルを履き、足は土で汚れている。年を重ねた彼の恩師の眼差しはかつてと変わらない優しさに満ちたものだ。

 

 「先生はお変わりになっておりません。今、この光景を見てそう思います」

 「ありがとう、エヴァンス君」


 目の前にある古びた集会所に集う人々は、温かな食事に笑顔を見せる。年齢も性別も様々な人々だが、彼らは今、同じ食事を摂っている。

 冬を迎える前の収穫祭、不安ではなく笑顔で過ごせているのは信仰会の者たちの心遣いの成果だろう。そして、これからもケインたち修道士は彼らとともにあるはずだ。

 自分らしい生き方をしているのはケインも同じである。手が足りぬ仲間に声を掛けられ、走っていく後ろ姿を見送りつつ、やはりクラーク・ケインは自身の恩師であるとリアムは思ったのだった。



*****



 喫茶エニシの看板を持ってバートとアッシャーが店に入ってくるのを、恵真は笑顔で迎える。今日は少し早めに店を閉めることにしたのだ。理由は提供する食事が完売御礼となったためだ。

 アッシャーとテオは今日も大活躍で、それを労うためにも恵真は早めに店を閉め、軽い食事を摂るつもりなのだ。

 恵真は今、彼らのためにホットケーキを焼いている。カウンターの前に座るテオはそわそわと兄のアッシャーが座るのを待っていた。

 

 「いやー、お疲れ様っす。例年以上に盛り上がった収穫祭だったっすね」

 「バートは何もしてないでしょ」

 「な、何言ってるんすか! オレだって街の警備で忙しかったんすよ!」

 「でも、エマさんに食材を持ってきてないもん」

 「うっ! それは……」


 そう言ってもごもごと口ごもるバートはちらりと恵真の方を見る。恵真はというとクスクス笑っているばかりだ。

 今回、アッシャーたちも含め、皆が持ち寄る形で料理を作った。では、バートはというとカウンターにあるガラス瓶に生けられた花が彼の差し入れなのだ。アッシャーたちが来るより前に、喫茶エニシに花を届けたバートは「これがオレからってことは絶対に! 秘密っすよ!」そう言い残して足早に去っていった。

 当日に持ってきたため食材ではなく花にしたのだろうと意外にも細やかなバートの心遣いを恵真は飾っておいたのだ。

 とはいえ、秘密であるため黙っておこうと恵真は笑って見守るばかりだ。

 

 「ほらほら、アッシャー君もテオ君もホットケーキが出来るよ。オリヴィエ君はどうする?」

 「…………いらない」


 ソファーの上でぐったりとしているのはオリヴィエだ。

 いるだけでいいと言われ来てみれば、配膳やら会計やらを頼まれ、この時間まで働いていた。携帯食を齧る暇もない。普段なら文句を言うオリヴィエだが、そんな元気もないらしい。

 そこへドアを叩く音がし、訪ねてきたのがリアムである。

 ソファーに寝転ぶオリヴィエの姿に何があったのか悟ったリアムが笑いを堪える。


 「リアム、こうなることわかってたね?」

 「いや、お前がここまで体力がないとは思わなかったよ」

 「ボクは魔導師だからね! 繊細に出来てるの!」

 「いや、元気になったようで何よりだ」

 

 むくっと起き上がり、文句を言うオリヴィエの様子にアッシャーも安心して話しかける。

 

 「よかった! オリヴィエのお兄さん、元気になって。本当に今日は来てくれて助かりました。きっと僕らだけじゃ上手くいかないこともあったと思うんです。なぁ、テオ」

 「うん、お客さんを案内したり、片付けたり指示してくれたからぼくらも困らなかったよね」

 「……そう」


 その言葉にむくれながらも悪い気がしないオリヴィエだが素っ気ない態度である。そんなアッシャーたちに恵真が声をかける。


 「アッシャー君、ホットケーキが出来たよ。オリヴィエ君にはスープがあるの。携帯食と一緒に食べてね」

 「お兄ちゃん、早く早く! オリヴィエのお兄さんもこっちに座って!」

 「うん!」

 「え、あ、あぁ」


 早くホットケーキを食べたいテオに促されて、慌てて2人もカウンター席に座る。左からオリヴィエ、アッシャー、テオと座る姿をリアムは感慨深く思う。特殊な環境に身を置いていたオリヴィエもここでは子どもの1人に過ぎないのだ。

 

 「リアムさんとバートさんにも今お作りしますね」

 「はいっす! おとなしく待ってるっす!」

 「ありがとうございます」


 賑やかな収穫祭も無事幕を下ろし、次に待つのは厳しい冬である。

 少しづつ移り変わる季節の中、今日も喫茶エニシには笑い声が溢れていた。

 

 

賑やかな収穫祭が終わり、次回からは12月

冬のお話になっていきます

12/2に更新予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ