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God of Labyrinth  作者: 無月
二章 白紙のページ
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番外編 黄色の栞

 無数に並ぶ緑色の培養液の中には、おぞましい赤い瞳がハリスを睨んでいる。


 古城のように静かに建つ、排他的な研究施設にハリスは暮らしていた。

 物心つく頃には母は他界し、研究所で働く父グレルが育てていたが、研究対象だったハリスは消毒液の刺激的な臭いがこびりついた医務室や実験場を行き来する日々だ。


 枯葉の身体構造の研究。

 白葉の要請で枯葉と人の汎用性をはかるためだったが、それは人々にとってためになるものではない。ムシクイの影響でか、少ない確率で紋章樹に渡った本は穢され枯葉となる。

 本は魂そのものであり、枯葉は元人間。施設で行われていた研究はムシクイの影響を受けていない一般人を枯葉のように変質させる。

 だが、身体的能力を引き上げはしたものの、理性や感情をなくした化け物しか生み出さなかった。


 年齢を問わず、行き場を失った人々を利用しての実験。それは、人道から逸脱した行動でしかない。

 この研究に何の意味があるかなど、当時のハリスは考えることが出来なかった。

 

 グレルの研究は枯葉のことだけではなく、紋章樹に関連する異世界人についても深く興味を示していた。

 紋章樹の地脈を調べ、結晶化した草花を採取しては何度も実験を繰り返すことが主だ。

 ハリスにとって父グレルは唯一の肉親ではあったが、お互いをよく知ろうとはせず会話もない淡泊な関係だった。

 ただ、他の研究員たちよりかはマシな方だ。

 黒葉の能力を持ち、枯葉耐性と感情の制御が出来るとの理由で監視が強いうえに特別視してくる。研究員たちの好奇心の的なのだ。


 だが一つだけ、ハリスには研究員たちも知らない能力があった。

 

 それは、記憶を消すこと。

 

 ハリスの潜在的能力を引き出すため、グレルが独断で進めていた研究だ。

 その時のグレルは苦い顔で結果内容を確認していた。

 

「いいかいハリス。この能力だけは誰にも言ってはいけないよ」


 グレルの言葉をハリスは呑み込み口を閉じた。

 沈黙を保ち我慢を続ければ自身は守られる。首を横に振れば人を欺けることが出来た。研究者以外にハリスと言葉を交わそうとする人物はいなかったからだ。

 だが、誰とも関わることなく過ごす筈だったハリスに声をかけてきた少年がいた。 


「いつも独りだよね。それはとても寂しいことだし、皆といた方が絶対良いと思うんだ」

 

 窓のない、寂れた白い一室。人から隠れるよう、部屋の隅で体を丸めていた時のこと。

 烏色の髪を後ろで束ね、年の割には幼い顔立ちの少年は光を宿さない瞳と張りぼての笑顔を浮かべていた。


 ハリスはラインの姿に警戒し、言葉を交わすことが出来なかった。

 自分の正しさを他人に押しつけている。そんな空気がそこにあるようで、ハリスは息苦しかった。

 もう関わらないようにしようと決めた次の日。悪夢のような追いかけっこがハリスを待ち受けていた。


「ねえ、お話ししないかい? 僕、前から君とお話がしたかったんだ」


 どこからともなく現れ、暗黒笑顔で迫り来るラインにどう対応していいか分からない。とにかく逃げなければいけないと、言い知れぬ恐怖がハリスを襲う。


 ラインはことあるごとにハリスを追い回し、お節介まがいな行動を取ってくる。

 笑顔で明るく振る舞え。

 背中を伸ばして前を向いて歩け。

 何かする時は怖気づ強気で凛としろ。

 そんなことを脇で口酸っぱく言ってくる。そんな言葉をハリスは無視し続けた。


「あいつには諦めの文字はないのか。いつも変な笑顔だし、本当に何なんだ」


 そんないつも通り追われる最中、ラインは大勢の子どもたちに囲まれ語りかけていた。

 ラインの周りには友好関係を持つ者が多い。

 被験者たちにラインの笑顔は眩しく見えていたのだろうか。

 ハリスはそれが薄気味悪くその場から距離を置いた。


「ラインお兄ちゃんまた追いかけっこしてる。無視する奴なんてほっとけばいいのに」


 一人の子どもが言葉を発すれば口々に周りも騒ぎ出す。


「そうだそうだ! あいつなんてスカして偉そうで腹立つ」

「根暗なくせに贔屓されて、あいつのご飯だけ多いの知ってるんだぞ!」


 心無い言葉が次々に飛び交う中、ラインは優し気に諭している。


「そんな風に言っては駄目だよ。ハリスは僕らの倍実験を受けているんだから他の人より食べないと倒れてしまうんだ。それは分かるよね?」

 

 そう言ってラインは子供たちとともにその場から去っていく。

 ハリスは遠ざかっていくラインたちを眺めて考えた。

 被験者たち枯葉症状は様々だが幼少期には残酷性が増し、青年期につれて喜怒哀楽が薄れていく。だが、ラインは青年期だというのにその症状があまり出ていなかった。

 ハリスはラインが自分と同じ特別な存在かと一時考えたが、それが逆に複雑な想いに苛まれる。


「どうして、あいつは笑えるんだ。俺は、笑えない」


 耐性があるとはいえ感情を完璧に抑制は出来ない。ハリスはラインを恐ろしいと思い始める。

 それが仇になったのか、ラインを無視し続けていたのが他の被験者たちには良く思われなかったらしく、怒りと妬みを貼りつけた者たちに脅されることも少なかれあった。

 

 ハリスは相手を容赦なく叩きのめす手段を取る。

 力を示せばもう絡んでくることはないと、簡単に考えていた。

 

「なんでお前だけ違うんだ。こいつは化け物だ! いちゃいけない存在だ!」


 被験者とて、一握りの恐怖の感情が積もれば山となる。

 募った恐怖は伝染し、野次は瞬く間に増えていった。

 それぞれが近場の試験管を床に叩き、手に鈍く光るナイフように尖ったガラスを向けハリスに襲い掛かってきた。

 拳で対応していたハリスは黒葉の能力を使用し応戦するが間に合わない。

 攻撃を受けそうになったその時、間に入ったラインにハリスは庇われていた。

 ラインは体中に傷を負い、口からは血と淀んだ声がこぼれ落ちている。

 ハリスはそれを凝視した。


「大丈夫、かい――……」


 ハリスは倒れたラインの表情に狼狽する。

 心が欠けている筈の器に、その笑顔は朗らかだ。それが、ハリスにとっては逆に狂気的だった。

 ズタズタに裂かれ、身動き一つ取れないラインは痛みを感じていないような顔をしている。それが完全な恐怖へと、ハリスを暴走させる引き金になってしまった。


 ハリスはグレルが所持していた鎮静剤により暴走は止められたが、実験体や被検体たちも一斉に逃げ出しまう。施設の損壊は激しく、死傷者はいなかったが負傷者は多く出てしまった。

 

 混乱に乗じて、ハリスはグレルに連れられ逃亡する形となる。


「ハリス。これを持ってここから離れなさい」


 手渡された分厚い手帳と言葉を残してハリスはグレルと別れる。

 これが、最後の別れだった。

 大きな破裂音と悲鳴が聞こえる中、両手足が傷ついてもなおハリスはがむしゃらに走り続けたが、体力、精神ともに限界を迎え倒れた。

 

「ラインは何であんな風に笑える? 俺の方が、心がないみたいじゃないか。やっぱり、化け物なんだ」


 その後、ハリスは管理局に保護されニクロムの館に住むことになる。 

 

 ニクロムは世話焼きな男だが、何かを強要することはなかった。

 一線置いて接する所はラインと違いハリス自身気が楽だったが、結局の所、なぜニクロムがハリスの世話を引き受けたのか謎が深まる。

 ハリスはニクロムにそのことについて聞いてみることにした。 


「あんた、なんで俺をここに置いておくんだ?」

「どうしてそんなことを聞くんです?」

「俺は化け物なんだ。感情が乱れれば所構わず暴走する。あんたにだって」


 ニクロムは眉を和らげ優しい顔でハリスの問いに頷いていた。


「貴方が化け物なら、私たちも化け物になってしまいますね。人間も、感情に振り回される生き物です。それこそ暴れて人を物理、精神的にも傷つけたりしますよ。枯葉になってしまえば、意思や感情は喰われ己が紡いだ物語も全て白紙となります。貴方はまだ、人であろうとしている。感情に振り回されるだけならまだ大丈夫ですよ」

「……言ってる意味が、分からない」

「え? ああ、すみません。でも貴方がもし暴走したとしても、私が体を張って止めますので心配しないで下さい。これでも丈夫なことだけが取り柄ですので!」


 ニクロムの話は、感情の機微に対して頓着してこなかった当時のハリスにはよく分からなく、難しかった。


 基本、ニクロムを含め管理局の人間はとにかく優しい。

 ハリスは、優しい人間が苦手だった。

 能力を制御出来ないハリスは自身の力を恐れていた。もし、暴走して誰かを傷つけないかと不安が募る一方だ。


 ハリスは優しく接する人間が近づかないように、出来るだけ怪我をしない罠を張って遠ざけていた。

 だが、空気を読まない奴もいる。


「な、何でここにいるんだ! わ、罠があった筈なのに」

「罠? あれは罠だったのか。そんなことよりもまた勉強時間に抜け出すとは、教室に戻って続きをするぞ」


 特に教会のホープ牧師はラインにどことなく似ていて、ハリスは苦手だった。



 ◆◆◆◆◆



 当時、ハリスの育ての親であるニクロムに置手紙を残して館を一旦離れる。

 父が残した手帳を頼りにオーア大陸に渡り、紋章樹について知れば自身に巣くう枯葉のことも分るのではと考え行動した。


 一人での生活が続き、ハリスが十六歳の頃。罠にはまった少女を拾ったことで、全てを変えるきっかけが生まれる。

 名前は冬華。少年のような服装に短い髪をした十二歳の少女だ。

 異世界からやって来た筈なのにこちらの言葉が分かる不思議な子だった。 


「いい加減にしたらどうなんだ。ちゃんと話してくれないと分からないだろ」


 罠から助け出したはいいものの、冬華はだんまりを決め込んでいた。

 ピアスについては父の形見とだけ言っていたが、冬華は嬉しくなさそうにそれを持っている。

 状況が分かっていないのか、冬華はピアスをハリスに投げつけて、その隙に走って逃げ出していた。


「ちょっと、外に出たら駄目だ!」

「は、離してよ!」

「死にたいのか! 森には罠が仕掛けられてる。それだけじゃない。野生の動物や最近じゃ枯葉もいるんだぞ!」

「ご、ごめんなさい。私、良い子にするから。ごめんなさい、ごめんなさい」

「え?」


 怯えた表情になる冬華にハリスは戸惑った。

 そこまで強い言い方だっただろうかとハリスは首を傾げる。


「知らない人と話しちゃ駄目って言われてて、だから、だからごめんなさい」

「あ、謝らないで。ここに怒る人はいないから、ね?」


 ハリスは低く屈んで冬華の視線に合わせる。

 落ち着かせて話を聞くと、冬華の養い親は本来男の子が欲しかったようで、色々と我慢してきたようだ。

 年頃の少女なのに他への執着や欲もない日々。

 冬華にとってそれの繰り返しで、我慢すればその場を乗り越えられる、欲しいと思うものは頭から切り離してきたと。

 

「そうか。この子、昔の俺に似てるのか……」

 

 冬華の姿が昔のハリスと重なって見えて、言葉が自然と漏れ出る。


「似てる?」

「あ、えっと。さっきは怒鳴ったりしてごめんね。このピアス、そんなに見るのが嫌なら冬華ちゃんの心の整理がつくまで俺が預かろうか?」

「え、でもそんな、私の我が侭をハリスさんに押しつけるようなことして、悪いです」

「我が侭か、冬華ちゃんはもうちょっと我が侭になって良い思うんだ。手始めに俺にさ、言ってみてよ」


 冬華は目を泳がしながらもじもじしている。

 ハリスは静かにそれを見守った。


「あ、あの、私がピアスを見ても大丈夫になるまで預かって、下さい」

「うん、分かった。必ず取りに来てよ、約束だからね」

「はい、約束です」


 ハリスは冬華と約束をした。

 だが、その約束は果たされることなく長い月日だけが過ぎる形となる。

 

 ハリスの力によって冬華は倒れ、黒装束の人物に連れ去られ行方が分からなくなってしまった。

 傷つけた罪悪感と力のなさにハリスは震え怒る。

 そして、冬華を探し出すことを決意したのだった。



 ◆◆◆◆◆



 あれから六年の歳月が経ち、ハリスはパーピュアに戻り正式に管理局員になっていた。

 

 冬華を探すには管理局にいた方がいいことと、能力の制御方法を学ぶのに必要だからだ。

 真面目に勉強をし、管理局の資格を得た後、情報科に入ったハリスは仕事の合間に冬華のことや異世界について調べ、十八年前の行方知れずの花嫁であることも知る。

 ハリスは冬華が花嫁であると知って複雑な気持ちになった。


「もし彼女が異世界にいるならそこにいた方が安全かもしれない。けど……」


 口ではそう言っているハリスだが、内心冬華に会って謝りたい気持ちが強かった。もう一度会えたならと、考える時間が増えていく。


 だが、そんな願いも虚しく冬華はゴッドラビリンスにやって来てしまう。

 六年ぶりに見た冬華は不安そうな顔でハリスの目の前に立っており、声を掛けることなく馬車に乗せられてしまった。


 管理局内に緊張が走る中、冬華は管理局で保護された。

 管理局は儀式の廃止を訴えているが、もし生贄容認派の白葉に知れれば冬華は否応なく儀式に立たされる可能性が高くなる。それだけは絶対に阻止しなくてはならない。

 

 ハリスは冬華を守るために花嫁の護衛警護を買って出る。が、情報科から花嫁の護衛に代わるため後任者の引継ぎ作業で忙しかった。

 

 そうこうしている間、冬華と接する時間は奪われていく。

 館で一度会ってはいるが、冬華の方が逃げてしまい話すことが出来なかった。上半身裸の男が浴室にいれば誰だってその場から離れたくなるだろう。

 

 引継ぎ作業が終わったのは翌日の昼前だった。

 イグネス局長から連絡をもらいハリスは素早く身支度を整え待合室に足早に向かう。


「やっと、ちゃんと会える。何だか変な気分だな」


 緊張しながら歩いている途中、ハリスは人とぶつかってしまう。

 相手側が倒れそうにだったので咄嗟に腕を掴み支える。

 ハリスは相手の顔を見て体が硬直した。

 目の前にいるのは冬華だったからだ。それも強張った表情で泣いている。大きな瞳から一筋の涙がこぼれ落ちると、腕を振り払い顔を背けて走り去ってしまった。

 

 冬華の涙にハリスは胸の内が締めつけられるような感覚が襲う。


「冬華ちゃん!」


 掌に熱だけが残され、ハリスは冬華を追いかけることが出来なかった。



 ◆◆◆◆◆


 

 緊張状態から来る気の疲れで熱を出し、冬華は苦し気に眠っている。

 そんな中ニクロムは眠ることなく、彼女の側についていた。不安気に眉を下げて立ったり座ったりと忙しない。

 ハリスは疑問に思った。

 ニクロムは冬華と出会ったばかりだというのになぜそこまで優しく出来るのだろうかと。


「どうしてそんな顔をしているんですか?」

「え、何ですか? そんな顔って、変な顔してます?」

「ええ、彼女に対して悲しい、いや、不安そうな表情だったので」

「そう、ですか。私、すぐ顔に出てしまうんですよね。はは……」


 一瞬だけ、ニクロムの表情が鋭くなり温和な表情を崩していた。

 ハリスは思わず背筋が凍り、自分がどんな質問をしたのか忘れてしまう程だった。

 


 それから数日が経ち、冬華が病み上がりから立ち上がるとゴッドラビリンスについて勉強し始める。

 ハリスはそんな冬華を陰から覗きつつ、会話できる隙を伺う。


「普通に話すのになんでこんな戸惑っているんだ」


 ハリスはある言葉を思い出し憂鬱な溜息をついた。


『あ、あの時謝れなくてごめんなさい。私の名前は冬華です。お名前、聞いてもいいですか?』


 目覚めた冬華の第一声にハリスは頭が真っ白になっていた。その後のことは思い出せず、自室で放心状態で過ごしていた。


「あれは、ちょっときつかったな」 


 過去の記憶がないのは、ハリスの能力が冬華に当たってしまったからだ。


 喪失感にも似た感覚がハリスの胸を支配していき、寒気と共に嫌な汗が流れる。

 過去のことを知らない冬華にどうやって伝えるか、ハリスの中で迷いが生まれていた。残酷な光景、辛く苦しい体験を冬華に抱えてほしくないと考えては、真実を伝えなければと悩むことを繰り返す。


「どうしてこんな頭を悩ませているんだ。訳が分からない」


 ハリスはそっと部屋の様子を窺う。

 扉が開かれた部屋には冬華が真剣な表情で机に向かっていた。

 

 冬華の横顔を見て、ハリスは両目を見開き息を呑む。

 揺らぎない清んだ瞳に落ち着いて机に向かう姿はいつも以上に大人びた雰囲気だ。短かった髪は肩下まで綺麗に伸び、柔らかい茶髪は日に当たり薄く輝いていて、頬や唇は薄く薄紅色に色づき女性らしさが目につく。

 六年という歳月はこれ程に人を変える力を持っているのかと、ハリスは動揺を隠せなかった。


「……調子が狂うな」 


 子どもの頃とは違うのだと、ハリスは頭を振って我を取り戻し二回扉を叩く。

 だが、冬華は気づかないのかそのまま勉強を続けている。


「冬華さん?」


 ハリスは冬華に近づき背後に立って声を掛ける。


「今、大丈夫ですか?」

「ひゃっ!? な、何ですかいきなり。驚いたじゃないですか!」

「すみません。ノックはしたんですが、そこまで驚くとは思いませんでした」

「え、すみません。私、気がつかなくて。あの、えっと、私に何か用ですか?」

「用と言えば用ですが」


 ハリスは一つ咳払いをして調子を整える。


「あの、この間は不機嫌な態度を取ってしまったので、申し訳ございませんでした」

「わ、私も、色々と失礼をしてしまったので、すみませんでした」


 先程まで見せていた真剣な表情から困り気に眉を寄せ顔を伏せている冬華にハリスは小さく笑む。


(感情豊かな子だな) 


 冬華の表情はコロコロ変わる。

 簡単に感情を表に出せる冬華の存在はハリスにとっては不思議でそれが何だか嬉しくて、もっと色んな表情を見てみたいと心が僅かに疼いた。


「勉強、分からないところがあれば教えましょうか?」

「いいんですか? お仕事とかは、大丈夫なんですか?」

「今の俺の仕事は貴女を守ることですから良いんですよ」

「ありがとうございますハリスさん。よろしくお願いします!」

 

 何の淀みもない、純真無垢な冬華の笑顔にハリスは釘づけになる。

 迷いが増す一方で、何か新しい感情がハリスの中でほんの小さく芽生えていた。


「はい。こちらこそよろしくお願いします」


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