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God of Labyrinth  作者: 無月
二章 白紙のページ
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二章 白紙のページ13話

「どうして、ここに?」


 冬華は、未来がゴッドラビリンスにいることに驚きを感じていた。

 学校前で別れた筈の未来がなぜ、どうしてと頭の中で駆け巡る。

 

 何より意外なのは外見だ。

 大人びた容姿に黄緑髪、青色の瞳に至るまで様変わりしている。

 だが、冬華の悩みもよそに未来は困った顔で眉を下げて軽く笑っていた。


「ん? あーここが何処か分からないよね。ここは紋章都市パープュアの近くにある街、ゴルアだよ。この家は借家だから狭いかもだけど許してね」

「……ゴルア」


 冬華はぽつりと呟き再度部屋を見渡した。

 四角い間取りの部屋にはあまり物がなく、必要最低限の家具しかない。寝る場所があれば問題ないとでも言いたげな部屋だ。冬華が今使用しているベッド一つと素朴な茶色い木造タンスしかない。

 

 正面窓から覗く風景は喉かな街並みが広がっていた。

 眩い太陽と青い空を背に大きな風車小屋が風を受けてゆったり回転している。その下では街の住民が井戸で水を汲んだり、畑道具を持った農夫たちが仕事場に向かおうと街から出て行こうとしていた。

 比較的広くも狭くもない街だ。パーピュアのように煉瓦街ではない木造建築の街のようで、自然豊かな新緑が至る所に植わってある。


「パーピュアの帰り道、そこにいる蝶が倒れてる冬華の所まで案内してくれたんだよ」


 未来の声に紫色の蝶たちが反応してか部屋をぐるぐる一周していた。

 暫くして、未来は冬華の手を離して立ち上がり、背中を向けて歩き片手で手を振っている。


「話したいことは一杯あるんだけどさ。今はハリスにあんたが目覚めたこと知らせてくるよ」

「あ、え、ちょっと未来!!」


 今にも壊れそうな木造扉を開き、颯爽と部屋から出て行く未来に冬華は再開を喜ぶ余裕すらなく呆然としていた。

 ふと、未来の言葉からハリスの名前が出てきて頭に疑問符をのせる。

 

「ハリスさん、ここにいるの?」

 

 開け放たれた扉の先を眺めて、冬華は視線を下に顔を青くさせた。


(ハリスさんも私と一緒に転送されてきちゃったんだ)


 あの時、ハリスはラインの近くにおり、紋章の範囲内に立っていた。

 そこから察するに、ハリスと冬華は一緒に飛ばされてしまったようだ。離れた位置にいたカインは転送を回避出来たか分からないが無事だろうか。

 冬華が色々考えていると、廊下から盛大な慌しい足音が聞こえてくる。ギシギシ軋んだ音が響き、床が貫けそうな勢いだ。


「冬華、さん!」


 金髪を振り乱し、息を切らしてハリスが部屋に駆け込んで来た。

 破けた軍服のまま、切羽詰った表情で冬華に近づき、膝を突いて頭を項垂れさせている。傷だらけの体には至る所に血が滲んでおり痛々しい。


「ハリスさん、傷だらけじゃないですか!? 早く手当てしないと駄目ですよ!」


 冬華は困惑しハリスの顔を覗き込もうとしたがそれは叶わなかった。

 同時に頭を上げたハリスは眉と細目をつり上げて、怒りと真剣さを織り交ぜた表情で冬華を見つめている。

 その姿に冬華は息を呑み、体を強張らせた。


「……貴女は、俺の心配よりも自分の心配をしなさい! 未来がいなかったらどうなっていたことか」


 ハリスは勢い良く冬華の両腕を掴んでいた。心成しかその手は震えている。

 そんな彼に冬華はされるがまま、目を大きく見開く。


「ハリスさん」


 返す言葉が出てこない。

 転送される前、ハリスは逃げるよう冬華に呼びかけていた。

 それを無視して行動してしまったことがいけなかったのかと、冬華は眉を八の字に俯く。

 強い力でハリスに掴まれていると、後ろから遅れて部屋に入って来た未来が仁王立ちで鋭い表情をしていた。


「ちょっとハリス、心配なのは分かるけど冬華怪我人だよ。その位にしときなよ!」


 強い口調で未来が一喝すると、ハリスはピタリと震えは止まり手の力は緩んでいた。


「そ、そうですね。少し、頭を冷やしてきます。すみませんでした、冬華さん」


 ハリスは慌てて手を離し、冬華と視線を合わせないように立つとそのまま部屋から出て行ってしまう。

 冬華はその大きな背中をただ黙って見ているしかなかった。 

 未来があからさまに大きな溜め息を吐いてハリスが出て行った方を見つめている。


「まったく、こりゃ先が思いやられるなー」


 未来の声に冬華がはっと我に変えると、険しい顔で未来を凝視した。


「み、未来、説明して。一体何がどうなってるの?」

「……うん、そうだね。最初から順々に話すよ」

 

 冬華の一声に未来は息を吐いて肩を落としていた。


 

 ◆◆◆◆◆


 


 冬華と未来は向かい合って椅子に座り、話をはじめていた。

 

 聞けば、未来は冬華を追って学校に戻っていたらしい。

 冬華を探しに教室に向かったところ、黒マントの人物と遭遇し襲われた。

 必死に抵抗したところで、黒マントの人物から発せられた青い光により未来はゴッドラビリンスにいつの間にか迷い込んでいたと話してくれた。


「私がこの世界に流れ着いたのは今から二、三年前。ギュールズで彷徨っている所を白葉騎士団お抱えの情報屋に助けられてた。今で思うと信じられない話だけどね」


 淡々と話す未来に冬華は小さく頷く。

 未来を助けたのはギュールズを偵察していた情報屋。そのまま拾われ行動をともにすることになったとのこと。

 情報屋は言葉が通じない未来を世話し、読み書きや勉強など身のまわりのこと全てを教えてくれていたようだ。


「余裕が出来た頃かな、私は情報屋で働くようになってた。まあ、小間使い兼弟子って形だったけどね。その関係で管理局員のハリスと知り合いになったんだけどさ」


 細かな事情は長くなるからと未来は多くは語らなかったが、表情は少し硬い。

 冬華はそれとなく違う話題に切り替えようと口を開いた。


「私がここにいるって知ってた口ぶりだったけど、ハリスさんに聞いたの? 私のこと……」


 恐る恐る冬華は未来に質問をする。

 未来が自身の事情をハリスにしていれば自ずと冬華の話題になる筈、それを踏まえての問いかけだ。

 

「ハリスからではないけど、うん、冬華が花嫁ってことだけは聞いた」


 未来の渋い顔に冬華は内心複雑だった。

 未来たちが想像している花嫁とは違う。大がかりな婚礼儀式としか認識していないだろう。

 本来の儀式は殺伐としたもので、一つ間違えれば死んでしまう危険な儀式だ。


(聞いたって言ってるけど、詳しくは知らないのかな?)


 未来が情報屋に聞いて知った可能性が高いが、どこまで知っているのか分からない。


(出来れば巻き込みたくない。私と一緒にいたらまた襲われて、未来も危険な目にあうかもしれない)


 昨日の出来事と傷だらけのハリスを想像し、冬華は身を震わせる。

 そうしている内に未来の話は進んでいく。

 彼女はこめかみに片手を当てて難しい顔をしていた。

 

「その話聞いた時は信じられなくてさ、何度も管理局に行って確認したよ。毎回追い返されてたけどね。受付にいた管理局員は花嫁について詳しく知らないみたいだったから、ちょっともどかしかったけど。我慢できずに管理局に忍び込んだこともあったなー」

「管理局に忍び込んだ!? ちょっと、大丈夫だったのそれ!」

「あはは、まあ、案の定ばれたけどね。あっちで頭冷やしてる細目に」

「ほ、細目って、酷い言われようだねハリスさん」


 冬華は苦笑いをこぼしながら肩をすぼめる。


「私、玄関ロビーで未来を見かけてたんだね。なんで、気づけなかったんだろ……」

「仕方ないって、見た目こんなだし遠くからじゃ分からないって。それに、もう冬華と同い年でもないし、年上の女ぐらいしか認識できないよ」

「未来……」


 未来の些細な言葉に冬華は胸を痛めた。

 未来の憂いを帯びた表情、手や足を組む仕草全て、冬華の知らない女性の姿だ。自分一人だけ違う時間に飛ばされて今まで努力してきたのだろう。二、三年の歳月は長い。

 だが、冬華の目に同情の色はなかった。


(でも、やっと再会出来たんだ。私は私なりに、未来に何があったのか話しを聞こう。まずはそれからなんだ)


 冬華は純真で輝きのある瞳を未来に向け、拳を握り締める。

 話の流れを変えようと頭をめぐらせ話題を探した。


「あ、あーそういえば、違う話になるんだけど。実は教会に行ったら如月先生がいたんだよ」

「如月先生? え、ここにいるの? 先生が?」


 流石の未来も如月がゴッドラビリンスに迷い込んだことに驚いているようだ。

 少しわざとらしくなってしまったが重たい空気は払われただろう。冬華は軽く息を吐き安堵した。 


「うん、未来に会う前に教会で会ったんだ」

「へー、そうなんだ。先生がね。もしかしたら、学校にいた人間、全員がここにいるのかもね」


 未来は顎に手を置いて冗談まじりに笑っている。


「それじゃあ、月宮もゴッドラビリンスに迷い込んでるのかな?」


 未来との会話で冬華もつられて笑っていたが、よくよく考えればそれはそれで大変な事態なのではと考えてしまう。

 

「それは分からないけど、可能性は否定出来ないね。ま、月宮のことだから異世界にいても平然としてそう」

「そ、そうかもね」


 記憶にある月宮の姿を想像して、冬華は微妙な笑いをうかべる。

 異世界人だと後ろ指さされることなど恐れず、片手に分厚い本を持ち、何ごともない顔をして道の真ん中を堂々と歩いていそうだ。


(いや、そんな堂々としてたら管理局や騎士団に声かけられちゃうよ! 駄目だ、突込みどころが多すぎる)


 頭を振り馬鹿げた妄想を消そうと奮闘していると、冬華は未来の髪に目がいった。先程から気になってはいたがなぜ髪色になってしまったのだろうか。染めてるにしても普通は不自然な色になるか浮いてしまう筈が自然に馴染んでいる。

 冬華は我慢できずに髪と瞳の色について聞いてみることにした。

 

「さっきから気になってたんだけど、どうして髪色とか瞳の色が変わっちゃってるの?」


 未来は「ああ、やっぱ気になるよね」と呟いて毛先を弄っている。


「情報屋が、レヴンって人がね、この飾り紐についた紋章石をくれたの。肌身離さず身につけていれば異世界人だってばれないって。髪と瞳の色が変わる紋章石なんだってさ」


 未来は右耳にある飾り紐についた橙色の紋章石を掌に当てて見せてくれる。琥珀石のような色合いの石は淡く輝いていた。


「ほう、何だか高価そうだね。そういえば、未来はそのレヴンさんって人と一緒に暮らしてるんだよね? どんな人?」

「え? どんな人かって? うーん、簡単に言えばズボラでめんどくさがり。部屋が汚い駄目男」


 男と聞こえた瞬間、冬華は目が点になった。


「駄目、男? え、レヴンさんは男の人なの?」

「うん、そうだよ」

「そうだよって。平気だったの? 男性と一つ屋根の下だよ?」


 冬華の住む館にも男性しかいないがまだ一人部屋の分、心に余裕がある。

 が、長い間一緒で尚且つずっとつかず離れずだったならと考え冬華は顔を赤くし目泳がせた。


「そりゃ最初は駄目だったよ。でも今は大丈夫かな、言葉も話せるようになったし、何よりあいつは優しかったからね。辛くてもがんばれたよ。駄目男なのは変わりないけど」


 優しい声色には気持ちがこもっており、未来は幸せそうに笑顔を綻ばせていた。


「へえ、良い関係なんだね」

「良い関係ね。まあ、恋人同士だからね。好きあってれば問題ないよ」

「こ、恋人!!?」


 声が裏返り、冬華は未来を凝視する。

 二、三年の歳月は友を変えるのだと、胸を押さえながら目を回していた。

 

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