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God of Labyrinth  作者: 無月
二章 白紙のページ
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二章 白紙のページ21話


 空に続く灰褐色の煙は森を覆い隠す。

 

 熱風に煽られ冬華は地面に投げ出され俯せになって倒れていた。体を起こし顔を上げると四方は火に囲まれている。周辺の木々は黒く燃え、飛散する火の粉はあてもなく揺らめき上空へ溶けていく。

 冬華は焦げた臭いが鼻につき、苦し気に手で口元を押さえる。不意に地面に配置されていた紋章石に目が行くと粉々に砕け散っていた。


「冬華ちゃん、大丈夫?」


 くぐもった声が後ろから聞こえ冬華は首を振る。そこには苦悶な表情のハリスが低い姿勢で構えていた。体中煤まみれでコートの裾が焼き切れている。

 

「は、はい。ハリスさんは大丈夫ですか?」

「俺は、大丈夫。早く逃げないと火にやられる。立てる?」


 ハリスが冬華の腕を引こうとすると黒い鎖が伸び、間を裂いて妨害してきた。


「まーた逃げるの? いい加減追いかけっこも飽きちゃったよ」


 ラインは満面な笑みで体を回転させながら両腕を高く伸ばし火の中から現れる。長い髪は上機嫌にフワリと浮き上がり、しなる体は軽やか。楽しそうに炎と踊り歩く姿は無邪気な子供のようだ。


「ははは、これで明るくなったでしょ。周りの生態壊すのはもったいないけどしょうがない。君たちが逃げるんだからこうでもしないとね」


 ラインの周りには額に赤い石をつけた枯葉がどこからともなく湧き出て、木に激突しながら爆発した。火がうねり、目に痛い赤と黒い塵が舞い上がる。

 だが、飛び交う火は冬華の顔面を掠めることはなかった。

 ハリスは息も絶え絶えに冬華の前に乗り出し紋章石を正面に掲げている。


「簡易結界の紋章石だねぇ。それでどれだけ防げるかな」


 ラインは体を捻りながら鎖を縦横無尽に回転させ攻撃を仕掛けてきた。

 飛んでくる鎖をハリスは冬華を庇いながら手刀で弾いて一気に間合いを取ろうとするが、ラインは鎖を前回転させ牽制している。


「はは、何か言いたげだね? 言ってごらんよ」


 ラインは鎖を回すのを止めてハリスに視線を移していた。

 眉間に皺を寄せてハリスは構えている手を緩め、代わりに拳を握っている。


「違和感の原因が分かった。何でお前、歳を取ってないんだ?」

「え?」


 ハリスの質問に冬華は驚きの声を漏らす。


「歳? あー若作りってことかな。よく言われるんだよね」

「ラインは、生きていれば俺より年上なんだ。それに、あの頃と何一つ変わらない姿でなぜいられる!」


 クスクスとラインは何がおかしいのか、口角を上げ八重歯を剥き出しにして笑っている。

 表情豊かに笑うラインを、困惑した様子でハリスは細い目を見開いていた。


「……やっぱり違う。お前は、何者だ?」


 ラインは小さく息を吐いて、両手を胸の位置まで持っていき語り出す。


「昔々ある所に、愛を示す少年がいました。少年は自然の恵みに感謝し、何ごとにも平等にわけ隔てなく人を愛し尊ぶ心を持っていました。しかしそんな少年に不幸が訪れます。少年の村が何者かによって壊されてしまいました。父、母、妹も殺され天涯孤独。ですが、少年は笑顔を絶やすことはありませんでした」


 まるで絵本を読み聞かせるかのように話すラインに、ハリスは燃え上がる炎のような瞳を滾らせていた。

 状況が読めない冬華は顔を顰めラインがいる方向に視線を移す。


「ふっふふ、あははーはっははは」


 黒い数羽の鳥が飛翔して逃げていく。

 周辺の木々が見計らったかのように次々と倒れるく中、ラインの皮を被ったそれは体をよじらせながら高らかに笑っている。


「そう、質問は何者かってことだよね? ボクのことを知っている人たちからは、赤の守護者って呼ばれているよ。ハジメマシテー」


 おどけた様子で膝を曲げ挨拶をするそれは、赤の守護者と名乗った。

 冬華は思考が追いつけず身動きが出来ない。


「話くらいは聞いたことあるんじゃない? 過去の物語の登場人物、世界を統べる七人の守護者の一人」

「冗談、でしょ」

「ボク、冗談は言わないよ。いつだって本気さ」


 冗談で終わらせて欲しかったと、冬華は内心毒づきながら赤の守護者を見る。

 守護者は姿を隠したと聞いているが、なぜ今になって現れるのか冬華には皆目見当がつかなかった。 


「……ラインは、あいつは何処にいったんだ」

「この子のことが気になるの? うーん、ほぼ生きる屍状態だから、ボクの意識が離れたら間違いなく枯葉症状が出て暴走するよ」


 ハリスは半ば放心気味に呟いていた。

 赤の守護者はそれを質問の意と解釈したのか律儀に応じている。


「意識が、離れる? 他人の体で、どうして動いていられる」

「平たく言えば、守護者同士で喧嘩してたら体を壊されちゃってね。だから手頃な器が欲しかったんだ。紋章石って知ってるよね。石には己の念を込めることも出来るんだよ。ボクが紋章石を改良して人形を抑制しているんだ。その所為で成長も止まっちゃったのかもね」


 ラインは羽織っていた頭巾を外し鎖骨部分を露出させた。鎖骨下にある掌ほどくらいの丸い赤い石を見せつけている。

 禍々しい輝きを放つ石に冬華は息を呑み目を見張った。


「この人形は使い勝手がいいものだから私物化してたんだ。頭の中がほぼ真っ白だったから憑依は簡単。スカスカだけど基本情報は残ってたからそれを頼りに物真似は出来たよ」


 得意気に鼻を鳴らしている赤の守護者に冬華は苛立ちが増していく。


「この人形は親愛を受けた子どもだから枯葉耐性が高いみたいでね。じゃなきゃ簡単に心を喰われて終わりだよ。そこにいるキミも枯葉耐性があるみたいだね。でも、抑制装置がないと被検体は立っていられないけど、どこかにつけてるのかな?」


 ハリスは赤の守護者の言葉を無視して睨みつけている。

 代わりに冬華が赤の守護者に質問をした。


「貴方は、どうして私をここに連れてきたの? 目的は何?」

「キミをここに連れてきたのは単なる好奇心だよ。どんな反応するかなーてね」

「好奇心、ですって?」


 突拍子もない回答に冬華は声が上ずる。


「赤は世界安寧の為、外敵を排除することを目的として動いている。だから、花婿と花嫁の動向を観察して見極めているんだよ。剣に相応しいかどうかをね」

「排除、観察? 私が花嫁だってどうして分かったの?」

「ボクはね色んな人形を持ってるんだ。情報なんて簡単に手に入るんだよ」

 

 ラインは両手で親指と人差し指で丸を作って両目に当てている。


「ボクにはあちこちに目があるからね」

「目、人形、傀儡――……」

 

 冬華の掌に汗が滲む。

 大陸全土に赤の守護者の傀儡が存在しているのかと、恐ろしい考えが冬華の脳を支配した。 


「キミは今までの花嫁より行動的だ。大抵は消極思考に傾くけど、中々興味深くて面白いよ。白葉や魔族に渡っていたら行動選択はなくなるからこれでいいのかも。ボクも様子見程度に動いてたんだけどねぇ、ちょっかい出したくなっちゃったんだよね」

「その為だけにこんなこと。枯葉の抑制が出来るならどうしてそれを施設の人たちや儀式の改善をしようとは思わないの?」

「あのさ、たかが人形にどうしてそこまでする必要があるの? 人形に労いや慰めはいらないよね」


 平然と何の感情も乗らない声色で赤の守護者はそう言った。

 開いた口が塞がらない。頭を鈍器で打たれたような感覚が冬華を襲い気分が悪くなる。


「それに儀式も、障害があった方がお互いより気持ちも近づけるんじゃないかってボクは思うんだよ。人間は障害があり、それを乗り越えて何かを得ることが出来る生き物だよね。だから何もない物語なんて儀式に相応しくない。やっぱり面白い物語でないと」

「相応しくない? そんなことの為に貴方は色んな人たちの人生を滅茶苦茶にしてるの」

「それも世界のためさ。むしろ喜ぶべきなのに変だよねぇ」


 火中にいることも忘れ、冬華は頭に血がのぼって唇を噛んだ。


「世界の為だから何をしてもいいの? 彼らは、貴方の玩具じゃない!」


 冬華の声に右から左とばかりに、赤の守護者は暇そうに鎖を回転させ遊び始めたいた。


「君って人はお綺麗な場所で生きてきたんだねぇ。使えるモノは何でも利用しないと生きてはいけないよ。ムシクイや枯葉は害虫だけど利用価値がある。ならそれを最大限活かさない手はない。研究し甲斐のある奴らさ。もちろんそれは異世界人も同じことだけど」

「こんなこと、間違ってる。人の体で好き放題して良い訳がない。それに、世界のためと望んでいるのにどうして破壊するようなこと、矛盾してるよ」

「矛盾ねぇ。平和のためには色んな命を踏み越えないといけないんだよ。そんなことも分らないのかい?」

「踏み越えていい命なんて、ないよ。誰だって死にたくないし、不当に殺されて喜ぶ人なんていない」


 鎖の回転はピタリと止まる。そして、赤の守護者は真顔になり冬華に冷たい視線を向けていた。


「キミが言ってることは正論だし本心で言っていることも伝わるけど、響かない」

「え?」

「生に対しての執着はいっちょ前だよねぇ。ただそれだけで芯が見えない。キミって、命に代えてでも守りたい大事なもの、あるかい?」

「わ、私は」


 命に代えてでも守りたい大事なもの。

 その言葉に冬華の心が冷えていく。

 

(養い親や未来のことは大事だよ。でも、自分の命に代えてでもと言われると、頷けない)


 冬華は自身の命を優先してしまった。命は大事にするものと養い親や学校、色んな人から教えられてきたが、誰かの為にその身を投げ出すなど考えたことがなかった。


「冬華ちゃん?」


 冬華はハリスの呼びかけに対応できず、頭を抱える。

 そんな冬華の様子を見てか、赤の守護者が退屈そうに手を叩いていた。


「はは、ほら言い返せない。そんな心の弱い人間がなんだかんだ言うのは可笑しな話だよね。ホント、キミみたいな臆病者で中途半端な奴が死ぬほど嫌いだよ」


 赤の守護者は懐から刃渡り十センチ程のナイフを取り出し、自身に向けていた。刃先は鎖骨にある赤い石に定めている。


「な、何してるの!?」

「サヨウナラ花嫁。キミの脳がツルツルなら救いようがないけど、多少なりとも皺があるなら足掻くことだ!」


 赤い石に亀裂が走った瞬間、ラインは首から下が黒くなって染まり鋼のような鎧へと変わっていく。枯葉に近い姿ではあるが二足直立だ。


「がああああああああああっ!!!」

 

 物欲しげなラインの赤い眼光は冬華を捉えて咆哮を上げた。重たい足音と鎖を引っ張る音を交差させながらゆっくり近づいて来る。黒い影が揺らめくと、四足歩行の枯葉が一匹、二匹と続々と現れる。

 冬華はその光景に足が震えた。膝が地に着きそうになるが肩に力が加わる。

 ハリスが冬華の両脇に立ち、腕を回して支えてくれていた。


「気にしちゃ駄目だよ」

「ハリス、さん」


 ハリスが右手を差し出している。冬華はその手を取り体制を立て直して正面に視線を移す。


「今は目の前のこと、ですね」

「そうだよ」


 燃え盛る炎は勢いを増す。それが壁となって、逃げ場を少しずつ閉ざしていく。

 そんな中、ハリスの視線の先はラインを真っすぐ見つめていた。


「ラインがああなってしまったのは、俺の責任だ。だから、俺があいつを止める」


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